旧帝国に反発するアフリカ、その源流 哲学者アシル・ムベンベ氏
連載「帝国の幻影~壊れゆく国際秩序~あらがうグローバルサウス」
グローバルサウスの一角を担うアフリカは、かつての帝国と、現代の大国による勢力圏形成のような動きに対し、どう向き合っているのか。増える若年人口や豊富な資源、多様な文化といった潜在力をもつ大陸の現状について、現代アフリカを代表する歴史哲学者のアシル・ムベンベ氏に聞いた。
――アフリカで、欧州などの旧宗主国に対する風当たりが強まっています。
アフリカの一部では紛争が進行中で、絶望的な状況です。紛争は膨大な人命の損失をもたらし、地域が持つ豊富な資源を使えなくします。独裁者が死ぬまで権力を維持しようとする醜悪な政治状況も数多く存在します。
なぜ、いまアフリカで旧帝国に怒る人が増えているのか。ムベンベ氏は、植民地主義がもたらした「ネクロポリティクス」(死の政治)という概念を通して読み解きます。
こうしたなか、若者たちが感じる植民地時代から続くような不条理や社会的閉塞(へいそく)感、支配的構造に対して広がる反応として、旧宗主国への反発が現れています。クーデターにより軍事政権となっているマリやブルキナファソ、ニジェールなど、旧仏領西アフリカの国々であれば、フランスへのいらだちが表面化しています。
フランスは植民地を独立させた後も、石油関連企業やインフラ企業などが旧植民地の資源で金をもうける一方で、仏軍の駐留を続けるなど、経済や軍事を中心に支配を続けました。そのため、真の意味での脱植民地化はまだ途上にあります。未完のプロセスである脱植民地化が行き詰まるなかで、反仏感情が噴出しています。
――アフリカでは、パレスチナ自治区ガザを攻撃するイスラエルを支援する欧米の姿勢に異議を唱える国も増えています。
私は、歴史の中で起きてきた悲劇や、今も残る苦難を語る際に「ネクロポリティクス」(死の政治)という概念を提唱しています。国家や権力が人間の生死をコントロールする状態で、暴力や戦争、ネグレクト(放棄)によって人びとが死にさらされる政治という意味です。ガザで起きているのはネクロポリティクスの一例といえます。
ガザで無実の市民を殺すことは、完全に意味のない行為です。アフリカでも多くの人びとがネクロポリティクスを経験してきました。ガザに連帯し、欧米に反旗を翻すのは、そうした歴史が背景にあります。
南アフリカは、イスラエルがガザで「ジェノサイド(集団殺害)」をしているとして、国際司法裁判所(ICJ)に訴えました。イスラエルは、ガザを攻撃し、将来的に独立したパレスチナ国家と共存する「2国家解決」を否定しています。これは、南アがアパルトヘイト(人種隔離)政策を乗り越え、共生を実現しようと努力していることに対する根本的な否定だと受け止められています。
――アフリカは、欧米に対して自分たちの姿勢を貫き通すことができるのでしょうか。
現代において、非欧米勢力との連帯には代償が伴います。イスラエルを批判すれば、反ユダヤ主義だと非難される可能性があるでしょう。パレスチナでユダヤ人の入植地を拡大するイスラエルの植民地主義を否定することは、現在の西側中心の国際的な議論の枠組みでは、ほぼ不可能です。なぜなら、西側は自分たちも、イスラエルと同じく植民地主義的な構造のもとに恩恵を受けてきたからです。
――グローバルサウスは、米国や中国のような大国間の覇権争いの舞台にもなっています。今後の展望は。
グローバルサウスという概念は、アジアやアフリカの連帯を呼び起こすことはないでしょう。哲学的な概念ではなく、地政学的なものだからです。
中国は「グローバルサウスとの連帯」を掲げていますが、それは思想なき覇権主義です。首都に巨大なビルや鉄道を建設しても、地方で暮らす人たちを感動させることはできないし、いつかは老朽化していく。距離と時間の制限がある影響力になってしまいます。
一方、(第2次世界大戦後の)米国は国家の枠組みを乗り越えて人びとが結びつく「コスモポリタニズム」(世界主義)という理念のもとで、覇権を獲得しました。アフリカに人道支援や公衆衛生だけでなく、スポーツや文化といったソフトパワーを輸出し、影響を与えてきました。ただし、今のトランプ政権はアフリカで活動する支援機関を閉鎖し、援助も減らすなど、正反対のことを行っています。
分断の時代にありますが、アフリカは若年層の多い大陸で、市民社会やスポーツ、文化芸術の分野では彼らの力が大きくなってきています。世界に散らばるアフリカ出身の移民や難民は、母国に送金して発展を支えており、その額は開発援助の額を上回っています。さらに、先端技術に必要な重要鉱物だけでなく、森林や水、太陽光などの資源も豊富にある。若く力のある指導者とともに、全ての潜在力を解放できれば、アフリカは覇権国家に頼らなくても発展していけると考えています。
アシル・ムベンベ氏の略歴
Achille Mbembe 1957年生まれ。アフリカ中部カメルーン出身の政治学者、歴史哲学者。南アフリカのウィットウォーターズランド大学ウィッツ社会経済研究所・教授。植民地主義が残した支配構造について論じるポストコロニアル批評の理論家であり、現代アフリカ思想の第一人者として知られる。邦訳に「ネクロポリティクス 死の政治学」「黒人理性批判」。
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