女子枠をめぐる議論で、「見えていない人がいる可能性があり、そこはしっかり考慮すべきだ」という指摘には私も賛同します。観察・認識した集団だけを前提に議論すれば、見えない不利が透明化されてしまう危険があります。
また、一般論として、比較を行う際には一つのパラメータだけを変えて検討するべきだ、という考え方も妥当だと思います。私も高校や大学で担当している授業において、そのように指導しています。
ただし、この議論の中であえて「貧困で田舎出身の男性」と「裕福な都会出身の女性」のように、複数の条件が異なるケースが持ち出される背景にも目を向ける必要があると思います。それは多くの場合、「男性は構造的に下駄を履いている」という主張がどこまで一般的に成り立つのかを確かめるための問いだからです。
もし仮に、女子枠を「男性は下駄を履いているからという一点のみで正当化する」のであれば、色々な条件の組み合わせにおいてもその命題が成立すると言えなければなりません。この問いの立て方自体は、主張の射程を検証するものであり、科学的・客観的な態度から逸脱しているとは言えないでしょう。
一方で、女子枠に肯定的な立場の方が、必ずしもその一点のみを論拠として主張されているわけではない以上、「肯定派は複雑さを考慮していない」と決めつける態度にも注意が必要だと考えます。
SNS上でのこの問題に関する発言の中には、結論ありきのポジショントークのように見えてしまうものもありますが、自分自身もその一人にならないよう気をつけたいと思っています。少しでも本当の意味で科学的・客観的な議論がなされ、その先により多くの人が合意・期待できる落とし所が見つかることを心から願っています。
関わっている業界の問題である以上、他人事ではありません。自らに何ができるのかについても、引き続き考えていきたいと思います。
Quote
Kaori YAMADA, PhD
@KaoriYamada01
女子枠議論の時に、貧困で田舎出身の男性と、裕福な都会出身の女性という3つもパラメーターの違う人を比べるの、田舎の公立校出身の女性である私としてはいつも、なんだかなー、と思ってたんだけど。
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