社会を内部から壊すSNSの「野火」 情報工作から日本を守るには
SNSを通じて組織的にデマを拡散し、世論の誘導や社会の分断を狙う情報工作が世界各地で深刻な問題となっています。ロシアによる大規模な選挙介入を受けた東欧モルドバで、偽情報工作を監視するシンクタンク「ウォッチドッグ」のヨージュン・モラフスキ客員研究員は、こうした動きを「社会の内部から弱体化させる攻撃」と指摘します。どう立ち向かうべきか、聞きました。
――旧ソ連のモルドバは、長年ロシアの情報工作の影響を受けてきました。
私たちはこれまで、ロシアから拡散された偽情報の「デバンク(うそを暴くこと)」にファクトチェックなどで取り組んできました。しかし、限界があり、残念ながらフェイクニュースはSNSを通じて、野火のように一気に広がります。デバンクに取りかかるころには、多くの人に偽情報の印象が植え付けられている。それを覆すことは容易ではありません。
――どう対応していますか。
私たちが力を入れているのが、相手の手口をあらかじめ市民に知ってもらい、「免疫」をつける「プリバンキング(事前の反論)」です。たとえばロシアについて言えば、「ロシアはうそをつく」という前提や、特に戦時下で発信される情報は疑ってかかるべきだということを繰り返し市民に伝えることが重要だと考えています。
7千キロ離れた国が発信拠点に
――ロシアの情報工作の手法も変化しているのでしょうか。
最近目立つのは、同性愛など宗教や伝統的価値観に触れるテーマを利用し、社会の分断をあおる手法です。
親欧米派として知られるモルドバのサンドゥ大統領は、53歳の未婚女性。「50代で未婚なのはレズビアンだからだ」という偏見を前提に、昨年の議会選挙前には「サンドゥ氏は、米国のゲイセレブの精子を購入し、恋人の女性を妊娠させようとしている」といった荒唐無稽なストーリーまで拡散されました。
一見するとくだらないデマですが、指導者への軽蔑心をあおる「ハハガンダ(嘲笑を用いたプロパガンダ)」という手法です。しかし、軽視すべきではありません。今年か来年には、AI(人工知能)を使って、あたかも本人がそう語っているかのような極めて信憑(しんぴょう)性の高い動画が作られるようになるだろうと危惧しています。
――現時点で、AIの影響はどの程度でしょう。
今のところ、生成AIを使ったディープフェイク動画などの悪用は限定的です。しかし、生成AIや自動翻訳技術の進化によって、言語の壁は、ほぼなくなりました。
私たちが、ロシアによるモルドバへの情報工作を監視していると、発信拠点が7千キロ以上離れたベトナムであることが少なくありません。つまり情報工作を行う「トロール(荒らし)部隊」が、ロシアやモルドバ国内にある必要がなくなっているのです。現地の言語を知らなくてもAIで簡単に偽情報を生成し、世界中にばらまける時代なのです。
――第三国の人が工作を担うケースがある?
2016年の米大統領選では、北マケドニアの小さな村で若者たちが100以上ものトランプ氏支持のフェイクニュースサイトを立ち上げ、発信していたことが話題になりました。
奇妙な外国人名のアカウントが、日本のニュースに多数のコメントを付けているのを見かけたら、トロールを疑ってみてもいいかもしれません。
米国は分断の「成功例」 日本も標的に
――排外主義をあおる言説や誤情報がSNSで広がることへの懸念は、日本でも高まっています。
外国人嫌悪は、社会に怒りや混乱を生みやすいテーマです。モルドバでも親ロシア派が、「欧州連合(EU)に加盟すれば、3万人のアラブ移民が流入し、テロが起きる」といった主張で不安をあおっています。
彼らの狙いは、社会の分断です。人々を怒らせ、混乱させ、不安にさせる。ロシアのプロパガンダの本質は、特定の思想や信念を広めることではない。憎しみをあおり、対話を阻害して、社会を内側から引き裂くことにあります。
米国では16年や24年の大統領選でロシアの介入が指摘されており、社会の分断が顕著に表れた例だと言えます。ロシアはこれを一種の「成功例」ととらえ、他の地域にも広げようとしています。
――日本も標的になり得るでしょうか。
ロシアは米国や欧州、日本を「いわゆる西側」とひとくくりに見ています。社会に分断の種をまき、極端な政治対立を引き起こして、民主主義国の団結を弱めることが目的です。ロシアにとって日本はアジアの主要なライバル国の一つであり、日本が西側諸国と足並みをそろえている以上、当然、標的になり得ます。
その結果、政治はより二極化し、過激になり、制裁といった対ロシアの連帯が弱まるだけでなく、民主主義や人権といった地球規模の共通の価値が揺らいでいくでしょう。
――日本にアドバイスできることは。
まず必要なのは、徹底したモニタリングです。データに基づいて情報工作の実態を可視化しなければ、政府や企業を動かすことはできません。
私たちは大統領選などの際に、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」に数千、数万という単位で偽アカウントや偽情報の投稿を報告してきました。しかし、実際に削除などの対応が取られたのは半分ほど。偽情報の拡散をどうやって止めるか、プラットフォーム企業を交えて議論するしかありません。ベトナムや北マケドニアの「バイト」に拡散をやめるよう説得したところで、何も状況は変わらないからです。
ティックトックや米メタといった巨大IT企業に加え、研究者やジャーナリスト、市民社会の代表者を交えた対話の場を設け、具体策を探る。日本のような国には、それを実現できる十分な影響力があると思います。
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