満州 アヘンでできた“理想郷” 朝日新聞 × 満州アヘンスクワッド

かつて、中国・東北地方に満州国と呼ばれた「国家」があった。「王道楽土」や「五族協和」の理想をうたいながら、実態は日本の傀儡(かいらい=属国)だった。

日本の軍隊が君臨する人工国家で、軍事や官僚機構の屋台骨は、あるものに支えられていた。現代社会にもつながるその病根とは――。

近年の研究成果や専門家への取材に基づき、歴史の闇に潜んでいたその内実を伝える。

朝日新聞と人気漫画「満州アヘンスクワッド」がコラボ。朝日新聞が所蔵する当時の写真の一部を、研究者の考証と最新技術でカラー化して紹介する。

巨大な 傀儡国家

現在の日本の3倍に相当する満州の広大な領域は、清を築いた満州族の郷里だった。明治維新を機に急速な欧米化を遂げた日本は、日露戦争にかろうじて勝利を収め、1905年、この地の鉄道およびその沿線の利権を手にした。

鉄道沿線の警備名目で日本陸軍が現地に置いた関東軍は、清国が崩壊し地方軍閥が割拠する時代に入ると、満州を支配下に置こうと独走を始めた。

1931年9月18日、鉄道爆破を自作自演した関東軍は、現地で暮らす日本人の保護を口実に満州全域を占領した。これが「満州事変」だ。

そして翌年3月、「満州国」が「建国」された。

背景写真=遼寧省四平街(1932年撮影、カラー化)

軍人と官僚の 支配

傀儡国家を支配したのは、日本の軍人と官僚だった。権威づけのため、清朝最後の皇帝溥儀(ふぎ)が迎えられたが、関東軍の指導下に置かれた。

政府機関の実権は日本人の次長や次官が握り、新進官僚が重化学工業化を推進した。

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新天地 目指した 日本人

昭和恐慌で疲弊した日本の各地方から、農家の次男や三男らのほか、生活の糧を求める人々が開拓団員として「新天地」の満州へ渡った。

新興財閥系を中心に企業の進出も相次ぎ、満州に住む日本人は推計155万人に達した。日本の敗戦で命がけの逃避行を強いられる運命を、彼らはまだ知らなかった。

五族協和の 多民族​ カルチャー​

スローガンが言う「五族」は多くの場合、日本人、漢人、朝鮮人、満州人、モンゴル人を指す。ただ、漢人と満州人はひとまとめにされることも多く、社会主義のソ連を逃れた白系ロシア人もしばしば含められた。

多国籍的な街並みや伝統的な民族行事、最新のモダンカルチャーなど、表向きは多様な文化が花咲いた。

表通りの華美裏通りの貧困​​

近代的な都市計画の首都・新京。ロシア文化を色濃く反映したハルビンの繁華街。日本の最速列車よりも速かった特急「あじあ」――。

日本人の富裕層には快適な満州の都市生活だが、裏通りには貧困があふれていた。そして、国家財政の主要な柱の一つが、麻薬のアヘンによる収益だった。

満州を知る10のワード 満州国の建国公債

麻薬の一種であるアヘン。

物語では主人公たちが、妨害をくぐり抜けながらアヘン密売を手がける。

実際の満州では、密売にとどまらずアヘン売買が公然と行われていた。

アヘンだらけ だった満州

国家を名乗りながら、満州国には憲法も国籍法もなく、住民票の整備も進まなかった。住民を正確に把握できないため、税収を得る手段は限られる。

満州事変を起こした関東軍が、占領地の財政収入の柱の一つとして想定したのが、アヘンからの収益だった。

中国では清朝の時代からアヘンが蔓延(まんえん)していた。満州国政府は表向きアヘンを禁止しながら、「中毒者」は当局に登録させ、「治療」の名目で政府が販売するアヘンの吸引を許可した。ただ、実態は、届け出をすれば誰でもアヘンを吸えた。

背景写真=アヘン販売所の店頭(1940年撮影、カラー化)

街なかにあった アヘン窟

当局から許可を受けた小売業者は、街の中で公然とアヘンが吸える店を経営した。「煙館」などと呼ばれ、若者も盛んに出入りした。

地域ごとに指定された卸売業者は中国人の経営となっていたが、ほとんどは背後にいる日本人が実質的なオーナーだった。

満州を知る10のワード 吸食者証

そもそもアヘンとは?

ケシの若い果実に傷をつけ、しみ出した乳液状の汁を乾燥させたものは生(しょう)アヘンと呼ばれる。吸引用に精製して香料などを調合したものがアヘン煙膏(えんこう)だ。

吸引すると痛みや悩みが消えて陶酔感や性的快感に浸れるが、回数ごとに効き目は鈍り、使用量が増えていく。快感が切れると強い不安や倦怠(けんたい)感に襲われるようになり、苦痛から逃れるため、アヘンなしにいられなくなってしまう。

生アヘンから麻薬成分を抽出したものがモルヒネで、医薬品として使われる。戦場で負傷兵の治療に欠かせない戦略物資でもあるが、依存度も高い。モルヒネからは中毒性がさらに強い麻薬・ヘロインを生み出すことができる。

満州を知る10のワード 三江地方の煙溝裡

大陸に広がったアヘン

アヘンが中国で問題化したのは19世紀初頭のこと。イギリスが中国から輸入した茶や絹の代価として、植民地のインドからアヘンを輸出した「三角貿易」によってだった。

清国はアヘンの規制を試みたが、イギリスとのアヘン戦争(1839~42年)に敗れ、香港のイギリス領化と、上海の開港などを強いられた。

以後、ロシアやドイツなどを加えた欧米の強国による中国侵略が本格化したが、1912年の国際条約でアヘン貿易は禁止された。だが、アジアの植民地や傀儡国家でアヘンの販売を続けた国があった。それが日本だった。

満州を知る10のワード 報道統制

漸禁主義と栽培管理

蔓延したアヘンを徐々に根絶するため、新たに吸引することは禁止にし、登録された常用者のみに政府のアヘンを売る制度を「漸禁(ぜんきん)主義」という。

実際には関東軍ではなく、満州国政府の「専売公署」(35年4月から「専売総署」に改称)という役所が栽培地域を決め、農家にケシを栽培させ、収買人に集荷させていた。

満州を知る10のワード 漸禁主義

横行した密売と 巨大市場

専売公署の最大の商売敵は密売業者だった。

新天地・満州での一獲千金を夢見ながら食い詰めた日本人が、現地の人間を雇い、収買人よりも先にケシ農家からアヘンを買い付け、闇市場に流していた。

日本人には「治外法権」が認められていたため、地元の警察は手が出せなかった。

満州を知る10のワード 治外法権

物語の中で、アヘンを密売する主人公たち。
大きな敵はアヘン密売を取り締まる日本軍だ。

だが実際には、日本軍や満州国政府もアヘンによる利益を得ていた。日本は当時、世界有数のアヘン生産国だった。

アヘン王国の 支配者、 日本

アヘンの販売収入は、最盛期には満州国の歳入の2割を超えていたという試算がある。

これとは別に、関東軍は謀略やスパイ活動を受け持つ特務機関を使って満州国から中国の隣接地域にアヘンを密輸出、巨額の裏資金を得ていた、とする当事者の証言が残る。

1937年7月に日中戦争が始まると、日本軍は内モンゴルに得た勢力圏をアヘンの生産拠点とし、大量のアヘンを占領地に流通させた。

アヘン販売の仕切り役となったのは、中国人の慈善団体の名を借りた販売組織「宏済善堂」だった。それらは、上海、大連、北京などにあった。

アヘン政策を監督したのは、占領地行政を企画立案する東京の中央官庁・興亜院。興亜院は「大アヘン政策」を唱え、東南アジアを含む大東亜共栄圏でアヘンの収益を得ることを構想していた。

だが、破局は近づいていた。

背景写真=「五族協和」の壁画の前で記念撮影する新任各部大臣ら(1937年撮影、カラー化)

世界有数のアヘン生産国

日本は大正~昭和初期、世界でも有数のアヘン生産国だった。栽培の中心地は大阪や和歌山で、収穫期の5月初頭にはケシの白い花で平野は雪原のようだったという。

収量が高い「三島種」「一貫種」などの品種が作り出され、栽培技術は満州や中国にも伝授された。

満州を知る10のワード 麻薬大国日本

「日の丸」 アヘンの 商標!?

中国大陸でアヘンやモルヒネ密売の末端を担ったのも、多くが日本人だった。

密売業者の多くは朝鮮人たちを雇い、「治外法権」を示す日の丸を掲げて商売し、住民の反感を買った。

国旗を傷つける事件が相次ぎ、調べてみたら日の丸をアヘンの商標と思い込んでいた中国人の仕業だった――。

ある関東軍幹部は、戦後の著書でそう明かした。

アヘン王 呼ばれた日本人

アヘン販売を仕切った上海の「華中宏済善堂」。組織を運営したのが、中国語が堪能な日本人の里見甫(はじめ)だった。

満州事変の際は関東軍で宣伝工作を担当し、翌年に満州国通信社を設立。その後、天津で中国語の新聞を創刊したが、参謀本部の謀略担当部門の要請を受けてアヘンの流通に関わるようになり、「上海のアヘン王」と呼ばれた。

満州を知る10のワード 専売公署

崩壊した “理想郷”

戦局が悪化すると、満州国ではアヘン中毒者が炭鉱などでの強制労働にかり出された。

ソ連が満州へ攻め込むと、関東軍は備蓄したアヘンを運び出そうとしたが断念。一部は地中に埋めたとされるが、その後の行方は不明だ。

敗戦とともに「アヘンの国」は崩壊した。

満州を知る10のワード 大戦末期の強制労働

闇に消えたアヘンマネー

中国でアヘンや麻薬の流通に関わったとされる人物として、元首相の大平正芳や、ロッキード事件に関与した政界フィクサーの児玉誉士夫らが知られる。

大平は中国内陸部のアヘン生産地帯で政府の出先機関の管理職を務めた記録が残り、児玉は陸軍の依頼を受け、中国を舞台にヘロイン密売による軍需物資の調達に関わったとする証言が残る。

戦時中に日本が得たアヘンの利益は、一部が戦後の政界に流れた可能性を歴史学者らは指摘している。

連載

日本の敗戦によって崩壊した「満州帝国」。日本の人工国家の財政を支え、現地の日本軍の工作資金となっていたのが「アヘンマネー」だった――。中国での現地ルポや、近年相次いでまとまった研究成果をもとに、「闇の資金源」の実態を追った。 エピソード一覧

世界に残る「紛争と麻薬」

この企画は、近年相次いでまとまった研究成果などをもとに、戦前から戦中にかけての日本の「アヘン政策」を取り上げてきた。

中国に割拠していた軍閥の一部もアヘンを収入源としていた。また、欧米や日本で近年刊行された複数の著作は、中国共産党も「抗日根拠地」とした地域で、それ以前から蔓延(まんえん)していたアヘンを収入源に充てていた実態を指摘している。だが、日本のアヘン政策は、規模や組織化の度合いがそれらをはるかに上回るものだった。

時代は過ぎ、国際社会で紛争の当事者は移り変わってきた一方、アヘンなどの麻薬がもたらす問題は、「過去の逸話」とは言い切れない切実さをはらんでいる。

近年、アヘンの主要な産地は、アフガニスタン、パキスタン、イランの国境に近い「黄金の三日月地帯」と、タイ、ミャンマー、ラオスがメコン川で接する「黄金の三角地帯」とされる。コカインの主要産地には、南米のコロンビアなどが挙げられる。いずれも長期の紛争や政情不安定に直面している地域だ。

アメリカでは、従来問題視されてきたコカインのほか、アヘンに類する「オピオイド」と呼ばれる薬物による死者が、コロナ禍直前の2018年に年間6万7千人に達した。

心身に傷を負った退役軍人や、「ラストベルト」と呼ばれる一帯で製造業の退潮に直面した労働者らに、薬物が広がっているとみられている。

紛争地帯で生み出された薬物が、豊かなはずの国で貧困と格差に苦しむ人々をむしばむ。「紛争と麻薬」の関係がもたらす災禍を、我々は現代に至るまで克服できていない。(編集委員・永井靖二)

「大阪のアヘン王」と呼ばれた二反長音蔵が作り出したケシの品種「一貫種」の花
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