東の漫才のトップランナー「爆笑問題」。2人のライフワークである「タイタンライブ」が、2026年2月に30周年を迎えます。「漫才を続けて見える境地があるはず」。還暦を超えてなお、時の政治や流行、芸能、スキャンダルを笑いに変える太田光さんと田中裕二さんにたっぷり語ってもらいました。(全2回の前編/時事ドットコム取材班 斉藤大、長田陸)
【過去の特集▶】時事ドットコム取材班 / #取材班インタビュー
縦横無尽の12分
昨年師走の東京・銀座にある時事通信ホール。「助けてくれー!」。太田さんのおなじみの叫び声と共に登場した2人に、会場からは盛大な拍手が飛んだ。
田中さんが新語・流行語大賞の話題から「高市総理、午前3時に仕事してたって」と振ると、太田さんはすかさず「高市早苗のオールナイトニッポン!」と絶叫。300人の観客がどっと沸いた。続けて、田中さんが「中国で日本の水産物の輸入が止まって、浜崎あゆみのコンサートも中止になって」と話せば、「あゆも水産物ってことなのか」とボケる太田さん。
その後は、バカリズムさん脚本のNHK連続テレビ小説「巡るスワン」、TBSテレビ「アッコにおまかせ!」の番組終了、麻辣湯(マーラータン)にリカバリーウェア、大阪・関西万博の公式キャラクター「ミャクミャク」、生成AI(人工知能)の恋愛アドバイスなど縦横無尽に時事ネタを展開。「いい加減にしろ!」。あっという間の12分だった。
厳しい客、いつも緊張
隔月開催のライブは2人の所属事務所「タイタン」(東京)の後輩に加え、他事務所の人気芸人が漫才やコントを披露。爆笑問題がトリを務めている。後日、改めて2人にタイタンライブと漫才について話を聞いた。
―ライブ後の囲み取材でタイタンライブについて「人生の半分やっている」と言ってましたね。
太田 気が付いたら30年って感じかな。タイタンライブを始める前から、(最初に所属した)太田プロのライブや(タレント渡辺正行さん主催の)ラママのライブがあったから、定期的にネタをやるのは36、7年やってるんですよね。
―1996年にタイタンライブを始めたきっかけは。
太田 太田プロ辞めた後、タイタンを作って、社長(妻の太田光代さん)が「タイタンで定期的にライブをやりましょう」と言ったのがきっかけでした。最初の出演者は3組だけだったな。
―テレビや他の公演でのネタ披露とは違いはありますか。
太田 うちの客は厳しいんですよ。もちろん毎回新ネタをやるから、一番緊張する場所ですね。
―今では他の事務所からも含め十数組が出る大きなライブになってます。
太田 大きくなってるとはあまり実感ないね。
田中 一番大きいのは、映画館で同時上映する「シネマライブ」が始まったことですね。
―シネマライブを始めた2009年当時、映画館での生中継は珍しかったのでは。
太田 実はそのさらに前にネット配信やったんですよ。これが全然定着してなくて、社長的には「これじゃダメだ」ということで、映画館でやることを考えたんですよね。
―今では全国の30館近くで上映があります。
太田 全国の人に見てもらえるのは非常にありがたいですね。
若い観客を呼ぶ後輩芸人たち
―タイタンが擁するコンビや芸人もずいぶん増えました。
太田 これねえ、俺が抱えてるわけではないし。特に田中なんかタイタンの芸人をほぼ知らないと思うんですよ。ウエストランドとか。