今月の生理で、

18年前のことを思い出した。

 

 

18年前にSLEの診断を受けて、

「私はもう妊娠できないんだ」

と覚悟を決めて薬を飲み始めたけど、

18年間毎月生理が来ていることに気づいた話。

↓↓↓

 

 

私が「できない」と思い込んでいたことを、

私の身体はずっと「やる気満々」だった。

 

 

 

その続きで、

もう一つ思い出したことがある。

 

 

うちの母親は、

お金の不安がすごく強い。

 

 

小さい頃からずっと、

父とはお金のことで喧嘩ばっかり。

 

ぐちぐちぐちぐち言うタイプ。

 

 

私はそれを聞いてずっと育ってきた。

 

 

私が膠原病だと診断されたのは、

小学校低学年の頃。

 

それからずっと病院通い。

 

といっても、

何か大きな症状があったわけではなかったので、

高校3年間は病院に行かなかった。

 

 

そうしていたら、

気になる症状があって、

久しぶりに病院に行ったらSLEだった。

 

 

 

 

その日から、

「妊娠できなくなる(と私が思い込んだ)」薬を飲み始めた。

 

 

病院には、母と2人で行った。

そして母にこう言われたんだ。

 

 

 

「病院代は自分で出しなさい」

 

 

 

まぁ、もう18歳だったし、アルバイトしてたし…

 

 

ただ”母がするお金の話”は、

私にとってトラウマがあった。

 

「うちはお金がないからな」

「私がちゃんとしなくちゃ」

「あぁいう風に責められるんだろうな」

「あぁやって言われるんだろうな」

 

と、フラッシュバックするものがある。

 

私は自分の内面に反応して、即座に、

「言われなくても自分でやる」と言った。

 

 

今振り返ると、

 

難病の診断が出たとき、

私は心配されたのだろうか。

 

薬の説明を聞いて、

その時母はどう思ったのだろうか。

 

 

それらのことよりも、

今までかかってきた病院代と、

これから先もかかる病院代の方に意識が向いて、

何よりも先に、「病院代は自分で出しなさい」とその言葉が出てしまったのだろうか。

 

 

いやいや、

私自身が病院での出来事を、

「即座にお金に変換した」のだ。

 

 

あ、また病気になった。

これからまたお金がかかる。

 

苦労かけちゃいけない。

負担させてはいけない。

自分のことは自分でやらなくちゃ。

 

 

母は何も言ってない。

私が空気や感情を読んで、そう捉えたのだ。

 

 

 

それから私は、

何がなんでもお金のことで親を頼りたくなくて、

夜の仕事、風⭐︎俗で働きながら一人暮らしをした。

 

その頃私はずっと体調が悪かった。

 

でも、自分の体を大切にすることよりも、

親に文句を言われないことを優先してきた。

 

 

それから5年後、

さらに私の症状は悪化して、

誰にも相談せず、手術をすると決めた。

 

前日までそのことを親に言わず、

1円も頼らなかった。

 

 

お金に固執していたのは、

母よりも私なのかもしれない。

 

お金があれば、

責められないし、文句言われないし、

母の機嫌は良くなるし、安心だった。

 

 

安心するためにお金が必要だったのは、

私の方なのかもしれないなぁ。。

 

 

お金が「なくて」不安な母と、

お金が「ある」ことで安心してた私は、

結局どちらも依存していたんだ。

 

 

 

 

実は先日、

お金の不安が出た母にこう言った。

 

 

「そんなにお金が不安なら、さっさと死ねば」

 

 

ぽろっと。

責めるつもりも、攻撃でもなく、

そういう選択もあるよ、と。

 

 

隣りで聞いていた妹は、

「言っていいことと悪いことがある!」

と怒った。

 

母も、「あんたにあたしの人生とやかく言われたくない!」と言った。

 

 

もちろん私も、

言ってはいけないことだと分かっているし、

死んで欲しいわけではない。

タブーであることも知っている。

 

 

でも、私は本当はずっと、

この言葉を言いたかったのだ。

 

 

不安だ不安だってずっと言ってるけど、

それでも生きようとしているし、

楽しいことも幸せなこともいっぱいある中で生きてきたじゃん。

 

お金のことになると急に形相変えて、

それまでの楽しかったことも、

幸せな時間も全部ひっくり返すじゃん。

 

 

いい加減にしなよって、ずっと思ってた。


 


でもこの言葉は、

誰よりも私自身に向いていた。

 

 

まさに、お金があれば、

責められないし、文句言われないし、

母の機嫌は良くなるし、安心だった私に向けて。

 

安心するために、

お金が必要だった私へのメッセージだった。

 

 

 

 

私は昨年、

「アテにしている」自分に気づき、

痛い思いをした。

 

 

 

 

先日見たのは、

まるで過去の自分の残像。

 

 

 

いつ入ってくる。

いつ会える。

 

それを決めたいのは、

決まっている方が安心するからだ。

 

 

いつになったら入ってくるもん。

いつになったら会えるもん。

 

だからその日まで安心して待てばいい。

 

 

でも”その日”が過ぎたら、

また「次」を待たなきゃいけない。

 

次っていつ??

いつになったらやってくれるの?

いつになったら会えるの?

 

問い詰めたくなる。

確定したくなる。

 

だって、不安だから。

 

 

じゃあもしも、会えなくなったら?

入ってこなかったら?無くなったら?

 

そうなったら、最悪だった。

 

 

他人がくれた安心の上であぐらをかいていたくせに、

他人に全体重を預けていたくせに、

私の安心が崩れた時は、相手のせいだった。

 

 

「予定」を楽しみにする心と、

「予定」に自分の人生を預けることは、

全く別のことなのだと気づいた。

 

楽しみな予定があることと、

予定が決まってる方が安心するのは、

別物だと気づいた。

 

 

頼りにすることは、

自分の足で立ち、自分から動くこと。

 

アテにするというのは、

自分の全体重を相手に預けていることなのだと知った。

 

 

 

本来私たちは、

不確実な世界を生きているのに。

 

未来は未定だし、

他人はコントロールできないし、

結果も保証されていない。

 

 

命を舐めるな

 

 

私の奥にあったのは、

お金で命の安心を得ていることへの怒りだった。

 

 

 

安心なんて、外にはない。

安心は自分の内側で育てていくものだ。

 

外側に大丈夫なんてない。

大丈夫な自信は、内側にしかないんだ。

 

 

 

「そんなにお金が不安なら、さっさと死ねば」

 

言葉はきついけど、

私は言ったことを後悔していない。

 

(ただ私の本心は言葉にして伝えられていないから、ここにある気持ちをきちんと伝えたいと思ってる。だってこの言葉を言いたかったのではないから😔)

 

 

 

この一言を外に出せたことで、

私とお金との関係性がガラッと変わった。

 

 

私の自立心は18年前から、

「母を安心させたい。母を黙らせたい。」

この思いに支えられていた。

 

お金があれば、

父のように責められないし、

文句言われないし、

母の機嫌は良くなるし、

私は安心で安全だったから。

 

 

それをやめた。

 

 

母の不安は、私のものではない。

母が欲しい安心は、母の人生にある。

 

そして、

私の人生は、私のものだ。

 

 

だからこそ、

「あんたにあたしの人生をとやかく言われたくない!」

と母の口から出たのだ。

まったくその通りなんだ。

 

 

 

母親ってすごい。

子の鏡になって、全身全霊で丸ごと映し出してくる。

 

あぁ、あんなこと言われてショックだっただろうなぁ。

傷ついただろうなぁ。

 

あとでちゃんと謝ろう😭

そして、いまだに子供でいさせてくれること、

置いてきぼりになった自分と向き合わせてくれることに、

本当に感謝している。

 

 

 

自分で稼いで、お小遣いをあげて、

旅行に連れて行って、奢って、買ってあげて…

 

そんな自分になることが、

私の一つの夢だった。

 

家族に何かできることがある。

アテにされることも含めて、

それが私の喜びだった。

 

 

そんな人生の始まりが18年前だった。

 

 

「お金があれば、安心と安全が手に入る」

その思い込みは、

幼少期に自然に生まれたフィルターだった。

 

 

そのフィルターを外して思い返してみたら、

お金があることで得ていたのは、喜びだった。

 

 

家族みんな揃って楽しくて、

幸せな時間がたくさんあった。

 

いっぱい笑った時もあった。

たくさんのことができた。

たくさんの経験があった。

 

 

不安だ不安だってずっと言ってるけど、

それでも生きようとしているし、

楽しいことも幸せなこともいっぱいある中で生きてきたじゃん。

 

お金のことになると急に形相変えて、

それまでの楽しかったことも、

幸せな時間も全部ひっくり返すじゃん。

 

 

いい加減にしなよって、ずっと思ってた。

 

 

 

 

まさにまさに、

思いっきりブーメラン😂

 

 

お金が与えてくれていたものは、

安心でも安全でもなかったなぁ。

 

ただひたすら、喜びだけだったなぁ。

 

 

安心は、私が選ぶものだ。

 

ほっとする方を選んでいい。

自然体でいられる方を選んでいい。

 

私が私に、許可する方向性だ。

 

 

安全だってそう。

 

「これは私のものじゃないです」

 

そうやって私が、

勝手に人のものを引き受けず、

私が傷つくようなことを許さず、

境界線を引けたらいい。

 

安全って、

そうやって自分で守っていくものだ。

 

 

私が私の安心する方を選べたら、大丈夫。

私が私を守れたら、大丈夫。

 

 

安心も安全も、

私の内側にあるから大丈夫なんだ。

 

 

 

 

これからは、

何か困っている時に、

力になれる私でありたいよ。

 

アテにされるのではなく、

頼りにされる私がいい。

 

 

この気づきがまた、

これからの未来にとって

大切な伏線であるといいなぁ。

 

 

假屋舞

 

 

 

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5月15日(金)13:00〜17:00

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6月19日(金)13:00〜17:00

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(21:00完全解散)

 

 

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