大河ドラマ『徳川慶喜』
江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜。大政奉還を成し遂げ、幕府の終焉を見届けるまでの波乱に満ちた半生を、江戸庶民の視点から描いた。
イメージポスター撮影の舞台裏
毎年発表される大河ドラマのイメージポスター。『徳川慶喜』は、「日本は真に開かれたか。」のキャッチコピーとともに、海中で激流にもまれながらも立ち尽くす慶喜という斬新なビジュアルが注目を集めた。このポスター撮影が行われたのは、実は海ではなく横浜市内にあった室内プール!室内といっても南国のリゾートを模し、広いビーチや洞窟まである広大な空間で、そこのメインプールでの撮影となった。まるで本物の海のように不規則なうねりで大波が次々と押し寄せてくるプールに、着物姿で入った本木雅弘さんは、自ら着物をはだけ、水しぶきを浴び、刻々と表情を変化させていった。ゆらゆらと漂うのではなく波と格闘するかのような数時間。時代の激流に向き合い、抗い、翻弄された慶喜のイメージそのままの本木さんの気迫に、南国のリゾート風プールも幕末の轟音が聞こえてくるかのような現場に変化していった。
粋でいなせなはしご乗りに挑戦
慶喜を支援したのが江戸の火消し「を組」の頭で十番組の頭取・新門辰五郎だ。その辰五郎一家が水戸藩江戸駒込中屋敷の庭ではしご乗りを披露するシーンがあった。蟄居中の慶喜の父・斉昭(水戸九代藩主)を激励するためだ。そこで “一本遠見”“膝ばっそう”“腹亀”といった見事な芸を見せてくれたのが江戸消防記念會のみなさんだ。これに「を組」の鳶(とび)の若衆役で出演するダチョウ倶楽部の上島竜兵さんと寺門ジモンさんが挑戦した。敏捷さや柔軟性が要求されるせいか、体型的に不利な上島さんは特訓に苦戦。一方、寺門さんは短時間の練習で一応の型が決まるまでになり、「素質があるね」と指導した鳶の組頭を感心させた。本番当日には、新門辰五郎役の堺正章さん、ダチョウ倶楽部とともに、オーディションで選ばれたイキのいい若者10数人、本物の鳶衆など総勢30人近い面々がはしご乗りと威勢の良い踊りを披露した。ちなみにこのロケが行われたのは東京・目白台にある蕉雨苑。明治30年、当時の財界の実力者・田中光顕が立てた由緒ある建物でその美しい庭が舞台となった。
ダチョウ倶楽部 寺門ジモンさんのはしご乗り 「落ちる―!」
神聖な墓所で感動的なロケを敢行
水戸徳川家の墓所がある瑞竜山で、慶喜がひそかに江戸を抜け出し、父・斉昭の墓参りをするというシーンのロケが行われた。瑞竜山は、水戸徳川家初代頼房公から現在まで、歴代当主の墓所がある神聖な場所。本来ならテレビカメラが入るような場所ではないが、慶喜が斉昭の墓参りをするという設定だったことから特別に許可が下りた。柵に囲まれた初代頼房公の墓を、ドラマでは斉昭の墓に見立てて撮影。冷たい雨に打たれ、沈痛な表情をたたえてじっと立ち尽くす慶喜という感動的なシーンとなった。
このときの慶喜は登城停止を命じられていた時期だ。登城停止には謹慎の意味も含まれているため、表門は閉めきり、月代(さかやき:額からまげまで剃り上げた部分)も剃ってはいけないことになっている。そこで本木さんも、月代部分にネットをかぶせてそのすき間から毛髪を植えた特別製カツラで、頭はぼさぼさ、もみあげに無精ヒゲというむさくるしい姿で墓参りということになった。
碁石もフランス料理も…本物へのこだわり
ドラマでは、将軍後見職となった慶喜が碁を打つシーンが何度か描かれた。盤面は、囲碁指導をつとめる石田芳夫九段と門弟の高橋秀夫さんが、江戸時代の碁の打ち方に近い形の定石に従って作り上げた局面。そして碁石は石田九段からお借りした本物の那智黒と白蝶貝で、通常見かけるものよりかなり厚みがある。石田九段いわく「5千万円の碁石」、つまり1個40万円!ドラマとはいえ一橋のお殿様が使う碁石がプラスチックや、薄手の安物ではふさわしくない。スタッフも「当時の武家のお殿様なら金に糸目をつけないだろうし、献上品もあったと思いますよ」と話していた。さすがに重みがあり画面上でもよく映えていたが、保管には非常に気を遣ったそうだ。
同じく制作スタッフのこだわりがうかがえたのが、慶喜と英国公使パークスとの晩餐会のシーン。供されたのはフランス料理で、ドラマではメインディッシュとデザートが登場したが、それらは実際に大坂城で開かれた宴席のメニューを記した「慶応三年の仏蘭西料理 料理献立書」から再現したものだった。メインディッシュは“カイユ・ベカシーヌ”と記されているもので、うずらの丸焼きにひき肉を詰めた料理。三灯の燭台、食器、グラス類も正餐にふさわしい豪華なものを揃えて華やかな晩餐会のシーンが繰り広げられた。
ベテランの力技、新人の熱意
大ベテランからフレッシュな新人まで、多彩な顔ぶれが揃うのも大河ドラマの魅力だ。徳川斉昭を演じた菅原文太さんは、斉昭の衣装を「質素な生活を多少強調したいと、最初から最後まで藍染めや刺し子の木綿だけで通すことにしたんだよ」と話していた。「侍は質実剛健でなくてはいけない」という斉昭の思想や姿勢を外見からも表現しようと試みたのだ。
井伊直弼役は杉良太郎さん。大老としての所信表明のシーンが初登場だったが、このときのセリフが膨大な量だった。「芸能生活33年、テレビ映画1400本を撮ってきたけど、これほどセリフが多いのは初めて」だったとか。しかし「突然、声が高くなったりリズムが変わると大老らしくない。安定した速度とキーで話すことを心がけました」とさすがの大ベテランぶりを発揮していた。
フレッシュな新人といえば、これが俳優デビューとなった小澤征悦さん。世界的指揮者・小澤征爾さんの長男で映画作りを目指して演技の勉強を始めたが、いつの間にか演じる側の魅力にとりつかれて俳優を志すことに。新撰組の中で最も若く、剣の達人とされた沖田総司役で出演することが決まったときは、「やった、演技ができると思ってすごく嬉しかったです」。大河ドラマ出演を祝って両親からは、木刀、袴(はかま)と着物をクリスマスプレゼントとして贈られたそうだ。殺陣指導の林邦史朗さんの道場に半年以上通い、「半分、趣味に近くなって毎日やってます」と熱心に取り組む姿も初々しいものだった。
徳川斉昭役 菅原文太さん 井伊直弼役 杉良太郎さん
ステラNHK名作座 コラム
本木雅弘ならではの最後の将軍
水戸の実母に愛される機会がないまま、一橋家の養子となった徳川慶喜は幕末の嵐の中、十五代将軍となった。慶喜は薩長の「思いどおりにさせるものか」と大政奉還を決行。しかし、徳川は敗れ、慶喜はどんどん無口に。その分、威勢がよかったのが町火消しの頭、新門辰五郎の妻れん(大原麗子)のナレーション。「これは後から聞いた話なんだけど」「たいしたもんだ」と江戸っ子言葉で事情を解説。れんにかかれば、江戸を戦火から守った話し合いも「手打ちになったってわけだ」となる。
最終回。母(若尾文子)の前で朝敵となったことをわびる慶喜。母は、あなたは徳川宗家を守り、国を二分させず、江戸を救った、よくやりましたと彼を抱きしめる。苦難の中でもポーカーフェイスを貫いた息子はこらえきれず涙する。こんな慶喜像を演じられるのは本木雅弘ならではだろう。史実では「しかたなく将軍に就いた形にしてくれ」と言ったり、戦の最中、自軍を置きざりにしてひそかに江戸に戻ったりしたため、卑怯者などと言われがちだが、本作では、国を守るため、全責任を負って命をかけた人物として描かれる。幕末が新しい角度から見えてくる。
文/ペリー荻野
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大河ドラマ『徳川慶喜』 【1998年放送】 260年余り続いた江戸幕府、最後の将軍・徳川慶喜(よしのぶ)を通して、日本史上最大の動乱期である幕末を幕府側から描いた作品。たくましく生きる江戸庶民の日常や下級武士の生活を織り交ぜながら、国を背負い、命がけで時代と格闘した若き指導者、徳川慶喜の苦悩と葛藤の半生を描く。 |
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