児玉美月 Mizuki Kodama ・*☽:゚・⋆

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児玉美月 Mizuki Kodama ・*☽:゚・⋆
@tal0408mi
文筆業✒︎単著刊行予定 共著『彼女たちのまなざし』『反=恋愛映画論』『「百合映画」完全ガイド』/文學界/文藝/群像/朝日新聞/ユリイカ/Pen/Numero/hanako/ananほか多数寄稿/RMFF,eiga worldcup,早稲田映画まつりなど映画祭審査員 連絡先📨tal0408mi@gmail.com
お仕事歴・プロフィールは下記のリンクよりsites.google.com/view/mizukikod…

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📚寄稿📚 11/7発売『文學界 12月号』に、「日本映画が問う命の弁別」と題した6000文字ほどの批評が掲載されています。ここ最近の日本映画の活況を受けて組まれた特集で、取り上げる作品もテーマも自由に任せていただけたので、近年の映画をひろいつつ今自分がもっとも書きたいことを書きました。
ナタリー・ポートマンのハーバード大学卒業生に向けたスピーチの「知識不足を資産として、知識を身につける」という言葉にいつもとても励まされる、そして繰り返し聞きたくなる。自らの至らなさに絶望してそこで立ち止まらないために。
The media could not be played.
"Paradise Hills"('19) 孤島の更生施設に送られた女の子達を描く魅惑のディストピア譚。彼女達は肉の代わりに花を食べさせられ、華美に装飾され、すべてを監視/管理される。徹底して「着せられる」衣服は純白であり、純白は純潔と処女の象徴。彼女達がみる悪夢を、きっと私達もみたことがあるだろう
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男女がベッドの上で結婚を約束し合ったならそれはきっと「恋愛」だと言われるだろうに『リップヴァンウィンクルの花嫁』のふたりになると「名付けられない特別な関係」のように言われてしまうのは、女女だからな気がして腑に落ちない。「名前を与えてもらえてこなかった」という視点なしには言えない。
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そもそもこの社会の仕組みが女性が一人で生きていけるように設計されてもいないのに、キラキラした物語で「結婚なんてしなくても幸せに生きていけるよね!」とメッセージを送られても、自分たちの心の持ちようだけでどうにかなる問題ではないし、空虚にしか感じられない。
性加害で告発された映画監督の作品について話すラジオで「清廉潔白な人の作品しか認めないというのもね」といった発言が聞こえてきたけど、それは「性加害」の論点を「清廉潔白」などと抽象的に敷衍させた言葉でそうした監督や作品に厳しい態度をとることを非現実的なように思わせる語り口じゃないか。
容姿についてもいろいろ言われているようで悲しい限りですが、私は「濃いお化粧」が好きなんです。好きなお化粧させてください。そして何故このアイコンが白紙なのか考えてください。とりわけ女性の批評家ばかりが仕事と直接関係ないにもかかわらず容姿について何か言われてしまう風潮をやめたいです。
つまらないことだけど、「友情を超えた感情」で「恋愛感情」を指す文章を読むたび「超える」にどことなく友情を下位に置いて恋愛を上位に見做すようなニュアンスを感じ取ってしまって微妙な気持ちになる。友情も恋愛も等価なのだから、それなら「友情とは別の感情」とかの表現のほうが好き。
『最後の決闘裁判』で、「被害者女性はなぜ本当のことを夫に言ったのか、普通は隠すだろう」と書かれた批評を見てしまった。そういう性犯罪に対する抑圧的な価値観が今まで女性たちの口を封じ込め、泣き寝入りを強いてきたのではなかったのか。だから映画は「黙らない」態度で真実を話す女性を描いた。
日本映画において「笑いをとる」描写の多くがセクシズム、レイシズム、エイジズムなどの差別的思想と密接に絡んでいることは否定しようがない。受容側が「そんなの笑えねぇよ」と厳格な姿勢をとって批判し続けていくしかないのかもしれないが、なぜ自国の映画を観るのにそんな苦行を強いられるのか。
📚寄稿📚 朝日新聞のメディアに「映画『怪物』クィアめぐる批判と是枝裕和監督の応答」と題された鼎談記事が掲載されました。去年6月に『怪物』が公開され、記事化するまでには長い時間がかかってしまいましたが、この対話が日本の映画界をよりよくしていくと信じています。 digital.asahi.com/sp/articles/AS
映画『怪物』のスチール写真。少年二人が草原を駆け抜けていく。
久しぶりに思い出したけど、やっぱり『his』のこの藤原季節のインタビュー記事は良かった。同性愛映画の宣伝の常套句である「普遍的」に対して、はっきりと「それは僕ら(マジョリティ)の視点」と異を唱えた役者はそういない。「変わるべきは世の中の方」だということも。
映画『エゴイスト』には、松岡宗嗣さんが約半年前から宣伝監修として入っていた。宣伝担当の方からも勉強会の内容や取材立会いの上その原稿のチェックを挟んだりなどご尽力なさっているのを聞いていたが、こうして性的マイノリティを扱う映画の広報活動に有識者を入れるのがもっと当たり前になるべき。
「週刊文春」で『MONSOON/モンスーン』に対して「男同士のベッドシーン、必要なの?」と書いている評者がいた。わざわざ「男同士の」とつけて。「その登場人物をLGBTにする必要ある?」論もそうだけどマイノリティになった瞬間に必要/不要の審判が始まるこの不均衡な現象はいつ終わるのかなと思う。
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前作『追憶と、踊りながら』でもゲイ男性を描いたホン・カウ監督の新作映画『MONSOON モンスーン』。日本のクリエイティヴから消された相手の男性とゲイの主人公が劇中で同フレームにいるスクリーンタイムは上映時間85分中20分程度で、二人の精神的・身体的な交流は重要なものとして映画を通して続く。
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日本の映画界、曖昧さと脆さと儚さの代名詞としての女性同性愛か、過激さとセンセーショナルとエロの代名詞としての女性同性愛ばかりで、その二極化の構造から抜け出した実在を感じられる生身の人間同士のそれをあまりに描けてなさすぎる。
本日よりシネマートで配信開始の韓国映画『69歳』。性暴行を受けた高齢女性が警察に告訴するが、同居人を除いて周囲はそれを信じない。加害者の「将来有望な青年」と対比される被害者の高齢女性の姿が描かれる。メッセージ性が重要なだけでなく、映画としても素晴らしい作品。 cinemart.co.jp/vod/lineup/det
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現状、日本で女性の映画監督の方が優れた作品を撮る確率が高いことは、単に「才能がある女性が多くて凄いですね」という話ではなく、それだけ門戸がまだまだ狭く厳しいということを暗に物語っていて、極論を言えば女性の映画監督がメジャーシーンでバンバン駄作出し始めてからがようやく本番だと思う。
『エゴイスト』は厳然と横たわる階層差、愛はエゴイスティックでしかありえないのか、といった難しい問題に果敢に挑んだゲイ映画。宮沢氷魚さんは『his』の経験や思いを明らかに本作に反映させているように感じたし、鈴木亮平さんはクィアコミュニティを第一に大切にしながらこの映画を牽引している。
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6/5公開『窮鼠はチーズの夢を見る』原作の傑出したモノローグを援用せず映像に徹底し、ぼかされることなく活写された性描写が素晴らしい。大倉忠義と成田凌がスクリーンのなかで大伴恭一と今ヶ瀬渉として生き、十年以上ずっと映像化を夢想し続けていた『窮鼠』の世界が確かに広がっていたことに感動。
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『ファーザーズ』('16) 養子の少年を育てるゲイカップルが産みの母親の登場でどう育てていくべきか葛藤する物語。『チョコレートドーナツ』や『his』と同テーマが、現代タイ社会を舞台に描かれる。片方しか親権を持てないことによる法と感情の微妙な問題や、子の心理描写が真摯。 #1日1本オススメ映画
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"レズビアンは男性の性的欲求のために人間性を奪われ、フェティシズム化され、その場合にのみ受け入れられる類の同性愛嫌悪に直面してきた。その結果「レズビアン」という言葉は、誤ったイメージを持たされたり、ポルノのカテゴリーとして認識されたりしてしまうことになった" lwlies.com/articles/why-f
タナダユキ監督作『マイ・ブロークン・マリコ』(9/30公開)試写。この世を去ってしまったマリコの遺骨を実家から奪還したシイノが旅に出る。面倒臭いあの女のことをもっと愛してやればよかったと彼女は走り、叫び、涙を流す。これは暴力へ反旗を翻す復讐譚であり完全に女と女のラブストーリーでもある。
先日行った雑誌の座談会の冒頭で参加者の一人が、「「クィア映画」や「ゲイ映画」ではなく「恋愛映画」でいいんじゃないかと前に言ったが、既に存在する人々を透明化しようとする力の強さに危機感を感じ、可視化することへのリスペクトが足りなかったと自分の乱暴な言い方を反省した」と話しはじめた。
スーパーマンの件、今テレビでバイセクシュアルのキャラクターを入れることに「そこまでやる必要があるのか?」とコメンテーターが言っていたけど、こちらからしたら現にたくさん存在している人を表象から一切排除してきたことを「そこまでやる必要があるのか?」とずっと思ってきたんだけどとなった。
東京国際映画祭の「ウーマン・イン・モーション」で、是枝裕和監督が「仏の現場では週末にデモに行って月曜にその話をするのも当たり前で、俳優は自分が社会的存在であると自覚している。"俳優だから政治活動せずに芝居だけしていればいい"と言われてしまうところのある日本は遅れている」と。
ある男性の映画ライターが「自分のジェンダーを気にしたことがあるか」と問われて、「ない」と答えていた。わたしは仕事をしているなかで、ジェンダーの問題がつねに纏わりついて気にせずに済んだことなどこれまで一瞬もなかった。最近「純粋に映画観て書いてたいよね」と人に言われて胸が苦しかった。
8/20公開『Summer of 85』 死に取り憑かれた少年が「死体」に恋し、その墓の上で踊るまでのひと夏。"美少年同士の初恋譚"の皮を被りながら、その開巻で「君の物語じゃない」と物語の簒奪者たる観客を挑発してみせる。『君の名前で僕を呼んで』をフランソワ・オゾン流のいやらしさで煮詰めた映画。
『私と彼女』(2015) 50代のレズビアンカップルを描くイタリア映画。同性が相手なのが初めてのレズビアンを自認していない側と、オープンにしている側が次第にすれ違ってゆく。若い女性同士がドラマチックに恋に落ちる映画が多いなか、成熟した女性同士のすでに長年過ごした関係性に焦点をあてている。
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"Paradise Hills"('19) ただ単に世界観がキラキラして可愛いらしくみえるだけでなく、言うべきことへの情熱が迸り、洗練されたセンスがスクリーンの隅々まで漲る。まだ20代の女性監督アリス・ワディントンの類稀な才能に花を添えたくなる。
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BL=ファンタジー、「LGBT作品」(?)=リアル、のような単純な図式ではもうまったく捉えきれないと思うし、その作品にリアリティがあることを褒めるためにわざわざ「これはBLではない」なんて言う必要ない。BLを否定形でばかり持ち出して何かを褒めるのはやめてほしい。
『はちどり』がAmazonプライムビデオにて見放題配信が本日より開始。 amazon.co.jp/gp/video/detai
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4/25公開『はちどり』 14歳の少女の目を通して描かれる1994年の韓国。少女同士の揺れ動く関係性、女性の教師への憧憬。朝の静謐な陽の光がずっと覆っているかのような肌理の映像で、二度と戻らない目覚めのいっときを切り取っている。口籠もる少女は世界を見つめ、見つめる少女を私達は見つめる。
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映画の主人公がゲイ男性でかつ同性とのラブロマンスが描かれていることを伝えると、それによって一定数の観客を失ってしまうと判断している映画会社がもし存在するのであれば、それは大きな誤解だと思う。むしろそれをきちんと伝えることによって、さらなる観客層を見込めるのが今の時代のはずでしょ。
男性の学者が男性のマスターベーションと生理をほとんど遊戯的なレトリックにおいて並置することの露悪さは、その並置の害悪さを主張したところで、もっと高尚な文意があるかのような身振りでその主張が単純な議論でしかないと煙に巻かれてしまうところにあると思う。
『哀れなるものたち』 知性の欠けた存在に女がまた割り振られ、理知的な男二人に囲まれるというあまりにも図式的なプロローグにこれが一四〇分以上続くのかと絶望していたら、とんでもないところへと連れて行かれてしまった。何度「生」を奪われようと、また一から生き直す。奇跡のような映画だった。
哀れなるものたちのポスター。座った女性の頭がサイズの小さい女性の上半身になっている。