the dawn light
突然、何かに呼ばれるようにして目が覚めた。
朝が早いこの建物の中でも動いているものの気配はなく窓の外もおそらく暗闇だろう。
普段ならば目覚めることのない時間だ。
そのまま普段通りの身支度をして通い慣れた廊下を歩く。鏡を見るにもまだ暗いが不格好でも誰が文句を言でもない。
昨夜床に着いたのも、早いとは言えない時間であったので眠気がないわけではないが不思議と頭は軽く、冴えていた。
軋みひとつ立てない扉を開けて目的の部屋に入る。部屋の主はいつもと同じベッドの中でいつもと同じように静かだ。
老人の浅い呼吸は口元に耳を近づけでもしないと聞き取りづらく、今は閉じているまぶたが開いているからと言って起きているとも限らないのはここ数日でよくわかった。
だから、これもいつも通りだ。
ベッド脇に置かれた椅子は豪奢で、ちょっとした貴族の私邸程度の作りの部屋にあっても調和を乱す派手さだがそれももう見慣れた。
追い出された屋敷においてきた筈の椅子だ。この場所を訪れた日にはすでにそこにあったそれは主の帰還を待ちわびていた。
この椅子に掛けて様々なことを話したし今のようにただ座るだけの時間も多く過ごした。
ガラス窓のあるこの部屋は星明かりでわずかに明るく布団の上で行儀よく組まれた手は枯れ木のようにカサついた働き者の持ちものだ。
「おはようございます、お早いですね」
女の声に、半ば飛んでいた意識が戻って来る。気がつけば部屋には陽の光が差しており星ももう見えないだろう。
「邪魔してるぜ」
女の訪問は毎日のものだ。眠る老人を目覚めさせ、決まった時間に食事を取らせるのが仕事。女はいつものように老人の肩に手を置きそっと触れながら老人の名前を呼ぶのだった。
「そいつ多分起きないぞ」
その言葉で気付いたのだろう。女は老人の口元に耳を近づけ、同時に肩に置いた手を首筋に移す。
「…!先生を…」
「いや、お前でいい。お前が判断しろ。死んでるんだろ?」
目をさまよわせた女がそれでもしっかりと頷いたのを見た。
「ここ数日はお食事も食べられていて、むしろ少しずつお元気になっておられたのに…」
先生を呼んできますね。そう言って扉に駆け寄る女に後ろから声をかける。
「よし、俺様は帰るぜ」
「あの、ご葬儀は…」
「あ?そんなもんそこのバカが残らず手配済ませてるだろうが」
「いえ、ご葬儀まではどちらで過ごされるのかと…ボルフ様のお連れ様なら、しばらくはこちらに滞在していただくこともできると思いますが…」
「はっ、俺様がボルフの葬式に参加するわけねーだろ」
そのまま立ち上がって扉へ向かう。あぁ、一つ言わなければいけないことがあった。
「そいつあんたらに感謝してると、そう言ってたぜ」
女たちが、ここひと月ほどは老人の声も聞いていないと近づく最期を悲しんでいたのを知っている。この言葉はその女たちの丁寧な仕事への褒美くらいにはなるだろう。
頼まれた伝言だ。自身の言葉を伝えるのに主人の口を使う執事などヴァイガルド中を探してもここにしかいないだろう。
武器の誉れ
「戦場で散るのは武器の誉れだろう」
口元を緩めてそう語る同田貫を見た日のことを俺はきっと忘れられないのだ。
難所となっていた厚樫山への数えるのも飽きた幾度目かの出陣、大将を落としたその日の戦いは重傷者も出たが、本丸の門をくぐる皆の顔は晴れやかなものだった
重症の二振りの手入れを終わらせ急遽開かれた宴に参加する第一部隊は傷も土埃もそのまま。それを止める者の居ない程度には皆、戦果の上がらぬ戦場へ焦れていたし俺自身もそうだった
早々につまみが尽き後は飲むだけとなっても興奮が冷めない酔っ払いたち。その日何度目かの乾杯と喧騒から逃れて這い出た回り廊下で同田貫の語る彼自身の言葉を、俺は確かに聞いたのだった
「折れたかったんなら連れて帰って悪かったね」
本人に聞こえないのはわかっていたが、口から出た言葉は間違いなく本心だったと思う。
今日の戦は厚樫山の再演。違ったのはその出陣で、一度刀が折れたことだ
隊長は俺、加州清光。折れた刀は同田貫正国だ
お守りを頼みとした重傷者を抱えた進軍。そういった戦略があるのは知っていたが、この本丸でそれが行われたのは今日が初めて
そうすることに決めたのは俺で、負けるつもりもなかったし勝って今ここにいる。
俺が言えば誰にも止められないのはわかっていたし、まして同田貫自身が否を唱えないことも確信していた。
俺の判断は間違っていなかった。その自信はあるのに、馬鹿な俺は今、自分が折れろと命じた刀の静かな寝顔を見つめるのをやめられないのだった。
忍び込んだ手入れ部屋の戸を後ろ手に閉める。手入れの時間残り一日以上。今回主が手伝い札を使わないのは多分、俺が宴どころではないと判断されたからだ。
俺も手入れが終わったばかりで空いた部屋には代わりに俺よりも傷の重い奴が入っていった。俺はそんなにひどい顔をしていたのだろうか。
俺のやった無茶については本丸の誰も怒っていない。今回の戦場の攻略は厚樫山の時とも比較できないほどの泥沼で、でも、きっとそういうのを差し引いても誰も怒りはしないだろう
ただ、自分のやったことを抱えきれなかった俺がここで動けなくなっているだけだ。
手入れ部屋は造りだけを見れば寝ることしかできない小さな部屋だ。入口から一歩足を踏み入れただけの場所からでも部屋の主の顔がよく見える
眠る同田貫の顔色はよく、進軍を決めたあの時よりもよほど健康そうで、ただあの前を見据えるぎらついた瞳だけが見えない
あの時、進軍を指示する自分の声に一度だけ俺を見て見開かれた眼は何を意味していたのだろうか
その後再び向かう先に首を向け、あげた雄叫びは重症者とも思えぬ響きを伴っていて、それを俺たちは諾だと受け取ったが、本当はもっと何か言いたいことがあったのではないだろうか。俺の采配に不満はなかったのか。そんな、同田貫が目を覚ませばわかるようなことばかりが気になって仕方がない
「中にいないの珍しいね」
あの日、同田貫に声をかけたのは俺のほうだった。
「流石に酒の周りがはえぇんだよ」
廊下には腰掛が二台と小さな円卓。部屋に背を向け、庭を望む同田貫は右手で盃を持ち上げそう答えた
第一部隊の一人だった彼は左腕に軽くはない傷を負っており、酒の周りの早さも失血が原因だろう
盃、一つしか持ってきてねぇなぁとぼやきながら空いた盃を渡されるのを断らず余った腰掛に座る。会い向かうのも気恥ずかしく、向かうのはやはり庭だ。といっても遠くの池に映る月明かりも仄かで何が見えるわけでもなく、むしろ嵌められたガラスに映る互いの姿のほうが明瞭だ。注がれる酒を受けながら本人は盃なしでどうするのかと見れば徳利から直に飲みだすのだから負傷者のやることではない
そう考えているのが顔に出たのだろう。どうせ朝には手入れ部屋だ、二日酔いの心配はいらねぇよと朗らかに笑う
功労者は第一部隊全員だが彼はひと際活躍をしたと聞いた。機嫌の良さは酒のせいだけではないだろう。明日のことも考えているのならば足元に置かれた一升瓶も見ないふりをしてやる
この時話したこともさすがに一言一句覚えているわけじゃない。でも、どうしても忘れられない部分はあって
話の流れすら覚えていないが本人の口から零れたそれは刀としての経験も踏まえた同田貫の信念のようなものだったのだと思う
短い話ではなかった。機嫌のよい声とゆらゆらと揺れる頭。その瞳に映る光がゆったりした瞬きに時折遮られながらガラスの上をゆらめくのを眺める自分
曰くたとえ折れてしまっても大事な時に選ばれ、主が目的を遂げる糧になったのならば、それが刀の誉れであり後悔するようなことでも悲しまれることでもない、と
そもそも戦場で散るのは武器の誉れだろうという言葉で締められた彼自身の言葉とその横顔を自分はよく覚えている
池田屋で折れた刀であった俺のことを同田貫が知っていたとは思わないが、むしろだからこそ強く記憶に残ったのだ
この夜を境に、俺は同田貫に個人的としか言えないような興味を持ったのだと思う。そして今日、短い時間で何度もあの夜を思い出す
あの戦で折れてそのまま消えてしまえば同田貫にとってそれは十分に満足のいく生き方だったのではないだろうか
今日の出陣が一例目、もし次こいつが俺の知らないところで折れたら、自分はそれに耐えられるのだろうか
今日は無事帰ってきた。お守りとはそういうものだと聞いている。それでも一度でも彼が折れたという事実がこんなにも重くのしかかるのは何故なのだろう
「そこでなにしてる」
想定外の声に肩が震える。手入れ部屋で意識が戻るのはたいてい退室の直前で自分が忍び込んでからそれほどの時間がたっていないことは明白だ
声の主であり現在この部屋の主である同田貫が顎だけでそばに寄るよう示すので仕方なしに枕元に膝をつく。体を動かすのはまだ億劫なのだろう、金の瞳は返事を促すようにこちらを見つめじっと光っている
「お前が戦場で散るのは武器の誉れって言ってたの思い出してた」
正直に答えて気まずさに自分の指先を見る。手入れ部屋から出たばかりなのできれいなのは当たり前だ
戦場で散るというのは真に折れてしまうということで本丸に帰り着き手入れを受けている状況をそれと同じように感じているというのは理解されなくても仕方ないだろう
「厚樫山の時か」
返答は少し意外だった
「覚えてるんだ」
「あー…お前に惚れたのあの夜だからな」
思いがけない言葉に軽く息をのむ。なんで、そんな俺と同じことを
言葉にならない言葉をため息に変えそのまま上体を前に倒した。頭の落ちる先は同田貫の胸の上だ。布団越しのそれには温度も何もないけど
なんだよそれ初めて聞いた
うつぶせのまま息を吐き切りそっと相手の顔を見ると首だけ起こした同田貫と正面から目が合った。沈黙が長い。こっちを見るな。キスされるとでも思ったか?
「…賭け事が好きなのは主の悪影響だよなぁ」
ふはっと笑いながら息を吐き天を見上げる筋肉の動きに合わせて自分の頭も揺れる
「勝てるってわかってたんだから賭け事じゃないし」
お守りは折れた刀をもう一度つなぎとめるもの。わかっててやった進軍だ
そう思っていても声色は拗ねたようで、自分のことだからよくわかる。態度の一つも変わらない相手に甘やかされるのが不満なのだ
「手入れ、長引いたらどうする?」
戻るはずのないタイミングで意識が戻ったことについてだろう
「あとで主に謝りに行けばいいでしょ」
そうして言おう、恋人に折れろと命じるなんて二度とやらないと。他のやつらがどう思うか知らないが最古参の言葉を雑に扱うなよと
進むと決めたのは自分なのだから八つ当たりもいいとこだが、こんな心臓に悪いことを戦略に組み込むなんてきっとまともな判断じゃない
「今は使っても削れない身体なんだから途中で折れるのもったいなくない?」
結局いくらか伸びてしまった手入れの後に同田貫から聞いた話によると、あの夜の俺は彼に対してそのように返答したらしい
糧となる誉れと使われる嬉しさは切り離して考えるべきだと。主から与えられる愛の形も誉れの形もあの頃とはちがうのだと
その言葉を忘れられない自分が折れて満足などするはずがないだろうと立腹する同田貫を見てあの戦場で俺に対して何かを伝えようとしたあのギラついた瞳をうまく受け止められなかった自分を少しだけ恥じたのだった
聞きたいことは聞ける仲なので本人の口から言わせたその言葉は俺を十二分に喜ばせた。
それならばもう一度同じ命令をするのも悪くはないとは冗談でも言えなかったけど
色差のはなし
エラー吐いた本丸の調査なんて今更じゃないのか?
ってはいはい悪かった悪かったうちのは変り種だが運営に支障はないもんな
あんたをここまで案内したのは歌仙だっけか。他の誰かに会った?うちで普通なの、歌仙だけだもんなぁ
さて、それじゃ始めるか。うちの本丸の刀剣男士はその姿を異としている者が殆どで唯一の例外が歌仙兼定だ
それ以外の奴らはみんな、なんと言えばいいかな。体色が−−おかしい。うん、おかしいんだ
この本丸は歌仙と立ち上げたんだが初めての鍛刀で顕現した秋田藤四郎はそりゃもう鮮やかな空色をしていた
髪の色が、とかじゃないぞ?肌も服もなんなら口の中まで、目に見える範囲は全部同じ色だ。この辺りは一応簡単な報告がこんのすけから行ってるよな?
その後もこの本丸に顕現する刀剣男士は皆それぞれに変わった色をしていた
宗三左文字はピンク、堀川国広が赤だな
髪や目、衣装の色が反映されるやつが多いみたいだが法則性は今の所不明。例えば小狐丸は明るい茶色だけど…あれは多分狐色だ
俺にわかる範囲では変わっているのは色だけで、肌に触れればなめらかだし服に触れれば布の手触り。髪の毛はまぁ質感はそれぞれだが人の髪の毛の範囲での話で見た目ほど驚かされるような変化はない
別段見た目が違うことで困ることもなかったからこっちからは何も頼んでなかったんだが技術部門からのお達しで実施のあった調査の結果は異常なし
異常なし、オールグリーンだぜ?そりゃ派遣したうちの蛍丸は綺麗な緑色だが…っと悪い、音声記録も残すんだっけか真面目にやるよ
まぁこれにもカラクリがあってうちの連中、おかしいのはこの本丸にいる時だけなんだよな
初めて演練に行った時は驚いたけど。門を一歩出ればいわゆる普通の?既定色でいいのかな。あんたらにとっての馴染みの色になるよ
戦場でももちろんそうだから特に困ってないみたいだし、男士同士はちゃんとお互いの本来の色も認識してる
それで、まぁここからが本題か。あんたらが気になってるのもどうせ鶴丸のことだろ?
話した通り、うちの本丸の刀たちはそれぞれに個性的な色をしている。その中でも異質と言って差し支えがないのが鶴丸だ
鶴丸の色は…一言で言うとやっぱり透明と言うことになるかな
色って結局光の問題なんだろ?うちの男士の体表の反射率が部位を問わず固定だとしたら鶴丸のそれは透過に全振りなんだろう
屈折もないと思ってくれて構わない。普段は俺たちもあいつがどこにいるか見えたことないからな
あー、でもそうだな。あいつが手元に物を隠すとそれも見えなくなるから透過しているわけでもないのか
色が変わるのは身につけるものだけなんだがそれは別に本人のものでなくてもそれぞれの体に合った色になるんだ
だから適当な衣類を与えて居場所だけでも見えるようにするなんてこともできなくて。今は結局、鈴を持たせるようにしている
廊下とか大広間で他の奴にぶつかると危ないからな。それ以外はもう慣れたというか。馬だけがどうにも慣れてくれないから馬当番はさせてないんだが、畑当番をやれば農具は宙に浮いているように見えるし手合わせは結構人気だな。身体の動きは見えなくて刀だけって状態がどれくらい実践的な訓練になるのか俺にはわからないけど…、皆そこそこ楽しんでるみたいだ
まぁ猫の鈴だよな。歩くたびにチリチリ鳴るから近くにいれば大体わかる
あぁ、ちょうどここに現物がある。思ったより大きいか?まぁ元は熊よけだからな…わかりやすい色でいいだろ?
大体のいる場所がわかれば気をつけようはあるってところだ
ま、とりあえずそんな感じでそこまで困らずやっていけてるよ
だからそこまで原因に興味もないんだよなぁ。それでも調査するっていうんならこの本丸に滞在してもらうしかなくなると思うぜ
ま、そういう話になったら連絡くれよ。協力はする。それも審神者の責務、だろ
本業は技術職なのだと語る監査員は会釈をし静かに部屋を出て行った。見送りも歌仙兼定だ
どうも、他の刀はあまり外の者に姿を見せる気は無いらしい
それも一振を除いての話だが
「鶴丸」
「驚きだな、気づいていたのか」
呼びかければ背後から応えがあった
「バーカ、鈴置いたのお前だろうが」
俺はあんなもん置いてないぞ。そもそも監査に見せてどうするっていうんだ
監査員には幸い追求されなかったが、鶴丸にもたせている鈴は正直気休め程度のもので鶴丸が自分の位置を伝える気があるときに鳴らしているだけだし音を鳴らさずに本丸をうろちょろしていることも少なくないのだ
「まぁ怒るなって。これで余所者でもここに来れば君が俺たちを見るのと同じように見えるのだということがわかっただろ?」
そう言いながら移動する声は俺の手元にあった鈴を拾い上げ、袂に入れたようだった。当然、鈴の音はしない
「でも他の奴らどーせ出てこないんだろ?本当に分析に乗り込んでこられたらどうするんだよ」
「さぁなぁ君のために用意した姿だ。他の奴に見られるのも癪だしな」
「お前の姿を見たことなんて一度もないよ」
「ハハそりゃそうだ」
さっきまでの話をこいつが部屋のどこで聞いていたのかなんてのもわからないし今も声の方向から机の向こう、先ほどまで監査員が座っていた位置にいるのだろうと推測している程度だ
こいつらは今の姿を俺のためというしまぁ実際に姿を見分けるのにありがたい異常であるのだがそれでも付喪との契約によって用意された姿が想定と違うというのを警戒する連中の気持ちはわかる
そのことは置いておいても俺自身、鶴丸の変貌だけは少し残念に思っているところがあるのだった。
「お前の本当の姿を、近くで見て見たいと思ってたんだけどな」
こいつが自分の姿が誰の目にも映らないことを利用していないとは言わないがそれはほとんどいたずら目的であり、そのいたずらというのも何もなかった場所に急に菓子や茶が現れるというような些細なものだ。俺がこいつの姿が見えないことを恐れるのではなく残念と思うのは本当に個人的な理由で
「それは君と似ているからか?」
「そうだよ」
俺は、所謂白化個体で肌や髪、まつげは真白で、瞳の色は赤。この目はものをよく見ることができないので本丸を一人で自由に歩くことも不自由であるし、人の区別もあまりつかない。今の本丸では困りはしないがみんなが皆同じような姿をしている学生時代なんかは苦労したものだ
「この髪を気持ち悪いというものも綺麗だというものもいるからな。見てみたかった」
この目でも目と鼻の先まで寄せたものは一応はっきりと見えるので一度は見て見たかったのだ
「演練場に一緒に来るかい?そこなら君の希望を叶えられるぞ」
「公共の場で鼻先付き合わせてか?冗談だろ」
見せつけてやるのも悪くないと思うんだがなぁ
そう嘯く馬鹿は無視だ。せっかく引きこもっていても問題のない職についたというのにわざわざ出て行くなんて面倒くさい。この外見だ、人の目を浴びることには慣れているが。それが好きか嫌いかというのはまた別の問題だ。あるいは、刀剣男士たちは俺の外見も異常だとはみなさないのかもしれないがそれでも
「お前らがよくしてくれるのにここからわざわざ出ていくなんてごめんだね」
「嬉しいことを言ってくれるなぁ!」
「なんだよ急に」
鼻先で鈴の音が鳴る
「俺は顔に出ないからな。思ったことは言っておかないと伝わらないだろ?」
嬉しそうな声はすぐそばから、吐息さえ感じられそうな距離だ
こいつが相手だと見られていることすら気付けない
あたりをつけて手を伸ばせば丸い頬に触れたのでそのまま力を込めて抓りあげる
やめろという声も楽しげで、俺はいつもぼんやりと感じているこの親切な神たちに出会えた幸運を改めて噛みしめるのだった。
初出:2019年9月24日
ID:11720210
面形のはなし
俺はどうも、付喪神に姿形を与える力が弱いらしく、うちの本丸の刀剣男士たちはよく顔が変わる
いや顔に限った話でもないか。髪の長さや身長等、ともかく姿形が変わる事があるのだ
勿論、というかまぁ経験として手足の数は変わらないし目鼻が増えたりなんてこともない。ただ、そうだな
初めて気がついたのは同田貫の変化で、中傷からの手入れを終えた同田貫の顔の傷跡は普段の位置から大幅にずれ左目を上から下に切り裂いたように縦にまっすぐ残っていた
見目はどうでもいいと主張する本人もさすがに気がついたようで、すわ手入れの失敗か他に異常はないのかと本丸全体を巻き込んで騒ぎになったものだ
結局、手入れには何の問題もなく、同田貫の体にも損傷はなく、ただ傷の位置が多少変わっただけでその他の異常はないが原因もわからないというのが調査担当の職員からの回答だった
そうであればもう気にすることはないというのが刀たちの意見のようで
結局、うちの本丸では手入れのたびに髪の長さが変わる乱藤四郎が様々なヘアアレンジを楽しんでいるし、身長が10cmほども縮んだ太郎太刀がなれない目線を楽しんだりという光景が当たり前になっていた
不思議と瞳の色や髪の色、肌の色等が変わる男士というのは現れず、原因不明の変化にも多少のルールが見出されている
面白いのが何度手入れしても目立った変化の現れない男士たちで、燭台切光忠や歌仙、和泉守両兼定をはじめとした連中はどうやら自身の姿形に並々ならぬこだわりを持っているようだった
そんな我が本丸でも目立って顔が変わるのが三日月宗近で、他の男士たちの変化が手入れの前後に起こるものである中、三日月だけは寝て起きるたびに顔が変わると言えるほどにその頻度が高かった
変わるのは顔のパーツのみ。目、眉、唇などそれぞれの風貌が変わっても翳りのない美貌には変わりがなく、見目のいい男士ばかりの中でなお際立つその面差しは、美には優劣や定義などなく、ただそこにあるものなのだと知らしめるかのようで、俺は逸話の力とはこうも強いのかと感心するばかりだった
そんな変化に本丸全体が慣れきった頃、五日程三日月の顔が変わっていないことに気がついた俺の驚きを察してはくれないだろうか
最初は勘違いであろうと思ったのだ。四六時中男士たちを眺めている訳でもなく少しわかりにくい変化に気がつかなかっただけであろうと
しかしそれが三日も続けば違和感は増し、近侍の加州清光に尋ねたことで疑惑は確信へと変わった。ちょうど手入れが必要なほどの負傷をする者もない時期で、変化して当たり前という男士たちのあり方が急に形の変わらないものとなってしまったのならばそれは何か良くない兆しではないのかという不安が生まれたのだ
実際原因がわかった今となっては無駄であった不安だが、まぁ自分の本丸でしか起こり得ないことについては、多少慎重なくらいで問題はないと思っている
状況を把握するために三日月宗近に確認すべきことは三つ
最近何かあったのか
顔が変化しなくなっているようだが気づいているか
気づいているのなら心当たりはあるのか
結果として何かはあった、自分の変化には気づいていないが心当たりはあるということで概ね方はつき、この一件から思い至ったそもそもなぜ自分の本丸でのみこの事象が起こるのかの仮説に基づいて本丸中に鏡を置くようにしたところ他の連中の変化も多少マシにはなったんだが…
三日月宗近に何が起こっていたのかを詳しく知りたいって?
構わないが、見られていると自覚することは大事だという話とあとは三日月宗近は顔こそ綺麗としか形容できんが割と可愛いところもあるようだというだけの話だぞ?
「主、入るぞ」
声とともに部屋へ立ち入る三日月宗近の顔は演練場などで見慣れたよその三日月宗近と同じもので
障子越しの光を受けて透き通る肌や笑みを浮かべた薄い唇、長い睫毛に縁取られて滲んだ目尻はあいも変わらず美しかったが、やはり自分の本丸の三日月宗近のものとしては一番馴染みのない顔と言うことのできるものだった
用意していた座布団を示して適当に入れた茶と菓子盆を置く
説教するために呼び出したわけでなしこれくらいあったって構わないだろう
さて、なんと切り出したものかと向かいに座った三日月の顔に視線を向けるとやはりよく見る見慣れない顔があってそもそもこんなトラブルさえなければ自分は他人の顔の作りになど興味のない類の人間であったことを改めて思い出した
「ここ一週間同じ顔をしているようだが何か心境の変化でもあったのか?」
元々、うちの本丸の男士たちに起こる変化は審神者である自分が他人の顔に興味がないことに加え男士たちも自身の外見にさして関心がないために発生しているのではないかと推測していた。となれば三日月の外見が変わらなくなったことは三日月自身の自分に対する認識の変化が原因ではないかと考えたのだ。
「はて、気づいてはおらなんだがそうだなぁ。主よ、心当たりはないでもないぞ」
いつもの調子でゆったりと話し出す三日月の顔にはわずかだが喜色が滲んでいて心当たりというのもそう悪いものではないだろうということを感じさせた
三日月の変化が良くない兆しなのではという不安が杞憂に終わりそうなことに胸を撫で下ろし茶を飲みながらそのまま促して聞いた内容というのがこうだ
「実はな、気がついたのは最近なのだがこの本丸に俺のことをよく見ているものがいるのだ。そやつが黙って俺を見ている時の瞳が、なんと言えばいいのかこう、そうだなぁ何かを煮詰めたように熱を持って潤んでいるのを見てしまってな。あれはまだ気付かれていないと思っているのかもしれんがあの瞳には、応えてやらねばと思ったのだ」
目線を落としてそう語る三日月の唇は常よりも笑みを深くしておりいつもなら減るはずの盆の中身は三日月が来た時と変わらず、湯のみも彼の手の内でその掌を温めているだけだ
「隠し事のうまいやつでなぁ、俺と話しているときは全くそんなそぶりは見せんのだが…なんだ、俺を盗み見ているときか?一度あまりに熱い視線に気づいてしまってなぁ。あんな風に見られていると知ってしまったら、居住まいを正すというものだ」
つまり他人を意識したことが自分の外見へ意識を向けることにつながったということだろうか、それにしてもだ
「お前を見ているやつなんてそれこそたくさんいるんじゃないのか?」
なんせ天下五剣で最も美しい刀だ。刀剣男士は見目の良いものばかりだが、その中でも特筆される美しさは男士同士でも目を引くものなのではないだろうか
そんな俺の言葉を受けた三日月はゆっくりとこちらに顔を向け唇を片手で半ば隠しながらからかうように微笑んだ
「主よ、確かに俺の姿に見惚れるものなど見飽きるくらい見て来たがな、見るというのは何も、姿形の美しさだけに向けられるものではないだろう?」
いや、それはまぁそういう色恋の話なのだろうなという気はしていたが
さも呆れたというような口調には何か物申してやりたい気持ちになる
つまり見目の美しさに関係なく自分を見ているものの存在に気づいた結果が今だというのなら、見られていることに気がついたからこそ自身の外見を意識するようになったというのなら、それは相手に自分を少しでもよく見せたいという気持ちの表れなのではないだろうか
「まんざらでもなさそうだがそいつと付き合ったりするなら一応教えろよ?なんなら部屋割りなんかも変えてやろうか」
男士同士の惚れた腫れたの話も噂を聞かないではなかったし半ば冗談のつもりで言ったこの言葉は思った以上に三日月に響いたようだ
白い肌にさっと走った朱の真意はわからないが、てっきり惚気られているのだと思っていたが本人にそのつもりはなかったということだろうか
いずれにせよ自分の姿を意識させると言うのは他の男士にも導入できそうなやり方だ。悪い影響のある現象ではないがイレギュラーは少ない方が望ましいと言われていることもあるし、試して見る価値はあるだろう
「…今はこの状態を楽しんでおるのだから意地の悪いことを言うな」
そう、らしくもなくぼそぼそと呟きながら菓子の包みへ手を伸ばした三日月はこれ以上この話を続ける気はないようで菓子は器ごと持って行けば良いと伝えればいそいそと部屋を出て行った。その浮かれた様子にもしかするとその誰かの視界に入りやすい場所で茶の続きでもするのだろうかなどという考えがよぎる。先ほどまでの反応を見るにその想像もあながち外れてはいないのではないだろうか
他人の色恋に興味のある質ではないが幸せになれよという気持ちが湧いたのは事実で自分も存外、この本丸の刀たちをかわいいと思っているようだった
One's property
昔、親に売られ奴隷となった少年が出てくる物語を読んだ。
それを読んだ頃の自分は、人買いが当たり前に存在している物語を昔話だと考えていたと思う。
世間知らずだったと言えばいいのだろうか。人の売り買いが今も行われていることなんて知りたくもなかったけど。
そんなことを考えて、久しぶりに頭がはっきりしているのを自覚する。少し眠れたのかもしれない。今、自分がいる場所は窓も明かりもなく、時間の感覚がわからなくなる。
ここを部屋と呼んでいいのだろうか。岩壁から石を切り出したあとのような空間の床とも地面とも言い難い場所で寝起きし、包まるための布切れを一枚だけ与えられている。
扉は、開かない方が嬉しい。
外に出たってきっといいことはない。水を運んでくる男はそれだけのためにくるわけではないし、出入りする人間はみんな僕を売り物にふさわしくするためにやってくる。
ふさわしいも何も、親に売られたのだから僕はもう売り物だ。
空っぽのお腹が痛む。極度の空腹と呼ばれるものはここに来て初めて味わった。ここに来て数日経った頃だ。
ここにくる前、確かに我が家の食事は質素になっていったがひどい空腹を抱えることはなかったように思う。家族が飢えに慣れる前に子を売った親は何を思っていたのだろうか。
考えても無駄なことだった。
◇
宿に戻った自分が、焦りを隠せていなかったのはあるだろう。
そもそも、彼は吉報を受ける気しかなかったはずだ。
こんな小さな町で越してきたばかりの親子を見つけられないなんてことがあるはずがない。
だと言うのに、従者は手ぶらで、平静を装えていないのだ。
俺が主人――この場合は主人の息子だ――からの叱責に怯えるようなタマでないのは彼もよく知っている。
「ジルはどうした」
その言葉とともに発された殺気と呼べそうな気迫は、甘やかされて育った坊ちゃんの出すものではなかった。
◇
誰かの、ここに来て聞き慣れたものとは種類の違う悲鳴が遠くから聞こえ、部屋にいた男が慌てて外に出て行く。
うめき声や他人の気配にはもう慣れてしまったが、いつもと違う物音を拾い上げる能力はまだ残っていたようだ。
この部屋の近くには同じような場所がいくつかあり、そこには買われたばかりの奴隷や買い手の決まった奴隷がいて、必要な躾を受けるのだそうだ。
この部屋に放り込まれた時、明日には逃げる気も無くなると馬鹿にするように言われたのを思い出す。
その時の僕は、商人から金を受け取る父親の考えの読めない表情を思い返していて男の話はほとんど聞いていなかった。
騒ぎが少しずつこちらに近づいてくるのを感じた。騒ぎの中心にいる人物は外から来た客で、ずっと何かを怒鳴っている。突然の訪問だったのだろうか。こちらに近づいてくるということは誰かを買うことが決まっているのか。
男たちは客を宥めるのに必死のようだ。それなら、しばらく休めるかもしれない。
扉と反対に頭を向けて地面に横たわる。少しでも外界を遮断するために耳をできる限り塞いだ。
客の怒鳴り声が近づいてくる。耳を塞いでも聞こえる声が邪魔だ。
その客は、すでに買い手の決まっている奴隷を自分のものにするために男たちを脅しているらしかった。
◇
元々、半分は休暇、半分は面倒ごとを押し付けられたような仕事だった。
主人の商談兼周遊に付き添うのが普段の俺の仕事で、やってることはほとんど護衛。商売のことはまるきり素人だ。
少し長めの旅を経て本宅へ帰るとお坊っちゃまの家庭教師がそいつの息子を連れて引っ越していた。
引っ越しの馬車が出たのは一昨日。ほとんどすれ違いだったようだ。
家庭教師の息子ーージルはお坊っちゃまのご友人で。まぁ坊ちゃんにはそれを寂しがって落ち込むような可愛げはない。案の定、俺を見るなり友人の引っ越し先に連れて行けと仰せだった。
坊ちゃまは、我慢することを知らなくて、目的を達成するために選ぶ手段はお父上よりもさらに強引だ。
屋敷に帰ればほとんど仕事のない俺は、いいじゃないか行ってやれという主人の軽い言葉とともに坊ちゃんとの二人旅へと送り出された。
想定していた面倒というのは十とそこらの年の子供――我儘なお坊ちゃまが旅の道中や友人との別れにどれだけ不平不満を漏らすのだろうかということで。
面倒ごとの内容が想定していたものと違っていた今、ここにいるのが俺でよかったという気持ちは間違いなくあった。
なんせ、荒事には慣れている。
◇
客の怒鳴り声がすぐ近くで止まったかと思えば部屋の扉が開く。肩がびくりと震えるのは反射的なものだ。
荒っぽく入ってきた男に肩を掴まれ立ち上がることを強いられた。男の片手が首元にかかり顎を押し上げる。強引にあげられた顔は部屋の入り口に立つ客の方へ向いている。
扉がこんなに長く開いているのは久しぶりのことで、その明るさに目が慣れない。
客の顔はよく見えなかった。身なりはいい。少なくともこの部屋を出入りする男たちよりはよっぽど。
声から想定していたように男性だ。
男たちは、客に対して、僕がいかに商品にふさわしくないかを伝えるのに必死だ。既に買い手がついている奴隷というのは僕のことだったのか?
男性は、鋭い口調で男たちの言葉をことごとく否定する。
薄汚れているといえば洗えばいいと。丈夫でないといえば肉付きは悪くないと。
まるで家畜の売り買いのようだ。多分、話している人間たちは本当にそういうつもりなんだろう。
「こいつと並べるんだ。売りたくないなら商品を見せるべきじゃなかったな」
客が、彼の後ろに隠れていた人物の腕を掴んで目の前に押し出す。薄布ーー安さで薄いのではなく丁寧に作られた美しい布ーーを纏った高級そうな奴隷。装飾の鎖がシャラリと揺れる。
背の低いその人物ーー大人たちの間から現れた子どもの青い髪と、目つきの悪く偉そうな顔を僕は知っていた。
◇
「俺様も連れて行け」
ジルのところに向かうのなら、と暗に示すその言葉は、大人としては拒否するのが当然だったのだと思う。
ジルに起こった悲劇を、包み隠さず話したことも、間違っていたのだ。
悲劇自体は一言で説明がつく、金に困った親が子を売って、その子は奴隷の身分となった。
十分な給金を得ていた筈の父親がなぜそんなことをしたのかはわからないが、そんなことはどうでもよかった。
人身売買は、禁止されている領地も増えたが行われている土地まだまだはある。
ましてや、ここは未踏地に近い土地だ。わざわざ摘発し、処罰されるとは思えない。かといって、昨今ではクリーンな商売とみなされることも少ない。ジルを買い取った商人たちもガラの悪い連中の集まりだと思っていいだろう。
「連れて行くには条件があります」
思えばこの時点で、ジルを買い戻すのだということについて迷いがなかった。
坊ちゃんが黙って俺のいうことを聞いてくれたのも、俺たちの目的が同じだったからかも知れない。
◇
こんな場所で知った顔を見たことに対する驚きに、声を出すことは許されなかった。
最近呻くことしかしていなかった喉と肺が音を作ることができなかったのだ。
◇
そこからはもうめちゃくちゃだ。
坊ちゃんにつけた条件は、自分が情報を集めて戻るまで宿を動かないこと。
必ずジルの元に連れて行くが、向かう先では喋らないこと、俺のいうことを必ず聞くこと、それだけだ。
金は、二人旅には潤沢すぎるほど持っていたが人を買う相場のことを思うと不安がある。
そもそも、用途を果たせばなんでも良いというわけでなく、特定の品物が手に入らなければ意味がないのだ。
舐められたら金なんていくらあっても足りないだろう。
幸いーージルに起こったことを思えば不幸でしかないが幸い、ジルの売られた先は簡単にわかった。
馬鹿親父は引っ越し先と伝えた街に未だ滞在しており、息子が売れた後の売り上げをもらうのを楽しみに待っていたようだ。
俺の知る限りの人身売買は即金のやりとりが当たり前だ。こいつも騙されていたのかもしれないがそんなことはどうでもいい。
ジルの売られた先は、案の定ゴロツキの巣のようだった。
◇
なんのつもりだ!?と怒鳴ろうとした息は最初の音以外が全て咳に変わる。
最初の馬車に乗った時に渡されていた水の皮袋を改めて口元に寄せられたので仕方なく喉を潤す。
過ごしていたのは土埃まみれの乾いた部屋だった。まだ、声を出せるようにはなっていないのかもしれない。
あの後、僕は幼馴染そっくりの子どもを奴隷として連れた男に買い取られた。脅しのためだろう、交渉の中で男が一人床に転がっていた。
そして馬車に乗せられ、なぜか一度馬車を乗り換えた今、ようやく喋ることを許可された。最初の馬車に乗せられた時に言われた黙ってろの言葉を律儀に聞く必要もなかったのだが。
「ジル、聞きたいことには全部答えてやるからとりあえず落ち着け。」
僕にそう告げる男は、客として部屋の扉をくぐった男で、明るい場所で服装を変えると幼馴染の父親の従者だとわかった。
あの場所で僕の前に現れた目つきの悪い幼馴染は、その時に着ていた奴隷然とした衣類や装飾を外し、いつもの服装に戻っている。
「なんで、ベリトくんが」
ようやく口から出た声は、ひどくかすれて細かった。
◇
かつて岩の切り出し場だったであろう岩壁にいくつかの掘っ建て小屋とテントを建てた奴隷市場。
その一角で男を一人殴り飛ばし、駆けつけた連中を相手に怒鳴り散らす。殴られた男は泡を吹いて倒れているが知ったことではない。
今の俺は、やんごとない身分の主人のために奴隷を買い付けに来た使用人だ。既に一人は奴隷を得ていて。もう一人、見目のいいガキを探している。
見せられた奴隷が気に入らないので、仕込みが終わっていなくても構わないから仕入れたばかりの奴隷を見せろと市場の奥に入り込んだのが今。多分、ジルがいるのもこの辺りだろう。
腕っぷしには自信がある。相手が刃物を持ち出して来ても、まぁどうにかなる。
赤毛のガキが入荷されたのは知っている。今すぐ譲れを声を荒立てれば、及び腰の男があのガキはもう買い手がついたから売れないと言う。
最悪だ。坊っちゃまが俺の背後から奴隷商たちを睨みつけたのがわかった。
買い手とは近くに住む好色な富豪のようで、男たちの口調から上得意とーーつまり頻繁に奴隷を仕入れているのだと察せられる富豪が、買い取った奴隷をどれほど酷く扱うのかは想像に難くない。
◇
質問に、幼馴染は答えてくれなかった。
僕を買い上げた男曰く、彼らは、というよりベリト君は僕に会いに来たらしい。
僕は会いたくなかった。
そんなことを言えばベリトくんは怒るだろうけど。あんな場所で会うくらいなら、会いたくなかった。
僕が自分の気持ちを口に出すまでもなく、ベリトくんの機嫌は最悪だ。
多分、怒っている。だれに、何に怒っているのかは知らない。
◇
強引な商談だった。
恫喝と暴力と賄賂の金細工、トータルでは安く上がったと思う。男たちが値付けができないのか、ジルの父親が売り込みをしくじったのかは知らない。
教養があって見目の良い子どもだ。金は足り苦しいと踏んでいた。
とは言え、派手な金の使い方をした。ジルを買い戻せたいからには金を惜しむ理由もない。
追跡を警戒して馬車を乗り換える。帰路で襲われて奴隷を奪われるのは馬鹿らしい。
ジルを買う予定だった貴族とやらに追いかけられてもたまらない。
一息ついてジルに声をかける。砂埃にやられた喉では喋りにくそうだった。
ジルから離れて座る坊ちゃんは静かだ。奴隷市場から出たら話すなという約束も終わるし、ジルに声をかけるかと思っていた。
ジルの質問にも答えない。仕方がなく俺が返事を返す。
頻繁に咳き込み、水を飲むジルに、食えそうならばと干した果実を与える。落ち着いたら何日食ってないのかを聞かないといけない。
急に坊ちゃんが口を開く気配がした。
一言だけしゃべって再び押し黙った坊ちゃんの言葉は素直でないガキの言葉にも聞こえたが、その表情は何かを悔しがているようにも思えた。
自分の無力を感じでもしたのだろうか。金がなければ何もできなかったのだから坊ちゃんには十分な力があったのではと言うのは俺の考えでしかなくて。言っても納得はしないだろう。
◇
ベリトくんが静かな声で言葉を発する。
その言葉を聞いて、僕はベリトくんに助けられたのでなく、彼に買われたのだと気付いたのだった。
zauri8836longコーヒー、紅茶に甘いものさっきから何度も隣を見て、何度も声を出して笑ってしまっているものだから隣を歩くジャックさんの視線がそろそろ痛い。
前を見ないと危ないぞ、マスター。なんて声が耳を震わせる。
だって顔をニヤつかせるだけじゃ気持ちが収まらないんです。困惑を隠さない瞳はコーヒーのように深いブラウン。
ミルクティー色の肌は時計塔ではあまり見かけない色。
俺と同じくらいの長さで後ろに撫で付けられた髪は艶やかな黒、今日は人の姿をしてほしいと頼んだ時、ジャックさんが二番目に選んだ姿で見るのは今日が初めてだ。
しっかりと厚みのある唇が今すぐ触れたくなるくらいセクシーに見えるのは、相手がジャックさんだからだろうか。
19世紀イギリス、切り裂きジャックが人々を脅かした時代にロンドンで暮らした誰かがモデルなのならインド系の青年か。
でもモデルの来歴なんて今の自分にはどうでもいい。毎日通う教室への廊下を、ジャックさんと共に歩けるというのが嬉しくてしょうがないのだった。アメリカから帰ってきたジャックさんと俺は、教授に一通り叱られて、その後のジャックさんは彼自身のために存在を隠すことを余儀なくされた。
当然だ、聖杯戦争の外側で存在し続けるサーヴァントという点を差し引いても彼の存在は特殊過ぎる。この魔術師の巣窟で誰の毒牙にかかるかわかったものではない。
もちろん俺は全力でジャックさんを守るが、それでも教授に迷惑をかけたくないという点で俺とジャックさんは同じ意見だった。
結果としてジャックさんはいつもは時計の姿で特殊な金庫に保管されることとなった。霊体化して姿の見えない存在に気づかれるより、魔術礼装の一つと見られた方が怪しまれるにしても都合が良かったからだ。時計塔を出て街に行くときは一緒に出かけることができたが、何せここはロンドン。スノーフィールドの頃ほど無防備に会話することもできなかった。でも今日からは、その状況も少しは変わる。
帰国からずっと研究していた魔術の行使を、教授が認めてくれたのだ。他人の魔術に干渉するのは得意だ。教授もそれは知っている。
今回の俺の研究は、ジャックさんに向けられる観測行為について自動的にカウンターを仕掛けるもので、ざっくり言えば幻覚だ。
騙すのは魔術師の目でなく魔術そのものだがマルウェアのような悪意はない。
俺の話を聞いた教授は当初ものすごく渋い顔をしたいたし、自分にはそもそも高度な観測を行うことができないのだからその魔術の出来を評価することができないと言って否定的だったが、結果としては今日のように認めてくれている。
ちなみに魔術への効果や影響を確かめるために手当たり次第に知り合いに声をかけていたらとても怒られた。
結局教授の口利きもあって教室の幾人かに手伝ってもらいお墨付きをもらうことができた。スヴィンくん曰く、ジャックさんは昔の俺よりよっぽど人間らしい匂いをしているらしい。この魔術はジャックさんを人として見せようと言うものではないのだが確かに褒め言葉だった。
とりあえず今はジャックさんが俺の側にいるときだけしか使えないこの魔術だがジャックさんは今、トリムちゃんのような魔術礼装の一種に見えているはずだ。見る人によっては身近な家の魔術を盗んだ不届き者と捉えられかねないが、この件をライネスちゃんが快諾してくれたのは本当に助かった。騙すにしても何と誤解させるのかは本当に悩ましかったのだ。ジャックさんの件に関して、教授はいつも以上に俺に甘い気がする。スヴィンくんが先生に迷惑をかけるなよと頻繁に釘を刺してくるので気のせいではない。でもそれは教授がジャックさんを使い魔の一種ではなく人として扱ってくれているだけなのかもしれない。そこの角を曲がると教室ですよ。そう伝えるとジャックさんは周囲の様子を伺うようにその首を左右に動かした。
秒針を揺らしたり時には伸ばしたりして行われるジャックさんの感情表現も十分に豊かではあったが、人の姿でのそれを見るのは数ヶ月ぶりで、懐しささえある。
自分はコミュニケーション相手が何者であろうと外見に興味はなく、ジャックさんがジャックさんであるのならどんな形をしていても好きだと思っていたのだが、今日の自分の興奮を見るとその認識を改めた方がいいのかもしれない。
それとも、俺以外にもジャックさんの存在がわかることが嬉しいのだろうか。
教室のみんなにジャックさんを正式に紹介できることが嬉しいのかもしれない。「ねぇジャックさん、授業が終わったら食事に行きませんか?ジャックさんを見ていたら鴛鴦茶を飲みたくなって…。」
デートの誘いは多分断られない。気に入りのチャイニーズレストランは香港系で、寮から地下鉄で数駅離れているのでジャックさんと行ったことはまだなかった。「疲れちゃいました?」
注文した料理がテーブルにずらりと並ぶまでの時間、ジャックさんは静かだった。もともと口数はそう多くはないジャックさんだが、俺への相槌もどこかぼんやりしている。
色とりどりで様々な具の入った焼売にミネストローネ、ワンタン、エッグタルトにフレンチトースト。
好きなものだけ頼んだのでバランスは悪いがどれも美味しいのはよく知っている。夕飯には早い時間なので二人分にしても頼みすぎたかもしれないがジャックさんとならまぁなんとかなるだろう。
俺が頼んだ飲み物は予定通り鴛鴦茶、ジャックさんはサービスのお茶だ。
無料で飲める香りのいいお茶はポットサービスでいくらでも出てくる。「疲れたわけではないと思うんだが…」
なんと言うか、教授殿はすごいなとジャックさんが呟く。
ジャックさんを教室のみんなに紹介すると行っても講義の時はよそに所属している生徒もいるし当然、教壇に立って紹介するわけではない。
今日はあくまで講義を一緒に受けただけだ。俺の隣に座る新顔を教授が咎めないことで正規の客であることは教室中に伝わる。
魔術の調整を手伝ってくれたみんなは幾らかの目配せをくれたがそれだけ。及第点は取れたのだろう。教授の許可が出たのだから当然のことだ。「今日の講義は、別に私向けというわけではなかったのだろう?」
「うーん、まぁ先週の予告通りの授業でしたけど」
でも教授は授業に関してはエンターテナーなところがあると思う。
生徒や聴講生のリアクションを見て知識のレベルに合わせて語りや切り口を帰る。もちろん歴史ある時計塔の授業だ。一定以下のレベルの生徒は切り捨てるが現代魔術科の実践的でわかりやすいという評判は伊達ではない。
そういう意味では、シェイプシフターにまで話が及んだ今日の授業はジャックさん向けでもあったのではないだろうか。「ジャックさんは楽しかったですか?」
そうたずねるとジャックさんは、少し驚いたような顔をした。
「楽しかった、だろうか」
首を傾げながら何かを考え込むジャックさんは、理解しきれたわけでは…とか興味深かったのは事実だが…とつぶやきながら言葉を探しているようだった。
別にジャックさんの気持ちの全部を俺に伝えてくれなくてもいいし言葉にしなくてもなんとなくわかることもあるんだけどなと思いながらその様子を見守る。
冷める前に、といくつかの料理を勧めれば口にしてくれる。
色によって味の違う焼売の一つ一つにコメントをくれるのが可愛い。料理と、数杯のお茶を口にしたあとジャックさんが口を開く
「魔術の心得は多少はあるが教授の手にかかると一瞬で道が開けるようで不思議だな」
多分、楽しかったかという問いへの答えだろう。
「君と出会ってからは新しい体験ばかりで、いわゆる実技ばかり楽しんでいたが知識を得るのもやはり楽しいことだな」
そう答えるジャックさんはどこか満足そうだった。
俺としてはもっとジャックさんと二人でいろいろなことをしたいのだが、それができるようになるのがまだ先のことなのは事実だ。「それはどう言う飲み物なんだ?」
今日のことはジャックさんの中で整理がついたのかなんてことない質問が投げかけられた。
鴛鴦茶、俺も近所ではこの店が出しているのしか知らない香港の飲み物だ。
「コーヒーと紅茶と練乳を混ぜたお茶ですかね。」
気に入ってはいるが、メニューに書いてある簡単な説明以上の知識はなかった。初めて存在を知った時にコーヒーと紅茶を混ぜるという馴染みのない発想に興味を惹かれ、飲んだ時から気に入っている飲み物だ。「笑わないでくださいね。誘う時も言いましたけど今日のジャックさん見てたら飲みたくなって。瞳はコーヒー色だし肌の色はミルクティーみたいで素敵だなって」
キョトンとした顔のジャックさんはその後自分の腕を腕をまじまじと眺める。
「…君はもっとミルクを多めに入れるだろう?」
指摘するとこはそこでいいのだろうか。確かに、ジャックさんの肌は濃いめに入れた紅茶にほんの少しミルクを垂らした色で、俺が飲むミルクティーはもっと白に近い色をしている。
今度二人でお茶を飲む機会があったらミルク少なめのものを飲んでみるのもいいかもしれない。「鴛鴦とはどう言う意味なんだ?」
「調べてみますね」
携帯電話にメニューに記されたスペルを入力すれば目的の情報はすぐに出てきた。
鴛鴦茶のページと鴛鴦のページで迷ってひとまずお茶の説明を選ぶ。
香港で一般的な飲み物でコーヒーと紅茶を混ぜ合わせたもの、多くは練乳がたっぷりと入っているという説明は自分も知っているものだ。
ページをスクロールすると鴛鴦の意味という項目があった。
「……これは、ちょっと恥ずかしいかもしれません…」
「何が書いてあるんだ?」
携帯電話をジャックさんに向けて差し出せば視線は画面に向いた。
「夫婦愛のシンボル?」
「それで、鴛鴦茶には男女二人で飲むお茶みたいな意味もあるらしくってですね」
「デートの時の飲み物か」
照れているのは自分だけのようでジャックさんはなるほどなとつぶやきながら鴛鴦か、見たことはあるなと納得していた。
いつもよりも二人で出かけていることを意識していた自分と、時計の姿で出かける時とさして変わらなそうなジャックさんになんとも言えない気持ちになる。
ジャックさんはどんな姿でもジャックさんなのだから、やっぱり意識してしまう自分の方が変なのかもしれない。「ジャックさんも飲んで見ますか?」
そう尋ねたのはちょっとしたいたずら心だ。
「その話をした後で聞くのか?」
片頬をあげて笑うジャックさんも俺の意図は伝わったようだった。「まぁ、味が気になるからいただこう」
テーブルの向こうから差し出されるカップにお茶を注ぐ。「俺は好きな味なので気に入ってもらえたら嬉しいです。」
「その時はまた連れてきてくれ」
ジャックさんが次を口にしてくれるのが嬉しい。
明日は教授に時間をもらって、今日の成果の確認と合わせて次の外出許可をもぎ取らなくてはいけない。初出:2020年10月12日
ID:13892380#二次創作#Fate/strange fake#フラット・エスカルドス#ジャック・ザ・リッパー(Fate/strange fake)
zauri8836longCamerati仕事を一つ、片付けた。
なんのことはない街の路地裏で行われるちいさな麻薬の取引を台無しにしてきただけ
これでほんの暫くの間、この街の気の毒なガキどもはご機嫌な薬に頼ることもできず辛い思いをするんだろうこんなのはただの鼬ごっこだ。ついさっき俺がふん縛って、明日尋問をうけるであろう売人も元締めからすればただの捨て駒で、しばらくしたらまた別の売人が路地裏に現れることになるのだろう。
薬物の撲滅は立派な目標だが、今日の仕事はパッショーネが相手をするにはあまりにも小さな取引で周囲になめられるきっかけにだってなりかねない。こんな仕事が今月で3回目。あいつは一体何を考えているんだ「お帰りなさいミスタ、どうかしました?」
報告に戻って最初にかけられた言葉がこれ。扉を開ける動作が苛立ちまじりだっただろうか、机に向かうジョルノが不思議そうにこちらを見る
部屋にいるのは俺とジョルノだけ、いまなら聞いても許されるだろうか「…なんで俺が、こんな小さな仕事をやらねぇとならねぇのかなって」
扉の前で重心は片脚に、両手の親指をスボンにひっかけて。部下が上司の前でする態度ではないがとがめるやつでもないだろう。
それより自分の拗ねたような物言いが気持ち悪い。問題なのは仕事の内容であって、誰がやるかではなかった筈だ「…そうですね、もっと僕らしいやり方もあるのはわかってるんです。末端の売人は泳がせておいてもっと大きな組織をつぶす、そういうやり方をするべきなんでしょうね」
俺の思いをきちんと汲み取って少し困ったような顔で答えるジョルノを見て燻っていた怒りがどこかに消えていくのを感じる。
そりゃぁまぁ、俺でもわかるようなことをお前が気づいていないなんて思っちゃいなかったけど
「わかってるのにやらねぇってことは何か理由があるんだろうけどよ。それでお前が体壊してちゃ元も子もないんだぜ?」
どさり、来客用のソファに体を預けながら思わずぼやく、誰よりも働いているのはがこいつだというのは他でもない俺が一番知っている。「…理由、というほど立派なものがあるわけじゃないんです」
恥ずかしながら、ね。目を伏せて微笑むジョルノの表情からはいつもの自信は見受けられない。
「ただ一つ理由を挙げるとすれば…そうですね、」
奇妙な沈黙、お前が言いよどむなんて珍しい「ブチャラティに叱られる気がして」あぁ、そうかお前も「変な顔しないでくださいよ。」
自分でも、恥ずかしいことを言っている自覚ぐらいありますから。
そうつぶやくジョルノの言葉通りの表情は、なんというかものすごく年相応でこいつがまだ学生と呼ばれるべき年齢であることを俺に思い出させた。
しかし、そうか俺は変な顔をしているのか
きっと口角の緩んだ気持ちの悪い笑みを浮かべているに違いない。俺はブチャラティに出会う前のこいつのことを何も知らないので、本当はこいつが何を思って今この場にいるのかなんて知る由もないのだけれど
そう、俺たちの知る彼は立場が許すのならばどんな小さな悪も見逃さないような正義感にあふれた男だった。変な顔、と指摘された後何の返事もしない俺をジョルノがいぶかしげに見つめている。
さて、なんと話したものだろう。
俺がいまお前に伝えたい思いは、馬鹿な俺には到底言葉にできない喜びだ。俺は既にお前の部下で、同じ目的を目指す仲間なのだけど、大切な仲間に新しく出会ったような、そんなすばらしい気分なんだ。「これからもよろしく頼むぜ、ジョルノ」この喜びはハグでもキスでも伝えられないと理解しつつ、それでも衝動のままに立ち上がりジョルノのデスクの正面に立つ。だからジョルノ。ひとまず、この差し出した右手を握り返してはくれないだろうか。
この喜びを少しでもお前に伝えたいんだ。握られた手をそのまま引き寄せてジョルノを思いきり抱きしめる。
やっぱり握手だけじゃ足りねぇや。
「何で今更あなたと握手なんです?」
耳元から聞こえる声が少し不満げだ、拗ねた子供っぽい声。
喜びのあまりこいつのことを振り回してしまっているようだ。
「…やりたかったから?」
ひとまず腕をほどいて釈明を、おそらくこんな回答じゃぁジョルノの機嫌はなおらねぇだろうけど
「首を傾げてもかわいくありませんよ。あなた、怒ってたんじゃないんですか」
「いや、もうどうでもいいや。それとよジョルノ」ひとつ、思いついたことがあるんだ。
ズボンの尻ポケットからくしゃくしゃになったメモ書きを取り出しジョルノに渡す。安っぽいチラシの裏に書かれた文字は隣町のジャズバーの名前を示している筈だ。「…あなたジャズなんて聞くんですか?」
俺は静かに音楽を楽しむような人間には見えないとでも?
まったく失礼な奴。まぁ実際のところあまり興味もないのだが。
質問を無視して言いたいことを切り出す、お前無駄は嫌いなんだろう?
「そこの店、生演奏が売りなんだけどよ。最近入ったピアニストの男が、…また凶暴なやつでよ、いつオーナーをぶん殴って首になるかもわからねぇし忙しいボスジョルノの秘書にでもどうか、と思ったんだけど?」
少し言い方が回りくどかっただろうかメモには店の名前が書いてあるだけ、そういえばこいつらが共に過ごした時間は一週間にもみたないのではなかったかそんな俺の不安は杞憂に終わったらしく俺の耳はジョルノの小さな笑い声をきちんと拾い上げた。
とりあえず機嫌もなおったみたいだ。「凶暴な、ね。果たして僕は彼を御しきれるだろうか」そんなうれしそうな、何かを企んでいるような顔、久々に見たな。やっぱりお前は働き過ぎだ。「頭の良さだけは保証するぜー、何たって13で大学入った奴だからな」
本当は墓の場所だけでも教えてやろうと調べた居場所だが、その気になれば俺たちは何度でも仲間になれるのだと今お前が気づかせてくれたんだ。
俺たち三人がそろってブチャラティのことを忘れられないというのなら、俺たちはそれでうまくやっていけるに違いない。 初出:2014年1月3日 ID:id=3249074#二次創作#ジョジョの奇妙な冒険#黄金の風#ジョルノ・ジョバァーナ#グイード・ミスタ
zauri8836long霞晴らす日 日課の朝拝を終えて一息、まだ戸を開けてもいないのに別の部屋から漏れ出る経を鼓膜が拾い上げる。この、よそ事に気づくまでの時間が日に日に短くなっているような気がする。
朝の時間は好きだ。起きているもののほとんどいない時間の空気に1日の始まりを感じるのは気持ちがいい。
身支度を整えた後はいつもの手順で神棚を清め、厨に寄って供え物を揃える。供物の米は自分で炊いたこともあるが大抵厨に用意があり、これを用意しているのはこの本丸の審神者である。
寺院の子で、継ぎこそしなかったがその習慣が体に染み込んでいると話す主は、わたしと同じように朝の務めを日課としている。米を求めるのは神も仏も、何なら人も我々刀剣男士も同じだ。神仏に供えるためのそれは、タイマー付きの炊飯器で早朝に間に合うよう炊かれ、わたしが厨に顔を出す頃には二つの飯櫃に分けられている。厨番が朝食の準備に追われる場の端に置かれた飯櫃は、必ずどちらかが手付かずだ。二つの飯櫃の蓋を開け、明らかに手がつけられたものとそうでないものとを確認し、後者から必要なだけの米を拝借する。
厨番たちの邪魔にならないような場所取りもいい加減覚えた。あるいは、皆がのんびりと米をよそうわたしを気にしないのに慣れただけかもしれない。
本丸の調理は当番制だが、主の意向でわたしと主、そして二日前に顕現したばかりの江雪左文字は朝食の準備を免除されている。
おそらく今後も、望むものがいたらそうなるだろう。
毎日、わたしより早く起きだして務めを果たしている主を間接的に知るのは楽しいことだ。
健やかで細やかな気の回る人の子の存在を愛おしいと思う時、今の自分の立場の不確かさを感じる。この感情はかつて、人の身を得る前のわたしが神社の参拝客に感じていたものと似たものであるようだが、それを仕えるべき主に向けるというのはどうにも座りが悪い。
先日、いつものように厨を訪れた時に珍しく主とかちあった。体調不良で務め自体を休むことは過去に数度あった主だが、遅れるというのは珍しい。
寝坊しちゃったと笑う主の作業を眺め、それじゃこっち使ってねと片方の飯櫃を示した主が膳をもって立ち去るのを見送った。いつもの日常が少しだけ違った日だ。
この経が聞こえるようになったのは多分あの日からだ。それまでだって部屋を出れば聞こえてはいたのだけれど、気になりだしたのはあの日からで間違い無いだろう。
普段の話し声や出陣を言い渡す時の真面目で固い声とも違うやわらかいが芯のある声。
その声も昨日からはわたし一人が聞くものではなくなった。
道具を片付け部屋を出る。
経を読む声は二つ、今朝から江雪左文字の声が増えた。
そのことが、わたしの気を悪くしているようだった。
重なる二つの声を聞き、自分の表情が硬くなったのがわかる。昨日までは和やかな気持ちになるだけだったと言うのに。
主の経を耳が素早く拾うようになったのも、この体が勝手に行ったことだ。この肉体というものは、わたしが自分の考えを理解する前から反応をするのだから困りものだ。
いずれにせよ自身の制御すべき肉体を制御できない状況は望ましくない。ましてや、江雪左文字に対し悪感情を抱く覚えがないのだ。
読経の良し悪しはわからないが、下手な節回しに感じる違和感などと違うことはわかる。しかしこの不愉快さは直ちに解消されるべきものだとも感じている。
これは予感だ。この違和感を放っておくと、いつか自身の務めに支障をきたす予感がするのだ。
自身の務め、それは時間遡行軍と戦うことであり、主とこの本丸を守ることだ。
その務めのため、わたしはこの違和感と向き合わなければならない。
そして恐らく、主に抱いている正体の知れない感情と向き合うことになるのだろう。
800字チャレンジでした。石切丸と審神者。
初出:2020年9月27日
管理ID:13804678#刀剣乱舞#二次創作#CP創作#審神者#石切丸
zauri8836long光彩
朝から恋人の寝姿を見つめて何をしているのやら。長谷部は、蜻蛉切の眠る布団のすぐそばに寝そべってじっと横顔を見つめていた。
どちらかというと不審な行動だろう。誰かに見られたらと思うと落ち着かない気分になるが、どうもやめる気にならないのだった。 朝というには少し遅く、昼というには早すぎる時刻。蜻蛉切が今のような時間に眠っているというのは珍しいことなのだ。 今日は非番の蜻蛉切だが、朝食の席にいないのは珍しく、体調不良を疑う者もいたので顔を見にきて、これだ。
一目でわかる不調はないようだ。いつも通りの綺麗な姿勢で天井を向いて眠っている。 こんなにそばで蜻蛉切の顔を眺めたのはまだ数える程しかなく、いずれも行灯や月明かりの下だった。しっかりとした作りの凹凸がくっきりと影をさすのもいいが明るい光の下で見るものは別の良さがある。食卓などで横顔を見つめたことはあるが、不躾に眺められるのが良いのだろうかどうにも離れがたい。
だって蜻蛉切はいつも、長谷部より早く目覚めるのだった。 障子越しの光は横顔の輪郭をぼやけさせ、柔らかな産毛を見せている。しっかりと生えそろった眉や閉じられた瞼を縁取る短い睫毛。密度のせいだろうか、筆か何かのようでおかしくなる。
薄い色の唇と、少しだけめくれた皮膚。自分の顔だってこんなにまじまじと見たことはないかもしれない。 そっと手を伸ばし眉を逆立てるようになでる。反対に毛をなでつける。
睫毛に触れようと目元をなでれば流石に瞼が震えた。蜻蛉切が起きたらひとまず不調がないか確認しなければ、いや、何をしているか聞かれるのが先だろうか。
何を、と聞かれたところでろくな答えは返せない。
それとも、次は共に朝寝をと強請ろうか。
一体どんな顔を見せてくれるだろう。800字チャレンジでした。
初出:2020年9月7日 管理ID:13677082#二次創作#刀剣乱舞#へし切長谷部#蜻蛉切#CP創作
zauri8836longFor the □□□□□ 〜 Για το φιλότιμο 尋ね人がそこにいるのは匂いで分かっていたがたどり着いたそこには想定以上に多くの本に囲まれたフラット・エスカルドスがいた
「珍しく大図書館に籠っていると思ったら課題じゃないのか何を調べている?」
「あ、ル・シアンくん」
「ル・シアンと言うな」
積みあがった本をざっと見聞する。どれも授業で触れた覚えはない題材だ
「聖杯戦争…境界記録帯ゴーストライナーか?まぁそうそう対峙する敵じゃないだろうが調べる意味はあるか」
境界記録帯と対峙してからそう日はたっていない、事件のかたはついたとはいえこいつが興味持つなんてよっぽどくやしかったのだろうか
「うーん、境界記録帯っていうか英霊かな。もっというと英霊の座…?でもほとんど記述ないんだよねやっぱ日本に行かなきゃダメか」
「座?所詮は記録なんだろ?」
実態を伴う記録をただの記録と呼んでいいかという疑問は残るがそれでも彼女らは魔術師を伴わなければ力を発揮できないはずだ
「…ル・シアンくんは秘密を守れる?」
「急になんだ」
めったに見ない真面目な顔、こいつがこんな顔を見せるのは先生がらみのことぐらいだ
「教授のとても大切な秘密だ。俺はね、教授の望むことならなんだってやりたいんだけどでも教授は俺たちに自分だけのための頼み事なんてしないから勝手にやるしかないと思うんだよね」
話題となる人は案の定、しかし何が言いたいのかは見当がつかない
「何の話だ?」
「俺は英霊の座に名前が残るような英雄になりたい」
「…有名になりたいってことか?」
「伝説級のね」
意図がよくわからない。有名になったからなんだというのだろう
「そんなこいつまたイカレたのか?みたいな顔やめてよ」
そうやって語りだした講釈は内容はともかく話題のつなげ方や視座は少しだけ先生を思い出すものだった
「つまり、ケイローンやアリストテレス、二人とも歴史に名を遺す賢人で教え子たちもまた英雄だ。僕らが英雄の座に記録されるときに教授がそこにいないのはおかしいと思わない?」
長い講釈の結論は何故か自分たちの話に着陸し、はて自分はなにを聞き逃したのかと考える
生徒が英雄として記録されるとき、そこにそれらを育て上げた師がいないのはおかしな話だということのはずだ
英雄ヘラクレス、征服王イスカンダル。彼らの記録が今も力あるものとして残っている以上師であるケイローンやアリストテレスもまた、英雄として記録されているはずだと
「つまり、お前がそこに記録されるときにお前だけがそうなるのはおかしいという話か?そもそも、今の時代魔術は秘匿されるものなんだから何をもって英雄と言う気なのかが」
続く予定の言葉はフラットの流れるような言葉に途中で遮られる
「俺一人じゃどうにもならないからスヴィン君も手伝ってよ!ルヴィアちゃんとかにもたのみたいよね。あぁでも確かに魔術師の間だけで有名になっても意味がないかそうなると」
「とりあえず話すなら外だ」
周囲の目が気になるのは講釈が始まる前からだが、フラットの声量も熱量も図書館の場にふさわしいものではなくなってきた
遠くから司書がやってくるのが匂いでわかる。これは先生に話が伝わり小言を受けるコースではないだろうか
先生もお暇ではないというのにこいつといるとそういう時間がたくさんできてしまう
机を離れて外へ向かう途中でひどくいらだった香りのする司書とすれ違う
幸い試験期間でもなく机に空きはあるのですぐ戻りさえすれば集めた本もそのままにされるはずだ
特定の棚を精査もせずに丸ごと抜いてきたような有様だったので彼らの職業意識を損ねるものかもしれないがひとまずはこの馬鹿がこれ以上妙なことを言い出す前に人目を避けたほうがいいだろう
「結局何が言いたいんだ?」
近くに人気のないのを確認して声をかける。ここの通路は大声を出せば響くし人も通るが本当に人気を避けようと思うと建物を出ることになり効率が悪い
人の動きに敏感な体質もこういう時は便利だ
大きく息を吸い込んでこちらを見るフラットは喜びと確信に満ちていた
「教授が英霊の座を目指すのならぼくらがそれを助けることができるはずなんだ。教授には迷惑かけるばっかりで何かしてあげたいと思っても教授が俺たちに個人的な頼みごとをすることなんてないし教授のために何かをするなら勝手にやるしかないと思ってたんだけど教授がいれば俺はなんにだってなれるしこれなら絶対に教授に喜んでもらえるからスヴィンくんも協力してね!」
それはさっき聞いたという間もなく自信満々に放たれる言葉はやはり僕には理解しがたいものだ
エルメロイ教室のみんなとの出会いに感謝!という声は廊下中に響いているしとりあえず、今にもどこかに走り出しそうなフラットを止めて説明を求めるしかないのだろうか
事件簿シリーズに寄せて初出:2019年12月15日 ID:12085231#二次創作#ロード・エルメロイII世の事件簿#フラット・エスカルドス#スヴィン・グラシュエート
zauri8836long花の食卓最近、料理をするのが楽しくて仕方がない
元々、自分で作る料理なんて食べれればいい程度のもので、うまいものが欲しけりゃプロの店へという考えだった俺が料理に目覚めたのはつい最近のこと
男が料理なんてと考えたことはないがそれでもキッチンはマードレやノンナの聖域だったそんな俺が我が家の小さなシンクやコンロを大いに活用することとなったきっかけは二月ほど前にジョルノがどこかから蛸をもらってきたことだったと思う朝、漁師にもらったのだといってジョルノが事務所に持ってきた大きな蛸は当初馴染みのリストランテで料理してもらう予定だった。しかしその日は夕方になってから急ぎのトラブルの報告があがってきて、俺が動いて済めばよかったのだがジョルノも執務室での待機を余儀なくされ、自由に動けるようになったのは夜中の11時頃。今日はもう遅すぎますねと呟くジョルノを思わずうちへ誘ってしまったのは、その表情があまりにも残念そうだったからだと言ってもきちんと料理する訳でもない男の一人暮らしに満足な調理器具がそろっている筈もなく、手持ちの鍋で最も大きいものを使ってひとまず茹でる過程では湯が吹きこぼれるわ、調理を始めると具が多すぎて飛び散るわで、結局食事にありつけたときには日付が変わっていたように思う
いい蛸を台無しにしたかという思いもないではなかったが、ジョルノは俺の料理をおいしいといって食べてくれたし、褒められればやはり悪い気はしないものだ結局親切な漁師からもらった大蛸は二人で食べきるには多すぎてそれから暫く俺たちは二人そろって狭っ苦しい俺の家に帰り食事を共にする日が続いたのだった
手みやげのワインや総菜、俺が適当に作る料理の材料を買い足しながらの二人きりの夕飯は食卓から蛸が消えてしまったあともなんとはなしに続いていた
冷蔵庫が空になるなんて日はなかったし俺の食生活は大いに向上、ついでに料理の腕も上がった気がする
料理の楽しさに目覚めたのもちょうどこの頃で理由は多分、ジョルノが居たからなのだと思うジョルノは、嫌いな物がテーブルに並ぶとみていておかしくなるくらいに顔をゆがめた
幹部との会食の時の綺麗な顔はどこにおいてきたのだろう
そのわかりやすさにジョルノの偏食は早々に俺の知るところとなった
最初のうちはその反応が面白くて辺りの店から買うことのできる食材は手当り次第に食卓に乗せたものだ、思えばあの辺りで俺の料理の腕はあがったのではないだろうか特に鶏肉を出した時は最高だった。綺麗な顔が台無しだと笑い混じりに指摘してやると、あんたしか居ないのにどうでもいい、と可愛くないことをぬかしやがる
罰としてその日のジョルノの晩飯はサラダとスープと残り物のピッツァだけ
あのトマト煮込みは我ながら傑作だったのだから食べれないと言う奴が悪いのだそんな、先週の出来事を思い出しながら口元が緩んでいるのを自覚する。思い出し笑いは助兵衛の所作だったか
しかし最近の俺はジョルノのことが面白くて仕方がない
トスカーナへの一週間の出張は今日が最終日、ネアポリスとは違ういろいろな料理を食べ、好物の白豆やトリッパも堪能した。ホテルでの食事に飽きて見つけたトラットリアのかみさんは俺が最近料理をするようになったといったのをやけに気に入ってくれ、レシピまでもらってしまったのだから帰ったら試してみなければならないだろう
豚や牛が中心の料理だからきっとジョルノも気に入る筈だ。鶏肉が苦手なのは知っているが例えばシカやうさぎならどうだろう
地元の市場で白豆を買った。ここからネアポリスまで車で4時間と少し、アウトストラーダを飛ばせば4時間は切れるかもしれないがいずれにせよ生ものを運ぶには長い時間だ。もう日は沈みかけているので腕を振るうのは明日以降になるだろうか、夕飯がわりにパニーニでも買っておかないと、途中でピストルズに騒がれてしまうだろうそうして車を飛ばすこと4時間半、結局途中案の定ピストルズに騒がれて食料を買い足す羽目になったので予定より少し遅くなったがまぁ許容範囲だ
時間は十時を回るくらい、車を降りて手近な部下に聞いたところ、ジョルノもまだ事務所に居るらしい
顔を見るのは一週間ぶり、報告もあるしやはり寄らないわけにはいかないだろう
エレベーターに乗り込み目的の階へ、扉から出ると見慣れた廊下の空気が少し淀んでいるような気がした木製の扉にノックを二回、返事を聞く前に扉を開けるのはいつものことだ
「ただいまジョルノ」
「…おかえりなさいミスタ」
部屋にはジョルノ一人だけ、フロアに人の居る気配もなかったし、フーゴは帰らせたのか珍しい
というかなんか、機嫌とか顔色悪くないかお前
「大体予定通りの出張で会合だったんだけど…報告、聞く?」
調子が悪いのなら後日でもかまわないのだがそれを決めるのは俺ではないだろう
「あぁ、またにしましょう明日にでも頼むよ」
あっそ、と音にするでもなく呟いてそれなら帰るわ、と口を開きかけたところでジョルノがこちらをじっと見ていることに気がついた
「ほかに何かあるか?」
唇を開いて一度閉じて果たして、ジョルノの口から音が飛び出した
「今日、君の家にお邪魔してもいいかな」ジョルノの言葉を快諾して、もう帰るのかと問いかけるとまだ終わりそうもないので先に帰っていろとのことだった
顔色はやはりあまりよろしくなく、この一週間に何があったのかが気になるところだが俺は残業はしない主義だ
お言葉に甘えて家に帰りせっかくなので買った豆の一部を調理することにした。長く家を空けていたので冷蔵庫にはなにもないが、そのことはジョルノにも伝えたし、運が良ければなにか買ってきてくれるかもしれない
我が家に一番近いロスティッチェリーアは値段より味よりその営業時間を売りにしているのでこんな夜中の十一時に迫るかという時間でもきっと店は空いている最近切らすことのなくなったジャガイモをむいて豆と一緒に鍋に放り込む、一週間は放置しすぎたのか芽を落としたらだいぶ小さくなってしまった
ある程度茹でたらパンチェッタとトマト缶をぶちこんで味をすこし整えてやれば一品完成だ
真面目に料理をする気はないので鍋を火にかけながら着替えてしまうことにした、暑苦しいジャケットとネクタイは疾うにベッドに放ったが、この際だスラックスも脱いでしまおう
スラックスと一緒にシャツも脱ぎ去り、着るものを探して衣類の山を掘り起こしていると玄関のブザーがなった
どうせジョルノだ、と判断してドアを開けると案の定、手にいくらかの総菜を持ったジョルノがいて、俺を見た瞬間に綺麗な顔を大きくゆがめた「アンタなんて格好してるんだ…」
そういわれた俺の服装はと言えば、服装というのもおかしいか身につけているものはグレーのボクサーパンツ一枚
確かに、この格好で料理をしていたと思うとあまりいい気はしないのかもしれないお邪魔しますよ、というジョルノに押されるようにしながら部屋に戻り、そのままパンチェッタやトマト缶を鍋に投入、味見をしたあとに火を止める
手慣れた順序でテーブルに皿を並べるジョルノが一瞬すごい顔をしていたが知らない振りだ
指摘してもどうせ裸で厨房に立つなと言われるだけだ
完成した煮込みを器に移してテーブルに置くとさすがにジョルノが強く睨みつけてきたので仕方なくホールドアップ
服を探すのは諦めて先ほど脱いだシャツとスラックスをもう一度身に付け、テーブルについた出張おつかれさまです、とジョルノが注いでくれた赤ワインで乾杯
料理に手を伸ばしてひどい顔色の訳を聞かなければと口を開きかけたところで、できたてのトマト煮込みを一口食べたジョルノが大きなため息をつく「まずかったか?」
疲れで味覚が鈍ってでもいたのかと一応問いかける、人の作った食事を食べてため息をつくなんて失礼な奴だ
「ああ、いえミスタ違うんです今のため息は悪い意味ではなく、そのなんというかちょっと安心して」
ジョルノの言葉の意図が分からず眉間に皺が寄るのを自覚する
理由を問う言葉を投げようとする前にジョルノがまっすぐにこちらを見つめてくる者だから思わずひるんだ
あれ、お前顔色良くなってないか
「あなたと食事しなかった一週間どうにも気分が優れなくって、リストランテの食事もあまり覚えていないんです。だから今夜もそんな感じかなぁと思ったんですが、ちゃんといつもの味ですね。いつもありがとう」
そうしてジョルノが優しく綺麗に微笑むので、特別に美味しい訳じゃないのになんででしょうねなんて失礼な言葉はもう耳には入らなかったジョルノのまっすぐな言葉と金の睫毛に縁取られ笑みに緩んだ水色の瞳に顔に熱が集まるのを自覚する
心臓は急に早鐘を打ち出してうるさいくらいだし、体中至る所に熱や光が灯るようだ
最近の俺はずっとお前に料理を作ってやるのが楽しくて
俺の胸の中では何かがほころんで花を咲かせようとしている
あぁ、畜生
夢見がちな奴らに言わせるのなら、きっとこれが恋なのだろうロスティッチェリーア=惣菜屋さん初出:2014年8月4日
ID:4127957#二次創作#ジョジョの奇妙な冒険#黄金の風#BL#ジョルノ・ジョバァーナ#グイード・ミスタ#CP創作
zauri8836longUna signora.街を歩いているときにミスタ様を見かけるということは、別に珍しいことではないのだ。そのとき彼が女性と共にいるということも、別に
ただ、その日私が目にした光景はなぜか私が見てはいけなかったものとしか思えずとても気分が落ち着かなかったナターレの準備に浮かれる街を並んで歩くミスタ様と見知らぬ女性。美しくまとめあげられた髪は私よりすこし短いくらい、コートの下のスタイルも女性的で美しいのであろうということが想像される、お似合いの二人
しかし私を狼狽させたのは女性の外見ではなく二人の間に流れる空気だった。信頼を寄せ合っているのが一目で分かる女性の柔らかい表情、女性に言い負かされたのかバツの悪そうな顔をするミスタ様。当たり前のことだが私はあんな顔をする彼は知らない
それぞれが腕に抱える様々な荷物がナターレを過ごすためのものであるというのも追い打ちだった傷ついたという訳ではなく、裏切られたという気持ちに近い
ミスタ様に理想を押し付けている自分のおこがましさにも同時に気がついたが私にとっては本当に裏切られたのは私ではなかったのであろうと思う
ミスタ様の大切な方は私の敬愛する彼の人ではないのかも知れないという事実が例えようもなく悔しかったのだUna signora.「シーラE、ジョジョが君のことを心配していたけど何かあったのかい?」
あの光景を見てから数日、フーゴにそう声をかけられて愕然とした。私の様子がおかしいとしたらそれはきっとあの光景が原因だ
ジョルノ様は大変聡いお方なので隠し事をしようと思うことは無駄なのかもしれないがそれでも気づかれたくなかったという気持ちが先に立つ
彼は私と違って誰かの後ろめたさを暴き立てるような能力は持ってはおられないし、そもそも私が誰にも話していないことを知る術などない筈なのだがどうしても知られてしまったように感じてしまう。ぎくりとした身体の動きををフーゴに気づかれはしなかっただろうか
「別になにも、ジョルノ様のお耳に入れるようなことはなにもないわ」
この言葉は間違いなどない本心だ
「…それならいいけど」
何か言いたげな視線に噛み付いてやろうと言葉を考える間もなくフーゴの口から次の言葉が聞こえてきた
「それと、ミスタが呼んでいたよ何か頼みがあるそうだ」
それじゃあ Buon Natale. いい夜をね。さらりと置いていかれた祝いの言葉にカチンとくるのを止められない。ナターレを共に過ごす家族がいないのはお前も同じだろう
今日はヴィリアディナターレ、今夜街中の店は軒並み扉を固く閉ざし老若男女は家族とともに過ごすのだ
最もパッショーネは世間が休みだからといって休めるような組織ではないし、若い者には身寄りのない者が私を含めて幾人かいるので本部が無人になることは決してない
クララ姉様の死を許容する訳ではないが、ジョルノ様のお役に立てるのならばこの境遇も悪くはないと思えてくるのだった
ミスタ様からのお呼出、ということは早速何かトラブルでも起きたのだろうか
ミスタ様は明日お休みを取られるご予定なのでミスタ様がいなくても片付けられるようなトラブルであることを願いたい
ナターレを共に過ごす方がいるのならそれは幸せなことなのだコンコン、とミスタ様の部屋の扉を二回ノックして一呼吸。返事を待たずに扉を開ける
「あぁ、シーラE悪ぃな」
そんな私の無礼を当たり前の様に流すのは何も私が特別という訳ではなくミスタ様にとってこれが当たり前のことだからだ
この方は誰かを尋ねるときはノックの返事を聞かずに扉を開けるし、尋ねてきたもののノックには返事をしないという悪癖がある
慣れないものはノックの後に不安になる程度に待たされてそろそろ一分を数えるかというところでようやくおーい、いるなら入ってこいよという呼びかけをうけるのだ
理由があるのかと尋ねる機会は今まで特になかったがどうしてなのかを尋ねたら教えていただけるだろうか
部下の中には、いつでも部屋にくればいいと言われているようでうれしいと感じているものもいるようだ。私はどうにも不用心なように感じている
ともかく、ミスタ様にはすこし部下達に気安すぎるところがあるように思う。現に今も、与えられた執務机ではなく部屋の奥に設置されたソファーに半ば寝そべりながらこちらに向けた手のひらをひらひらとふっていて、軽んじる訳では決してないが威厳というものが感じられないのだ
呼ばれるままに奥に向かいソファの横に立つと少し待つように指示された
ミスタ様は手のひらに収まる小さな端末に何かを入力している。黒地に赤のラインが特徴的な携帯電話。いつも電話ばかりのイメージがあるがメールだろうか
最後に真ん中のボタンを力強く押してミスタ様はこちらに向き直る
「今日俺の代わりにジョルノの運転手やってくれよ」
御用は、と伺おうとした唇は薄く開いたまま。この方は私などにミスタ様の代わりが勤まるとお思いなのだろうか。最も断る権利などは私には存在しないのだが
「はい、わかりました」
多分一時間もしたらあいつ出られると思うから
ミスタ様の命令を聞き逃さないようにしながら心のどこかに不満を覚えている自分を見ないふりをする
ミスタ様が他に優先することがあると判断したことであるのなら代理を立てるのはなにもおかしなことではない
たとえそれがジョルノ様に関わることだったとしても、何もおかしくはないのだ「あと、プランツォすませて先に行ってるわってジョルノに伝えといてくれね?」
「今日はジョルノ様とご一緒なんですか?」
思いがけない台詞に思わず疑問を口にした後で聞いても良かったのだろうかと後悔した
「ん?んん、あぁ…やっぱ変だと思うか?」
やーでもあいつ家族と過ごす予定ないって言うしよぉ
ぶつぶつと続く言い訳のようなものによけいな詮索と不快には思われていないことがわかる
私は、ミスタ様がナターレを過ごされる相手というのはてっきりご家族かこの間の女性だと思っていた
思えば彼女にも両親や家族はいるのだろうから私の思い込みというのも少し妙な話だが
それでも、先日街で見かけた二人の間にナターレを共に過ごす者達独特の空気を見たように感じたのは確かで
ともかく、ミスタ様がジョルノ様とご一緒に過ごされるのならばここ数日の私の妄想は杞憂だったということだまぁいいや、そういうことだから伝言頼むな
一通りのつぶやきが終わるとミスタ様はそういってソファから立ち上がりひらりと手を振って部屋から出て行ってしまった。私はこの部屋の鍵を持ってはいないのでミスタ様が戻られるまでこの部屋の鍵は開かれたままなのだろうか
やはり、不用心だと思ってしまう
それともそれもひとつの自信の現れなのだろうかまずはミスタ様に頼まれた伝言をと思いジョルノ様のお部屋へ向かい扉を控えめにノックする
と、即座に入室を促すお声がかかる
扉を開くと正面に配置された執務机にジョルノ様のお姿はなくその少し奥、本棚の前に佇み何事か難しい顔をされていた
「やぁシーラE何か用かい」
ミスタ様からの伝言をお伝えするとジョルノ様がひとつ、大きなため息をつく。何かまずいことを言っただろうか
「ああ、心配しなくても大丈夫、ぼくが今怒っているのはあなたではないので」
それで、彼は君に運転手でも頼んだの?
質問にゆっくりと頷く、もう一度大きなため息が聞こえた
私がジョルノ様の前に立つときに少し緊張してしまうのはいつものことだ。おっしゃる通り怒っておられるようには見えないが少しお疲れなのだろうか、執務机の上にはいくつかの書類が積み重なっている
ジョルノ様の命令ならばなんだってできる、と考えている部下は私だけではないのだろうがそれでも彼にしかできない仕事というのは存在するのだろう「ミスタから何か聞いたかな、プライベートな話で申し訳ないんだけどここまで連れて行ってほしいんだ」
そういって車のキーとともに手渡された地図にはここネアポリスの街からすこし郊外にでた海沿いの土地を示していた「少し休むね」
出発はミスタ様が出られてから一時間ほど遅れて。街を抜けて一キロほど車を走らせたあたりでそう口にしたきり、ジョルノ様は後部座席でお休みになられている。街を出るということは周りに何もなくなるということでもし仮にジョルノ様を狙う不届きものがいたとしても隠れるところがほとんどなくなるということだ
車に乗ってすぐお休みになられたわけではないということは街中で護衛を任せられるほどには私の戦闘能力を認めてはいただけていないということだろうがそうであっても身に余る光栄に胸が熱くなる。今、私の精神のすべてはジョルノ様をできるだけ素早く、安全に目的地までお送りすることに捧げられているのだ地図の通りならば目的地までもうすこし、そろそろ分かれ道が見えてくるというところで後部座席から機械的な振動音が聞こえる
ジョルノ様が姿勢を変える気配と共にその特徴的な音は止まり、代わりにジョルノ様が涼やかな声で誰かと話し始めた「ええ、もうすぐ到着します。」
シーラEに持たせてあげるものがなにかありますか?というジョルノ様の声に別に何もなくてもかまわないのにと思ったがジョルノ様の声が柔らかだったので口に出すのははばかられた
電話のお相手はミスタ様だろうか、その柔らかい声色で自身の名前を呼ばれたのをすこしくすぐったく感じたことは誰に言うことでもないだろう
ジョルノ様がミスタ様に敬語で話しかけるのは何も特別なことではないということを私はなんとなしに知っていた
普段、私が見かける多くの時間を彼らは上司と上司に信頼された有能な部下としての関係を崩すことはないのだが時折こうして友人のような学生のようなそんなとげのない優しい関係に聞こえる柔らかい会話をされるのでそれを聞くたびに私は、お二人の関係は素敵なものなのだろうなと想像するのであった「シーラE、左手に海が見えるでしょう?そちらに向かってほしいんだ」
それではあとで、と電話を切ったジョルノ様がおっしゃる通り海に向かって車を走らせる、潮の香りが濃くなり時折波の音が聞こえるような気がしだしたあたりでミスタ様の車が見えた。丘の上の小さな家の前、周囲の風景を邪魔しない程度に自己を主張するメタリックな藍色はそのままミスタ様の人となりを表している
あの家まで行けばいいのかとジョルノ様に尋ねようとしたところで、車の横、家の扉から女性が出てくるのに気づいた
あの人はこのあいだのあの道の辺りにつけてくれる?後部座席から聞こえる声の通り小さな家へと続く道の手前に車をつける。
「助かりました、少し待ってね」
自らドアを開けて車を降りるジョルノ様がそうおっしゃるものだから、彼女とジョルノ様の様子を極力気に留めないよう視線を道の先に向ける
なぜ彼女がここにいるのだろう
彼女とミスタ様とジョルノ様は共通の知り合いで今夜は共に過ごすということなのだろうかあの家は彼女の家なのか
とりとめのない考えごとをしていると耳元で窓が二度ノックされ思わず飛び上がる。慌ててパワーウィンドをおろすとジョルノ様からひとつの茶色い包みを差し出された
「これをどうぞ、彼女の料理は絶品だから」
包みを受け取ると同時に間近で微笑まれて心臓が震える
迎えは必要ないというお言葉にきちんと返事はできただろうか
それではといって丘を登って行くジョルノ様と、その隣を歩く彼女の間に流れる空気が、あの日私が見かけたミスタ様と彼女の間に流れるものと全く同じものだったので私は今更ながら先日の自分の勘違いを恥じると共に、ひどく安堵したのだった「彼女がシーラE?」
横を歩くトリッシュの口から意外な名前が飛び出す
「ミスタ何かいってました?」
「えぇ、ジョルノにべた惚れな可愛い女の子の部下がいるって」
トリッシュの笑みを含んで弾む声にやはり女性は恋の話が好きなのだなと思う
「彼女はそんなんじゃないですよ」
「フーゴもそうやって否定してた。でも、あなたたちが決めることでもないじゃない?」
「それはそうですけど」
あぁそうだ、フーゴと言えば
「彼、怒ってませんでした?」
「そこまでじゃないけど、でもミスタには感謝しなくっちゃ。先に二人で来てくれて本当に良かったわ二ヶ月前に会ったきりだったから食事中もずっと難しい顔だったらどうしようかと思ってたの」
「やっぱりあなたに変な遠慮してました?」
「そりゃぁもうね!行きましょジョルノ、二人に手伝ってもらったら準備が早く終わりすぎちゃって。あとは明日までゆっくりできるんでしょ?」
わたし、二人にみんなの話を聞いてみたいと思っているのとすこし小さな声で彼女がつぶやく
みんな、とは彼女と出会ってから一週間、共に過ごした仲間たちのことだ
「僕も、そうだな聞いてみたい。フーゴがいやがるかもしれないけど」
「今年がだめならまた来年があるじゃない毎年集まるんでしょ?」
前向きな言葉に、背中を押されたような気がした「天下の歌姫の予定を、そんな先まで埋めちゃっていいんですか?」
「ナターレだから、いいんじゃない?」
いたずらっぽく笑うトリッシュの笑顔に自分の顔も自然と笑顔になっているのがわかる
やはり僕はトリッシュや今年の春に出会い短い期間ではあったが行動を共にした彼らのことを忘れられないほど大切に思っているし生き残った彼らと共に生きていきたいと思うのだ扉をくぐる前に一度だけ来た道を振り返ると遠くにシーラEの運転する車が見えた。帰ったら本部の皆のことも労ってやらなければいけない
僕の人生を支えてくれている人は僕が知っているよりきっと多くてそれぞれに大切なものなのだから*Buon Natale.=メリークリスマス
**ヴィリア ディ ナターレ(vigilia di Natale)=クリスマスイブ
イタリアではイブの夕食から翌日昼食までがメインイベント、家族と過ごすのがデフォ初出:2014年3月18日
管理ID:3565075#二次創作#ジョジョの奇妙な冒険#第五部1
zauri8836longSomeone Special 準備不足は正直に認めよう。言い訳が許されるなら急なことだったのだと言わせて欲しい。休日の街で耳にした怪しい噂話はその場で警察を呼べるほど具体性のあるものではなかったが、それでも確かに危険な匂いのするものだった。 危険に首をつっこむことに不安はなかったし、捜査の対象が向かったクラブが今夜は二人組の入店しか認めないと知ったときも、僕とアーロンなら問題ないと思った。条件は二人組であることだけで二人の関係を証明することは求められないと知っていたからだ。
今夜このクラブはカップルナイトを称するイベントを行なっている。イベントのことを教えてくれた女性たちは、女性二人でもナンパをされず過ごせる最高のイベントと言っていて、付き合ってないっぽい人たちもいるよと教えてくれた。実際、フロアを眺めていても、入場している二人組の全てが恋愛関係にあるわけではなさそうだった。一方で愛し合っていることがあからさまな二人も当然いる。
フロアの恋人たちは年齢性別も様々で僕たちが浮くことはなかった。だからまさか、こんな追い詰められ方をするとは思ってなかったのだ。
「お兄さん可愛いもの飲んでるね。」
無事入店しターゲットを見つけた後、これでも飲んでろの言葉とともにアーロンから渡されたグラスに入っていたのはジュースのような飲み物で、女性が言っているのはそれのことだった。
「え、あ、はい。美味しいです。」
もっと具体的な感想を言うこともできたが食べ物について話す時の僕はリアクションが大きくなりがちで、目立つわけにはいかない今は無難な言葉だけを口にだす。というかなんで話しかけられているんだ?ナンパじゃないよな?カップルナイトだし!僕だし!
彼女のパートナーを探す僕のそぶりを察したのか、女性は恋人が飲み物を取りに行っていて暇なことを教えてくれた。そして彼女はだからちょっとおしゃべりしない?と続けた。
「お兄さんの彼氏、あの人?かっこいいね」
フロアに響く音楽は賑やかで、その中での会話は通常より近い距離で行うことになる。
聞き込みを行なっているのはアーロンだ。エリントンの問題に彼の手を煩わせるのは申し訳なかったが、捜査では適切な人材を適切な相手にぶつけることが大事なのだと僕たちはよく知っていた。
小さなスタンディングテーブルを囲むアーロンたちから少し離れて壁際に移動し女性と並んで話し始めるとアーロンがちらりとこちらを向く。何やってんだと語る瞳と目があったので問題がないことをジェスチャーで伝えた。3メートルも離れてはいないがこの喧騒だと言葉は届かないだろう。
「私と一緒で放って置かれてるのかと思ったけど彼氏さんちゃんと気づいたじゃん。」
アーロンのことを彼氏と呼ばれるのはなんとも複雑な気分だが否定するのはまずいだろうと曖昧な相槌を打つ。
「ね、いつから付き合ってるの」
そう言って楽しそうに僕を見上げる彼女の頬は、酒気でわずかに上気している。フロアを照らす色とりどりの照明を反射して輝く瞳が印象的だ。追い詰められたというのはこの質問にだ。この場にいる人たちの多くがカップルということは、こういう種類の会話を求められる場合もあるのだと知った。
「いつから、というか…」
付き合ってない、というのも今はおかしいだろう。もっとちゃんと設定を詰めてくるんだった。そう焦っていると背後から肩に手がかかり、ぐっと引き寄せられるままに重心が傾いだ。アーロンだ。
「こいつがなかなかうんっていわねぇから、まだオツキアイはしてねぇんだよ」
柔らかな声でそう行ったアーロンは、そのまま視線を合わせるように僕の顔を覗き込む。引き寄せられたまま近づく顔に慌てて上体を反らせば肩に置かれた手は抵抗なく外れた。からかわれているのはわかっているがあまりにも手馴れている。
「カップルナイトなのに?」
「俺は、今日からでも今からでも構わねぇんだがな」
その言葉に女性が楽しそうに笑う。そのまま会話の主体はアーロンと彼女に移った。
アーロンは僕のことをよくクサいというけど君も大概じゃないか!?そう声に出したい気持ちはとりあえず見ないふりをした。
「そろそろ帰るか?」
二人が続ける応酬は軽やかで、思いもよらないアーロンの一面に僕が目を白黒させているとそう声がかかった。
アーロンがここにいるということは聞き込みは終わったのだろうから確かに後は帰るだけだ。しかし時間はまだ23時を過ぎたばかりでイベントのメインは24時以降にも予定されている、ここで帰るのは不自然に思われないだろうか。
「あぁ、お兄さん日付変わるまでに帰んなきゃだもんね」
アーロンの提案にクスクス笑う女性が何に納得したのかがわからない。
女性の言葉に短く笑ったアーロンは指先を彼女の肩の向こうに向けた。
「あんたのツレ、来たぜ。かわいそうに恋人が男二人に絡まれて焦ってやがる」
「こういうとこ、慣れてないの」
女性は目線をアーロンに向けたまま、そう答える。
「だからアンタをほっといて酒を取りに行っちまうわけだ」
「わたしの分をね、可愛いでしょ。」
女性が恋人ーーアーロンの示す先で人に流されそうになっているメガネの青年ーーへ顔を向けるのと同時にアーロンがひらりと手を振り彼女から一歩距離を取る。別れを伝えるのと逆の腕は気づけば僕の腰に回っていたので僕の身体も彼に促されるままに移動した。
簡単な別れの挨拶の後の「彼氏さん、頑張ってね」というのが女性が最後に僕らにかけた言葉だ。
「アーロン、君めちゃくちゃ手馴れてないか!?」
「耳元でデケェ声出すな」
店から出て角を一つ曲がったところで驚きのままそうたずねるとアーロンはうるさそうな顔を隠さずに体を離した。すれ違ったカップルが僕の声に振り返る。身を寄せて歩く二人の目的地は僕らがさっきまでいたクラブだろうか。
「酒出す店での振る舞いなんてあんなもんだろ」
アーロンが女性のあしらいに慣れているという話はモクマさんから聞いたことがあるがいざ目の当たりにするとやっぱり驚く。あの、アーロンが!
まぁ聞き込みをしていたのもアーロンだったし必要に迫られて訪れた場所で不機嫌を表に出すような奴ではないのはよく知っていたけれど。
少し歩き、クラブからある程度離れた通りであたりを探るように見回すとアーロンが先にある路地を示した。夜のエリントンで酔っ払いも路上生活者もいない場所を探すのは少しばかり手間なのだ。
路地に人気がないのを確認して情報を整理する。アーロンが聞き出してくれた情報は、事件につながるかもしれない事実の確かさと緊急性の低さを同時に裏付けるものだった。
「それなら急ぐ必要はなさそうだな」
「今から出勤じゃねぇのか?」
「いや、今の話ならこんな遅くに行くよりは明日情報共有した方が良さそうだ。今日は帰るよ」
「そうかよ」
「だから明日の朝はちょっと出てくる。せっかくの休みなのにごめん」
アーロンの訪問に合わせて撮った連休は五日で、今日が初日だ。特に出かける予定を立てているわけではないがせっかくの客人をないがしろにするのも気が引ける。
アーロンたちに出会う以前の国家警察ならいざ知らず、最近の同僚たちなら情報だけ伝えれば適切に処理をしてくれるだろう。朝ならば皆が揃っているので情報を広く伝えることができる。 明日も昼にはアーロンと合流できるはずだ。
お前の休みだ、好きにしろよ。というアーロンの言葉は優しい。
「そういえば、彼女が言ってたのどういう意味だったんだ?」
「あ?」
メトロを降りてうちに向かう道中、思い出したことをそのまま呟く。疑問の答えをアーロンは知っているはずだった。
「ほら、別れ際に彼女、僕のことをシンデレラって呼んでなかったか?」
別れの際、惚気を聞いてやれなくて悪りぃなと告げるアーロンに、シンデレラのエスコートは大事だものと意味ありげな笑みで返していた女性を思い出す。日付が変わる前に、ってのはそういう意味だったんだよな?
「あー、テメェがうまそうに飲んでただろ、あの甘い汁」
「そんなに甘いばっかりじゃなかったぞ?爽やかで飲みやすかったしー」
「あれの名前がシンデレラっつーんだよ。」
ちょっとした疑問は、答えを聞いてしまえばなんてことない話だった。
「…あれ、お酒じゃなかったよな?」
「てめぇは飲むと記憶飛ばすだろ」
「え、そんなことあったか?」
潰れるほどお酒を飲んだことはないと思うのだけど、アーロンとは家で飲むことがあるし気でも緩んでいたのだろうか。迷惑をかけたのなら悪いことをした。
つまり今の話を踏まえると彼女の微笑ましいといわんばかりの表情は、だ
「なんか僕、君にめちゃくちゃ大切にされてる恋人みたいに思われてたんだな?」
少し恥ずかしくなり笑い飛ばしてしまおうと隣を歩くアーロンを見上げる。
「ソーデスネ」
不自然な棒読みで応じるアーロンは眉間に深い皺を寄せていた。
「なんでそんな顔するんだ、君がやったことだろ!?」
「帰るぞ」
それだけ言って先を行くアーロンはいつもより早足だ。
「照れることないだろ?僕は嬉しいよ!」
「うるせぇわ、黙れ!」「だいたい、うんって言ってくれないのは君なのにあの言い方はずるくないか?」
家に帰ってシャワーを浴び、あとは寝るだけの状態でアーロンの後ろ姿に話しかける。シャワーを先に済ませたアーロンはリビングのソファにかけたままこちらを振り向いた。
「……出かけてる最中に急に仕事を始めた男にしてはずいぶん自信があるんだな?」
「う…それは、そうかもしれないけど」
アーロンだって見過ごすことはしなかっただろうに卑怯な言い方じゃないだろうか。
答えあぐねているうちにアーロンがソファから立ち上がりこちら側に回り込む。首を上体ごと傾げて僕を見上げてくる目に宿るのは揶揄いの光だ。
「それとも、お前は俺がどーでもいいやつとヤるほど餓えてるように見えるのか?」
「またそういう言い方を…。」
眉間を押さえながら唸っていると視界の端でアーロンの腕が動くのが見えた。首の後ろに伸ばされたアーロンの指先がくすぐるようにうなじを撫でる。産毛を撫ぜる指先の気配に呼び起こされるのは性感だ。
「彼氏サンはがんばらなくていいのかよ」
それでいてクラブで話した女性の言葉を持ち出すのだから僕の彼氏はタチが悪い。明日の朝は、本当なら起きるのが何時になってもよかったのになんてことを思い出す。
「別に、言葉がなくても君のことは信頼してるから。君のぶんも僕が君のこと好きだっていえばいいんだろ?」
「言ってくれたら嬉しいって顔に書いてあるぜ、ドギー」
仕返しのように投げかけた言葉は否定できない言葉に叩き落とされた。アーロンの腕はすでに彼の体の横に戻っていて、今日はおそらく別々のベッドで寝ることになるだろう。
「でも君に無理やりいわせて喜ぶようなことは僕はしないからな!」
口角を上げたままのアーロンの手の内で転がされるのが悔しくて言葉を重ねる。会話を終わらせるのが惜しいのも本音だ。
「案外、テメェが忘れちまってるだけだったりしてな。」
耳元に寄せられた口から出た言葉に心当たりはなかった。
「明日、帰りに肉買ってこいよ」
姿勢を元に戻したアーロンに僕が忘れているとはどういう意味かと尋ねるのに口を開いたら遮るようにそう言われた。
「その後一歩も家を出なくていいくらいな。」
その言葉の意味を咀嚼している僕にアーロンは一言、いい夢みろよと告げて上階の寝室へと足を向けた。おでこへのキスのおまけ付き。子供じゃないんだぞ。
明日、一歩も家を出なくてもいいくらいという言葉の言外の意味は子供に向けるには不適切だ。僕らは子供ではなくて、久々に会う恋人同士なのだから適切なのだろう。
その後は今日得た情報を明日どのように的確に、簡潔に伝えてここに帰るのかを考えるのに必死だった。アーロンのかけていたソファーの後ろを意味もなく往復して考えをまとめる。
とりあえず、皆の勤務開始時刻は待たなくてもいいだろう。in ENG→ https://archiveofourown.org/works/33432829管理ID:15170056#バディミッションBOND#二次創作#BL#CP創作
zauri8836longPupil「ふ、くくっ……ははっ」
「さっきから何なん」
背を丸めながら声をあげて笑うバルバトスをかれこれ数分は見ている気がする。
数分はさすがに言い過ぎだがこの金髪の美男子は先ほどから笑い止んだと思えばまた吹き出すという行動を続けているのだ。
「ふふっいや、悪い。なんか、ツボに入って…くっ、ふふ」
楽しそうなのはいいことだ。
買い出しに出るソロモンにかち合い、手伝いを申し出て承諾されたところまではよかった。
助かるよカスピエルの一言で舞い上がる自分のチョロさは我ながら不安になることもあるが相手がソロモンなのだから仕方がない。
けれど出かける準備に時間をとったのが悪かった。どこかに出ていたらしいブネがアジトに帰還し、話があると言ってソロモンを連れて行ってしまったのだ。
買い出しだけなら頼まれようか?と提案したのは自分だが、まさかそれがバルバトスと一緒になるとは思いもしなかった。
一人じゃ使いもできないと思われた、というよりは単純に一人で運ぶには多い量の買い物が予定されていたからだというのはメモを見て理解した。
ソロモンがもともと誰かに声をかけるつもりだったのならそこに居合わせた自分の運が良かったのは確かだが、結局、王都から少し離れたポータルを出た瞬間から、ずっとバルバトスの笑い声を聞いている気がする。
今日の王都は快晴で、時間もまだ昼を過ぎたばかりだが行くべき店も一つではないしさっさと門を潜りたい。この笑い声はいつ止むのだろうか。
「俺の顔見て笑っとるわけやないよな?」
そういえば、この色男が笑い出したきっかけはポータルを出てすぐに自分と正面から目があった時だった気がする。確か買出しがソロモンとじゃなくて悪いねと謝られたのだ。そして謝ったその口でそのまま笑い出した。
自分が女なら唄いを仕事とする男の美しい声は耳に心地よいものだったのかもしれないが生憎と自分に同性の声を聴いて楽しむ趣味はない。
「ははっ…気付かれたか。ふふ、いやね君の瞳の色が」
適当に思いついただけの言葉を肯定されるとは思ってもいなかった。
確かに自分の目は左右で多少色が違う。橙と黄色の目。どちらも蛇のようで不気味だと言われたのはいつのことだっただろうか。
色違いの目は物珍しいものかもしれないが何も笑うことはないだろう。
「アジトには俺以外にもおるやん、そう珍しくないやろ」
そういえば少し前にアムドゥスキアスがこの目を自分とお揃いだと喜んでくれていたのを思い出す。
気がついたのは確かゼパルで、アジトでの朝食の席だった。宵っ張りの自分と普段は自宅に帰っているゼパルが朝食に揃った珍しい日で、いつもの席が決まっていない者が集まったテーブルでの出来事だ。
そのあとはどうやらお泊まり会をしていたらしい子供たちに囲まれて。そういえばあの日のソロモンたちはどこかの町に出ていて不在だった。この吟遊詩人もソロモンと一緒だったはずだ。
自分の目はアムドゥスキアスの赤と青緑色の美しいオッドアイと比べるようないいものではないが、その時の彼女たちはこの目を言葉を尽くして褒めてくれたので悪い気はしなかった。
自分もアムドゥスキアスに褒める言葉を返したが読書家の彼女の興奮気味の言葉には追いつかず舌を巻いたのだった。
アジトの連中とのやりとりは、女を口説くようにうまくはいかない。
バルバトスが一つ大きな息をついてようやく笑う声も止まったようだ。
結局俺の目の色がどうしたのだろう。
「ここのところ君の瞳のその不思議な色をどう喩えたものかと考えてたんだ」
「ハァ?」
この男はいきなり何を言い出すのか。
こちらを覗き込むように少しだけ傾げられた首と淡い笑みは、見慣れた女たちのものほど近くはないが、身長の分だけ慣れたものより高い位置にあって調子が狂う。
「ふふ、聞きたいかい?」
やっと背を伸ばして歩き出したバルバトスが流れるように口にする高価な宝石の名やら蜜の色、湖に写った夕日などの喩えが自分に向けられたものとは思えず、あぁでも黄金の酒というのは少しだけいい響きだ。
「と、まぁ色々言葉を選んでみていたわけだけど左右の色が違うだけだったとはね。気づいてしまったらおかしくてしょうがなくて」
昼の日差しの中だとよくわかるという言葉に感じたどういう意味だという気持ちはそのまま声に出た。
「うん?あぁそうか。君をみてたのはいつもバーの照明の下だったから」
昼間ほど明るくないし光源も揺れるだろう?褐色かと思ったら明るい黄色にも見えるし、変化の幅の広い不思議な色だなと思ってね。まぁ近くで見てればすぐに気づいたのかもしれないけど。
男はそう言いながらこちらへ顔を向けて今度はにっこりと微笑むのだ。
「……そうやって女口説くんやな」
勉強になるわという言葉は本心だ。自分の魅力を確信している人間は行動の一つひとつに自信が滲む。あるいはそれを感じる自分が卑屈なのだろうか。
自分を魅力的に見せるための技術とは違うそれは、本人の気質によるものだ。
「またまた、今更勉強することなんてないくせに」
「いや、気のある女にもそんなに褒められたことないで、吟遊詩人怖いわぁ」
「ま、本職だからね」
ふふん、とでも聞こえて来そうな顔はやはり自信に溢れたもので。この男に女性を口説いて楽しむ趣味があるのは女性たちからの文句の形で聞いたことがあるが、それはきっと自分が必死に覚えたものとは成り立ちからして違うものだろう。
「しかし、一緒に飲んだことあんまないやろ。そんなに俺のこと見とったん?」
視線を進行方向へ戻しながら思いつくままにそう返せば隣から明確に吹き出す声がした。
「笑うとことちゃうやろ」
もう一度、横を歩く曲がった背中を見る。
「い、まのは君が悪いでしょ。ははっ、それ本気で言ってる?」
「何やの」
口説くような真似を始めたのはこの男が先だし、さっきから何だと言うのだろう。
だって、と呟く男の顔はどう見ても笑いを噛み殺していて。
「一挙一動を観察ーー監視される覚え、あるだろ?」
ようやく発せられた言葉は楽しいものではなかった。
ソロモンの下についてから暫くの間、疑惑の目で見られていたことを知らなかったわけではない。知らなかったわけではないし当然のことであると思ってもいたが、急に気温が下がったかのように感じる身体はそんな自分の立場をすっかり忘れていたことを教えてくる。
悪党として生きてきた者が自分以外にもいるこの軍団は、王と呼ばれる少年の人の良さを差し引いても居心地のいいものだった。
それでも自分は、少年の命を脅かしたことのある自分はただの悪党である彼らと同じと言うわけにもいかないのだ。
「……せやな、今のは俺が悪かったわ」
さすがに足を止めるほどの話題ではない。相手にもそんなつもりはないだろう。
むしろ、やや早足になりながら王都への道を行く。
「まぁ、最近は俺もそんなこと考えて眺めてたわけじゃないけどね」
それこそ、このやり取りで信頼して問題ないことは確認できたようなものだなどと気楽に言ってくれる。
バルバトスがもう一度こちらを向くのを視界の隅に捉えるがその顔を正面から見るような気分ではなかった。
「…俺がとぼけとるだけかもしれんやろ」
隣から今日だけで幾度と聞いた笑い声。
「ソロモンが困るようなことはしないだろ?そんな心配はとっくにしてないよ。」
言葉は、でも君も知る通りうちの軍団にはソロモンを筆頭に人を信じやすい奴が多いからそういう警戒心は持っていてくれた方が助かると続いた。
心配していないとはいい気なものだ。ソロモンを裏切るつもりなどかけらもないが人の考えなど容易く変わるものだというのに。
「ガープが、君のこと褒めていたのは知ってるかい?」
使いは半分終わり、残すは大きな買い物だけだ。
「知らんな」
唐突に提供された話題は、仲間のことではあるが、こんな街中で話すのだから大した話ではないのだろう。
「へえ、仲間の交友関係には詳しそうなのに」
「それとこれとは話が別やろ…」
しかしあの男が誰かを褒めるなどよっぽどのことではないのか。
自分がアジトで仲間たちとよく話しているのはその方が都合がいいからで、ソロモンに出会う前からの習性のようなものだ。
自分が所属する集団の交友関係や軋轢などを把握しておくことは何かと便利がよくて。
最近は話しやすい連中も増えたし子ども達に話しかけられることも増えそこそこ楽しくやっているが根にあるのが他人を利用してやろうという精神なことに変わりはない。
「ま、彼の言葉はわかりにくいからねぇ。でも、君が仲間を嫌いじゃないなら、もっとみんなが君をどう思っているかに目を向けてみるのもいいかもしれないよ」
この色男は何の話をしようとしているのだ。
「それとも、ソロモン以外からの信頼には興味がないかい?」
「考えたこともなかったわ…」
ソロモンが自分を信頼してくれているのは知っている。多分それは彼が言葉にすることを惜しまないからだ。
言葉が全てというわけではないし、どちらかというと自分こそが言葉を都合よく使うことに抵抗のない質ではあるが彼の言葉は信じられる。
それは多分、行動と言葉で示される態度が同じものだからで。人を騙す時の常套手段と言ってしまえばそれまでだがソロモンはそういう奴ではないのだ。
それでは言葉にしない連中は?
この男や、もしかすると他のアジトの面々も自分のことを信頼しているのだろうか。自分が信用に足る人物だと誰かに思われているかどうかなんてあまり考えたことがない。惨めな気持ちになるだけだからだ。
自分がソロモンの役に立ちたいと思っているのは事実だしこのアジトに来てから自分の生活は確かに変わった。でも自分の行動の多くはソロモンに好かれたい一心で自分のためにやっていることだし、それ以外の誰かに好かれようなどと思ったことはない。
「ま、とりあえず今日は頼りにしてるよ。俺たち二人だ、うまくやって少しても費用を抑えられたら嬉しいね」
「いくら顔がいいからって無理に値切ったらあかんよ。今後も使う店なんやから」
「それもそうかな。お任せしよう」
アジトの連中が自分のことをどう思っているのか。
ソロモンと共に戦うということは二人で戦うという意味ではない。そこには当然、他の仲間もいるのだ。
同じ戦場に立つことの多い仲間に対するこいつがいれば大丈夫だという感覚はなんと名付けるのが正しいのだろう。
「あぁ、そういえば。」
荷物を抱えた帰り道、バルバトスが何かを思い出すように呟いた。
「ランプの下で見る君の瞳の色、ちょっとソロモンと似てるよね」
「はぁ!?」
思いもよらない言葉に大きな声が出る。両手に抱える荷物を取り落とさなかったのが奇跡だ。
「茶褐色、左目の方かな。似た色に見える時がある」
行きがけに久々に感じた身体が凍るような気持ちも、陽光のおかげか買い物の間にすっかりなりを潜めていた。思い出させたのはこの男だが、別にもう忘れてもいいと言われているような気がしていたところにこれだ。
「……とりあえず、あんたに嫌われてないのはよーぉわかったわ」
「それは何よりだ」
そう言ってにこりと笑う。
いや、全くこの男から学ぶべきことは多そうだ。6章前カスピエルとバルバトスがおつかい途中でおしゃべりする話。
初出:2020年2月2日
管理D:12312003#メギド72#二次創作2
zauri8836longドン・フアン・テノーリオ「ほっぺたどうしたん」
目があった途端、見つかってしまったと言わんばかりの表情になった吟遊詩人に声をかければ色々なことを諦めたようにその場で大きく肩を落とした。
「ははっそれですごすご帰ってきたん?」
ほっぺに真っ赤な花を咲かせてか?と笑い飛ばしてやれば顔をしかめる。いつも柔和に微笑んでいる彼にしては珍しい表情だ。
宵っ張りの酒飲みしか起きていないような時間にアジトに戻ってきたバルバトスはなんと女に振られたところだった。
今夜の広間は俺しかおらず静かだったので、無人だと思って入ってきたのだろう。この色男が誰かに見られたい姿ではなかったはずだ。
「笑いのタネになったならよかったよ…」
俺に声をかけられ、肩を落とした男をカウンターの椅子に誘えば大人しく寄ってきた。グラスを渡した時にこちらを見た顔は恨めしげだったが、まぁ何かを観念したのだろう。
「あんたを振るなんてどんだけいい女やったん?」
いくらか酒を口にしたバルバトスにそう水を向けてやれば今夜の事情を話し始める。
彼の頬に大輪の花を咲かせたのは、意外にも馴染みの女だと言う。
「美人というより可愛らしい子で、いつも俺の話にいい反応をくれるから、久々に会いに行こうと思っただけだったんだけどな…」
「そんなに長いこと放っとったん?」
「いや、頻度が高いと振られた。」
「どういうことやねん」
「ポータルが、便利すぎるんだよなぁ…。」
今までのバルバトスと女性との付き合いといえば、吟遊詩人稼業と並行して行われていたもので、女のところに半年も顔を出さないのは当たり前だったらしい。
つまり、バルバトスの彼女たちは、彼が近隣の村や町で活動する間の蜜月を満喫した後、ひとり彼の戻りを待つようなそういう恋がお好みだったのだろう。
「ふらっと一度会いに来て、またひと月後、なんてのは好みじゃないんだとさ」
もうしばらくすれば軍団はメギドラルへ潜入する予定だ。誰かと会うのも長期間お預けとなる。その前に、という気持ちもバルバトスにはあったのかもしれない。
「何も帰ってこんと口説き倒したらよかったやん。女の機嫌取るのも男の甲斐性やろ」
自分ならどう機嫌をとるかと考えながら半笑いでそう返す。
「頑固なんだよなぁ、あの子」
そう言いながらカウンターに突っ伏すバルバトスはいつになくだらしなくて面白い。
「まぁ、今度ヴァイガルドに戻ったらまた顔を出してみるさ。その時は大喜びで受け入れてくれるかもしれない」
「そん時ダメでも別にって感じやな〜、悪い男」
「君がいうか?今、彼女何人くらいいるんだ?」
「彼女っちゅーわけやないけど…でも最近だいぶ減らしたなぁ。部屋ももろうたし、ガツガツせんでよくなったしな」
宿以外で世話になることが増えたから自由になる金も増えたと呟けば今度は相手の顔がニヤニヤと楽しそうなものになる。
「俺なんか目じゃないくらいの武勇伝がありそうだね」
これは自分も恥ずかしい話の一つぐらい聞かせろという催促だろうか
「最近はおもろい話もあんまないで。あんたと違ってこれで食っとるんやしそうそうやらかさんわ」
さて、笑い話になるようなものとなるとどんな話が向いているだろう。
まぁ、笑えないような刃傷沙汰も経験豊富なこの男なら楽しく聞くのかもしれないが。とある夜のバルバトスとカスピエル。ナンパ男とジゴロの話。
初出:2020年12月31日
管理ID:14374603#メギド72#二次創作1
zauri8836long初夜を念入りに計画したのに、相手が部屋から消えたんだが?「うっそでしょ」
シャワーから出て戻った部屋にはいるはずの人がいなかった。 出て行かれた、と言うことだろうか。
可能性はゼロではない。というか事実部屋には誰もいないのだ。それでも、信じたくない気持ちがある。
僕はゲイだ。 遊んでいる飲み仲間から若い子とホテルに入ったらシャワーを浴びてる間に財布を持ち逃げされたなんて冗談を聞いたこともある。
でも今日の彼とは初対面ではないし、連絡先も、なんなら職場だって知っている。
今日は共通の友人を介して知り合った彼と二人きりでの五回目のディナー。予約したお店は僕が何度か利用したことのあるお店で彼の好みにも合致していたはず。うまい店ばかりよく知ってるなと感心していた。
食べることが好きらしい彼は美味しいものを食べると幸せそうな笑みを見せてくれるのでお店を選ぶのにも気合が入る。 やはり早急だったのだろうか。
久しぶりに真剣に口説いた相手だった。男と付き合ったことはないと言っていて、今の僕らも付き合っているわけではない。 正直、彼は付き合っていない相手とのセックスに抵抗のありそうな性格をしていると思う。
ただ前回の二人での食事の時、2軒3軒とはしごが続き、終電を逃して公園でゲラゲラ笑いながら始発を待ったあの日、品のないことだがイケる。と思ったのだ。 なので今日の食事はいつも通り僕から誘って、1軒目でのんびりした後にホテルに直行。
予約していたここはベッドの広さが売りのビジネスホテルで部屋はツイン。狭い浴室は一緒に入ったりはできないけどそれはまぁ今後の希望だ。
別に、最後までできなくても構わないけど彼に触れてみたかった。
食事の後、ホテルを予約していると伝えた時の彼の表情を思い出す。血色のいい顔はお酒のせいではなかったはず。
今日はいつもに比べれば僕も彼も飲んでいない。無理ならノーと言ってくれると思っていた。
やっぱり本当に無理で、それで姿を消してしまったのだろうか。
こんなことならせめて彼にきちんと告白をするべきだったのではないかと後悔に襲われる。ここのところ恋人はいなくて、そもそも自分も男同士の経験者としか付き合ったことがなくて。
何が正解だったのだろうなんて考えても今更なのだろうか。 立ちすくんでいるものだから体が冷えてきた。とりあえず、服を着なくてはとのろのろクローゼットを振り返る。 ガチャリ、扉の開く音がした。「出てたのか」
そこにはベッドで僕を待っているはずの彼がいた。「お前も飲むか?」
そう言って掲げられた手には銀色の、ありふれた銘柄のビールのロング缶が、二本。「はあ!!???」
大声をあげたって許されると思う。「僕、ちょっと怒ってるからね?」
別々のベッドに座って向かい合う。彼は、自主的に正座をしてくれた。
向こうの言い分はこうだ。
シャワーを待っているのがあまりにも落ち着かなかったので、とりあえず酒でも飲もうと自動販売機のあるフロアまで行った。すぐ帰って来るつもりだったのに先客がいて時間がかかった、と。
とりあえず、逃げられたわけではなかったらしい。「無理やりホテルに連れ込むようなことしちゃったのかと思ったじゃん…」
「俺は嫌なら断るしお前が今日どういうつもりなのかもわかってたぞ」
むしろだから落ち着かなかったんだと顔を赤くして目をそらすのが可愛い。
荷物は残してたしわかるだろうと言う拗ねたような声。
まぁ、僕も冷静ではなかったのだろう。「……傷ついたついでに、さっき一人で後悔してたからこの際言うけどね」「僕たち付き合おう?僕を君の恋人にして。」
イエスって言ってくれたら、それからイチャラブセックスしようね。シチュエーション先行型BL
初出:2020年8月2日
ID:13446539#一次創作#BL