組織の不正をただすために公益通報をした人が、思わぬ経済的困難に直面するケースがある。組織から賠償提訴され、その訴訟費用に苦しむからだ。
提訴知った日、夜眠れず
障害者が共同生活するグループホームで起きた不正を行政に通報した社会福祉士の青木智義さん(51)=埼玉県=は通報後、元勤務先から約4460万円の損害賠償を求める訴訟を起こされた。
子どもが4人いるが、一番下はまだ中学生。訴状が届いた日の夜は、生活への不安からほとんど眠れなかった。
青木さんは「公益通報を萎縮させることが目的の『スラップ(どう喝)訴訟』だ」として弁護士に相談し、反訴した。弁護士費用を支払わなければならず、貯金も取り崩して工面した。
通報者の保護ルールを定めた公益通報者保護法では、通報後に組織から訴訟を起こされた場合の弁護士費用や、裁判係争中の生活費を公的に支援する規定はない。
正当な通報であっても、裁判に対応するための費用や生活資金は個人が負担することになる。
「完全な補償」を求めるEU
一方、海外に目を向けると状況は異なる。欧州連合(EU)は公益通報者保護指令で、通報者の収入喪失や精神的損害、弁護士費用といった損害について「完全な補償」を加盟国に求めている。
米国では、政府への不正請求を内部告発した場合、回収額の一部を通報者に支払う報奨金制度があり、経済的リスクを社会が分担する仕組みが制度として位置づけられている。
公益通報を公共の利益に資する行為と捉え、通報者を経済的に孤立させない思想が共有されているのが特徴だ。
日本でも一部の分野で民間の支援制度がある。それが、冒頭の青木さんも利用した「ももたろう募金」。
障害者虐待の通報や是正に関わった当事者や支援者が、不当な訴訟を受けた場合に費用の一部を支援し、孤立を防ぐため、日本障害者虐待防止学会が設けた制度だ。
寄付金が原資で、これまでに2件のケースで計70万円を助成した。ただ、原資が寄付のため、支援の継続性や規模は寄付額に左右される面もある。現在、募金残高はほぼゼロという。
青木さんは「支援に大変感謝している。個人にとって、訴訟を起こされただけで経済的にも精神的にもダメージがある。少しでも経済的な支えがあると、生活にも心にも余裕ができる」と話している。【森田采花】