加藤袋

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加藤袋
@6yuiol_dot
はい、加藤です

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閲覧不能になっていた過去の作品の個人サイトを復活できたので再公開しま〜す 10年以上も手付かずで機材も手放した今では、こういう作品はもうできないしやれないと思うんですが、かつての熱意は感じられると思うので見てやってください iomante.ktfkr.com
昔、ゲーセンでバイトしたとき面接で「お前ら大きい声だせると思ってるだろうけど甘いから、試してやるよ」みたいなノリでこられて、俺はマジで死ぬほどデカい声を出せるので部屋が震えるほどデカい声を出したら無言でスルーされたことがあり、他人を試すやつって例外なくバカだなと思った
10代の頃、ファミレスで働いていたときに店長と俺の2人で致命的な欠員が出た近所の系列店に駆り出されたことがあり発狂するほど忙しくて普通に全部が破綻してたんだけど、店長が本当に楽しそうにしてて「私の店じゃないから!」と言って冷蔵庫殴ったりお皿投げてたりしててめちゃくちゃ輝いてた
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でも、俺だって"挑発に乗ってやったらどんな顔するか試してやるよ"という態度で挑み返したわけだから同じくらいバカだったね…
子供のころ、親に「扇風機の風をダイレクトに浴びながら寝ると死ぬ、本当にそうして死んでしまった人を知っている」とかなり真剣に言い含められたことを夏になるといつも思い出す
正直、覚えていることの合計より忘れたことの合計のほうが自分のことを形作っていると思う なぜかわからないけど今まさにこんなふうに感じるんだというとき、もういなくなった自分の影を踏んでる感じがする
自己開示の話が回ってくるけど、なんでみんなそんなにあらゆる人間からあらゆる人間に対しての統一ルールを設けたがるんだろうと疑問… 目の前にあるユニークな人間関係に"普通は、こうあるべき"を持ち込みあった瞬間に誰でもない人間同士になっちゃわないかと思うが、逆にそれがマナーだとも言えるか
マジで勝手にしゃべってるだけ というのがツイッターのよさというか、俺はツイッター以外にそういう"勝手にやってる"ことの良さをありありと感じられる場所を知らない のだが、本当に良いのは、本来みんな99.9%人生を勝手にやってて、マジで関係ないってことなんだけどうまく言えない
"人間にはわからないが、意識があり、しかも完全に狂っている石"みたいなツイートを見かけたことがあるが、石を見るたびにけっこうな頻度で思い出す
誕生日おじさんです🎂 今後もなるべく健康を損なわないように、地味に穏やかに暮らしていけたらいいな
長いことツイッターをやってるが、俺が書いたことを、誰が書いたか忘れたけどこんなことを書いた人がいたと思い出す人がいると思うと、それって良いな〜と思う 本当に生きるのは名前じゃないと今はわかる
会話の相性がいい人って、その人と話さないと出てこない軌道の飛び方になって知らないところに落ちるんだよな
エアコンって、つければ寒いし消せば暑いで、かなり本質的というか、他人との調和みたいなものに通底するものがあるな
最悪な人間って、世界に1人しかいない自分がそのような存在である(でしかない)こと自体が究極の罰なので、それだけは一点の曇りもなく哀れだ
好きなリサイクルショップの共通点を抜き出すと、二階建てというところがわりとあって、階段をのぼる途中で階下の様子を俯瞰できて、その様子がめちゃくちゃであるほど良い
最近になってしみじみ思ったのは、本当のことを言ってくれるのが一番嬉しいというか、お互いという他人を前にして楽しい会話をしようというのはどうしても基準になってしまいがちだが、その人が自分1人で素直に考えたんだろうことを、そのまんま渡してくれたと感じるときこそ感謝がわくようになった
ちょっと前に気が狂ってマッチングアプリをやってみたとき"相手に求めること"の設問にたった1問も答えられなくて(意味がわからなくて)即座に消したんだけど、好きな人間のタイプにただ1つかろうじて挙げるなら、その人の言うことに対して辞書を引きたくなるかどうかだと思った
昔、パクツイされてますよ!ってわざわざDMで報告してきた知らない人がいて、こんなくだらない文句だれでもたまたま考えつくことだしどうでもいいと返信したらなぜか俺にキレてきたことがあってわけがわからなかった(わかるけど)
1枚の毛布になって、コインランドリーで洗濯から乾燥までしてもらったら気持ちいいだろうな 自転車のカゴにつめられて持って帰られたい
いつか何かで逮捕されて懲役になったとして、それまで会ったことなかったツイッターの人が面会にきてくれて、穴ぼこのアクリル板ごしに初めましてから話せたらかなり嬉しいと思う
他人のアカウントを見たり読んだりするとき、その人がその人自身の書くことを自分で好きかどうかの匂いってかなり重要だなと思った
体育館の床が隅から隅まで全部埋まるように同じメーカーの同じ大きさのマットレスを敷き詰めて、完全な暗黒状態にしてゴロゴロころげまわり、自分がどこにいるか全くわからなくなりたい あとマットレスとマットレスの間に手足の先端をさしこみまくる
皮肉じゃなくてマッチングアプリできる人ほんとにすごいと思う 血迷ってインストールしたことあるけど、相手に望むことがひとつもリストになく、自分が所有している有利に判定してほしい記号についてもなにひとつリストになくてすぐ消してしまった 俺は完全に透明だった
会社勤めを辞めてから、あの『私たちは、無限に成長する、無限に勝利する、無限に大きくなる、無限に生きる』みたいなキモすぎる欺瞞に付き合わなくてよくなって本当に気が楽になったとしみじみ思う
トシくって思うのは、ある他人が俺のことを好きかどうか?なんてあまり期待しなくなるというか、その人がたたえている適切な自己愛から漏れ出した光の温度でこちらの魂の皮膚があたたまったような気がする雰囲気だけでごちそうさん状態になる瞬間の方がずっと多くなったことかな…
信仰に近い感覚だと思うんだけど、自分以外の全ての一人一人の他人が、あまりにもこの自分と同じようにそれぞれの人生を生きていて、話しても話しても話しきれないような、個別の、独自の本当の辞書を死ぬまで書き続けていて、しかも滅多に誰にも伝えられずにいて、確認できないということを信じている
ゴハンタイムスはけっこう思いがあってやっているところがあって、1人用の出来事を他人にわざわざ見てもらうことがなんとなく栄養の一部になっている