二週間の大阪生活でくたくたに疲れる中、一昨日は前々から企画をしていた門田隆将、平井宏冶、平野雨龍を招いての大分県別府市での大宴会を実施、車11台に分乗し、入りも出も異なる57人の参加者を統括し、見事にミッションを達成しました。
まあ、大阪も別府も楽しくやっていたので、思ったよりも体へのダメージはありません。というよりも規則正しい生活で体はいたって元気です。
大坂の選挙区が決まった時、杉田水脈候補自身から「井上さん、助けて欲しい」という要望があり、すべての予定をキャンセルして二週間、大阪の第二選挙事務所に詰めていました。ホテルは兵庫県尼崎の阪神尼崎駅の目の前で、大浴場あり、朝食も充実しており、不規則な昼食と夕食を補うために朝からしっかりと食べて英気を養えました。
1月27日始発の新幹線で大阪に到着すると第二選挙事務所はまだまだ準備も整っておらず、杉田水脈さんの妹さんが出迎えてくれました。声は似ていたのですが、容貌は・・・、これ以上書くと怒られてしまいます(笑)
あまりにも急な選挙区決定だったので、関西圏のいろんな人にお世話になり、事務所を構えたようですが、ボランティアを受け入れることのできる第二事務所と第一事務所は約3キロほど離れていて、最初はその意思疎通がうまくいきませんでした。でも、だんだんスタッフやボランティアさんたちと人間関係が構築されて、どんどん良い環境になってきました。
私はボランティアさんのまとめ役をやっていたのですが、昨年7月の長尾たかし事務所に来られていたボランティアさんもおられ、また私のことを知っていた方も多数いらっしゃったので、とてもやりやすかったです。
ただ、しばき隊と言われる選挙を妨害する輩には辟易しました。
初日は、落語家崩れの剽軽奈 乙燦 (Hyokinna Ossan)という地声の大きな人が来ていたので、支援者と共にできるだけ候補者から離すようにしていました。
からご覧ください。ただし胸糞が悪くなります。
翌日も無言でプラカードを持つおっさんが出てきました。
その後選対会議で、告知をするとしばき隊が湧いてくるので、しないことにしました。私は反対でしたが、候補ご自身がしばき隊に邪魔されたくない、ということでそれを尊重しました。
その理由として、大阪5区のテレビしか見ないおじいちゃんおばあちゃんたちが「なんか怖い人が来たなあ」というイメージを持たれると票が減るということでした。
それも一理あるということで、しばらくはステルス作戦をしていました。
大阪は日本維新の会が圧倒的な強さを誇る場所です。そのため、自民党の大阪府連も弱体化し、それ以外の地域の自民党とは全く異質の組織に成り下がっています。
そして大阪の有権者から耳にするのは自民党大阪府連の不甲斐なさへの怒りの声が多く、この大阪5区には4つの区がありますが、そこの選出の市議は二人だけ。元市議の方の選挙事務所をお借りして選対本部としましたが、狭すぎるためにボランティアの受け入れ先として古い店舗付き住宅のような場所をなんとか用意してくれたのです。
他の候補とは違ってさすがの杉田水脈ですから、全国からボランティアさんが集まっていただき、遠くは東京や名古屋などからも自費でボランティアに来ていただき、毎日約30人ほどの方が手伝っていただいていました。
選挙戦も一週間たち、やっと全体がうまく機能し始めましたが、ひとりのI市議の動きがどうしてもおかしいことに気がつきました。手伝いはしてくれるのですが、素人目に見ても表面だけで、本腰が入っておらず、しばき隊が来るから告知はしないと主張し続けるのでした。
そのころ、ボランティア事務所では、良好な人間関係が構築でき、しばき対策作戦も可能になってきていたので、告知をしようと進言していましたが、それに同意せず、人がいない団地や家路を急ぐ人たちばかりの駅頭での街頭演説ばかりとなっていました。
そのため、しばき隊は情報が得られないために来ていませんが、有権者でなま杉田水脈を見たい、会いたい人も来れずに苦情の電話が多数ありました。ボランティアの皆さんも、地味な作業も嫌な顔をせずにやっていただきましたが、多くは杉田水脈を守りたいと思ってきてくれる方も多く、不満げでした。
I市議はボランティアにも知らせるなというようになり、反発をしようとしましたが、第一選挙事務所は、I市議の顔色ばかりを窺うようになっていたのです。
地元の市議は消防団のような役割で、選挙区の隅々まで知っています。だからその協力は必要不可欠なものなので、皆辛抱していたのです。
初めはこいつは維新のスパイかとも思いましたが、中山泰秀候補の元秘書だった人なので、中山候補を当選させるために、杉田水脈候補の票を減らすための行動をしていたという見方の方が的を得ていると思うようになりました。
重複立候補をしているために、選挙区での惜敗率が当選するかどうかにかかってきます。中山候補は無事比例復活を果たしました。
その証拠に、マイク収めの日には、杉田候補の選挙区の市議であるにもかかわらず、このI市議は中山候補のところにはせ参じていたのです。もちろん開票時の会場にも顔を見せていませんでいた。
そんな内外の妨害にもかかわらず、維新の梅村候補(現職)の51%48000票を獲得する善戦をしました。
日本維新の会が高市総理に大阪での合同立会演説会をしようと提案してきたそうですが、高市総理はそれでは自民党の立候補者たちに不利になると断っていたために、大阪に入ることをしませんでした。
それでも、うちの選挙事務所には、安倍明恵さんをはじめ、エルドリッヂ博士や山口敬之氏や門田隆将氏や長尾たかし氏がはせ参じてくれました。
でも、4日のホテルで開催した決起大会では山口敬之氏と谷口智彦氏が応援演説をしてくれたのです。その時は告知をしていたので、しばき隊と思われる団体が30名ほどでホテルの反対側で一時間ほど騒いでいました。
「ヘイトスピーチ止めろー」と叫んでいたので、「ヘイトスピーチしているのはお前たちだろうが」と叫び返すと反しばき隊の人から笑い声が起きていました。
安倍明恵さんも門田隆将氏が来られた時も告知ができず、限られた人しか集めることができなかったのです。
これって選挙妨害ですよね。本当に困りました。
それでも公示の5日前この大阪五区に降りてきて48000票を取るなど杉田候補の努力は並大抵のもとではありません。
れいわ新選組の大石あき子は前回よりも8千票ほど減らし、19000票しか取れておらずに、比例復活もできませんでした。
選挙戦はIFということはつきものですが、最後の一週間しばき隊対策部隊を使って日に二回ほど告知をしていれば、もっと票は伸びたと思っております。それだけ現場の感触は良かったのですから。
マイク収めの最終日、今回は告知をしていたので案の定しばき隊が3人ほど来ました。
れいわ新選組の元公設秘書と言われる人が無言でプラカードを上げていたのですが、早速しばき隊バスターズが動き始め、取り囲みました。私は別の人のプラカードを引きずりおろしました。すると「器物破損だ」と叫びましたので、「ただのゴミだろうが」怒鳴り合いになりました。
しかしその場所は候補者の演説から30メートルは離れていたので、杉田候補は自分の訴えを多くの聴衆の前で最後までしゃべることはできたのです。
というのも去年の参議院選挙の時は、妨害が酷くてちゃんと喋れなかったと聞いていたので、最後だけはきちんとしゃべらせようとしたかったのです。
そんな中、れいわの大石の元公設秘書がこの囲みを突破して、街宣車の方へダッシュして杉田候補に近づいたために、候補者の安全を守るために皆で一斉に引きはがし、後方へ追いやりました。その際に足がもつれて自転車の上に転倒しました。
警察も出動してくれて騒ぎを収めてくれましたが、相手は私たちが杉田候補を守ることに本気だと悟ったのか、「最後ぐらいはしゃべらさせてやる」と言い残して去っていきました。
その後、私は警察の事情聴取を車に乗せられて受けましたが、その担当した刑事さんは「嫌な選挙ですよね~」と同情していただき、「何とか厳しくやってくださいよ」というと「やはり政治家が動いてくれないと現場では対応ができないんですよ」と悔しそうに言っておられました。
こうやって内外の妨害があり落選となりましたが、杉田水脈は元気に次の目標を見据えて大阪に引っ越す決意を固めています。
浪人の身では金銭的にも厳しいものがありますので、ぜひこれからも再起を図る杉田水脈に物心両面のご支援を賜りますようよろしくお願いします。