動物園長は元東芝系執行役員 経営ノウハウ注ぎ「大人も学べる」園に

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千葉市動物公園の園長を務める鏑木一誠さん(千葉市若葉区)
千葉市動物公園の園長を務める鏑木一誠さん(千葉市若葉区)

約20年前、後ろ足で立つ姿が一世を風靡した千葉市動物公園のレッサーパンダ「風太」も、いまや国内最高齢の21歳。寝て過ごす時間が増えるなか、お気に入りの小屋には冷風機から涼しい風が入る。

飼育動物の高齢化は全国の動物園が抱える課題だ。同園は設備費をクラウドファンディングで募り、快適な環境を整える「アニマルウェルフェア」に率先して取り組む。旗振り役の園長、鏑木一誠さん(62)は元東芝社員。30年以上の会社生活で得たノウハウを、園の運営に注ぎ込んでいる。

同園が開業した1985年、東芝に入社した。配属先はコンピューター事業。当時は黎明(れいめい)期で、数百万円する業務用パソコンの市場開拓を任された。

車に製品を積み込み、中小企業を回る日々。元々引っ込み思案な性格で、会社のブランドを背負って1人で営業販売するのは楽ではなかったが、じきに自分なりの手法を編み出していった。

東芝のグループ会社の執行役員時代。製品発表会やセミナーで登壇していた(2017年)
東芝のグループ会社の執行役員時代。製品発表会やセミナーで登壇していた(2017年)

狙うのは、会社のシャッターが閉まる夕方。「少しお時間ください」。仕事を終え一息つこうとする経営者の目の前で自ら操作し「販売管理がスムーズにできます」などと説くと、徐々に営業成績に結びついた。

この経験が原点になった。「引っ込んでいたら損だ。やってみた方がいい」

個人用パソコンが普及すると、他社との競争も激しくなってきたため、新規事業の開拓や事業の立て直しなどにも携わった。企画部長や開発営業本部長などを経て、50代でグループ会社の執行役員に就任。遠隔で施設点検などができるITツール事業を統括した。

ちょうどその時期、千葉市動物公園は来園者減に悩んでいた。2018年、民間の知見を活用するため園長を公募するという話を妻から聞いた。千葉出身で、家族で何度も訪れていた。

なぜか心を引かれた。地元に関わる仕事に興味があり、ビジネスに必要な知見を一通り身につけた自負もあった。

恐る恐る妻に打ち明けると「いいんじゃない」と認めてくれた。

鏑木さんは442人の応募者のなかから園長に選ばれた(千葉市若葉区)
鏑木さんは442人の応募者のなかから園長に選ばれた(千葉市若葉区)

ただ、積み上げてきたキャリアを手放していいのかちゅうちょした。会社人生を全うする選択肢もあった。迷う気持ちを振り払ってくれたのも妻だった。「あなたがやらなかったら誰がやるの」。442人の応募者から、園長に選ばれた。

就任準備のなか、動物園の多様な役割に目が開く思いがした。希少な野生動物を守る「種の保存」、そのための「調査研究」、環境問題などの「教育」。集客施設だけではない側面を社会に伝えていく必要があると感じた。

まずは目指す組織像を明確にし、一人ひとりが何をすべきかを考えてもらうことから始めた。ビジネスの世界では基本で「どんな組織であっても根本は同じ」と考えた。

2020年、研究・教育に主眼を置く「アカデミア・アニマリウム」(動物をめぐる学術の場)を園の方針に掲げた。生態研究を大学任せにせず、職員も主体的に取り組むよう求めた。

園内の動物科学館では「種の保存」など動物園の役割を伝える展示に力を入れる
園内の動物科学館では「種の保存」など動物園の役割を伝える展示に力を入れる

当初は戸惑いが広がったが、徐々に浸透。「フラミンゴの繁殖成功に向けた環境整備」「レッサーパンダ、風太の給餌形態の検討」など、現在は園の至るところに研究パネルがある。

自らもアイデアを出し、様々な実証実験を仕掛けた。その一つが、駆除されたイノシシなどの肉を、ライオンやハイエナに与える「屠体(とたい)給餌」。深刻化する害獣問題の啓発にもつながると考えたが、毛皮や骨がついた肉を使うことに抵抗感を示す職員もいた。

ライオンに与えてみると、喉を鳴らして近づき、なめ回し、肉を引きちぎりながら食べた。カットされた肉では見せたことがない姿に一番驚いたのは職員だった。

人工知能(AI)による動物行動の観察など先端技術の活用も進めている(千葉市若葉区)
人工知能(AI)による動物行動の観察など先端技術の活用も進めている(千葉市若葉区)

25年3月にリニューアル開業した園内の「動物科学館」は、多様な生き物が暮らす熱帯雨林をテーマにした。職員や専門家と議論を重ね、生き物の展示だけでなく、人の生活と熱帯雨林の関係、環境変化による生態系への影響などを伝え「本来の生息環境では何が起きているのか」を来園者が考える空間を目指した。

大学や民間企業にも研究や実験への参加を呼びかけ、成果発表イベントや講演会を企画。「大人も学べる動物園」としても知られるようになり、19年度は53万人だった来園者は、直近では57万~68万人で推移する。

人工知能(AI)による動物行動の観察など先端技術の活用にも取り組む。会社員時代の経験を生かしながら、動物園の役割を実現していく。

文 藤田このり

写真 岩田陽一

「生涯現役」が5割 民間のセカンドキャリア調査
「人生100年時代」と言われるなか、40~50代に第二の職業人生「セカンドキャリア」を考える人は多い。
転職サイト運営のエン・ジャパンが2020年、35歳以上のサイトのユーザーを対象に、セカンドキャリアについて調査し、約2450人から回答を得た。
9割が「セカンドキャリアについて考えることがある」とし、理由を複数回答で尋ねたところ「生涯現役で働き続けたい」を選ぶ人が52%と最も多かった。
続いて「老後の資金に不安がある」(47%)、「やってみたい仕事がある」(23%)、「いつかは起業したい」(20%)などが挙がった。
セカンドキャリアを選ぶ上で重視すること(複数回答)は、「生きがい・やりがいを感じられるか」(65%)、「これまでの経験・キャリアをいかせるか」(64%)、「収入」(61%)が上位を占めた。

[日経電子版 2025年05月25日 掲載]

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