教育問題担当としての筆者の経歴は、25年前の冬にさかのぼる。社会部記者になって3年目の平成13年1月、大分県の公立小中学校で反日的な教材が使われていると聞いて取材した。
「日本兵に殺されました」
それは「冬の友」という、日教組傘下の大分県教組が毎年編集していた冬休み用の自習教材だった。小学2年生用には「平和教育」として沖縄戦が取り上げられ、こう書かれていた。
「(沖縄の)くめ島では、具さんが日本兵にころされました。おくさんも五人のこどもも、ころされました。朝鮮のひとだから、スパイになりやすいというのでした。日本兵にきょうりょくしなかった島のひとたちも、おおぜいころされました」
4年生用には「あくまは長ぐつをはいてきた」という読み物が掲載されていた。「あくま」とは日本兵のことで、中国の村民を広場に集めて機関銃で皆殺しにするというストーリーだ。中学生用でも日本軍の加害行為が強調され、「(日本軍は)中国各地で中国人を殺しているのです。中国の人々の首を切り、まるでほし柿のようにずらりとつるしたりもしています」と記されていた。
日教組の教員は、小学校の低学年から繰り返し反日思想を植え付けているのかと、愕然(がくぜん)としたのを覚えている。
さらに驚いたのは、教材の作成に県教育委員会の指導主事らが監修として長年関わっていたことだ。大分県は日教組の勢力が強く、県教委にも食い込んで偏向教育を進めていたことが、取材を通じて明らかになった。
他紙が報じない偏向教育
こうした実態を地元メディアが問題視することはなく、長年放置されていた。だが産経新聞が報じると県議会でも大きな問題となり、県教委が改善に乗り出すことになった。
まだ駆け出しだった筆者にとって、この〝成功体験〟は大きい。他紙が取り上げない偏向教育の闇を暴くのが産経新聞の使命だと思い、以後も先輩記者らと取材に励んだ。
毎年1~2月に開かれる日教組の教育研究全国集会(教研集会)では、そんな偏向教育がしばしば報告される。
平成23年の教研集会では、「(将来は)自衛隊に入り日本を守りたい」といっていた児童が、授業後に「自衛隊を含め一切の武力を放棄すべきだ」という意見になったと、得意げに報告する小学教員がいた。27年には、建国記念の日を「噓だらけの日」と説明する中学教員の授業が報告された。
それらの問題点を指摘した記事やコラムには毎年、大きな反響が寄せられた。
近年、極端な事例はあまり報告されなくなった。日教組に対する保護者や地域の批判が高まり、学校でイデオロギーを押し付けにくくなったのだろう。
偏向教育が姿を消すのは、子供たちには朗報だ。産経新聞の記事が少しでも役立ったのなら記者冥利(みょうり)に尽きる。おかげで教研集会の取材で、記事やコラムにするネタがなくて困る年もあるが、むしろうれしかった。
ところが―。
まだまだ取材が必要だ
1月下旬に三重県で開かれた今年の教研集会で、中学生が残忍な日本兵を演じた「平和劇」の報告が、福岡県教組の教員により発表された。
こんなストーリーだ。
沖縄戦で数人の住民が避難しているガマ(地下壕(ごう))に日本兵が入ってきて、泣きやまない赤ちゃんの母親にガマから出るよう命じる。住民の一人が反対すると、日本兵はその住民を殺し、母親から赤ちゃんを取り上げ銃剣で刺し殺す―。
驚いた。25年前の「冬の友」と、そっくりではないか。
発表によれば、劇は昨年、福岡県内の中学校や学外イベントで上演された。表向きは生徒会が自主的に取り組んだことになっているが、その前に教員らが同じ内容の劇を文化祭で演じてみせ、「私たち教師も社会に向けて発信したんだよ」などと促していた。誘導したということだ。
中学生に残忍な日本兵を演じさせることに、どんな教育効果があるというのか。平和の大切さを学ぶより、沖縄を守るために戦った日本兵を憎悪するようになるだろう。
それを教育とはいわない。「平和」に名を借りた反日工作である。
極端な偏向教育が姿を消したと思ったのは間違いだった。まだまだ取材を続けなければなるまい。(かわせ ひろゆき)