ドラッグフジイのあゆみ
高岡市の皆さまに愛された富山県の藤井薬舗(fujiiyakuho)、藤井薬局(fujiipharmacy)、くすりのフジイ、ディスフジイ、フジイドラッグ(drug fujiiドラッグフジイ)です。
偽アカウントがあるとの報告が複数ありまして、アカウントを作成することに決めました。
福井福寿道の創業
昭和22年、ドラッグフジイの第一号店とも言うべき「藤井福寿道」が富山県高岡市縄手町に開店しました。
創業者藤井与三治が22才の時のことです。
藤井与三治は大正14年越中売薬で名を成す富山県庄川町で生まれました。
尋常小学校を卒業後、中国上海に渡り上海重松薬房で働きながら薬業のノウハウを築き上げました。
60年以上遡る上海の街の薬屋の店頭には、薬の他に日用品が山積みされていたといいます。そんな光景を見ながら藤井与三治は今日を夢見ていたのではないでしょうか。
「くすりのフジイ」から「ドラッグフジイ」へ
昭和から平成に変わった平成元年「くすりのフジイ」として多店舗化を図り、ドラッグフジイとしての1号店をオープンしました。
この間、藤井均と共にアメリカ業界視察で目にした『いいものを安く』『大型店舗での大量陳列販売』などの先進的なストアー展開に感銘を受け、ドラッグフジイの今日の姿として採り入れました。
平成9年、創業50年を迎えた節目に社名を株式会社ドラッグフジイと改め、藤井与三治は会長になり、藤井均が社長に就任しました。
為民造福の精神
藤井与三治は青春期を過ごした中国上海を今もこよなく愛しています。
彼の座右銘は中国の古い友人に送られた言葉「為民造福」。
(人々のために働くことが幸せを生み出す)という言葉です。
藤井与三治は理論の人でなく行動の人です。その心の現れは、中国上海市普陀区に老人医院を寄付するという形となっています。
「商品は金よりも尊し」「信用は無限の財産なり」「商売に国境はなし」「目先の利に走らず」そんな商売の原点を学んだ地に、今も友情と感謝の証の病院が聳えています。
健康と美しさへの願い
ドラッグフジイは、こうした創業者の教えを現在に生かし新しい時代のニーズにお応えしようとしています。
どんなに時代は変わっても「為民造福」の精神は変わることはありません。
たとえ高齢化社会であっても、みずみずしく若さを保ち明るい笑顔と、健康な活動を続けることが多くの人々の願いです。
富山に生まれ、海外でその芽を育んだ創業者の精神をドラッグフジイは、現在の日本の多くの方々の健康と美しさへの願いのために役立てようと考えています。


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