絶え間ないドローン攻撃の「地獄」、最前線の塹壕で4か月生き抜いたウクライナ兵「自分は廃人同然」
読売新聞2/17(火)5:00
昨年8月から4か月間、塹壕で戦い続けた兵士のセルヒー・トルスチュクさん(1月28日、ウクライナ西部フメリニツキー近郊で)=関口寛人撮影 【読売新聞社】
【キーウ=倉茂由美子】ロシアによるウクライナ侵略は24日で4年を迎える。両国が大量に投入したドローン(無人機)は戦争の姿を根本的に変えたとされる。空からの絶え間ない攻撃にさらされながら、陣地を死守するため「ゼロライン」と呼ばれる最前線の
「もはや人間が生き残る余地がない、地獄だ」。西部フメリニツキー近郊の自宅で1月下旬、ウクライナ軍兵士のセルヒー・トルスチュクさん(51)は、東部ドニプロペトロウシク州の前線の状況を、青白い顔で語り始めた。外は氷点下だが、玄関は開けたまま。光がないと、今も塹壕にいる錯覚に襲われパニックになるからだ。
同州ノボパブリウカのゼロラインに向かったのは、まだ暑い昨年8月下旬だった。すでに多数の兵士が犠牲となっていたが、陣地を維持するには誰かが駐留しなくてはならない。任務を拒否する隊員も出るなか、経験が豊富なトルスチュクさんら3人が引き受けた。
最前線から約15キロ・メートルのエリアは、死傷する可能性が高い「キルゾーン」。露軍のFPV(一人称視点)無人機が頻繁に飛び交う。車は使えず、徒歩で3日かけて向かった。道中には収容されない無数の両軍兵士の遺体が転がっていた。地雷を避けるため、時には遺体を踏んで進んだ。
長くても1か月で交代が来る。そう思っていた。だが、交代要員は露軍無人機の攻撃で死傷し、誰もたどり着かない。食料や弾薬を運ぶ無人機も撃ち落とされた。飢えに苦しみながら、昼夜を問わず襲い来る無人機、忍び寄る露軍兵士を撃退し続け、約4か月が過ぎ去った。塹壕で身動きが取れないまま、季節は寒さの厳しい冬になっていた。
「もうこのまま死ぬのかも」何度も絶望
ロシアによるウクライナ侵略では、最初にドローン(無人機)攻撃で効果を上げたのはウクライナだったが、その後、ロシアも無人機の生産を強化し、無人機が戦闘の主役となった。政治専門紙ポリティコによると、両軍兵士の死傷者の7〜8割が無人機攻撃によるものだという。
最前線「ゼロライン」の
ゼロラインでの任務は、陣地の境界線となる塹壕を死守することだ。24時間感覚を研ぎ澄まし、飛来する無人機を後方部隊に連絡して撃墜する。塹壕を奪おうと突入してくる露軍兵士を銃撃し、周辺には遺体が積み重なっていった。
身動きが取れる時間は視界不良となる霧や薄暮の時間帯だけ。要員交代は気候条件が整った時に3回試みたが、計9人全員がたどり着く前に死傷した。近くまで来て無人機に襲われたチームもあったが、「助けに行っても、自分も遺体になるだけ」と、うめき声を聞きながらじっとこらえた。
補給用の無人機が露軍に妨害されれば、食料も届かない。5日間、水も食料もなくなった時は尿を飲んでしのいだ。体重は10キロ・グラム以上減少し、「もうこのまま、ここで死ぬのかもしれない」と何度も絶望した。
だが12月下旬、4回目にしてやっと交代要員が到着した。経験の浅い兵士3人で「彼らはきっと長く生き延びられない」とも感じたが、後を託して後方の基地へ向かった。その後まもなく3人は死亡したという。
生還後も深いトラウマに苦しむトルスチュクさんは「自分はもう廃人同然だ」と嘆く。夜は1〜2時間しか眠れず、ベッドから跳び起きては露兵の姿を探す。塹壕にいる感覚に襲われ、脱出しようとドアをたたき割ったこともあった。人員が欠乏する部隊から、前線に戻るよう求められたが、拒否している。「次はもう生きて帰れない。戦場には死しかない」
無人車両、負傷兵の「生命線」にも
戦場での無人機の浸透は、負傷兵の救出方法も変えた。救助に向かえない地域では、遠隔操作による陸上ドローン(無人車両)が生命線となっている。
東部の要衝ポクロウシク周辺で戦ったアンドリー・クルルさん(27)は昨年7月、前線での任務から基地に戻る途中、露軍の無人機に襲われた。左腕は吹き飛び、脚も折れ、その場で動けなくなった。
無人機が飛び交う「キルゾーン」はあと7キロ・メートル続く。救助は期待できない。「人生が終わる」とあきらめかけたが、約1時間後に無人車両がやってきた。
同僚兵士に乗せてもらい、車両は荒れた道を約40分進んだ。搬送中も無人機の標的となるため、激痛で意識が遠のく中、「心の中で家族に別れを告げていた」という。幸い追加攻撃は受けず基地にたどり着いた。
「あの時、無人車両が来なければ、間違いなく死んでいた」。失った左腕に装着した義手には、当時の搬送ルートの地図を印刷した。回復に時間はかかるが、「前線で踏ん張る仲間の元に一刻も早く駆けつけたい」と再起を誓っている。