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Conversation

私も長崎にオリジンがある人間なので(父が長崎出身)、昨日はいろいろなことを思っていました。 当時父や家族は朝鮮半島にいて、祖父は朝鮮総督府で働いていたといいます。どういう職だったのかは聞いていません。当然原爆の被害は受けていません。 NHKのファミリーヒストリーなんかを見ると、九州や西日本の貧しい人たちが満州や朝鮮半島に渡っていたなんてエピソードがよく出てくるので、そういうことなのかなとも思ったりしています。 晩年の祖父母の家は、長崎大災害で被害が大きかった浦上川沿いの川平町にあり、測定してみたら爆心地から直線距離で3.2キロの距離にありました。山があるから直接的被害があった場所ではないとは思いますが、黒い雨が降った記録があるそうです。 夏休みに父の帰省にあわせて長崎に連れて行かれることも多く、当然原爆の話は聞かされてきました。 薄いと言えば薄いつながりではありますが、それでも多少は長崎に関係のある人間として、80年の節目に思いを新たにしたいと思います。 長崎を最後の被爆地に。 他人事ではなく自分事として、考え行動していきたいと思います。