杉田俊介

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杉田俊介
@sssugita
批評家。小器晩成。 新刊『男性解放批評序説』(ホーム社)、『鬱病日記』(晶文社)。近刊予定『無能力批評【増補完全版】』(月曜社)他。 数年計画で大きな思想書を準備中 ◆連絡先→sssugita@hotmail.com ◆著作一覧→note.com/sssugita/n/nfb

杉田俊介’s posts

うつ病になりやすい性格の人は、本当に本当に、そうならないように常日頃から心掛けてほしい。仕事を頑張りすぎてしまう人、責任感を過度に背負う人、0か100かの完璧主義の人、自己愛が低く自分を嫌いな人。早めに対処してほしい。こんな虚無の苦しみを味わう人が一人でも減ってほしい。
うつ病は身体からの「生き方を変えろ」「価値観を変えろ」という最後のメッセージだと言われる。脳が誤作動を起こすほど無理を重ね、自分で自分を追い込んできた。しかし、うつ病と共にあるような価値観、完治し得ないうつ病者であることが新たに開く価値観とは、どんなものだろうか。うつ病文化とは。
石破茂首相の言動は、人間としての最低限のまっとうさ(知的にも、倫理的にも)さえあれば、政治的立場や思想信条の違いはあれど、対話や議論、合意形成ができる、ということを人々に「思い出させた」のだろう。それはなお可能なのだ、という静かな驚き。それをも冷笑するのはニヒリズムがすぎるだろう
藤本タツキの米津玄師との対談。相手の言葉にすぐに応答できず、取り敢えず嘘でも何かを喋って、喋り続けているうちに事後的に辻褄を合わせて、自分で自分を騙して嘘が本当になっていく、というのは、ポストゥルース時代のサバイバル技術っぽくて(脳科学的でもあり)、なるほどと思った。
鬱病者は、強い快楽や激しい喜びよりも、平穏な気持ちや静謐な安楽を望むようになる。ニルヴァーナ。やはりそれは死の安息や安楽に近付いていくことなのだろう。それほどまでに生が不安や疲労に覆われてしまっている
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杉田俊介
@sssugita
消えたいとは、しにたいというよりも、生があまりに苦しいので苦痛を消したい、苦痛を消して安楽になりたい、そのためには存在丸ごと消さねばならないほどに全体的に苦しい。つまり安楽な生への祈りなのだとおもう。消えたいと感じるほどに安楽に生きたい
自分がとにかく勉強不足でアタマも悪いことを自己卑下ではなく素直に認めて、現在の最前線で何かを書こうとか誰かを越えなきゃという切迫感を捨てて、ある程度「降りた」ら、勉強や読書が楽しくなり、楽になって、自分に本当にふさわしいものを気長に書こう、これからだ、とちょっと思えるようになった
うつ病は気持ちの落ち込みの問題というのみならず、脳疲労というのか、異様な疲れやすさが特徴で、布団から出て座っていることもできないほど疲れてしまう。近隣のコンビニやスーパーがやたら遠く感じる。ちょっとした低気圧で寝たきりになる。お風呂がキツいのも、体力を奪われるためなのかも。
消えたいとは、しにたいというよりも、生があまりに苦しいので苦痛を消したい、苦痛を消して安楽になりたい、そのためには存在丸ごと消さねばならないほどに全体的に苦しい。つまり安楽な生への祈りなのだとおもう。消えたいと感じるほどに安楽に生きたい
嘘に嘘を丁寧に積み重ねて本物(愛)を降臨させるという『推しの子』のテーマはファシズム的だが、YOASOBIという元来偽物感のある人たちがトランスナショナルなアイドルたちを総動員して「アイドル」を堂々と歌ったのはちょっとデーモン的な物が降りてきてて、今回ばかりは椎名林檎も嫉妬してたかも…
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たとえばうつ病の脳でテレビ番組を見ていると、旅先や食事の場面は、「いつか自分もそこにいるかもしれない」という(嘘でも)「可能性」を奪われて、「自分があそこにいることはない」「自分には無理なのだ」「できない」という疎隔感として現れてしまう。可能性自体をもう永遠に喪ってしまった、と。
広末涼子という象徴的存在をトリガーに、精神障害者差別、薬物依存症差別、性差別、年齢差別などがホモソ的なジョークと大喜利で際限なく湧き出て煮凝りになっていくの、油断するとこういう地が出てくるということなんだろうな
〈さらに調査結果の暴いた驚くべき点は、「自殺する者は残される者のことを考えず自己中心的である」という一般に根強い先入観に反して、実際に自殺を試みた人々は、そのぎりぎりの瞬間まで、家族や愛する人々のことを思っていたこと。→ pax.moo.jp/?p=433
うつ病によって本が読めず、何も書けないという絶望。友人知人たちが立派な仕事をし、前進していることへの焦慮と羨望。世界から置き去りにされていく、という疎外。脳が壊れて二度と復活しない、という恐怖。もう自分の人生には何も無い、という虚無。全ては終わったんだ、という悔恨。
トイレと食事以外は寝たきりで、お風呂も入らず、長らく天井だけみて時間を過ごしていた、という「底」まで行った人が、回復して今は普通に動けている、という話(噂)を何度か聞いた。想像もつかないが、そういう奇跡を僕も信じてよいのだろうか
ハン・ガン氏のノーベル文学賞について、日本の関係者や読者たちがまるで我がことのように喜んでいるのは、一つの豊かさを感じて、個人的にも嬉しかった。翻訳文化の成熟、世界文学を当然とみなす感受性の拡がり、そして日本列島と朝鮮半島の歴史的関係性の蓄積。文学は天才個人ではなく社会のもの。
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夕方、久々に読書。新書を読んだ。脳機能的に読めるか心配したが、読めた。ほっとした。その後、ぽつぽつ雨の中、夕飯の食材の買物。いつものライフへ。往復3000歩。このあと簡単な夕食を作ろう。でもその前にまた布団に戻って、ちょっと休んでいる。
今や「おじさん」という言葉には、現代日本のあらゆるダメさ、醜悪さが投げ込まれ、詰め込まれ、煮詰められているかのようだ。中年男性たちは悔しくないか。正直、僕は悔しい。「まっとうなおじさん」になるとはどういうことか。「男」のまっとうさとは何か。当事者として考え続けたいと思う。
なんだろう、この不気味な無関心さは。「世界はなでしこジャパンのすばらしさを見た。それと同時に、日本の女子サッカーに対する冷たさを目の当たりにした。「報道」という観点からは、残念ながら悪い印象を残してしまった。日本を評価しないのは日本だけだった。」
つまんない言い方だけど、差別的あるいは排外主義的な言動を一つしただけで全否定、存在丸ごと批判、どこまでも追い詰める、という慣習=エートスがあまりにも拡がってしまったのを懸念する。完全に闇落ちした人間と、話せば歩み寄ってそれなりに分かり合える人間との違いが大事。左右問わず。本当に。
私は左翼なので根本は相容れないが、石破茂首相は、保守の魂と知性がどんなものか、我々に思い出させてくれた。そしてかすかに、脱米入亜の夢を、東アジア関係の改善を通してアメリカの半植民国からの自立をーーという半「革命」の夢を見せてくれた。惜しまれる。首相復活の可能性はあるのだろうか?
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杉田俊介
@sssugita
石破茂首相の言動は、人間としての最低限のまっとうさ(知的にも、倫理的にも)さえあれば、政治的立場や思想信条の違いはあれど、対話や議論、合意形成ができる、ということを人々に「思い出させた」のだろう。それはなお可能なのだ、という静かな驚き。それをも冷笑するのはニヒリズムがすぎるだろう
鬱病になって7〜8ヶ月全く読書ができなかったけれど、少しずつよくなってきて、本を読めるようになってきて、自分が読書が好きなんだということを思い出せた気がする。というか今は読書が純粋に楽しい。勉強楽しい(この10日ほどは調子がいまいちだけど、また復活してくるだろう、たぶん…)
鬱病の特性は脳機能低下なので、この社会の脳中心的な能力主義の暴力性をあぶり出すとも言える。文字が頭に入らず、お風呂や食事や着替えにも苦労するようになり、つねに異様に疲れてしまう。無能力者としてのうつ病者。常日頃から求められてきた能力のハードルがいかに高いかということでもあるのか
希死念慮というのは本当に怖いものだとぞっとした。生きていたい(心)、苦しいから楽になりたい(体)、お前は死ぬしかない!(脳)が分裂していくような感じがした。他者としての自己が強制的に自分に命令し続けてくる。コントロールも無視もできない。脳の誤作動だとわかっていても抗えない。
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杉田俊介
@sssugita
この間強い希死念慮に憑依され、それと闘っていました。新しく処方された薬のおかげか念慮は今の所収まってますが(知人の助けもあり)、終日ひどく眠く、ぼーっとしてます。スマホの文字も目で追えない。歩くのもやっとな感じ。いよいよ進退窮まったかも。なんとかなれ。
『イッテQ』、女性芸人合宿で、あさこさんがギックリ腰になって、それを皆で介護していて、老老介護だねと笑っていたけど、全然バカにする感じじゃなくて、ケアが自然に笑いになっていく空気感に、ああ笑いもこうやって変化していくんだなと思った(看護、介護、保育士の資格各々もってる人もいた)
『鬼滅の刃』の鬼殺隊は、正義のために働けるがどんどん人材が燃え尽きて当然のNPO、鬼側は、強さと寿命を与えられるけどボスにつねに監視される超絶パワハラのブラック企業、という感じの選択肢しかなくて、いずれにしても地獄みがある。しかしそれが若者や子どもたちのリアリティなのかもしれないな
ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(単行本)が本棚に見つからず、代わりに『予告された殺人の記録』(新潮文庫)を読み直したのだけれど、あらためてこれは本当にパーフェクトな大傑作なので(短いし)、『百年の孤独』に躊躇している人はこちらを読んでみたらどうでしょうか
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もっと悪くなっていく、という未来への不安が募っていく。あらゆるものが不安のトリガーになりうる。今までできたこと、当たり前のことができなくなってしまってごめん。みなの負担や重荷になっていくことが怖い。とても怖い。でもどうにもならない。これは脳の誤作動ではない。現実的にそうなのだから
加藤智大の死刑執行について、冤罪の可能性がないなら、無駄に生き延びさせないでさっさと死刑執行しろ、税金の無駄遣いだ、という吐き捨てるようなコメントが山ほどあって、ああ、相模原障害者殺傷事件の犯人と同型の論理が蔓延しているんだな、とあらためて思うなど
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杉田俊介
@sssugita
よりにもよって相模原の事件から6年目の朝に、秋葉原の事件の加藤智大の死刑執行なのか。やりきれない。この国の残酷な国家意志を象徴するかにさえ感じる。今朝は児玉真美さんの編著とともに、共著『相模原障害者殺傷事件』のページを久々に開いていた。加藤が書いた四冊の本についても言及していた x.com/nhk_news/statu…
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安彦良和氏に連続インタビューした時、ガンダム史にはやたら詳しいが、現実の歴史には関心がない、そうしたファン層を作ってきた責任が自分たちにはある、という様なことを話されていた記憶がある。ジークアクスでそれを思い出す。例えばガザの映像とアニメを行き来しうるオタク的感性があるはずでは?
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杉田俊介
@sssugita
ジークアクス7話、戦闘に巻き込まれて民間人の死者が結構出ているはずなんだけど、そういうことが一切描かれないのが気になる。相変わらず情報過多でハイコンテクストではあるんだが、視聴者も戦争ごっこ、考察ゲームをひたすら楽しむだけになってしまうというか…
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ある当事者の人が、鬱病になる前の自分には戻れない、のみならず、戻ってはいけない、と書いていて、ハッとさせられた。鬱病者の壊れかけた脳だからこそ創造できる表現、新たな価値観があるんだろうか。華々しいものやパッと明るいものではなく。
夕食後に家族3人で近隣のまいばすけっとに買い物に行ったのだけど、夜はやさしいのに、うつ病によって脳が濁った寒天に覆われているようで、自分の見聞きするもの、話す言葉がゾンビのように感じられ、全ての物事に疎隔感を覚えて、とてもとても悲しくなった。本当に悲しい。鬱病を憎いと思った。
ローリング、ここまでヤバい人になってたのか
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J.K. Rowling
@jk_rowling
Congratulations to every single person on the left who’s been campaigning to destroy women’s and girls’ rights. Without you, there’d be no images like this.
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いわゆる「おじさん」というのは本当に精神が熟して強いわけではなく、未成熟で、無神経で、感情的にも爆発しやすいのに、不相応な特権と権威をもってしまったために勘違いしているだけで、むしろ「己の未成熟さをわきまえたおじさん」になろうとする姿勢が大切なのかもな
なんていうか、現代社会、リベラルであろうとすることの負荷が大きすぎるんじゃないですかね。あらゆる差別と戦って、自分の振る舞いを律して、心の弱った人のケアまでして。しかもそれらを全部クリアするとかえって世間的にいかがわしく見えて。自由ってこういうことなのか。
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杉田俊介
@sssugita
ああもうね、星野源、こういうのがね、ほんとにもう優等生的に正しくて、でも自分は死に物狂いになったことが過去にあって、という雰囲気も同時に醸し出していて、ああまあ現代のリベラルな正しさってこういう感じだよね、仕方ないね、悲しいね、ほんとにね、もやもやするね、っていう気持ちになるね x.com/sssugita/statu…
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「おたく」がマイナーな人々を名指すスティグマだった時代が確実にあり、今やオタクはマジョリティ=消費者になったけれど、排除されていた時代のトラウマがあって、むしろそれが集団的なアイデンティティの根拠になっているから、定期的に「被害者」になるのを必要とし、それを享楽しているのでは
あんまり頭が良くなくて、才能いまいちで、勉強苦手で、アカデミズムにもいなくて、賞もとってなくて、本もあんまり売れなくて、読者も少なくて、色々病みがちで、業界の知り合いほぼいなくても、批評を細々と書き続けられるんだ、という人生的な実証にはなっているかもしれない、この自分
我々うつ病者が繰り返す「できない」とは何なのだろう。仕事ができない。社会が要求する能力の基準を満たせない。健康だった自分と比較して能率が落ちている。どうもそれだけではなく、そもそも物事が「〜ない」(為し得ない、美味しくない、楽しくない)という自己否定として経験されているのでは
前にガイドヘルパーの仕事をしていたとき、自閉症の男の子と駅のエレベーターに乗ったら、先に乗っていた赤ちゃんを抱っこした女性が、ぱっとエレベーターを降りて、もやもやしたことがありました。どうすればいいのか結論はないのですが、もやもやしたまま考えて続けていこうと思います。 x.com/yakuzai225/sta
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ある政治家が特定の宗教の信者かどうかということよりも、恐ろしいのは、そもそも事実を否認する、議論もしない、対立さえしない、目を合わせることもしない、他者の存在自体を消去する、という話法(言葉のテクニック)を政治の場が学んだ、根の深い形で刷り込んだ、ということなのだろうな
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上丸洋一JCJ 賞『南京事件と新聞報道』
@jomaruyan
「国民から『国葬はいかがなものか』との指摘があるとは、私は認識していない」自民党・茂木幹事長。毎日新聞。 茂木氏が「認識していない」だけ、琉球新報も信濃毎日も京都新聞も新潟日報も社説で指摘している。
神戸のストーカー的な男性による女性刺殺事件で、男性は女性と二人きりでエレベーターに乗るのを避けることをマナーとすべき、という議論があって、その是非はともかく、男性に対する恐怖のインフレが人種差別や障害者排除に繋がっていくのが目に見えていて、つらいことだな…
僕は長期的にみればリベラルな自由と多様性が着実に勝利していくと信じていて(データ的に明らか)、今の世界的反動もやがて収束すると思うが、リベラルなものの漸進では足りない破局的危機(気候変動、資本主義、畜産工場化など)にはラディカリズムの介入が必要で、だからリベラル+左派の立場です
ニッポンの家族には必ず専業主婦がいるか、パート主婦だから仕事やすんでも大丈夫(そんな簡単に休めるはずない)、とか思い込んでるでしょ、安倍政権。女性の総活躍とか言ってたくせにさ。日本住民の仕事も家庭も子育ても、何にも見えてないじゃん。
今回痛感したのは、「上」が責任をとらず負担を無限に「下」へ押し付け、抑圧委譲し、組織がぼろぼろでも、最前線の現場の人々が優秀で、何とかなってしまう。完全な破局にならない。「無責任の体系」と「現場の過剰責任」が奇妙に支え合ってしまう。この悪循環を「変革する」とはどういうことだろう。
意識としては永遠の若手で、「上」から抑圧されていて、背面服従の反逆者で、という意識こそが典型的な「おじさん」(オールドボーイ)なのかもしれない。自分が無意識に若者を抑圧し、出る杭をうち、既得権を保守している側だと自覚できないから、加害者意識がない。自分にはかなりそういう部分がある
うつ病になると、時間の流れが異常に早い。時間が積み重なることがないからだろう。日々の苦痛や疲労の中で、時間は消し飛ぶ。時間は虚無の彼方に消え去る。積み重なって経験や意味を構成しない。そこでは苦痛すらも積み重ならないのだ。