訪露したケニア人陸上選手、「仕事」とだまされ遺体転がる戦場へ「サインしたのは死刑宣告書だった」…軽んじられる契約兵の命
露軍とウクライナ軍がどっちの方向かすら分からない。だが、ここでのたれ死に、足元で散乱する遺体のようにはなりたくないとの一心で歩き続けた。
3日間さまよい、疲れ果てた時、無人機が再び飛来した。走って逃げ、発見した塹壕(ざんごう)に飛び込むと、そこにはウクライナ兵がいた。「殺さないでくれ」。両手を上げるキベットに、兵士らは水を差し出したという。
露政府は捕虜交換で自国民のみを要求し、外国人の出身国政府も身柄を引き取りたがらないという。キベットは「自分がサインしたのは死刑宣告書だった」と悔いる。「それでも、足を失わずに生き残った。ケニアでまた走りたい」と目を赤くした。
「虚偽の容疑で、『禁錮18年』か『前線』かの選択を迫られた」。露軍入隊の経緯を語るのは、ウズベキスタン出身のズフラディン・ユルドシェフ(31)だ。
昨年8月、仕事を得て住み始めた露中部カザンで、薬物所持と警官への暴行容疑で逮捕された。過去に警察からの賄賂の要求を断りトラブルになったことはあったが、薬物など身に覚えがない。「警官の復讐だ」と気づいたが、外国人労働者の自分が何を言っても無罪になる見込みはないと考え、契約兵になることを選んだ。「前線なら逃げるチャンスはある」と思った。
露軍は、刑期を免除するなどの条件で受刑者を戦場に派遣してきた。対象を徐々に拡大し、犯罪者を兵力補充の「草刈り場」としており、ユルドシェフのケースもその一例とみられる。配属先は最も危険な突撃部隊だった。
9月、ウクライナ東部ポクロウシク周辺の前線で、「1人で敵地へ進め」と命じられた。「無人機が誘導し、危険があれば守る」と言われたが、実際に攻撃を受けて負傷すると、無人機は去っていった。無線で基地に連絡しても無視され、助けは来ない。「捨てられた」。絶望した。
ウクライナ軍の無人機に向かって降伏のポーズをすると、攻撃はやみ、兵士が来て拘束された。