Vol.037|冷笑で道は開けない
『MONOLOGUE』は、備忘録を兼ねたフリースタイル文筆を毎回3本まとめてお届けするマガジンです。それぞれの内容は独立している場合もあれば、連続性をもたせている場合もあります。毎週月曜午前8時に定期更新。何かと思想強めですので、用法容量を守ってお読みください。
凡庸の自覚が道を開く
かつての愚かだったころの自分を振り返ってみて、今だからこそわかることがいくつもある。人間の成長というものは青天井である以上、どこまでいっても相対的に愚かであることには変わりはないのだけれど、それでもなおやはりあのころは愚かだったとしかいいようがない。
今そう思えているのは、それだけ生きるセンスの無さを表している。し、同時にそれだけ成長してきた証でもある。そう考えると恥ずかしいやら誇らしいやらで、なんともいえない複雑な心境である。
まあでもつべこべ言ってもしょうがない。どこまでいってもこれが自分なのだから。どんなにセンスがなかろうが、ただただ自己をまっとうするのみ。ありとあらゆる不平不満は、自己を遠ざけ歩みを遅らせる。センスがないからこそ、誰よりも愚直に自己をまっとうせねばならない。
センスがない、か。本当につくづくそう思う。別に卑下しているわけじゃない。自分なりに真摯に生と向き合ってきた自負はある。それにともなって対外的に評価してもらえることも多くなった。今の自分を見て生きるセンスがないなんて誰も思わないだろう。実際はといえば、何度も派手に転んでようやくなんとか形になっただけであって、振り返ってみるととてもじゃないがセンスがある人間の足跡ではなかったように思う。
願わくば天才とそう呼ばれる人間でありたかった。何事もスマートにそつなくこなせるセンスのいい人間でありたかった。けれども、自分はそうではなかった。何度もトライアンドエラーを繰り返し、穴があったら入りたいような手痛い体験を通過することでしか、本当の意味で学ぶことができない凡庸な人間。しかも予後の悪いことに、凡庸であることを自覚するのに三十年近くもかかってしまった。その自意識のあり方も含めて、凡庸と断ずるに些かの躊躇も持たぬ。
自分が凡庸であることを受け入れるのは、それなりにしんどいものだった。誰だって自分はどこかで特別だと思っているものだし、特別でありたいものだ。
ところが、人生とはおもしろいもので、そうやって凡庸の自覚をもつことで、逆に人生が開けていった。受け入れ始めた当初こそ葛藤がつきまとったものの、受け入れれば受け入れるほどに、自然体で振る舞えるようになっていった。
今ならばそのメカニズムがはっきりとわかる。「何者かになろう」としている時、あるいは「どうせ自分なんて」と悲観している時、そういう時は自己と共にあれていない。どこにも自己がいないのである。それでは人生なんて開けようはずもない。人生の主体とは他でもないこの自己なのだから。その主体となる自己が不在で、どうして人生が開けるのかというのか。自分の場合、散々見苦しくもがいた末に凡庸の自覚をもつことで、逆説的に自己を取り戻したわけだ。
凡庸であることを受け入れるのは、凡庸だからとあきらめるのとはまったく違う。前者は凡庸の受容だが、後者は形を変えただけの凡庸の拒絶。受け入れたかのように見えて、実際は受け入れていない。本当に受け入れたならば、必然的に前を向くしかなくなる。なぜなら受け入れたのだから。受け入れるとはそういうことだ。
凡庸の自覚をもつことで、自己をまっとうする人生を歩み始める。すると、もはや凡庸ではなくなっていく。凡庸を自覚したのにもかかわらず、結果として歩めば歩むほどに脱凡庸していくことになる。
冷笑で道は開けない
今だからこそわかることの一つに「冷笑で道は開けない」がある。正直いってこの真実はもっと早くに気づきたかった。齢三十を超えてようやくこの真実に気づきはじめた自分は、あまりにも遅すぎたように思う。遅きに失したとまではいわないが、体感的にはぎりぎりのタイミングである。
これ以上気づくのが遅れたならば、ますます感性が凝り固まって可塑性を失ってしまい、もはや今世での気づきはあきらめるしかなかったかもしれない。そんなぎりぎりのタイミングで滑り込んだような感覚がある。生涯を通してもなお一向に気づく気配すらない人が大勢いることを思えば、それでも幸運だったのだろう。が、やはり本音をいえばもっと早くに気づきたかった。もっと早くに気づけていれば、今見ている景色もだいぶ違っていたことだろう。
だから、今日も今日とて冷笑にいそしんでいる特に若人には、声を大にして言っておきたい。冷笑では絶対に道は開けない。なぜならこの世界はそういう風にできているから。この社会は、ではない。もっと大きな世界の構造としてそうなっている。
そうなっているで納得できれば苦労はしないだろうから、何か具体例をあげてみよう。具体例はそこら中に転がっているので、なんでもいいっちゃなんでもいいのだけど、ここはひとつ新進気鋭の文芸評論家・三宅香帆(敬称略)を例にとるとしようか。
紅白歌合戦の審査員にも選ばれるなど、分野を超えて飛ぶ鳥を落とす勢いで活動する三宅には、批評界隈に隣接しているということもあいまって、大量の冷笑が浴びせられている。中にはなるほど一理あるなと感じさせる批判もあるものの、そのほどんどは愚にもつかない揚げ足取りレベルのものだ。
よくよく冷静になって観察してみてほしい。そうやって三宅を冷笑する人々と三宅とでは、どちらのほうが人生が開けているといえるだろうか。どこからどう見ても三宅である。そう見えないのなら目が曇りすぎている。三宅を冷笑している人たちというのは、総じて貧乏で、卑屈で、孤独で、明らかに人生が開けていない人たちである。
別に紅白歌合戦の審査員に選ばれることが、絶対的な善であると言いたいわけじゃない。著作が売れることが、年収が上がることが、知名度が上がることが、絶対的な善であると言いたいわけでもない。ここではあくまで人生の可能性が開けているのか、それとも閉じているのかの話をしている。
冷笑で道が開けないことは、自分が提唱している
一方で三宅はというと、自らの感性
道とは他者を嘲笑う者ではなく、震えながらも一歩を踏み出した者の前にしか現れないもの。冷笑は決してあなたを守らない。むしろ、冷笑はあなたという存在を腐らせる敵なのだ。一体いつからそこが安全圏だと錯覚していたのか。今すぐ冷笑などやめて、命を燃やすべきである。
批評家近寄るべからず
自分は基本的に批評家という人種は、ろくでもねえなと思っている。批評とは名ばかりで、単なる冷笑であることがほとんどだから。もちろん中には優れた批評家もいるが、その大半は自意識が歪な形で肥大化し、延々と論理で自慰しているかのような、ろくでもない連中である。
そもそも自分の人生をまっとうすべく生きていれば、他者の批判なんぞにかまけている暇はないはずなのだ。にもかかわらず、他者のことを四六時中ああだこうだと言っている時点で、自分の人生を生きられていない可能性が高い。そして自分の人生を生きていない人間の批判に耳を傾ける価値など一切ない。
批評の神様こと小林秀雄、そして不世出の天才数学者である岡潔、両者の対談を読んでいて、とりわけ惹かれたのが以下の箇所だった。
岡 (中略)よい批評家であるためには、詩人でなければならないというふうなことは言えますか。
小林 そうだと思います。
岡 本質は直観と情熱でしょう。
小林 そうだと思いますね。
岡 批評家というのは、詩人と関係がないように思われていますが、つきるところ作品の批評も、直観し情熱をもつということが本質になりますね。
小林 勘が重要ですからね。
岡 勘というから、どうでもよいと思うのです。観は知力ですからね。それが働かないと、一切がはじまらぬ。それを表現なさるために苦労されるのでしょう。勘でさぐりあてたものを主観のなかで書いていくうちに、内容が流れる。それだけが文章であるはずなんです。
よき批評家について話しているのに、論理がどうたらなんて話はまったくでてこない。直観、情熱、勘など、およそ論理とは対極の位置にあるであろう概念ばかりが取り上げられる。これはまさに
世の批評家たちは、あまりにも論理だけでなんとかしようとしすぎているように思う。勘がまったくといっていいほど働いていない。だから重箱の隅をつつくような批判の域を出れないし、たやすく冷笑へと陥る。論理だけではくだらん。つまらんぞ。
批評という営みは、特に現代においては忌避されることが多い。いわく自分では何も生み出さないくせに、口だけは達者な衒学者たちのやることだと。実際、そういう面はたしかにある。ルサンチマンにまみれた醜い自己を覆い隠すために、批評を手段として用いる人間のなんと多いことだろうか。
本来、批評とは成熟した精神性をもつ大人の営みである。なぜ世の批評家たちがあらゆる方面で困窮に喘いでいるのか。たとえどれだけ知識があったとしても、いかにその知識を理路整然と述べることができたとしても、肝心要の精神性が幼稚だからである。それゆえ現実とうまく接続されずに、何も変わらないままずっと困窮に喘いでいる。幼稚な精神は困窮によって復讐されるのである。


