人生のほとんどが準備時間
人生は準備?
人生の多くの時間は準備である.
そして、準備をいかに楽しむことができるのかが人生であると実感する.
朝は頭がフレッシュなので次の日着ていく服の準備を練る前にするようにしている.
意外と時間が30分程過ぎていることもよくある.
朝はその夜の30分を活かすほど頭を動かすことができているのだろうか.
実際にはギリギリまで寝ていることが多くなったり、本当に必要だった準備の時間は折半詰まれば5分程度かもしれない.
寝る前のこの準備、どうにも時間がかかり物を減らすことの大切さを痛感するし、同じものだけを着るスティーブジョブズなどの気持ちもわかる。
でも全員が真っ黒な服を着ている世界なんてつまらないし、
旅行に行って、海外の食事が高いから自国からのカップラーメンだけを食べて効率化と口を揃えていっている世界もつまらないと思うのだ.
勉強できることは本当に幸せなことであると実感する毎日であるが,
例えば友達に誘われた時間を断って, 勉強したその時間が今後の自分の何か成功に身を結ぶのかそれとも友達と過ごすという貴重な人生の時間を失っただけなのか.
本当にバランスが難しいと思っている.
では勉強は準備なのかそれとも、、
勉強それ自体に幸せを含むとも言えるし
テストなどで結果につながる瞬間に喜びを感じやすい行為だとも思う.
勉強は、今を意識すれば瞬間の自己成長でもあるのだろうか.
いくらの家賃なら払うのかいくらのホテルなら泊まるのか。
人間の決定なんてその時の表示された画像と感情、広告やアルゴリズムによるもので、 きっとgoogleに全てコントロールされているのだろうなと思う.
数ある中から自分で決めたのだと言い聞かせるそんな自分の意識が人を高揚させているのかな。
最後に、観光地の路面店について考える、あまりマネタイズされているとは思えないような観光地の雑貨屋さん。自分はやりたいと思わないが、海外の街に溢れる”何年間売れずに販売しているのだろうか”と思うスノードームやマグネット、栓抜きなども、街の活気を彩っているし、全てネットで購入してくださいとなったらどれだけ寂しいのだろうか。無駄で世界は成り立っているんだな。
取り留めもなくなってしまったが、自分が今していること ”準備” に感謝と喜びを感じる能力が、自己肯定感であり、人と比べない幸せになるのかな.
ここまで読んでくださった方ありがとうございます.
書き起こすと、当たり前のことでしたね.
何かがあれば教えてくださると幸いです.


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