アフリカの「20世紀最初のジェノサイド」 なお続くドイツへの怒り
連載「帝国の幻影~壊れゆく国際秩序~あらがうグローバルサウス」
戦後81年目の世界は、米国のベネズエラ攻撃に大揺れとなりました。強国が力で自国の利益を追求する世界に、グローバルサウスはどう向き合おうとしているのか。中南米、アジア、アフリカの現場から伝えます。
20世紀最初のジェノサイド(集団殺害)が起きたのは、アフリカだった。
アフリカ南部ナミビアのシャーク島。ナミブ砂漠を背に大西洋に突き出す半島では、冷たい海風が吹くたびに岩場を覆う砂が舞う。1905年、ドイツによる植民地支配下で、この地に強制収容所がつくられ、数千の先住民が命を落とした。
「島で曽祖父は首を切られ、頭骨は『研究のため』とドイツに持ち去られた」。コーネリウス・フレデリックさん(64)は、そう語った。自身と同姓同名の曽祖父は、先住民ナマの指導者の一人として侵略してきたドイツ兵と戦った末に、捕らえられた。島には、曽祖父を追悼する石碑がある。
いま、グローバルサウスの一角を占めるアフリカでは、力による支配を隠そうとしない大国や、それを黙認する国々への反発が広がっている。ナミビアでは、かつての宗主国であるドイツへの不信感が高まる。
ホロコースト想起させる収容所
ドイツは1884年、現在のナミビアにあたる場所を「ドイツ領南西アフリカ」として植民地化した。1904~08年、植民地軍は激しい抵抗運動を繰り広げた先住民のナマやヘレロに対する殲滅(せんめつ)作戦を実施した。遺族らの団体や専門家によると、ナマは約半数、ヘレロは8割近くが犠牲になった。
フレデリックさんは「ナマの人びとは鎖につながれて収容所に押し込められ、女性はレイプされた。厳しい気候や飢えで多くが息絶えた。ドイツは、私たちの祖先を根絶やしにしようとしたのです」と説明する。
殲滅作戦から100年後の2004年、ドイツのウィチョレクツォイル経済協力・開発相(当時)は、ナミビアでヘレロの人びとの記念式典に参加し、初めて謝罪した。ドイツ政府は後に、この発言は政府の公式見解ではないとしたが、21年には先住民の殺害は「ジェノサイドだった」と初めて認め、「道義的責任」から援助を始めると発表した。
だが、遺族らは補償の仕組みやあり方をめぐって批判の声を上げる。国内でナマやヘレロは少数派の民族だ。政府間の合意には多数派の民族が支配的な政権の意向が色濃く反映され、少数派には恩恵が届きにくい。
植民地時代に奪われた先住民の土地の返還も進んでいない。ジェノサイドと前後して多くが離散し、周辺国に住む。国外のコミュニティーは、補償をめぐる交渉で考慮されていない。
「曽祖父の遺骨は、まだドイツから帰ってきていない。先祖の魂でもある遺骨と土地を失ったまま、私たちは放置されている」。フレデリックさんは、そう憤る。
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「黒人かユダヤ人で態度が違う」
ドイツは1933年にナチスが政権を握ると、ホロコーストで約600万人のユダヤ人を殺害した。遅々として進まないナミビアへの補償とは対照的に、ドイツは戦後まもなくユダヤ人への謝罪や補償を始めた。
23年10月にパレスチナ自治区ガザでイスラム組織ハマスとイスラエルの戦闘が始まってからは、ショルツ首相(当時)が「イスラエルの安全保障はドイツの国是だ」と繰り返した。ガザで数万人の民間人が犠牲になっても、イスラエルへの明確な批判は控えた。
ナミビア中西部スワコプムントで私設の「ジェノサイド博物館」を運営するヘレロのレイドロー・ペリンガンダさん(51)は「ドイツは、歴史から何も学んでいない。どちらもジェノサイドなのに、被害者が黒人かユダヤ人かでこれほど違う態度ができるのは、本気で反省していないからだ」と言い放った。
「ナミビアで犯した罪を直視すれば、ガザで起きていることがジェノサイドだという明らかな事実に気づくはずだ」
ナミビアの隣国南アフリカは23年12月、イスラエルがガザで「ジェノサイド」をしているとして国際司法裁判所(ICJ)に提訴。ナミビアはすぐに南アを支持する姿勢を示した。
ナミビアにとって、南アは単なる隣国ではない。第1次世界大戦でドイツが敗れると、ナミビアは白人政権下の南アによる植民地支配を受けた。いまの両国の与党は、ともに白人支配からの解放闘争を主導した「同志」で結びつきが強い。
イスラエル寄りの態度を続けるドイツに対し、ナミビア大統領府は24年1月の声明で「ドイツはホロコーストと並ぶガザにおけるジェノサイドを支援しながら、ナミビアにおけるジェノサイドへの償いを含む国連ジェノサイド防止条約への道義的責任を果たすことはできない」と非難した。
帝政ドイツ下の港町として開発されたスワコプムントには、いまも多くのドイツ系住民が暮らす。中心部には先住民との戦闘で死亡したドイツ兵のモニュメントもある。
通りの名称には、帝政ドイツ時代の役人や商人などの名前が残る。植民地時代の建物も多くあり、観光ガイドで「リトル・ドイツ」と紹介されることもある。
ジェノサイド博物館を訪れていたドイツ人旅行客の大学生と母親は「ナミビアでの過ちはホロコーストの歴史と比べて、あまりにも知られていない。多くのドイツ人は、なぜナミビアがパレスチナ問題でドイツに怒るのか想像もできないだろう」と話した。
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イスラエルを止められない欧米、アフリカから冷めた目
現在「グローバルサウス」と呼ばれる地域の大部分が、かつては植民地だった。大きく発展を遂げる国がある一方で、多くのアフリカ諸国が貧困や低開発など植民地時代から続く「負の遺産」に苦しんでいる。各国が奴隷制や植民地支配の歴史に対する謝罪や補償を望むなか、旧帝国の後ろ向きな態度が目立つ。
アフリカで最も多くの植民地を築いたイギリスは、13年にケニアの独立闘争時に起きた弾圧について初めて「遺憾の意」を示し、当事者への補償が一度だけなされた。ただ、植民地支配そのものへの謝罪や補償はなされていない。
10年代には、欧州の一部で植民地時代の暴力や略奪、奴隷制への反省をめぐる議論が盛んになった。米国では「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命も大切だ)」運動を通して、人種差別的な暴力への反発が広がった。
だが、20年代に入っても旧帝国による謝罪や賠償は、一部を除いてあまり進んでいないのが現状だ。欧米では右派勢力の台頭で、機運はすっかり遠のいた。
ロシアのウクライナ侵攻への対応や新冷戦といえる状況下で、欧米はアフリカに自陣営側に立つように迫る。
だが、パレスチナで進む占領や入植地での暴力など、イスラエルの「植民地主義」を止められない欧米に、アフリカは冷ややかだ。
ヘレロの遺族団体幹部で、ドイツでの留学経験もあるナンディウアソラ・マゼインゴさん(45)は「ドイツも他の西側諸国も過去の歴史の反省をしているふりの偽善でしかなく、大国が力によって貧しい国々を従わせようとする構造は変わっていない。その振る舞いに、アフリカが反発するのは当然だ」と指摘する。
マゼインゴさんは、ナミビアとドイツによる政府間の交渉で、当事者が置き去りにされていると感じている。だからこそ、アフリカ側の問題についても提起する。
「ナミビア政府は、正論をふりかざしてパレスチナへの連帯を訴えているが、少数派の我々には目を向けない。植民地支配が終わっても、強権的な政権による支配が続けば、アフリカで暮らす多くの人たちの生活は本質的に変わらない。力による支配は、国家間だけでなく、我々アフリカの政権をめぐる問題でもある」
植民地主義にあらがうアフリカ。次回は、かつてフランスに植民地化された西アフリカのセネガルから。旧宗主国の排斥運動が広がり、「最後の脱植民地化」が進んでいるとみられています。
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- 【視点】
いまの世界を、アフリカと植民地支配という視点から取り上げるこのシリーズは大変重要です。アフリカでは、植民地支配の影響が現在まで続き、さまざまな問題を引き起こしています。しかし、主な宗主国となった欧州の国々は、その責任に十分に向き合っているとは言えません。 この記事にあるナミビア先住民に対するドイツによるジェノサイドも、近年ようやく知られるようになったとはいえ、十分に補償されているとは言い難い状況です。ドイツは、ナチスのホロコーストへの反省に向き合ってきたとされてきましたが、「ジェノサイド」ではなく「ユダヤ人」に対して特別な眼差しを向けるがあまり、現在ジェノサイドを進めるイスラエル政府を支援し続ける立場になってしまいました。 ぺリンガンダさんの「ドイツは、歴史から何も学んでいない。どちらもジェノサイドなのに、被害者が黒人かユダヤ人かでこれほど違う態度ができるのは、本気で反省していないからだ」という言葉には、説得力があると感じました。
…続きを読む - 【視点】
ヨーロッパにおける歴史問題の複雑さとその背後に潜む欺瞞を、アフリカから射抜いた、きわめて意義深い記事です。日本ではいまなお、「ドイツは歴史問題で十分に反省しているが、日本はそうではない。だからドイツに学ぶべきだ」といった議論が根強くあります。ガザをめぐる問題でそのトーンはかなり弱まりましたが、内心では同じ考えを抱き続けている人もまだいるのではないでししょうか。しかし実情はこの記事が指摘する通りです。むしろ旧植民地との向き合い方という点では、日本のほうが相対的に誠実ではないかと感じさせる場面すらあります。こうした現実を直視しなければ、ヨーロッパ主導の「正義」に疑問を抱く声が世界で強まる事態を正確に把握できないでしょう。 日中戦争開戦時の首相であった近衛文麿は、第一次世界大戦後のパリ講和会議に赴く前、「英米本位の平和主義を排す」と題する有名な論考を発表しました。そこで彼は、英米の唱える平和主義とは「持てる国」が現状を固定化するための理念にすぎず、純粋な人道的理想から発したものではないと喝破しています。いまの国際社会にも、ヨーロッパの「正義」を見て、同様の考えを抱く「近衛的」な存在がいることでしょう。近衛自身がやがて「持たざる国」戦前日本を破局へと導いたという事実を想起すれば、第二、第三の近衛を生まないためにも、ヨーロッパの欺瞞を指摘する作業は不可欠です。そしてそれは、今日では欧米と肩を並べる先進国でありながら、かつて近衛を生み出した歴史を持つ「中間的な立場」の日本だからこそ担いうる役割でもあるのではないでしょうか。
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