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平和安全法制のナゼ(全5記事)

「アメリカの戦争に巻き込まれることは絶対ない」 安倍首相が集団的自衛権に関する疑問に回答

内閣総理大臣・安倍晋三氏が、自民党のトーク番組CafeStaに登場。衆院を通過した安全保障関連法案に対する国民の疑問や不安に対して、安倍首相が自ら解説していきます。今回は集団的自衛権の意味や自衛隊を海外へ派遣する目的と必要性、また武力行使の3要件についてわかりやすく説明し、国民に理解を求めました。

集団的自衛権って何なんだろう

牧島かれん氏(以下、牧島):みんなさんこんばんは、CafeSta生放送でお送りいたします。全5回、平和安全法制について、安倍総裁から直接お話を伺ってまいります。たくさんの拍手をいただいてます、総裁。

安倍晋三氏(以下、安倍):ありがとうございます。

牧島:ありがとうございます。

安倍:昨日よりも30分遅いですけどもよろしくお願いいたします。

牧島:よろしくお願いいたします。生放送ということで沢山のコメントが今日もいただけると思います。総理への応援メッセージたくさんいただいております。本日2回目。私神奈川17区衆議院議員、牧島かれんです。よろしくお願いいたします。

本日は集団的自衛権という大変重たい、そして重要なテーマを皆様と一緒にお伝えをしていきたいと思います。

個別的自衛権と集団的自衛権って2つの自衛権があるらしいというところで、国なので個別的自衛権はあるんだろうなと、何となく漠然と感じていらっしゃる方もいらっしゃると思うんですが、集団的自衛権とは何なんだろう、さらには、日本はこれまで戦争に巻き込まれず、戦争せず平和な国としてやってきた。

日本人としての誇りもある。その誇りがこの平和安全法制によって崩されるのではないかという不安が広がってると思うんです。今日安倍総裁から直接みなさまに集団的自衛権のお話から聞かせてください。

安倍:集団的自衛権とか、個別的自衛権。これいったいどういう意味なんだろうと思っておられる方がたくさんいらっしゃると思うんですね。またそれは憲法違反だとかいう批判もあります。

そもそも、この自衛権というのは、先の大戦が終わって、世界で再び戦争は違法だ。戦争を改めて再評価しました。その中で他国から攻められたときだけは、いわば自衛権として戦うことができる。それは認められるんですね。自衛権は行使できる。その自衛権の中にも、自分が攻められたときに反撃をする、自国を守る権利は個別的自衛権。これはいいんですよ。これも自衛権ですよと。

もう1つ自衛権は、集団的自衛権。それは自国と密接に関係ある他国が攻撃を受けたときに一緒に守る権利、これが集団的自衛権。この個別的自衛権も、集団的自衛権も自衛権として、これは違法ではありませんということを国連で認めました。国連憲章にも書いてあります。ですから、日本は権利としては間違いなく自衛権。個別的自衛権も、集団的自衛権も両方とも権利として持っている。

例えばそれは国連憲章の中だけではなくて、日米安保条約の中にもちゃんと前文にはそういう権利は両国とも持っていますということが書いてありますので。そしてまた、これは意外に思われる方がいるかもしれませんが、日本とソ連が結んだ、というか宣言を出した、日ソ共同宣言の中でもちゃんと書いてあるんですね。

ですから、権利として持ってるというのは、これはもう間違いないということだろうといえます。

憲法解釈の見直しにより集団的自衛権の範囲はどう変わるか

牧島:わかりました。国連憲章の中にも、つまり国際法上も、実質的に集団的自衛権も個別的自衛権と同じように持っているということが明確になっているし、国際法上、国連憲章の中で戦争はしてはいけませんよという禁止もされている。だけれども紛争は起きる。

じゃあ、日本が持っていると、今総裁がご説明いただきました、集団的自衛権、3つの段階があると思うんですね。

持っています。行使できます。行使します。

この行使しますということがしょっちゅう起きてしまったら困ると思うんですが、でもやっぱり行使しますということが起きうる場合には、どういうふうに地元の方たちにわかりやすくご説明できるでしょうか。

安倍:今、自衛権として説明をしましたが、少しわかりにくいよという方もたくさんおられると思うんですね。ですから、例えば夜道を歩いていて、突然誰かに襲われた時に反撃をする。身を守る。これはまさに個別的自衛権なんですね。で、同時に例えば私が友達と一緒に歩いている。そこで暴漢が、襲ってきて友達を襲ったんだけども、友人だから一緒にこれは対応する。

私が友人を守る、これは集団的自衛権といってもいいんだろうと思います。そこで今回、我々は、集団的自衛権、これは友人の関係であれば、当然お互い助け合うんだな、ということで理解をいただけるんだと思いますが、日本の場合は、憲法9条の制約がありますから、それをすべてを認めるわけにはいきませんねっていうことなんですね。

これはどういうことかというと、今回、一部は、自国を守るためには、ということにおいて、国民の幸せな生活や命を守るためには、この集団的自衛権の一部を使うことができる、ということを決めたんです。

それは例えば、私の友人で、菅さんという人がいたとします。この菅さんが、家に強盗が入ってきて大変だと。私の家に電話で「安倍さん助けて」とかかってくる。「これから家に来て一緒に強盗と戦ってよ」といわれても、これは私が菅さんの家まで行って菅さんを助けることはできないんです。これは、憲法の制約があって、今度の改正でもそれはできない。

では、我々が認めた集団的自衛権とは何かといえば、例えば、安倍晋三は生意気な奴だから今度殴ってやるという人たち、そういう不良がいる。今夜殴ってやろうといっている時に家に帰る。困ったなと思っている時に、例えば私の友達の麻生さんという人が、俺はけんかが強いから一緒に帰って守ってやるよといって一緒に帰ってくれるということになって、麻生さんは私の前を歩いてくれている。

そこに3人ぐらいの不良が出てきて、いきなり麻生さんに殴りかかった。でもこれはまさに私をやっつけようと思って出てきて、私の前にいた麻生さんをまず殴ったんです。3対1ですから、私と、麻生さんと一緒にこの人たちに対応する。私も麻生さんをまず守る。

これはまさに、今度の平和安全法制において私たちができる。昨年の憲法改正、憲法の解釈を見直すときにこれは限定的にできますね、と認めたことなんです。そこまではいくということなんですね。

集団的自衛権が行使されるような状況が起き得るか

牧島:わかりやすいたとえというのもいただいておりまして、麻生さん強いけど、菅さんも助けてあげてというコメントが今流れてきたんですが、親しいお友達でも駄目なんですか。

安倍:これはですね、いわば今度の法律においては、国の存立が脅かされて国民の生命や自由や幸福を追求する権利が根底から覆される。つまりさっきいったように、国民の命や国そのものが、幸せな国民の生活が危なくなるという時に限って、これは集団的自衛権の行使はできるということなんです。

牧島:ということは大変限定的であるということなんですか。

安倍:今の例は、たとえば菅さんの家に強盗が入って、普通友達同士という感覚では助けにいかなければいけないんですけども、安倍家が危ないわけではないですね。しかし麻生さんと一緒に歩いている。これはまさに私が襲われるという危険な中で、麻生さんが一緒に歩いてくれているということであれば、これは対応することができるよと、こういうことなんですね。

牧島:まさに自分自身が攻撃されるのと同じ状況であるということになるんですね。

安倍:そうですね。言わば状況と同じような被害が私にも及んでくるよということがわかっている時に対応するということになります。

牧島:今のたとえ話で少しリアリティが見えてきたような感じがしますが、それでもやはり多くの国民の皆さんにとっては、「そんなことって実際起きないでしょう。具体的に起きうるの」というご質問がよく聞かれます。

安倍:例えば具体的には、今北朝鮮においては、たくさんの弾道ミサイルを既に配備をしています。それに乗る核兵器も開発をしていますね。そういう状況の中にあって、例えば、その対応のために警戒にあたっている米国の船が攻撃されることがあります。

この船はまさに日本を守るために警戒活動にあたっている米国の軍艦、これを助けなければ、一緒にまさに日本を守らなければいけない中にあって、これを守れないということになれば、日本にもこれはまさに大変な被害が出ることになります。

また例えば、朝鮮半島において紛争が起こったとき、あるいはまた、沢山の日本人が世界で活躍をしています。どこでどういうことが起こるかわからないというときに、日本に逃れようとする法人を、日本人を抽出して日本に運ぶアメリカの船が襲われるかもしれない。

そういう船を守るということは、乗っているのは日本人なんですが、アメリカの船であれば、それは集団的自衛権の行使にあたるんですね。ですから、そこで、我々はそれを助けなくていいのかということですね。実際それはやはり起こり得るんだろうと思いますし、そして、これはやっぱり相手の立場に立つということが大切なんだと思うんですが、アメリカは民主国家ですね。

日米同盟がありますが、やっぱりその日米同盟をしっかりとアメリカにおいても支持されなければ、それは機能しないんです。さっき言った日本のために、日本を守るために警戒にあたっているアメリカの船を、日本の海上自衛隊が助けることができるのに助けなかったら、これはアメリカの国民だってやっぱりそんな国のために、アメリカの若い兵隊はがんばるのか、命を懸けるのかということになりますよね。

それと同時に、例えば日本に敵対している国の立場になれば、そうやって日本とアメリカの仲を悪くする。あるいは、1足す1は実は2にならないと思えば、隙があるなと思うんですね。大切なことは隙を見せないことが結果として地域を安定した地域にしていくし、平和を守ることもできるんだろうと思います。

自衛隊がソマリア沖の海賊対策を行う意味はあるのか

牧島:昨日も海賊事案のお話がありました。上半期、襲撃はゼロであるというところで、今海のお話が出てきていますが、ここから先ホルムズ海峡の機雷の掃海、つまり船が行くときに安全に渡ることができるかどうか、こういう時には昨日総裁も国際的に協力して、皆で一致団結してやるんだという気運が必要だというご説明がありましたが、そのあたりはいかがなんでしょうか。

安倍:そうですね、ホルムズ海峡で機雷を掃海する。地球の裏側まで行くのか? というそういう批判があります。今、かれんさんがおっしゃったように、これは集団的自衛権の行使ではありませんが、海賊から日本や世界の船を守るために、日本の海上自衛隊は世界の国と共にソマリア沖で海賊対処行動にあたっています。

かつては日本の海上自衛隊は日本の船しか守れなかったんですが、私たちはこの法律を作ってそして、ソマリア沖まで行って外国のたくさんの国々の船と一緒に船団を守ります。日本の船だけではなくて他の国の船も守ります。船籍が別の船でも、その船は日本に物を運んでくるかもしれないということももちろんありますね。

あと世界の国々と協力すれば、より効果的にその船を守ることができるんです。その結果、今いわれたように、かつては200件以上事案があったんですが、この半年間はとうとうゼロになりました。

つまりみんなで守ることによって、結果、安定してそして平和な海に戻りつつある。でもまだ本当に平和になってませんから、こういうみんなで守ってるから、海賊の人たちも今やめとこうと思っているんですね。

ですから今やめるわけにはもちろんいきませんが、このようにちゃんと成果が出てきていると思います。そしてまた、機雷の掃海はホルムズ海峡はソマリア沖の方がもっと遠いんですね。

ですが当時の民主党は、地球の裏まで行くのかといって反対しました。この機雷掃海については、そこで機雷を敷設されると、たくさん日本にやってくるタンカーが通れなくなってしまう。

日本で使っている石油の8割はここを通ってきます。また、LNGにしても4分の1はここを通ってくるんですね。ですから、ここを通ってこれなくなったら、これは日本の経済にとって、国民の生活にとって大変なことになるんだと思うんですね。

紛争に巻き込まれるリスクを犯しても自衛隊を派遣する意味

牧島:総裁、ただ、航行を守るのは大事というコメントをいただいてはいるんですが、経済活動のために紛争に巻き込まれるかもしれないリスクを冒すのは、ちょっと日本の考え方としてなじまない。違うという声も多いと思いますが。

安倍:そうですね。そういうご批判もあります。しかし、今申し上げましたように、石油も入ってこなくなる。ガスについてもLPガスもあんまり入ってこなくなってくるとなると、例えば、冬寒い時にそういうことが起こると暖房にも問題が出てきますし、あるいは電気にも問題が出てくる。例えば、病院の運営がどうなってくるか。車も使えない。

いざというときにそういう対応ができないというと命にも関わってくる。このことによって、命を失う人もやっぱり出てくる可能性というのはあるんだろうなと思います。それと機雷の除去というのは、まさに事実上停戦はできてるけども、まだ完全に停戦ができてないという状況であると。

これは先ほどお話をした、国際法的には集団的自衛権の行使にあたってしまうんですね。でも実際はもうほとんど戦闘がというか、全く戦闘が行なわれてないという状況で危険物を処理するわけですね。

ですが、今、ソマリア沖でやってる海賊対処行動というのは海賊、まさに人を相手にしているわけですが、ここではまさにそういう危険物を処理すると。しかし外形的には、集団的自衛権の行使に当たるというものですから、我々は、その時に必要とあれば、まさに国民の生命に関わってくれば、今回の法改正でそれをやるということもあるというふうに、今回の法制においては説明をさせていただいているんです。

牧島:ということは個別的自衛権の拡大解釈ではだめだっていうことなんですね。

安倍:そうですね。個別的自衛権の解釈で、例えば先ほど例として挙げた米艦を防護する。これも個別的自衛権でいけるんではないかという人達がいます。しかしそれは先ほど最初に申し上げましたように、例として、私が殴られた時に私を守るために対応する。これは個別的自衛権で、私と一緒にいる友人を守るために私がそれを守る。あるいは対応する。これは集団的自衛権と、もう明らかなんですね。

これ、もう国際法で決まっていることですから、日本人が勝手に決められることではなくて、今申し上げましたように、自分の国が攻撃をされた時には個別的自衛権、外国が攻撃され、密接な関係にあって、そこからの了解や依頼があったときに、そこを守るというのが集団的自衛権ということになっていますね。

ですから、そうではなくて、みんな個別的自衛権でやりますよ、ということになれば自分が襲われていないのに、勝手にどんどんいろんな人を攻撃をしたり、勝手にいろんな人を殴って、安倍は変な奴だなと世界で思われてしまうんですね。ですからかえって私は非常識になる。

ですから国際法の世界の話であって、我々はやる必要はあることであればやらなければいけませんけれども、しかし国際法で変なことはするべきではないと思っています。

集団的自衛権を行使するための3つの厳格な要件

牧島:国際法で変なことをするべきではない。ただ、親しい関係にあるお友達であるところが困っていて、依頼を受けたらそれに答えなければならないのではないか。特に質問が多いのはやっぱりアメリカにやるように言われているんじゃないか、アメリカのプレッシャーなんじゃないか。

さらには、アメリカの大義のためだけに、または助けてというふうに世界の警察であるアメリカから電話を受けたときに、日本も一緒につきあってよって言われた時に断れないというのが、この集団的自衛権ではないのか。

安倍:私たちの行使できる集団的自衛権というのは、憲法9条との関係で限られていますよと。さっき例としてあげた、菅さんの例は助けることできませんね。麻生さんの例は、助けることできますね。これはいわば私たちが、集団的自衛権を制限するにあたって、3つの要件を課してるんですね。

第1の要件はまさに、これは国民の平和な生活や、命を守るためでなければ行使できませんということ。2番目にそれを排除すために他に方法はありませんね。外交努力は尽したんですね。というような条件。3番目には、必要最小限度でなければいけませんよという3つの制約がかかっている。

これ世界中でそんな制約をかけているところはないんですが、憲法9条があるからこの3つの制約がかかってます。この制約についてはもちろん同盟国のアメリカにも十分に説明をしています。アメリカも了解をしているわけでありますし、先般の日米の合意にもちゃんと明示しているんですね。ですからアメリカもちゃんと理解をしています。

一旦しかし、例えばそういうことと決めたらやってしまうんではないか、という人がいますが、もう日本は独立をした国ですから、まさに、アメリカの言いなりになるということはあり得ませんし、さっき申し上げましたようにアメリカに対して我々はよく説明をしているということなんです。

PKO法ですね。PKO法を作って、そしてカンボジアに自衛隊を出すという時も、あの時も戦争に巻き込まれるとか、アメリカの戦争に巻き込まれるという意見がずいぶんあったんです。今やそれを言う人は誰もいなくなったんだろうと思います。あの時もずいぶん、憲法違反だ、こんなこと言われましたが、あの時の私たちの判断は間違っていなかったと思います。

また、PKOについても、一旦出したらなかなか戻せないんではないかという人がいますが、例えばゴラン高原でPKOをやっていましたが、状況が悪くなりましたから私たちは中断しました。

ちゃんと日本は日本独自のこの法律に従って、考え方に従って辞める時にはきっちりと辞めますし、できないときにはできませんということをちゃんと言いますから、アメリカの戦争に巻き込まれるということは絶対ないということは、ここではっきりと申し上げたいと約束したいと思います。

アメリカの戦争に巻き込まれることは絶対ない

牧島:ありがとうございます。その言葉が必要だったのではないかなというふうに思います。イラク戦争はどうなるのというご質問も今ありましたが、総理、アメリカの戦争に巻き込まれることはない。湾岸戦争とか、イラク戦争とか、ベトナム戦争というのに巻き込まれることはない。日本の立場はしっかりと伝えていただけるっていうことで。

安倍:ベトナム戦争とかイラク戦争とか、あるいは湾岸戦争。アフガン戦争。こういう戦いに自衛隊を送り込んで戦うということ、これはもう絶対ないということなんです。これは必要最小限度を超えていますし、もちろん、果たして日本の存立に関わるのかといえばそんなことありませんから、そこにおいて集団的自衛権を行使することはない。

これはもう、憲法解釈において、その余地は全くないということ。今回のいわば我々の憲法解釈の変更が、これもう限界だということははっきりと申し上げたい。そして、ではそんなことがなぜいえるのか。

また政府が変えられるんではないかといわれるんですが、それは法律に書いてありますから、政府でもそれは変えることはできないんです。政府だけでなくて国会も、つまり国民の皆さんが支持しない限りそれはもうできない、ということははっきりしたということを申しあげたいなと思います。

牧島:ありがとうございます。限られた時間の中ではありましたけれども、たくさんわかりやすいというコメントをいただきました。今日の集団的自衛権。日本のため、日本国民のためにという、総理・総裁からのお言葉を皆様にお伝えさせていただきました。

今回の平和安全法制は全部で5回のシリーズでお送りさせていただいてます。今日2日目終わりましたが明日も続きます。明日も「自衛隊員は危険にさらされる?」ということで、再び安倍総理・総裁より、皆様にメッセージをお伝えしていただくことになっております。

明日また、大沼みずほ参議院議員がナビゲーターをお務めいたしますので、ぜひ皆様明日もおつき合いください。今日はどうもありがとうございました。

安倍:ありがとうございました。

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勅使川原真衣の今日もマイペースで(全7記事)

選挙で拡散されたのは政策ではなく「推し動画」だけだった ファンダムマーケティングが政治に入り込んだ、“政策なき選挙戦”の正体 [1/2]

【3行要約】
・衆院選で自民党が圧勝したものの、政策論争の不在や「推し活選挙」の台頭など、勝ち負けの裏で民主主義の課題が浮き彫りになっています。
・ 勅使川原氏は「疲労困憊社会では判断コストを下げたい人々が勝ち馬に乗りやすい」と指摘し、ファンダムマーケティングの政治への浸透を警告。
・ 民主主義を守るには「負けても終わらない社会」の構築が必要であり、選挙結果だけでなく政策内容の検証を継続すべきだと提言しています。

改憲も「推し活」選挙も待ったなし 勝ち負けの裏で何が起きているのか

西村志野氏(以下、西村):ここからは前半レギュラーの「ラジマガコラム」。水曜日は、勅使川原真衣さんの『勅使川原真衣の「今日もマイペースで」』。今日はどんなお話でしょうか?

勅使川原真衣氏(以下、勅使川原):今日はやっぱり、衆院選もあったし、受験シーズンだしというところで、みなさんお疲れなんじゃないかと思います。そこで「勝ち負け」について考えたいと思っています。

武田砂鉄氏(以下、武田):はい。

勅使川原:国論を二分するとかも結局わからず、郵政はほとんどその話をしたとか言っていますけど、消費減税、「悲願」と言ったではないですか、途中から。だけど、まったくおくびにも出さなくなっていきましたよね、選挙戦の途中から。

そもそも「政治とカネ」の問題であるとか、Dappiの特別報告の件、これらにぜんぜん向き合った形跡がありませんでした。台湾有事発言も謝っていません。どうなっているんでしょう。

高額療養費制度、これ怖いですよ、本当に。そして本丸は改憲にほかならないと思います。憲法改正だと思いますけども、早いですね、仕事が。2月9日にはもう、憲法改正に向けた調整も進めてまいりますと首相はおっしゃっています。

さらには、憲法改正国民投票が最後にありますので、それについても、もう2月9日に「少しでも早く賛否を問う国民投票が行われる環境をつくれるよう、粘り強く取り組む覚悟」と首相自ら述べました。

早い。早すぎる。いったいどうなってるの、と。でも勝ったんですよね、これは。選挙戦という話でいうと。さらには、2月10日、昨日の日経新聞ではこんな記事が出ていました。

「『推し活』選挙が溶かした政党政治」というタイトルで、印象的だったのは「決められない政治から、決めすぎる政治に変わっているんじゃないか」というような警鐘が鳴らされていました。

武田:民主的に決めるなら、それはそれでいいんですけどね。

勅使川原:おっしゃるとおりですね。

武田:「私がやります」と。

勅使川原:もう国民は置き去りでしたね。ですが、一応勝った負けたというのはあるので、勝ち負けについて、今日は右だ左だという思想以外から、多角的に検討してみたいと思っています。

論点は3つあります。1つは、勝手に名付けたんですけど「一億総疲労困憊社会」だと思っているんです。忙しいでしょう、お疲れじゃないですか。そういった社会における判断コストはどう考えたらいいのかなという話。

そして2点目は、ストーリーとか、ちょっと嫌な言葉ですけどナラティブみたいなものに、私たちは弱いよねという前提で何をどうしていくべきかというお話。そして総じて3点目として、これから人が人を選ぶってどうあるべきなのかというお話を考えていこうと思います。

武田:その手元のメモの、3つ列挙する「1、2、3」がもう「2、2、3」になっていますからね。相当お疲れだなと思いますよ。もう「1、2、3」じゃないですからね。

勅使川原:マジ? 本当だ(笑)。

武田:みなさんお疲れさまでございます。

勅使川原:「2、2、3」ね。そうですね。じゃあ「1」に戻らせていただきます。

今回の自民圧勝も、しっかりトランプ政権も似たようなものがありそうですけども、こうやって民意というものが、かっこ付きですけど明らかになると、こういうふうに言われませんか。

「有権者が考える力がなくなったんじゃないか」とか、「思考停止している」「主体性がない」「右傾化し始めている」「保守回帰だ」という声が上がりやすいですけども、ここはひとつ冷静にいきたいなと思っています。

「使える脳が残っていない」疲れた有権者が省エネで選ぶ理由

勅使川原:私、以前のコラムで「チョイパ(チョイス・パフォーマンス)」の回でもお伝えしたんですけど、心理学とか組織論でも、人というのは基本的に脳の構造的に、意思決定コストをそんなにたくさんは維持していられないと。コストを下げたいと願っている生き物であるというお話をしました。

毎日仕事で「やれこれどうなった、あれどうなった、判断しろ」と言われ、家庭でも「あんたどうすんの」と言って判断を迫られ、人間関係でも迫られ、ニュースでも「ああどうしたのかな、こうしたのかな」とやって、その上で選挙。

今回正直、もう使える脳が残っていないよという方もいらっしゃったんじゃないかなと思います。

武田:いろいろと選挙のあとの報道を見ていると、街中で「どういうふうに投票を決めましたか?」というふうに聞いたら、「AIに聞きました」というふうに言うと、「おい」というふうに言いたくはなるけれど、その脳が残っていない感じというのも、確かにわからんでもないなと思いますけどね。

勅使川原:本当にそうです。それくらい追い込まれたというところもあるような気がします。外食をする時じゃないですけども、だいたい外食する時ってすごく疲れていると、前にも行ったところ、前にも買ったところ。

ないしはすごくおいしいわけじゃないけども、すごくまずいわけでもないという「大きな失敗がないところ」。ないしは「もう一番近いから」みたいな、考えなくて済む、これぐらいの選択肢しかないんですよね、本来。

選挙は違うだろうと言いたいところだけども、有権者がお忙しくてお疲れというのを考えると、かなりそれに近い、ある種の省エネ状態で行われた選択なのかなとも見えます。

意思決定コストを下げたいという話もあるんですけどね、もう1つ知っておきたいのは、これぐらい限られた労力と時間になってくると、最善の選択をしようと思うと、わかりやすいものにまず飛びつきますという話はあるけども、さらには「どうせやるんならば、自分の一票を無駄にしたくないな」と。

選挙に行くことも、何か意味があったと思いたいなという気持ちが出てくるというのも、人間の性かなと思うんですよね。

武田:「ここに入れたら勝つんじゃないかな」という感じの投票行動になるということですね。

勅使川原:そうなんです。自ら勝ち馬に乗るということを自然とやってしまう。気持ちはすごくわかりますね。だって、やってもやらなくても変わらないことって、この社会では愚行とされるじゃないですか。

何か労をなすならば、意味があることと言われているので、どうしてもどこに入れれば自分の一票が無駄にならなかったのかなという意味での投票行動もあったのかなと思います。

武田:もちろん自分が投票したところの候補なり政党が受からなかったり、芳しくない結果のその票にもものすごく意思表示という意味はあるわけですけれどもね。そこまで考えられずに、どこに入れれば勝てるかなというふうに考えてしまうと。

勅使川原:そうですね。まあ今年は雪も降っていたし、寒い中行ったんだからみたいな気持ちにも、これの善し悪し(の判断)はなくなってしまうのかなとも思います。これ、信念とかそういう話じゃなくて、単純に疲労管理の話なんですよね。個人がどう疲労をコントロールするかとか。

あとは「認知的不協和」という言葉が心理学でありますけども、やっぱり自分が願っていることと現実に起きていることにギャップがある時って、人間はモヤモヤとするんですよね。そのモヤモヤは自然と解消したくなる。そういった心理も働いてしまったのかなとも思いました。

「勝ち馬に乗る」のは愚かだからじゃない 政策なき選挙戦で何が拡散された

勅使川原:これを「なんだ勝ち馬に乗って」という言い方で批判だけしていても、ちょっと仕方がないのかなと思うので、今回これを機に、やっぱり「疲れた人」という前提で、判断コストが低いほうに流れる時代の「選ぶ」という行為、これを引き続き探求する必要があるだろうなとは思っています。

武田:そういう勝ち馬に乗り上がってということではなく、もう乗りたくなってしまうものなんだということなんですね。

勅使川原:そういうことです。もう大前提として、じゃあどうするのかを考える必要はありそうです。

そして、タイパ社会であるとか疲労社会を生きる私たちの勝ち負け問題、論点の2番目ですけども、「ストーリーに弱い私たち」という言い方を私はしました。

昨日の日経新聞の記事でちょっとギョッとしたんですけども、こういう一文がありました。「高市早苗氏がもたらした熱狂の背景からは、政策すらも消え去った。あるのはわかりやすい構図に支えられた『早苗推し』という『推し活』だ」と。「ギャー」って感じでしたけども。

これまでね、Nなんとかとか、参政党とか、問題がある政策があったとしても、「政策がない」ってことはなかったんじゃないかなと思うんですよね。でも今回はどうでした? 政策という政策、よくわかりませんでした。討論もしませんでした。

拡散されたのは「早苗動画」ぐらいだったのかなと思うんですよね。しかもその早苗動画も、政策は説明していません。イメージ、ストーリーでしたよね。逆境に立ち向かうヒロイン。笑顔。笑顔なんか随分上手になってきましたよね。

叩かれている、かわいそう、だから応援して、みたいな。政策が曖昧、いいんですそれはと。実現可能性、そんなの知りません。財源、知りませんと。いうところでも、勝てちゃったわけですよね。

武田:これたぶん、その「逆境に立ち向かう」という感じが僕はよくわからなかったんだよね。つまり高市さんって、ここ最近自民党に入った人とか、自民党の外から何か大きな力で立ち向かおうとしているわけではなく、ずっと中にいた人だから、そこでなぜそれが逆境に立ち向かう感じになるのかが……。

そのために、対メディアであったりとか、対別の国であったりとかっていうことを作り上げていったということなんだとは思いますけどね。

勅使川原:そうですね。まあ自民じゃない人からするとツッコミどころしかなかったので、いろいろと指摘、という意味での批判をしてきたわけですけども、批判がもう「非難」だと思い込んでいらっしゃる様子なので、指摘がすべて逆境と捉えられたような気はしますよね。

でもこれおもしろかったのが、批判されればされるほど、彼女の糧になっていったわけですよね。燃料になっていきました。これもう選挙戦、戦だとすると無敵じゃないですか。エネルギー無尽蔵だったわけですから。

でも政治家と有権者の関係でいうと、これは負託でもなければ、期待でも支持でもないですよ。でもこのゲームだとすると、ここに持ち込んだもん勝ちだったということではあるのかなと思います。

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