念のため、あくまで「自分は他人を助けたくないから貴方だけで助けるべき」という感情的な反発であれば意見として成立はする。もちろん同意することはない恥ずかしい意見だし、矛盾を指摘する反論ではないが。
そのようなことを、下記のような意見*1と、反論を見かけて思った。
『(先住民から)盗まれた土地アメリカに不法移民は存在しない。誰でも歓迎されるべき』 とグラミー賞で啖呵を切ったビリーアイリッシュの豪邸にノーアポで突撃して、本当に歓迎してもらえるのか試すイギリスメディアに笑った。こういうことさせると英国に勝る国はないね。
ビリーはアメリカが政策として移民を受け入れて権利を保障すべしと主張したのであって、アメリカ人がそれぞれ自宅に移民を招待しろと主張したわけではないのだ。政策レベルの話を個人的な生活規範のレベルに矮小化する詭弁はどこの国でも排外主義者の常套手段なのだ。
たとえば「みんなで助けあおう」と呼びかけながら、他のみんなが助けあっている時に自分だけ余裕があるのに助けないなら、矛盾といえるかもしれない。助けあうことを信頼させるため最初に主張した人物から助けるほうが説得力を出しやすいといった考えはあるかもしれない。
しかしビリー・アイリッシュのような有名人が、不法に人々を拉致するような公的機関を正面から批判するだけでも、一定の危険をひきうけていると考えるべきだろう。また超富裕層が見ている壇上でICE批判をおこなった時、慈善団体に多額の寄付金をよせたことも明かされていた。
ビリー・アイリッシュ、マーク・ザッカーバーグも同席の中で億万長者に呼びかける「お金は分けましょうよ、皆さん」 | Daily News | Billboard JAPAN
スティーヴン・コルベアが同誌の<ミュージック・イノベーター賞>をビリーに贈呈した。ビリーがステージに上がる前、コルベアはさらに、彼女が現在行っている【ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト・ツアー】を通じて、食料不安や気候変動に取り組む団体への寄付金として1,150万ドル(約17億円)を集めたことも発表した。
すでに非正規移民だけでなく米国人も拉致して暴力をふるっているICEを、下記のように擁護する「魚か@naakass」氏などは、仮にも同じ音楽にたずさわる立場として恥ずかしいと思わないのか。
日本でも大概そうやけど、海外とか特に、こういうロックスターやハリウッドスターなんかのアホほど金持ってる富裕層が絶対に自分と交わる位置にいてない不法移民の犯罪を擁護してるの、普通に嫌われしかないやろなんやけど。。向こうのリベラルにしてもそういう庶民の生活とか見る気もないんやろなと。
*1:ツリーにICE批判よりもエプスタイン事件を優先するべきという主張をぶらさげているが、2月5日の時点でもエプスタイン文書の公開をめぐってトランプ政権への非難や懐疑が内部でも高まっていたはずだが……