鉛色の春2
いちさき歳の差パロ。
しほなみ歳の差パロ(novel/22765475)の続き。
咲希→16歳 高校二年生
一歌→19歳 大学二年生
家庭教師のバイトをしている一歌と、その生徒の咲希のお話。
しほなみの登場はほんの少しだけ。
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週に二回、一回三時間程度。それが、好きな人とふたりきりでいられる時間。美味しいお菓子と紅茶を用意して仲良くお喋り、というわけにもいかず机に座って参考書と睨めっこ。もちろん勉強は真面目にやるけれど、たまにふっと意識が隣に持っていかれてしまう。
(綺麗だなぁ)
小さい頃から身体が弱くて、すぐに熱を出してしまうような子供だった。家と病院を行き来するばかりで学校に満足に通えたことはない。中学生になれば自分も、なんて淡い期待を抱いていたけれど現実はそう甘くはなくて。病状が悪化して、地方の専門病院に入院して療養している間に十六歳を迎えていた。
ようやく病気が治って復学することができたけれど、遅れた分を取り戻すには随分と時間がかかる。部活や放課後の買い食い、学校行事はもちろん全力で楽しみたいが、学生の本分は勉強なわけで。入院中にひとりで勉強はしていたけれど、やはり誰かに見てもらおうということで両親が家庭教師を呼んだのがすべての始まりだった。
「ん、どうしたの?なにかわからないところあった?」
「へっ!?あ、いやぁ、いっちゃんせんせー相変わらずメガネ似合うなぁって思って」
「もう、そんなこと言って……褒めても宿題は減らしてあげないよ?」
「そんなつもりじゃないのに〜」
腰まで届く長くて綺麗な黒髪。シュッとした顔立ちに黒縁メガネが良く似合っていて、そのガラスの向こうに潜む青灰色の瞳はいつも穏やかに揺れていた。
家庭教師なんてバイトを選ぶほどだから、もっとお堅くて怖い人が来るのだろうと怯えていた。しかし、実際にやって来たのは真面目で物静かな女の子で。星乃一歌です、と名乗って微笑まれた瞬間に視線と心をあっさり奪われてしまった。
(なんか、よく考えたら顔が好きって言ってるみたいに聞こえちゃうなぁ)
それはもうお手本とでもいうくらい綺麗な一目惚れだった。まるで漫画の世界か何かかと錯覚してしまうほどの出来事で、初対面の時は他に何を話したかは覚えていない。くるくる、と手に持っているペンを回してみても、夜にひとりで浮かれていた記憶だけが蘇ってくるだけ。
一目惚れには憧れていたし、恋をしているだけで人生が五割り増しで楽しいものになった気がする。顔が好きなのかと聞かれたら頷くけれど、それ以外に好きなところだってきちんとあるわけで。試しに脳内で挙げてみれば、だんだん頬が綻んでいく。
「天馬さん、もう解き終わっちゃった?」
「は、はいっ、終わりました!」
「うん、お疲れ様。それじゃあ、丸つけするからちょっと待っててね」
赤ペンを持った手でメガネを直す仕草。渡したノートを確認する時の横顔。長いまつ毛や利き手に出来たペンだこなど、目に付くものすべてが愛おしく思える。
それだけではない。意外と冗談に付き合ってくれたり、揶揄うとすぐに顔を赤くしたり。色は違うけれど似たようなチェックのシャツを着回したりしているところに可愛らしさを感じずにはいられなかった。
歳上の人に可愛いという感想が合っているのかどうかはわからない。ただ、好きになって可愛いと思うようになったらそう簡単に抜け出せなくなるとクラスの子が言っていた。
「……うん、だいたい丸だね。ケアレスミスが目立つからそこは気をつけようか」
「うぅ、満点取れてると思ったのに……」
「基礎はできてるから、ミスが無くなれば満点も取れるかもね。じゃあ、キリもいいし一回休憩にしようか」
「はーい!んぅっ、疲れたぁ〜」
大きく伸びをすれば丸まっていた背中が伸びて気持ちがいい。はぁ、とため息を吐きながら組んだ手を下ろした瞬間、ドアが二回ノックされた。返事をすれば、ドアを開けたのは母親でお盆を持っている。その上には紅茶とショートケーキがふたり分用意されていて。
「ふたりともそろそろ休憩かと思って。足りなかったら遠慮せずに言ってね」
「わーい!ありがとー!」
「すみません、ありがとうございます」
それらを随分とご機嫌な様子で丸テーブルの上に置くと、そそくさと部屋から退散してしまう。母もも随分と彼女のことを気に入っているらしい。毎回こうしてお菓子を用意してくれるし、帰り際は必ずお見送りがてら世間話をしようとするほどだった。
とにかく、今日も用意してもらえたそれを食べない選択肢はない。机の上を簡単に片付けて、お皿とティーカップを並べる。手を合わせて声を合わせてから、フォークでケーキの端を切って口に運んだ。
「おいひい〜!」
「本当に……いつもこんなに美味しいものをいただいちゃって申し訳ないな」
「大学生って毎日美味しいスイーツとか食べてるんじゃないんですか?」
「偏見だよ、もしかしたら食べてる人もいるかもしれないけど」
「せんせーは?」
「そもそも、一緒に行く人がいないかな」
口に運んだケーキが溢れないように、細長い指が口元に添えられた。
じゃあ今度一緒に行きましょうよ、とはさすがに言えなかった。本音を言えば行きたいけれど、それは今の関係性で許される我儘ではない。そのことを自覚しているからグッと堪えて、言葉になってしまわないように紅茶を飲んで中に押し込んでから。
「なんか意外です」
「なにが?」
「せんせーってすっごくモテそうだから、おしゃれなカフェに行く友達とかたくさんいるんだろうなって思ってたんですけど……」
「もっ、もて……わ、私が!?」
いつもは澄んだ声が珍しく裏返った。手元のケーキはぐしゃりと倒れて、上になっていたイチゴがお皿の上で転がる。
少し踏み込んでみたら予想外の反応。軽くあしらわれて終わりだと思っていたのに、こちらまで恥ずかしくなるくらい真っ赤になった顔が可愛らしい。
「あははっ、せんせーってばケーキ崩れちゃってますよ?」
「て、天馬さんが変なこと言うから……」
「えー?でも、モテるんだろうなって思ってたのは本当ですよ?」
もう少し揶揄ってみると、今度は激しく咳き込んだ。大丈夫かと聞けば、メガネ越しでもわかるくらい涙目になりながら大丈夫だと返される。しばらく咳き込んだ後息を整えるために紅茶を飲み始めるが、その頬は相変わらず赤く染まっていた。
(紅茶、一気に飲み干しちゃいそう)
可愛いなぁ、とまた心の中で呟く。べつに意地悪をしたいわけではない。ただ、いつもは澄ました顔がころころと表情を変えるのを見ていたくて。もっと言えば、自分の一挙一動で左右されてほしい。天馬咲希という生徒が大多数の中にいるひとりではなく、少しでも気にかかる生徒になってくれたら。それだけでもスタートラインに近づけるというものだ。
「それで、実際どうなんですか?まさか、付き合ってる人とか……」
「いないいない、そんな人いないよ」
「じゃあ、好きな人は?」
「そういう人もいないよ……」
「そうなんだぁ」
「私にそういうこと聞いても面白い話はないからね?」
間延びした返事だけを返して残っていたケーキを食べる。最後にとっておいたイチゴを食べて、少し温くなった紅茶で一息吐いた。
面白さは求めていない。ただ純粋に知りたかっただけで、どうして知りたかったのかも答えを聞いてホッとしていることも伝わらなくていい。
(好きな人いないんだ……)
それは嬉しい知らせでもあり悲しい知らせでもある。頑張れば自分にも希望は残されている。ただ、現時点ではそういう対象として見られていないということだった。
その事実に落胆しないわけではないけれど、むしろ喜ばしいと思うのはおかしいだろうか。まだ可能性は残されている。それがどれだけ望みの薄いものかはわからないが、掴めるものがあるならば手を伸ばすことをやめる理由にはならないから。
「はい、そろそろ休憩終わりにしようか」
「はーい」
「さっき間違えたところの復習から始めようね」
「うぅ、頑張ります……!」
だからまずは目の前の問題を解けるようになろう。恋愛も大事だけれど、やはり一番は勉強が大事だから。
お皿とティーカップを片付けて、ノートと参考書を広げる。お気に入りのペンを持って、よしっと気合を入れれば青灰色の瞳が綺麗な弧を描く。それにまた見惚れてしまいそうだったから、わざと視線を切ってノートの上に視線を落とした。