「世界一やさしいフェミニズム入門 早わかり200年史」(山口真由)を読む。
むむ。この人学者としても一級品である。
筑駒から東大主席卒業で在学中に旧司法試験合格、財務省で官僚勤め、ハーバード・ロースクールからニューヨーク州弁護士、東大で法学博士号、というキャリアから高学歴女子の典型としてややキワモノ扱いだが、この書物、新書の小さな書物なのにフェミニズム史として簡明に記述されつくしている。こりゃこの中身の100倍は勉強してないと書けない。簡潔な入門書が書けるのは大した学者である。
ジャン=ジャック・ルソーの女性蔑視ぶりを指摘したウルストンクラフト「女性の権利の擁護(1792)」から記述を始める。近代になって共同体から独立した近代家族が誕生し、家庭という私的領域で女性の権利は奪われた。だからフェミニズムは近代とともに生まれた思想であり運動である。この運動が高まりをみせるのはまず戦後高度成長を遂げたアメリカで「専業主婦(ハウスワイフ)」が生まれた頃。社会から断絶された専業主婦は「買い物」という大量消費で経済発展を支えた。
この満たされなさを指摘したのがリベラル・フェミニズムである。第二波はすぐにくる。ボーヴォワールの有名な「第二の性」に代表されるラディカル・フェミニズムだ。公民権運動やベトナム反戦運動と連動していくが、なぜかこのデモと闘争の時代、女性はデモの銃後の役割を負わされる。
次の波はカルチュラル・フェミニズムだ。リベラル・・・やラディカル・・・は女性のボクシングに「女が殴り合いをするなんて」とテレビ番組で発言した張本勲をつるし上げるだろう。が、カルチュラル・・・はそんなに甘くない。張本に「そうそのとおり」というだろう。そしてその後に「そもそもボクシングなんて殴り合いをするスポーツを評価する社会がおかしい。メイウェザーのファイトマネーと同額を編み物世界選手権優勝者に贈るような社会に変革していかねばならない」と続けるのだ。これはすごい。
日本の文化には特に強いが「母なる大地」という言葉に現れる母性への無批判な称揚がある。つまりフェミニズムには「男も女も男らしく社会参画を」という父性フェミニズムと、「男も女も女らしく子育てと家事を」という母性フェミニズムの流れがある。軍事を典型とする労働や生産、出産育児を典型とする労働力再生産、どちらもが社会に必要なものである。性別での分業が社会的な正当性を認められない現代社会において、フェミニズムの思想と運動はまだまだその役割を終えはしない。


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