「聖書」と「記紀」と「日本のアニメ」の謎:その1『魔法使いサリー』(前編)

 

 『魔法使いサリー』と「聖書」と「記紀」(古事記・日本書紀)のどこが関係するんだ?という声が聞こえてきそうだ(笑)。まぁ誇大妄想狂と思っていただいて構わないが、これがとても関係するとしか思えないと勝手に考えている。

 アニメの原作者やアニメ作家、音楽家、SF作家といった類の人たちの話を読んだり聞いたりすると、必ずと言っていいほど「降りてきた」という表現を使う方が多い。「あのフレーズは突然降りてきた」とか「あのキャラクターは突然思いついた」とか。中には「書かされた」というような表現を使う方もいる。天から降ってきたことや聞こえた音、見えた光景などを作品という形にするというのがクリエイターと呼ばれる人の中には多い。もちろん悩んだ末に作ったという方もいらっしゃるので、みんなに必ず降りてくるものではないようだが、日本に「降りてくる」クリエイターがかなりの割合で存在する。

 

 若い方には馴染みのない昔のアニメ作品を見直すと、「これなんなんだ?」と不思議に思う作品がいくつもある。これは子供向けに封印されし日本人の本当の歴史を伝えているのではないだろうか、もしかすると預言なのでは?などと考えさせられるものがあり、その中の代表的な作品が『魔法使いサリー』なのである。

 

  

 

 『魔法使いサリー』をWikiで調べてみるとこうある。

”横山光輝の漫画およびそれを原作としたアニメ作品である。原作である漫画は1966年(昭和41年)7月号から1967年(昭和42年)10月号まで、少女漫画雑誌『りぼん』に連載された。17話まではモノクロ、18話(1967年4月3日初放送)からはカラー。そのため、1970年代後期からの再放送は18話から行うようになっている。”

 

 ストーリーはこんな感じだ。

”人間界へとお忍びでやってきた魔法の国の王女サリーは、ひょんなことから人間の女の子、よし子とすみれと出会い仲良くなる。それをきっかけに、魔法で家を建てて人間界へ定住し、笑いあり、涙ありの様々な人間模様を繰り広げていく。”

 

 主人公:夢野 サリー

  人間界では小学5年生の少女。11歳。実は魔法の国の王女で魔法使い。サリーという名前は生まれてすぐ自分でつけた。カブとポロンと同居している。

 

 ここまではいいのだが、個別のキャラ設定には『聖書』や『古事記』を象徴的に反映させたとしか思えない部分がある。まぁ、僕の勝手な拡大解釈と思っていただきたい。

 

  <考察1:魔法のほうき>
 
  
 
 サリーは「魔法のほうき」にまたがっている。「箒(ほうき)」は「掃く」ための掃除道具である。日本においては、魂を「掃き集める」ことや邪を「払う」ことなどと結びついている。神社や仏閣などでも必ず参道や域内を箒で「掃き掃除」をするが、これは神域を「掃いて清める」ためである。「箒(ほうき)」の語源を調べてみると、「箒(ほうき)」は「ははき」の音が変化したもので、「ははき」とは古くは鳥の羽根を使用して塵を払っていたから「羽掃き」の意とされる。
 
 「魔法のほうき」とは「羽掃き」であり、「羽」=「鳥」に関するものは、日本神話の中では全て天照大神か天照大神に関わるものの象徴である。伊勢内宮の「常世の長鳴鳥」(とこよのながなきどり)、全国の八幡宮の「鳩」と「鳩文字」、熊野の「八咫烏」(やたがらす)と「烏文字」。ヤマトタケル神話の「真鶴」(まなづる)、鶴と亀の「鶴」、全ての「鳥」は天と地を行き交う神の使いの象徴であり、天照大神の象徴となる。
 
 天照大神は荒ぶる神に姿を変えるときには「スサノオ」となる。「スサノオ」は剣でヤマタノオロチを退治し、その尻尾から「天叢雲剣」(あめのむらくものつるぎ)を取り出し、それがやがて三種の神器のひとつである「草薙の剣」(くさなぎのつるぎ)と名前を変える。日本神話には「天逆鉾」(あめのさかほこ)や「八千矛」(やちほこ)など「鉾」が何度も登場、場面によって異なる意味を持たせているが、「鉾」とは悪しき者たち(塵)を掃いてしまう怒れる神の鉾(ほこ)でもあるのだ。
 
 『聖書』でいえば、「鳥」を象徴とするのは新約の神=イエス・キリストの象徴である。ペテロの鶏、2人の羽のついた天使、精霊は鳩の姿で舞い降りてくる。しかし、終わりの日にはイエス・キリストはその手に「斧」(おの)を持って現れるとされる。聖書にはこう書かれている。
 
 がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。 わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている」
 
 「聖書」と「記紀」の記述を読み解けば、こうなる。
夢野サリーとは、敢えて「女神」として伊勢内宮に封印されている天照大神の象徴であり、イエス・キリストの象徴でもある!
 
 もはやこの時点で、とんでもない解釈だと言われそうだ(笑)。それで構わないのだ。
 
 
  <考察2:魔法の杖>
 
  
 
 「魔法使いサリー」には「魔法の杖」が登場する。原作の漫画 ではサリーちゃんは魔法をかけるときは指を立てるだけで道具(棒等)は使っていなかったのだが、アニメでは、サリーちゃんが長椅子に横たわりながらタクトを使って魔法をかけていたりする。リメイク版はアニメでも「魔法の杖」は登場し、キャラクターグッズとしても販売されている。
 思うにTVアニメのスポンサーである玩具メーカーの差し金で登場したといったところなのだと思うのだが、「聖書」と「記紀」を知らずのうちに反映させたアニメと考えると、これは別の意味を帯びてくる。サリーちゃんがもともと住んでいたのは魔法の国だ。そこでは単純なタクトは「魔法の杖」となる。
 
「アロンの杖」と「草薙剣」
 
 聖書に登場する「魔法の杖」とは、旧約聖書の「出エジプト記」に出てくる「アロンの杖」のことである。アロンは祭司を行う特別な家柄のレビ人の家系で、大預言者モーセの兄である。モーセと共にファラオの神殿に赴き、ファラオの魔術師たちと杖を蛇に変えて対峙する。モーセがその杖をナイル川に当てると川が真っ赤な血に染まり、さらに紅海割れの奇跡を起こす。水がない時には岩に当てると水が吹き出し、その杖からはアーモンドの芽がふいたとされる「魔法の杖」であり、ユダヤ三種の神器のひとつでもある。
 
 日本神話の中には「魔法の杖」は登場しない。だが、三種の神器のひとつで熱田神宮に祀られているのは宝剣「草薙剣」(くさなぎのつるぎ)である。太平洋戦争終戦間際、「熱田神宮」に「大本営」が三種の神器の「草薙剣」でアメリカのルーズベルト大統領を呪殺せよとの命を下し、ルーズベルト大統領を死去させたという話が伝わっている。さらに呪詛後、「草薙剣」を入れた箱が勝手に動き出し、それを止めようとした禰宜が体から火を吹いて亡くなったという恐ろしい話もある。
 「草薙剣」はスサノオが八岐大蛇の尻尾から取り出した剣であるが、その正体は「アロンの杖」である。詳細は改めて記述するが、日本の三種の神器とは失われたユダヤの三種の神器であり、「魔法使いサリー」の「魔法の杖」とは、この「アロンの杖」=「草薙剣」がモチーフとなっているのだ。
 
  <考察3:魔法の呪文>
 
  
 
 TVアニメ「魔法使いサリー」のオープニング曲には聞いた人の耳から離れない有名な呪文がある。

 ♪マハリク マハリタ ヤンバラヤンヤンヤン
 
 僕ですら歌えるこのフレーズは、「魔法使いサリー」の主題歌のなかで切り株から家を造ってしまうときの呪文。但し、原作にはなく主題歌を作った小林亜星さんの造語である。
 亜星さんのインタビューを読むと「マハリク マハリタ ヤンバラヤンヤンヤン」という言葉は、亜星さんが突然思い浮かんだ、とある。そう、突然「降りてきた」のである。ご本人曰く、意味はないとのことだが、この言葉を調べると、実はサンスクリット語らしいのだ。

 サンスクリット語はインドの古語である。そのサンスクリット語「マハ」は「大きい」とか「偉大な」という意味。さらに「リク」は「無限の静寂」で「リタ」は「天則、理法」という意味を持つ言葉。つまり「マハリク マハリタ」はサンスクリット語では「偉大な王、偉大な法」という意味があるとのことなのだ。ほとんどノストラダムスの「太陽の法」の預言のようなフレーズである。
 さらに「マハリタ」が「マハリト」という言葉であったのなら、「リト」は「炎」という意味を持つらしく、「マハリク マハリト」とした場合「大きな炎」という意味の呪文となるのである。
 
 この言葉が、もし古代のヘブライ語で解読できたらさらに深い意味が隠されているのかもしれない。いずれにせよ「魔法の杖」は神の意に反したことを行う者に火を吹く「草薙剣」でもあり、それを操る「魔法使いサリー」は荒ぶる神「スサノオ」=人の姿として現れる前のヤハウェでもある。だが、日本初の女の子向けアニメであったがために、優しい女の子として「魔法使いサリー」は女神としての天照大神の象徴であり、イエス・キリストの象徴でもあるのだ!
 
<後編に続く>
 
 
 
AD

コメント(1)