消えた「日本最後の清流」 汚染進む四国・四万十川 原因は? 復元に向けた取り組みも始まる(中)
「日本最後の清流」として知られる四国・高知の四万十川が汚染されていることが明らかになったが、原因は複合的なものだ。しかし、いずれの原因も人為的なものであるという点では共通している。
(上)はこちら
https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/3e8e3f61ee13252f2d4ea96db28786631cc6dd28
水は淀み、ヘドロが堆積
「ほら、見ただけで汚いのがすぐにわかるでしょ」
四万十川の支流の一つ、仁井田川の汚染度を計測していた生態系総合研究所の小松正之代表理事に促されて、橋の上から数メートル下の川に目をやると、たしかに水は淀んでいて川底にヘドロのようなものが堆積しているのが鮮明に見えた。川というよりは濁った池のような感じだ。もちろん魚の姿はまったく見えない。
水の流れがほとんどないのは、すぐ近くにコンクリートで造られた堰(せき)があるからだ。小松さんは2021年以降、定期的に四万十川とその支流の汚染度を計測しているが、特に堰の近くを重点的に調べている。堰が汚染源の一つとにらんでいるからだ。
実際、堰の近くは汚染度が特に高い。2025年10月下旬の調査では、仁井田川に設置された堰の一つ、平串堰の近くで180.2FTUという非常に高い汚染度を記録した。一般には0.3FTU以下がきれいな水と言われる。他の堰の近くも汚染度は軒並み、0.3FTUを大幅に上回った。
四万十川が「日本最後の清流」として知られるようになったのは、1983年に放送されたNHK特集が四万十川をそう紹介したからだが、NHKアーカイブには、四万十川が清流のままでいられた理由について「流域にはダムも大工場も造られなかったため」という説明が出ている。
たしかにダムはない。しかし堰はある。
無数の小さなダム
河川法は、ダムを、河川の流水の貯留または取水目的で設置された高さ15メートル以上の建造物と定義している。堰も河川の流水の貯留や取水を目的として設置されているので、機能はダムとほぼ一緒だ。つまり、堰は高さが15メートルもないので法律上、ダムと呼ばないだけで、実質的には「小さなダム」だ。
その小さなダムが四万十川とその支流には無数にある。本格的に造られるようになったのは稲作が盛んになった江戸時代からとされているが、いつ設置されたかなどの記録がほとんど残っていない古い堰も多く、正確な数は行政も把握していないという。
堰は四万十川の水を流域の水田に供給するために大きな役割を果たしてきた。だが一方で、景観の破壊や漁獲量の減少、水質の悪化といった数多くのマイナスの影響ももたらしている。
例えば、堰によって川に段差ができ、アユやウナギ、モクズガニなどが川を遡上できなくなった。魚が遡上できるよう「魚道」を設けている堰もあるが、小松さんの調査によると、魚道が狭すぎたり雑草が生い茂ったりするなどして現実には魚が通れそうにない魚道が多い。
姿を消す「清流の女王」
また、土木工学が専門で生態系総合研究所の調査に協力している横山勝英・東京都立大学教授によると、川は本来、水深の深いところ(淵)や浅いところ(瀬)、流れの速いところや遅いところがあるなど一様ではなく、それぞれが魚にとっての恰好の餌場や寝床、産卵場所となってきた。
しかし、堰によって水の流れが緩慢になり川底の土砂が動かなくなったことで、そうした川の中の多様性が失われ、魚が住みづらくなったという。
さらには、水が淀むことで泥が堆積し、水質の悪化をもたらしたと横山さんは指摘する。特に堰の上流部分で顕著だ。
水質悪化は魚類の生息数が減る原因にもなる。アユは「清流の女王」の異名も持つほどきれいな水を好むため、水質悪化は致命的だ。
石積みとコンクリートの違い
しかし、堰は大昔からあったのに、魚が獲れなくなったとか川の汚染が目立つとか騒ぎ出したのは比較的最近だ。なぜなのか。この疑問に関しては、現地でこんな興味深い話を聞いた。
「近くにある堰の一つは鎌倉時代に造られたと言われているが、昔は石積みだった。しかし、いつごろだったかはっきりとは覚えていないが、コンクリート製の堰に造り変えた」。
こう語るのは愛媛県松野町の米農家、井上靖さん(55)だ。松野町には四万十川の支流の広見川が流れている。
井上さんはこんな話もしてくれた。
「広見川から水田に水を引くための水路も、昔は石を積んで造られていた。子どもの頃、手を伸ばして積まれた石と石の間に手を突っ込むと、フナやウナギをつかむことができた。その水路も、石積みだと崩れた時の修理が大変なので、その後、コンクリート製にした」。
こうした証言は、漁獲量の減少や水質の悪化は堰自体が問題なのではなく、周囲の自然環境と調和しにくい構造に原因がある可能性を示唆している。
「要因のほとんどは農薬由来」
小松さんらが四万十川を汚染するもう一つの原因として見ているのが、農業で使用される農薬だ。稲作や特産のショウガの栽培などに使われた農薬が農業排水として四万十川やその支流に流れ込んでいる可能性があるというわけだ。
濁度を表す単位FTUで示される濁度は、検知された様々な汚染原因物質の和だが、小松さんによると、汚染原因物質の中には農薬の成分も含まれる。「農業地帯を流れる川の濁度が高い要因のほとんどは農業由来と考えられる」と小松さんは話す。
農薬が生態系に及ぼす影響を調べた研究論文は数多くあり、四万十川の場合も農薬が漁獲量の減少につながった可能性は否定できない。
宍道湖との共通点
農薬と生態系に関する研究論文で有名なのは、東京大学大学院の山室真澄教授らが島根県の宍道湖で行い、2019年に米サイエンス誌に発表した論文だ。
宍道湖では1993年を境にウナギとワカサギが急に獲れなくなった。研究の結果、その年から周辺の水田で使われ始めたネオニコチノイド系農薬が農業排水と共に宍道湖に流れ込み、魚のエサとなるオオユスリカの幼虫や動物プランクトンがその殺虫効果で死滅したことが原因との結論に達した。
実は高知県でも似たような現象が起きている。
県が公表している河川漁業生産量の推移によると、ウナギの生産量は1994年までは年間100トンを超えていたが、95年に前年比47%減と急減し、それ以降、回復していない。近年はさらに減り、現在は年数トンにとどまっている。
アユも94年までは毎年1,000トンを超えていたが、95年に前年比26%減と大きく落ち込んで1,000トンを割り、その後はほぼ一貫して減少。現在は年100トン前後と、ピーク時の数%だ。
県のホームページ上で公開されている資料には河川ごとの内訳は出ていないが、ウナギ、アユのいずれも四万十川は主産地の一つであることから、県全体の生産量の減少は四万十川の生産量の減少を反映している可能性が高い。ネオニコチノイド系農薬は四万十川流域でも使われている。
山の荒廃やダムも影響か?
堰と農薬の他に、上流域の森林の荒廃が原因と指摘する声もある。過度の伐採ではげ山状態となり、土砂が四万十川や支流に流れ込んでいるという話を現地で何人かから聞いた。
四万十川の本流には河川法上のダムはないが、支流には水力発電用のダムがある。このダムを汚染の原因と疑う声もある。実際、1980年代後半には、ダムのせいで川にヘドロが堆積し、魚道がふさがれて魚が遡上してこなくなったと主張する流域の住民らによる、ダム撤去運動が起きている。
原因が何であるにせよ、四万十川の広範な地域が汚染され、さらに悪化する可能性すらあることは、小松さんらの調査で明らかだ。
果たして解決策はあるのか。
次回に続く。