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Conversation

異国の地で僕の善意はゆっくりと、確実に死んでいく。イギリスに来てすごくモヤモヤしていることがある。それは「人助けが気軽にはできない」ということ。さっき、図書館で50歳ぐらいのおっちゃんに話しかけれた。「図書館のインターネットが切れてしまったようで、一瞬だけ調べ物のために使わせてくれへん?」と聞いてきた。 素直に「いいですよ」と言えなかった。。。 先月も似たような場面に出会した。大学に行く途中でスーツを着た男性に「ちょっと助けてくれないか」と懇願された。が、無視して通り過ぎてしまった。表情を見るにガチで何かに困っていそうだった。 彼らが本気で困っている可能性も大で、自分がそっと手を差し伸べるだけで、その人が救われたかもしれない。 が、何かの犯罪に巻き込まれるかもしれないという危険性から純粋な「人助け」がもはやできなくなってしまった。 先日パリに行った時に「deaf(耳の聞こえない)の子どもたちへの募金をしている」という女の子たちが近づいてきた。妻が何の疑いもなく財布を出したら、中身を盗もうと手を出してきた。 助けよう。という暖かな気持ちで寄付しようとした。がその善意を踏み躙られたこと。そして、障がいを持つ人々を利用した手口に久しびりに僕は怒った。 恐らくパリではあるあるの手口何だろう。が、そういうのを色んな国に行って目にしてしまった僕は、知らない人に簡単に手を差し伸べられなくなってきていることに気づいた。怒りがおさまった後に、ただただ悲しい気持ちになった。 実は昨日ジムで靴を盗まれた。「え、靴盗む?」って感じだけど、盗まれた。スタッフの人に「監視カメラ見てくれへん?」と尋ねたが「あー無理かな」みたいな塩対応で終了。そうだよね。めんどいし、犯人見つけたからどうって話だよね。 イギリスに来てから僕の友人もたくさん盗難や事件にあっている。教え子の友達も夜に襲われてスマホを盗まれたと怖い話をしてくれた。 こういう負の経験が積み重ねってくるとどんどん知らない人を助けられなくなってくる。 裏を返せば、自分が見知らぬ土地で困ったときに助けてくれる人も同様にいない可能性が高いということ。 そんな悲しい社会がありますか。。。 自分を守るための「正解」を選び続けるたびに、自分の中にあったはずの優しさが少しずつ死んでいく。 社会は少しずつ、大切なものを失っているのかも知れない。
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