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平和安全法制のナゼ(全5記事)

「安保法制は憲法違反じゃないの?」 安倍首相、反対世論に対して法案の正当性を説明

内閣総理大臣・安倍晋三氏が、自民党のトーク番組CafeStaに登場。衆院を通過した安全保障関連法案に対する国民の疑問や不安に対して、安倍首相が自ら解説していきます。今回は「平和安全法制は憲法違反ではないか」をテーマに、安倍首相が自衛権に対する政府見解の歴史的変遷と安保法制の必要性、集団的自衛権を合憲とする根拠を説明しました。

「平和安全法制は憲法違反なのか?」

牧島かれん氏(以下、牧島):みなさん、こんばんは。

安倍晋三氏(以下、安倍):こんばんは。

牧島:本日もCafeStaから生放送でお送りします。平和安全法制、全5回のシリーズで、本日が第4回目「平和安全法制は憲法違反なのか?」という重大な問いに今日は安倍総裁が直接このCafeStaからお答えいただきます。本日も、神奈川17区衆議院員牧島かれんがお送りいたします。よろしくお願いいたします。

それでは、総裁、みなさんが、また、ネットをご覧になっていない世代の方達にも伝えていただけるようなコメントメッセージ、たくさんご期待いただいているところであります。

安倍:はい。メッセージを入れていただいて。こんばんは、みなさん。よろしくお願いいたします。

牧島:早速、今日のテーマであります、憲法違反なのかどうか。これ、専門家の中でも平和安全法制は憲法違反じゃないかと言っている方がこれだけいるじゃないか、というコメントや世論の声があるかと思います。

あの、そもそも憲法において自衛権というのはどういうふうに定義されているものなんでしょうか。

安倍:はい。これは、かれんさんもよくご存知の通り、憲法にはですね、自衛権について明文の規定はないんですね。日本が自衛権をもっているかどうか、書いてありません。ですから、例えばかつては自衛権を日本は放棄しているんだ、と吉田総理はかつてそういう答弁をしたこともあります。

ですから、自衛隊が創設した後もですね、自衛権についてあるかないかわからない、だから、自衛隊は違憲だということがずいぶん言われてきました。

そこで、そのような論争がある中で昭和34年に、砂川判決、最高裁の判決がありました。まさに、憲法の最終的な判断を行うのは、最高裁判所なんですね。憲法81条に、一切の法律が憲法に合憲かどうかを判断をするのは最高裁判所です、と書いてあります。

そして、憲法9条において、自衛権について判断を下しているのは、この砂川判決だけなんですね。そして、その砂川判決において自衛権というものはありますよ、ということが示されました。

砂川判決は自衛権に触れた唯一の判例

牧島:示されている。ただ、ひとつの判決である砂川判決というものが取り上げられているんですけれども、これ昭和34年ということで、実は私自身も生まれていない、多くの今日ご覧の方達も生まれていない頃のこの判決を、それでまた中身がちょっとよくわからない、というこの判決に依拠していいのか、というお声もあるかと思いますがどうですか?

安倍:まさに、最高裁判所が自衛権があるかないか、唯一の判断を下したのが砂川判決なんですが、この判決においてですね、大法廷で15人の判事、裁判官全員がですね、いわば自衛権があるという合意をいたしました。

全員がということでありまして、これはこの大法廷でも割れる場合がありまして、多数意見がここでは判決になるわけですが、ここでは全員であります。

この判決の中で、我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために、必要な自衛の措置を取り得ることは、国家固有の権能の行使として当然のこととして言わなければならない、つまり、自衛権があって存立を守るために、国民を守るためにそれを行使するのが当然のことだ、と明確に判断をしているんです。

「自衛権」についての過去の政府見解

牧島:我が国の平和と安全を維持するのは当然のことである、と最高裁でも判決が出されている。けれども、それと集団的自衛権ということを考えたときに、この砂川判決のときには集団的自衛権という概念はそもそもなかった、とは言えないでしょうか?

安倍:確かに、今、そういう批判があります。その批判は全く間違っているんです。事実に反します。この判決の中にですね、国連憲章は、全ての国が個別的および集団的自衛の固有の権利を有することを承認している、と言及していますから、当然この判決を下した裁判官の中にですね、集団的自衛権、個別的自衛権、この概念は頭の中にあったと、これは間違いない。

牧島:概念はそこに存在していた。その砂川判決を受けて、政府は集団的自衛権についてどのような判断をしていったのでしょうか?

安倍:今、憲法違反だという人たちがいますけど、まさに国連憲章の中でも全ての国は、この集団的自衛権は個別的自衛権とともに権利としてもっていると言っている。

日本も加盟していますね。そして、日米安保条約の前文にも、両国は集団的自衛権を持っていると書いてある。そして、意外なことなんですが、日ソ共同宣言にもこの記述があります。

ただ砂川判決の中には、集団的自衛権、個別的自衛権という書き方はしていないんですね。自衛権、必要な自衛の措置、とまでしか書いていないんです。

そこで、私たちは「必要な自衛の措置とは何か」をずっと考えてきました。政府としての考え方を1972年に見解を示しました。その時には、必要な自衛の措置、自衛権はあるけれども、必要な自衛の措置の中には、当時は、国際環境の中で、あるいは当時の状況を鑑みて、個別的自衛権のみであって、集団的自衛権は含まれないという判断をしていました。

「必要な自衛の措置」の範囲をいま変更すべき理由とは

牧島:40年前はそのように判断をしていた。必要な自衛の措置であることは間違いない。でも、今回の解釈とは異なるということは、この必要な自衛の措置の中身がこの40年のうちに変わったということなんですか?

安倍:まさに砂川判決で、必要な自衛の措置を取ることができるという判決が下された。しかしその中で、必要な自衛の措置とは何か、我々はずっと考えてきた。

まさにそれを考える責任があるのはですね、私たち国会であり、そして内閣なんですね。両者なんです。そこで47年の見解を示しましたが、しかし、あれから40年、ずいぶん環境が変わりましたよね。

例えば、当時は北朝鮮は1発のミサイルも持っていなかった。今や、数100発の弾道ミサイルを持っていて、1000キロ、10分で飛んできます。同時に、このミサイルをミサイルでもって撃ち落とす、という技術ができた、これがミサイル防衛システムで、日本もこのシステムを持っています。

ミサイルをミサイルで撃ち落とすことは、拳銃の玉を拳銃の玉で撃ち落とす以上に難しい技術なんですが、これを落とすうえにおいてですね、まさにアメリカの衛星とリンクをしながら、海ではイージス艦がそういう能力を持っているんですね。

このイージス艦というのは、当時40年前、姿も形もないんですね。ミサイルを撃ち落とす、高度な技術を持っている。レーダーは地平線を越えていく。衛星とリンク、データリンクできるし、アメリカのイージス艦ともデータリンクできる。

そういう仕組みで日米がリアルタイムに協力できるんですね。当時はインターネットすら、なかったんです。大きく変わった。まさに、インターネットが出てきて、サイバー攻撃もできる国境のない状況になったと思います。

そこで今、申し上げましたように、アメリカのイージス艦と日本のイージス艦がリンクしながら様々な対応をする。そうすると、その一角であるアメリカが攻撃を受ければ、こちらのシステムにも大きな影響が出てくる可能性はじゅうぶんに出てきます。事実上、私たちへの攻撃と考えうる状況が出てきたんだろうなあと思います。

かつての防衛方法では国民を守れなくなった

牧島:その40年間の間に世界の情勢も変わっていきましたし、今総裁がおっしゃいましたように、テクノロジーも進化があって、その進化が何に使われるかがわからない、という不確定要素も見て取れるのかもしれません。

その中で、私たちは必要な自衛の措置を考えなければならない。政治家としての責任もあり、総理に託していきます、というコメントもここに入ってきております。

国境を守る、国を守るという概念自体が変化してきたということを今総裁がおっしゃってくださっているのかなあと受け止めたんですけども。ひとつの家に例えると、戸締りをしていることで家を守るという時代から、今は転換してきている、そんな感じでしょうか?

安倍:そうですね。今、兵器の進歩について話をしました。40年前の状況とは兵器もずいぶん変わったという話をしましたね。

戸締りで言えば、かつてはですね、自分の財産を守るためにはドアに鍵をかけて、雨戸をちゃんと閉めておけば泥棒が防げた、よって自分の財産も守れたんですけども、今や例えば、振り込め詐欺でおばあちゃんやおじいちゃんが騙されてしまう。こんな犯罪も出てきましたね。そういうのにしっかりと対応していかなければならない。

あるいは、インターネット口座を盗むこともできる。これ40年前だったら、全く考えられなかったこと。そういう犯罪に対して守りを固めていってはじめて、みんなの財産を守ることができた。これと同じことだと思いますね。

自衛の措置について「スポーツチャンバラ」で解説

牧島:自らを守る自衛の措置、ということですが、もう一歩、皆さんにわかりやすくご説明を総裁からしていただけると助かります。

安倍:例えば、牧島さんはスポーツチャンバラの達人だと。

牧島:あー、スポーツチャンバラやってます。

安倍:やってますか。で、スポーツチャンバラの達人ですから、強いんだと思いますよね(笑)。例えば、不良が「安倍は生意気だからやっつけてやろう」と言っているときにですね、私が「1人で帰るのは不安だから、牧島さん一緒に帰ろうよ」ということになって、牧島さんと一緒に帰る。

で、牧島さんに前を歩いてもらっていたら、不良が2人牧島さんに襲いかかってきた。殴りかかってきた。つまり、牧島さんに対する攻撃が発生した。

でも私はまだ、後ろにいるから殴られていない。でもスポーツチャンバラをやっている牧島さんも相手が2人がかりだから、1人ではやられてしまう、そこで私が牧島さんと一緒に対抗する。2対2ですけども、スポーツチャンバラを牧島さんがやってますから、私たちは彼らを追い払うことができる。

今までの法制の中ではですね、解釈の中ではですね、牧島さんに対して襲ってきて、殴りかかってきたけども、私は殴られてないからそれを見ていなければならない。で、牧島さんがやられて、2人がかりだからやられてしまう、今度は私に2人がかりできますから、私も確実にやられてしまうと。

今までの法制は残念ながら、そうなんですね。まさにこれは私の危機ですから、これ、2人がかりで牧島さんが襲われたときに私が対抗する、これが今度の新しい解釈になったということなんですね。

内閣の判断だけで憲法解釈を変えていいのか

牧島:集団的自衛権に関して、私たちの自衛の措置ということが「わかりやすい」、「安心だね」というコメントもいただいてきましたが、「それでもやっぱり憲法違反なんじゃないか?」という声はありますし、「内閣の判断だけで憲法の解釈って変えてしまっていいの?」とか、また、「立憲主義に反するのではないか?」、さらには「手続き上に問題がある」といった批判の声は今も聞こえてきています。

安倍:これは先ほどからご説明をしているとおり、憲法には自衛権が書いていない、しかし、憲法については最終的な判断をする最高裁の砂川判決において、自衛権はありますよ、という判断をした。

しかし、そこには「必要な自衛の措置」としか書いていない。ずっと考えてきた。当時は自衛隊も違憲だと言われた。そこで自衛の措置は、個別的自衛権は使えますよ、自衛隊は当然合憲ですよ、という判断を昭和47年におこなった。つまり、それは解釈でおこなったんですね。それは内閣の解釈でおこなったんです。で、この時は実は閣議決定はしていないんです。

そして、それからずいぶん40年以上時間を経過して、今度はですね、状況が変わった中においては、ちゃんと閣議決定で判断をしているんです。そういう意味においてはですね、立憲主義にそったものだと思います。

PKO法案も違憲だと言われた

牧島:閣議決定もした。立憲主義にそった中での今回の方向性が出されています。これまでのいくつかの法案に対しても、やはり憲法違反なんじゃないかというやりとりが世論のなかであった歴史を私たちは持っていますが、その点はいかがですか?

安倍:あの、そもそもですね、例えば平成3年に当時PKO法案の審議がスタートしたときにも、大多数の憲法学者は憲法違反だ、こう言っていたんですね。

それが今、国民の9割以上が自衛隊のPKO参加を評価しています。実際は、その時も多くの憲法学者がそう言っていましたから、みんな不安だったんですが、でも実際にPKO法案を作って、PKO活動をしていけば、日本が世界の平和と安定のために本当に役にたっている、そのことによって日本にも大きな利益があるということをみんな理解したから9割の国民が支持をしているんだと思います。

憲法学者と政治家の責任は違う

牧島:その中で、いろいろな憲法学者さんからのご意見もあります。自衛隊自身が違憲だと言われていた時代もあった、そして今なお違憲だとおっしゃる憲法学者さんも多くいらっしゃる、その中で今日はひとつご紹介をさせていただきたいと思っていますのが、憲法審査会での出来事でございます。民主党推薦の小林節教授の言葉をちょっとご紹介させてください。

「政治家というのは、それぞれ現実と向き合っています。学者は利害を超えた世界の坊主のような者であり、神学論争を言い伝える立場、神学でいくとまずいんだ、では元から変えていこうというふうに政治家が判断なさることはあると思う。そういう意味で、我々は字面に拘泥するのが仕事でありまして、それが現実の政治家の必要とぶつかったら、それはそれで調整なさってください」と、小林節教授はおっしゃってました。

安倍:まさに憲法学者の意見も、貴重な憲法の専門家の意見ですから、我々もよく耳を澄まさなければならないと思います。

でも、憲法学者の皆さんの役割責任と、私たちの責任はまた違うんですね。先ほど申し上げましたように、明文規定がない、憲法に明文規定がないなかにおいて、最高裁は自衛権はあると判断をした、そしてその中で必要な自衛の措置はある。では、必要な自衛の措置とは何か、必要な自衛の措置をしっかりととって、国民の命を守り、国を守る責任はまさに私たちにあるんですね。

時代が変わっていく、兵器も進歩していく、国際情勢も変わっていきます。ある国と国との関係も変わっていく中で、必要な自衛の措置を私たちは考え抜かなければいけないんですね。

これを考える責任を放棄するということは、政治家としての責任を放棄することなんだろうと私は思います。憲法学者の皆さんが反対しているから私も反対だ、という政治家は自分の責任を憲法学者の皆さんに丸投げしていることだと思うんですね。

もちろん、憲法学者の声も聞きながら、しかし、政治家が判断を下さなければ、責任を果たさなければ自衛隊もできなかったし、安保条約もできなかったし、PKO法案もできなかった。

今回もやっぱり、残念ながら憲法学者の皆さんには反対されている、もちろん賛成の学者の方々もおられる、国際法学者の多くの方々は実は賛成している人も多いし、国際政治を勉強している方々、先生たちはむしろ賛成の人たちのほうがが多いんじゃないかと思います。

そこで私たちは考え、考え抜いて今、国民の命を守る、子供たちが平和な暮らしをすることができる、そのためには今回の法改正を、平和安全法制をしっかりと成立させなければいけないと、こう判断をしたんです。

民主党から対案が出てきたことは良かった

牧島:今、安倍総理から国民を守っていくという、まさに立憲主義に則った、私たち政治家の責任、重い決意を改めて聞かせていただいたと思います。多くの方から「支持します」というお答えも来ておりますが、今日の集中審議で野党の対案が出てきましたが、その点いかがでしたでしょうか。

安倍:今日、野党の対案が出てきました。野党の対案が出てきたことは本当に良かったと思います。私たちがこの平和安全法制を出したからこそ、野党もやっぱり自分たちも責任を示さなければいけないなと思ったんだと思いますね。

民主党は維新の党と共にですね、海上警備行動等に関するこの法整備をしていますが、いわば存立危機等々に関して法律は民主党は出していませんが、そこまで、それに近い法律は維新の党は出しています。

そういう意味においてはですね、私たちの案、維新の案、あるいは維新と民主党が一緒に出した案を比べながら今日は審議することができたんではないかなあと思います。

今まで、100時間審議をしました。ですから、今日対案が出てくるまでに90時間審議をしていますから、この審議の上にたってこの法案が出てきましたから、相当、議論は熟した上において法案が出たことによってですね、この違い、それぞれの特徴は今日の審議を聞いていただいた皆さんにはだいぶ理解されたんではないかなと思います。

いずれにせよ、野党が対案を出したことは本当にいいことだったなあと思います。できればもう少し早く出していただきたかったなあと思います。

牧島:国民の皆さまが本当に注目をする中で、どのように日本という私たちの国、祖国を守っていくのか、そして国民を守る責任をどのようにとっていくのかというところが問われていくかと思います。

この平和安全法制、第5回に渡ってシリーズでお送りをさせていただいていますが、残すところあと1回となりました。

「やっぱり心配。徴兵制」ということで、ナビゲーターは丸川珠代参議院議員でお送りさせていただきます。今日は安倍総裁、どうもありがとうございました。

安倍:どうもありがとうございました。

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勅使川原真衣の今日もマイペースで(全7記事)

選挙で拡散されたのは政策ではなく「推し動画」だけだった ファンダムマーケティングが政治に入り込んだ、“政策なき選挙戦”の正体 [1/2]

【3行要約】
・衆院選で自民党が圧勝したものの、政策論争の不在や「推し活選挙」の台頭など、勝ち負けの裏で民主主義の課題が浮き彫りになっています。
・ 勅使川原氏は「疲労困憊社会では判断コストを下げたい人々が勝ち馬に乗りやすい」と指摘し、ファンダムマーケティングの政治への浸透を警告。
・ 民主主義を守るには「負けても終わらない社会」の構築が必要であり、選挙結果だけでなく政策内容の検証を継続すべきだと提言しています。

改憲も「推し活」選挙も待ったなし 勝ち負けの裏で何が起きているのか

西村志野氏(以下、西村):ここからは前半レギュラーの「ラジマガコラム」。水曜日は、勅使川原真衣さんの『勅使川原真衣の「今日もマイペースで」』。今日はどんなお話でしょうか?

勅使川原真衣氏(以下、勅使川原):今日はやっぱり、衆院選もあったし、受験シーズンだしというところで、みなさんお疲れなんじゃないかと思います。そこで「勝ち負け」について考えたいと思っています。

武田砂鉄氏(以下、武田):はい。

勅使川原:国論を二分するとかも結局わからず、郵政はほとんどその話をしたとか言っていますけど、消費減税、「悲願」と言ったではないですか、途中から。だけど、まったくおくびにも出さなくなっていきましたよね、選挙戦の途中から。

そもそも「政治とカネ」の問題であるとか、Dappiの特別報告の件、これらにぜんぜん向き合った形跡がありませんでした。台湾有事発言も謝っていません。どうなっているんでしょう。

高額療養費制度、これ怖いですよ、本当に。そして本丸は改憲にほかならないと思います。憲法改正だと思いますけども、早いですね、仕事が。2月9日にはもう、憲法改正に向けた調整も進めてまいりますと首相はおっしゃっています。

さらには、憲法改正国民投票が最後にありますので、それについても、もう2月9日に「少しでも早く賛否を問う国民投票が行われる環境をつくれるよう、粘り強く取り組む覚悟」と首相自ら述べました。

早い。早すぎる。いったいどうなってるの、と。でも勝ったんですよね、これは。選挙戦という話でいうと。さらには、2月10日、昨日の日経新聞ではこんな記事が出ていました。

「『推し活』選挙が溶かした政党政治」というタイトルで、印象的だったのは「決められない政治から、決めすぎる政治に変わっているんじゃないか」というような警鐘が鳴らされていました。

武田:民主的に決めるなら、それはそれでいいんですけどね。

勅使川原:おっしゃるとおりですね。

武田:「私がやります」と。

勅使川原:もう国民は置き去りでしたね。ですが、一応勝った負けたというのはあるので、勝ち負けについて、今日は右だ左だという思想以外から、多角的に検討してみたいと思っています。

論点は3つあります。1つは、勝手に名付けたんですけど「一億総疲労困憊社会」だと思っているんです。忙しいでしょう、お疲れじゃないですか。そういった社会における判断コストはどう考えたらいいのかなという話。

そして2点目は、ストーリーとか、ちょっと嫌な言葉ですけどナラティブみたいなものに、私たちは弱いよねという前提で何をどうしていくべきかというお話。そして総じて3点目として、これから人が人を選ぶってどうあるべきなのかというお話を考えていこうと思います。

武田:その手元のメモの、3つ列挙する「1、2、3」がもう「2、2、3」になっていますからね。相当お疲れだなと思いますよ。もう「1、2、3」じゃないですからね。

勅使川原:マジ? 本当だ(笑)。

武田:みなさんお疲れさまでございます。

勅使川原:「2、2、3」ね。そうですね。じゃあ「1」に戻らせていただきます。

今回の自民圧勝も、しっかりトランプ政権も似たようなものがありそうですけども、こうやって民意というものが、かっこ付きですけど明らかになると、こういうふうに言われませんか。

「有権者が考える力がなくなったんじゃないか」とか、「思考停止している」「主体性がない」「右傾化し始めている」「保守回帰だ」という声が上がりやすいですけども、ここはひとつ冷静にいきたいなと思っています。

「使える脳が残っていない」疲れた有権者が省エネで選ぶ理由

勅使川原:私、以前のコラムで「チョイパ(チョイス・パフォーマンス)」の回でもお伝えしたんですけど、心理学とか組織論でも、人というのは基本的に脳の構造的に、意思決定コストをそんなにたくさんは維持していられないと。コストを下げたいと願っている生き物であるというお話をしました。

毎日仕事で「やれこれどうなった、あれどうなった、判断しろ」と言われ、家庭でも「あんたどうすんの」と言って判断を迫られ、人間関係でも迫られ、ニュースでも「ああどうしたのかな、こうしたのかな」とやって、その上で選挙。

今回正直、もう使える脳が残っていないよという方もいらっしゃったんじゃないかなと思います。

武田:いろいろと選挙のあとの報道を見ていると、街中で「どういうふうに投票を決めましたか?」というふうに聞いたら、「AIに聞きました」というふうに言うと、「おい」というふうに言いたくはなるけれど、その脳が残っていない感じというのも、確かにわからんでもないなと思いますけどね。

勅使川原:本当にそうです。それくらい追い込まれたというところもあるような気がします。外食をする時じゃないですけども、だいたい外食する時ってすごく疲れていると、前にも行ったところ、前にも買ったところ。

ないしはすごくおいしいわけじゃないけども、すごくまずいわけでもないという「大きな失敗がないところ」。ないしは「もう一番近いから」みたいな、考えなくて済む、これぐらいの選択肢しかないんですよね、本来。

選挙は違うだろうと言いたいところだけども、有権者がお忙しくてお疲れというのを考えると、かなりそれに近い、ある種の省エネ状態で行われた選択なのかなとも見えます。

意思決定コストを下げたいという話もあるんですけどね、もう1つ知っておきたいのは、これぐらい限られた労力と時間になってくると、最善の選択をしようと思うと、わかりやすいものにまず飛びつきますという話はあるけども、さらには「どうせやるんならば、自分の一票を無駄にしたくないな」と。

選挙に行くことも、何か意味があったと思いたいなという気持ちが出てくるというのも、人間の性かなと思うんですよね。

武田:「ここに入れたら勝つんじゃないかな」という感じの投票行動になるということですね。

勅使川原:そうなんです。自ら勝ち馬に乗るということを自然とやってしまう。気持ちはすごくわかりますね。だって、やってもやらなくても変わらないことって、この社会では愚行とされるじゃないですか。

何か労をなすならば、意味があることと言われているので、どうしてもどこに入れれば自分の一票が無駄にならなかったのかなという意味での投票行動もあったのかなと思います。

武田:もちろん自分が投票したところの候補なり政党が受からなかったり、芳しくない結果のその票にもものすごく意思表示という意味はあるわけですけれどもね。そこまで考えられずに、どこに入れれば勝てるかなというふうに考えてしまうと。

勅使川原:そうですね。まあ今年は雪も降っていたし、寒い中行ったんだからみたいな気持ちにも、これの善し悪し(の判断)はなくなってしまうのかなとも思います。これ、信念とかそういう話じゃなくて、単純に疲労管理の話なんですよね。個人がどう疲労をコントロールするかとか。

あとは「認知的不協和」という言葉が心理学でありますけども、やっぱり自分が願っていることと現実に起きていることにギャップがある時って、人間はモヤモヤとするんですよね。そのモヤモヤは自然と解消したくなる。そういった心理も働いてしまったのかなとも思いました。

「勝ち馬に乗る」のは愚かだからじゃない 政策なき選挙戦で何が拡散された

勅使川原:これを「なんだ勝ち馬に乗って」という言い方で批判だけしていても、ちょっと仕方がないのかなと思うので、今回これを機に、やっぱり「疲れた人」という前提で、判断コストが低いほうに流れる時代の「選ぶ」という行為、これを引き続き探求する必要があるだろうなとは思っています。

武田:そういう勝ち馬に乗り上がってということではなく、もう乗りたくなってしまうものなんだということなんですね。

勅使川原:そういうことです。もう大前提として、じゃあどうするのかを考える必要はありそうです。

そして、タイパ社会であるとか疲労社会を生きる私たちの勝ち負け問題、論点の2番目ですけども、「ストーリーに弱い私たち」という言い方を私はしました。

昨日の日経新聞の記事でちょっとギョッとしたんですけども、こういう一文がありました。「高市早苗氏がもたらした熱狂の背景からは、政策すらも消え去った。あるのはわかりやすい構図に支えられた『早苗推し』という『推し活』だ」と。「ギャー」って感じでしたけども。

これまでね、Nなんとかとか、参政党とか、問題がある政策があったとしても、「政策がない」ってことはなかったんじゃないかなと思うんですよね。でも今回はどうでした? 政策という政策、よくわかりませんでした。討論もしませんでした。

拡散されたのは「早苗動画」ぐらいだったのかなと思うんですよね。しかもその早苗動画も、政策は説明していません。イメージ、ストーリーでしたよね。逆境に立ち向かうヒロイン。笑顔。笑顔なんか随分上手になってきましたよね。

叩かれている、かわいそう、だから応援して、みたいな。政策が曖昧、いいんですそれはと。実現可能性、そんなの知りません。財源、知りませんと。いうところでも、勝てちゃったわけですよね。

武田:これたぶん、その「逆境に立ち向かう」という感じが僕はよくわからなかったんだよね。つまり高市さんって、ここ最近自民党に入った人とか、自民党の外から何か大きな力で立ち向かおうとしているわけではなく、ずっと中にいた人だから、そこでなぜそれが逆境に立ち向かう感じになるのかが……。

そのために、対メディアであったりとか、対別の国であったりとかっていうことを作り上げていったということなんだとは思いますけどね。

勅使川原:そうですね。まあ自民じゃない人からするとツッコミどころしかなかったので、いろいろと指摘、という意味での批判をしてきたわけですけども、批判がもう「非難」だと思い込んでいらっしゃる様子なので、指摘がすべて逆境と捉えられたような気はしますよね。

でもこれおもしろかったのが、批判されればされるほど、彼女の糧になっていったわけですよね。燃料になっていきました。これもう選挙戦、戦だとすると無敵じゃないですか。エネルギー無尽蔵だったわけですから。

でも政治家と有権者の関係でいうと、これは負託でもなければ、期待でも支持でもないですよ。でもこのゲームだとすると、ここに持ち込んだもん勝ちだったということではあるのかなと思います。

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