ユグドラシル・レムリア 6 アイのひかり

 今日は何かが違うと、指揮所にいるクエルは感じていた。

 何度も繰り返してきた模擬戦による試験。人類に与えられた課題。コクピットにあるカメラを通じ、指揮所ではパイロットの様子を目視できる。エランド、それにラムはいつもと少し顔つきが違う。

『いたぞ! お姫様だ』

 パロットが叫んだ。隣を飛ぶエランドは今日は控えめで、あまり前方に出ずに白百合を追っていく。

 こちらを認識した白百合はいつも通り、建造物の多い方へ飛んだ。灰色の模造ビルの狭い間を、高い技量で抜けていく。

「……」

 その様子を見て、クエルは思う。

 攻略するにはやり方がある、とミカは言った。そう聞いてから、クエルは白百合の動きの法則性を気にしている。

 白百合はいつも同じ行動をとる。単に最適なアルゴリズムを選択しているからだと思っていたが、別の明確な目的があるような気がする。

 だいたい、空中戦では先手を取ったほうが圧倒的に有利である。なのに白百合はいつも先に発見され、そして追い込まれている。

 積極的に戦おうとはしていない。ひとたび格闘戦になれば凄まじい動きをするのでわかりにくいが、白百合は決して好戦的ではない。

 ならば、一体どういう優先順位で行動しているのか。

 あれは何かを考えている。ただ敵機に襲いかかって効率よく殲滅するというものではない。

『交戦開始!』

 戦闘が始まる。まず多弾頭ミサイルを浴びせ、相手にCLYXを放出させる。それを終えてから四機編隊の攻撃へ。最も合理的な、いつもの戦術だ。

『私とパロットで隙を作る。あとは頼むよ!』

 しかし、今日は少し変則的だ。いつもなら最初にドッグファイトを挑むエランドとラムを置いて、支援役のパロットとキャンサーが先に仕掛けるようだ。

 前回、キャンサー機に装備したCLYXは有効だった。だから今回はキャンサー機が牽制をしかけ、パロットも遠距離から新型の高機動ミサイルで狙うロングレンジ作戦だ。

 その戦法は有効で、白百合は回避に専念しなければならなかった。

『これも通じないのかよ!』

 パロットの叫び。改良型のミサイルで遠距離から狙っているのに、白百合はそれを華麗に避けていた。CLYXの動きも読まれている。

 武器を変えたところで結局はこれまでと同様、決定打にならない。白百合には、いったいどれだけの戦闘経験値があるのだろうか。

『特攻を仕掛けるしかないか。いいなパロット!』

 キャンサーが叫んだ。このままでは、最初に放出された白百合のCLYXが戻ってきてしまう。そうなる前に決着をつけようとしているのだ。

『しゃーねーか!』

 パロットは同意した。なんとしても隙を作るため、捨て身の接近戦を挑むつもりだ。

『……そうじゃないんだ、多分』

 だが、様子を見ていたラムが小さくつぶやいた。

 その声を聞くことなく、キャンサーとパロットの二機は白百合に襲いかかっていった。装備した全てのミサイルをいっせいに放出して身軽になり、それらと同時に自機も攻撃を仕掛けるという危険な戦術だ。

 白百合は接近戦でも無類の強さだ。二機がかりでも隙を作れるかは微妙なところだろう。だからといって、自ら作ったミサイルの雨に飛び込むのは無謀なやりかただ。

「あ、また――」

 クエルはつぶやいた。二機が動いた瞬間、白百合の気配が変わった。

 ぴくり、と翼が揺れた。片側のエンジンを落とされたあの時と同じ。急に躍動感を増し、白百合は一瞬にして機首を反転させる。

『!』

 通信ごしに、パロットとキャンサーが驚く息遣いが聞こえた。

 突如として機敏になった白百合は、迫るミサイルの雨に突撃していった。すると、不思議なことにミサイルの軌道が歪んでいく。

「重力エンジンの波動で幻惑を……? そんなことまで」

 ゆっくりロールしながらエンジン出力を極限まで上げることで、重力波を生み出してミサイルの追尾を惑わせているのだ。そんな使い方があったとは。

 白百合はミサイルに肉薄した。重力波動によって距離を誤認させられたミサイルは起爆することなく、白百合の体当たりによって蹴散らされる。

 いくつものミサイルは少し遅れて空中で爆発。螺旋状にねじれた重力場にそって規則的に、白百合の背後を巨大な炎の翼にする。

『なんと!』

 キャンサーが叫んだ。

 明らかに、白百合の中で何かスイッチが切り替わった。そのスイッチは何なのか。何がきっかけで変わるのか。もう少しで理解できそうな気がする。

『ぐっ……!』

 近くにいたキャンサー機が白百合の射撃を受け、背部の動力に被弾。撃墜判定になって降下していく。

『とった!』

 パロットが叫び、味方機もろとも射撃を浴びせようと上方からダイブした。

 すると、白百合は落ちていくキャンサー機からシールドを剥がして構えた。

 白百合自身も優美なシールドを一つ装備しており、二枚を合わせると広く機体を覆い隠すことができた。それでパロットの射撃を防ぎきる。

 白百合は上昇し、降下するパロット機とすれちがって背後をとる。パロット機は加速を殺しきれず下へ。反撃できない。

『やられた……!』

 パロットもエンジンを破壊され、キャンサー機と同様に戦闘不能の判定となった。

 一瞬の攻防で二機は撃墜。またこれだ。優勢に進んでいたのに一気に逆転されている。

『迂闊だぞ、小娘!』

 その時、エランドの声が響いた。

 見ると、二機がやられた後を追うようにラムの二番機が接近しているところだった。

 ラムは速度を上げて白百合に近づき、背後につけた。人型のスタンド形態に変形して大きなシールドを構えつつ、そのまま機銃掃射しながら白百合を追いはじめた。

 白百合は飛行形態に戻って逃げる。攻撃してこない。ラムもスタンド形態をやめ、飛行形態で追尾を再開する。

「なんで……」

 クエルは不思議に思った。白百合が再び消極的になり、空中戦が成り立っている。ラムは白百合に追いすがってみせて、白百合は正常に応戦している。

 皆は言葉を失った。四機がかりであれほど苦戦していた白百合に、一番若く経験が浅いラムが一人で対等に戦っていた。

『そうか!』

 静寂の中、エランドが声を出した。

 エランドは白百合の前に回り込んだ。そして、スタンド形態になって盾を構え、左手にコンバットナイフを構えて待ち受けた。

 白百合はそこにまっすぐ向かう。そして、CLYXの一つをアームに保持して白い光線剣を出して構えた。

 お互いに近接武器でやりあうつもりか。なぜCLYXを飛ばさない。クエルは違和感を覚える。

 あのシールドの防御力を警戒しているのか。確かにあれは重力防御のできる堅固なものだが、それにしても白百合の動きは遊びに見える。

 白百合は前方で待ち構えるエランド機に斬りかかった。エランド機はそれを冷静に防御し、その後の隙をコンバットナイフで狙った。

 白百合のスタンド形態、その頭部にあたるセンサーポッドにコンバットナイフがかすって傷をつけた。いつもなら左腕を破壊されて終わるエランド機が、今日はきちんと格闘できている。

「おお!」

 指揮所に感嘆の声が響いた。今までとは明らかに違っている。

 何度も刃が行き交った。白百合は二機を相手に見事に戦っている。まるで、二人に立ち回りを教える教師のように。

 決して隙を見せない動き。ついて離れて、エランドとラムは白百合の丁寧な機体さばきを見て学習している。徐々に精度を上げていくエランドとラムの波状攻撃。

 そしてついに、エランドの左腕のコンバットナイフが白百合の肩を切り裂いた。

 同時に、白百合の脚部がエランド機の胴体下部に突き刺さってメインの回路を破壊した。

『くっ……』

 エランド機は撃墜判定になり、水平飛行となって高度を落としていった。

 だが、まだラムが残っている。

『行けえーーーーっ!』

 急降下するラムが機銃を掃射した。エランドと衝突して速度を失った白百合は避けられず、模擬弾の雨を浴びる。

 白百合は向かってくるラム機に対し、左腕に装備した大型のガトリングガンを向けた。

 だが、そのガトリングガンから弾が発射されることはなかった。

 引き金を引けば、シールドを構えたラムを跳ね除けることはできただろう。だが、白百合は撃たなかった。

 ラムの模擬弾が白百合の装甲に接触判定を与えていく。そしてある時、指揮所にこれまでなかった通知が表示された。

『00、戦闘不能。目標達成』

 それは、地球隊の勝利が決まった瞬間だった。

『勝った……』

 ラムがつぶやいた。まだ信じられない、という声で。

 四機のうち三機が撃墜、残るラム機も弾薬を使い切っていた。あれだけ苦労して辛勝という感じだ。

 だが、ラム機だけは今も飛び続けている。

 少し遅れて、指揮所には歓声が轟いた。

 皆が抱き合い喜んでいる。これまでの苦労を思い出している。

 通信ごしに、撃墜されたパロットとキャンサーの喜ぶ声も聞こえた。そうして指揮所が沸き立つ中、少し違った声が聞こえてきた。

『……』

 それは、最後に撃墜されたエランドの息遣いであった。

 一体何があったのだろうか。通信手の一人が呼びかけ、負傷の有無を尋ねた。

 すると、エランドは答えた。

『怪我はない。私は無傷だよ』

 エランドのその言葉で指揮所はほっとした。模擬戦とはいえ、誰かが怪我をするリスクは常にある。

『いいや……無傷は当然のことなんだ』

 エランドは、指揮所に向けてどこか切実な声で言った。

「どういうことです?」

 クエルは疑問をぶつけた。

 この演習は実弾を使っていないが、危険なものには違いない。クレインの妨害が入った前回などは特にそうで、あの時は誰かが命を落としてもおかしくなかった。

 そう、あれは危険だった。だがそう考えた時、クエルもどこか引っかかるものを感じた。

 ラムがクレインをかばって流れ弾を受け、ヴォルテクスの介入があって。しかし、どうして誰も犠牲にならずに済んだのか。

 いや、何のおかげでそうなったのか。

『ずっと知りたかった。白百合のことが』

 皆がしんとして聞く中、エランドは話し始めた。

『今わかった。彼女は私を救おうとしたのだと』

 クエルは驚いた。エランドは、どうやら涙を流しているらしい。



 前に聞いたように、エランドはかつてある兵器のテストを行っていたそうだ。

 禁止された兵器の代わりとなるため、爆薬を使わないで散弾を撒き散らす航空砲の開発をしていた。要するに、虐殺のための兵器を作らされたということだ。

「夜、夢に見ることがあった。私の引き金が多くの人を傷つけ、惨たらしく殺すところを」

 機を降りたエランドは穏やかな気配を漂わせていて、とても戦う人には思えなかった。

「だから私は、戦いに身を捧げるしかない」

 クエルとは規模が違うが、エランドのその話は実感として理解できることだった。

「いつか、朽ち果てるまで」

 死に場所を求めていたのだろう。ここは試験の場であるが、エランドの飛び方は特別だった。

 いつも真っ先に突撃していき、自分の身を犠牲にして隙を作ろうとしてきた。

「白百合の指標はおそらくたったひとつ。“この戦場でだれも死なせないこと”だった」

 それが、この試験で得たエランドの結論であるらしかった。

「そんなことって……」

 信じがたい戦闘課題だ。しかし、エランドの言葉で今までの疑問がすべて溶けていくのをクエルは感じた。

『あんたのこと命がけで守るよ』

『空で死ぬなら本望だ』

 これは、ラムやキャンサーが言っていた言葉。その言葉通りにストライカー隊が無茶をするにつけ、白百合は駆けつけた。ラムがヴォルテクスを持ち出して命の危険があった時は、自身の破損も気にせず救出した。

 そして、最も深刻だったエランド。罪の意識から、真っ先に自分が囮になろうとする無茶なパイロット。それは、この試験でも変わらない姿勢だった。

「白百合に破壊された部位を思い出したよ。彼女は、決してコクピットを狙わないんだ」

 だがそのたびに、エランドは白百合に撃墜されてきた。クエルは思い出す。いつも武器を持った左手ばかり破壊され、戦闘不能にされていたこと。

 なぜそんなことをしたのだろうか。あれほどの技量を持ったパイロットの人工知能なのに。

 前にエランドが言っていた。あのアグレッサーはきっと、孤独で長い過酷な戦いを続けてきたのだろうと。そうでなければ、単騎であれほどの対応力を身に着けられない。

 引き金を引く者の孤独。その孤独と自責の果てに白百合が得た答えが、この模擬戦の課題だとしたら。

「生きろと言っていたんだ。こんな私にも」

 聞いて素直に自分の命を大事にできるものではないだろう。飛び方がすぐに変わることもない。同じく罪を抱えたクエルにはわかる。

 だがあれは、生涯を戦いに捧げたであろう白百合が、自分の同類たるパイロットたちに向けた強引で力技の愛だった。

 それが敵であっても、命を救いたいと願っていた。恒星のように眩しい愛の光だ。

 クエルにも経験がある。どんな孤独も救おうとする存在に触れた経験が。

 エランドは、駐機場に置かれた白百合に視線を送っていた。傷ついた白百合は役目を終えて、シートをかけられて月面の倉庫に送られる。

「ありがとう、00レイ

 単に敵機とは呼ばれず、00番を与えられていたアグレッサーが去る。

 エランドは最後、クエルに微笑んでみせた。苦悩する大人ではなく、少女のように純粋な表情だった。



 演習が終わって数日、開発チームではお祭り騒ぎが続いた。しかし、クエルは仕事に追われていた。

 段階が進んだことで、次の仕事が増えたからだ。火星に持っていくストライカーの積載準備で忙しくしていると、クエルは部下のセレーネとセラカント社の開発部長に話しかけられた。

 そこで渡されたのは、以前調査を頼んだあの黒い結晶についての報告であった。

「これは、お察しの通りの超重クリスタル……ではありませんでしたネ」

「ち、違うんだ?」

 セラカント社の部長ミレイユ・セラカントの見解を聞いて、クエルは拍子抜けしてしまった。

 ミレイユは、この月面基地でもっとも親切でいい人の一人である。頼んだことを丁寧にやってくれて、基地の人間みんなに親切な人気者だった。

 そのミレイユが違うというなら、これは超重クリスタルではないということだろう。セラカント社の分析能力は確かである。

「じゃあ、これは一体……」

 クレインが作った謎のジャミング装置が重力爆発を起こした。その爆発の中、ラスターの成分が妙な変化を起こして黒い結晶に変わった。

 結晶は何かに似ているとクエルは思った。それこそが、深淵との戦いで使われた超重クリスタルという物体であった。

 超重クリスタルは、深淵との戦いに備えて超存在がいくつかの国に配った物体だ。秘密兵器といってもいい。

 重力を緻密に制御する力があり、超高密度の情報物体でもある。地球上の手段では破壊が不可能。似ているものがあるとするなら超存在が持つクラスターコアで、事実クラスターコアの代用ができるという話を聞いていた。

 もし深淵との戦いに敗れたとしても、疑似クラスターコアとなって消滅する地球から生き物や環境を逃がすことができる最終手段といわれていた。ついにそれが生まれるところを見たと思ってしまったが、さすがに突飛すぎただろうか。

「確かにこれは超重クリスタルじゃない。でも、それに近い性能を持った新しいものだとわかったのよ」

 しかし、セレーネがそう補足したことで再び混乱させられた。

「じゃあ、ほとんどそうだってことじゃ」

「そうなりますわね」

「そうですネ~」

 なんということだ。ちっぽけなラスターの設計図に仕込まれていたものは、現実干渉の神秘に通じる技術だったということになる。

 改めて、とんでもないものの開発に参加してしまったとクエルは実感した。

「情報密度が違うので、クラスターコアの代用はできません。そもそもLD以下の存在デス。でも……」

 ミレイユは言って、渡した結晶と同じようなものを出してきた。

 インゴットだった。薄いグレーの半透明の物質で、ガラスか透明金属の塊のように見えた。

「超重クリスタルより自在性があります。神経を置き換えたり、これ自体が変わったりするものです。LDではないですが、限りなくそれに近い物質デスネ」

 ミレイユは説明しながら、インゴットを自動車や飛行機の形に変形させてみせた。

 クエルは驚いた。もう生産を再現したこともそうだが、その性能だ。

 これは、ある意味で超重クリスタルよりも進んだテクノロジーではないのか。人類にも生産ができ、柔軟に応用でき、危険性の少ない準LD物質なのだから。

 結局この物質を何と呼ぶべきか、ミレイユは答えを口にする。

「かつてレムリアで作られた情報素子と超重クリスタル、両方の性質を持ちながらLD的でもある。さしずめ、これは第五世代Nデバイスといったところでしょうネ」



(「ユグドラシル・レムリア7」へつづく)

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