美学会の投稿論文を査読してた。映画作品における食事シーンの分析によって「肥満表象の記号性を溶解」するもの。
肥満表象において構築されてきた不快と快に関する言説を整理したのち、映画の食事シーンをASMRとつなぎ、肥満表象が結び付けられてきた聴覚的な記号性を「離散」させるという企画。
ASMR論を査読していて「離散」という言葉遣いからも読みとれるように、視聴覚的な枠組みでしか映像を読解できていないのが分かった。M.シオンを参照したところはよいとおもうけど。自身の理論では"ジェスチャーイディオム"とひとまず呼んでいるのだけども、手の扱い、触覚の解釈の方法が普及していないよ。
あとASMRの場合、映像コンテンツだけを取り上げて議論してもあまり意味がなく、映像を拡散するプラットフォーム(YouTubeやTikTok)やそこで形成されるコミュニティを考慮する必要がある。映画研究のように、視聴環境から切り離して、"作品"のみを論じることが難しいのだよ。
雑誌『美学』の査読結果を美学会編集に送った。今日の24時が〆切だから、ぎりぎり間に合ってよかった。
今回の査読をとおして、研究職として中堅以上でありながら、当該分野で模範になるような議論を示せていないことに重い責任を感じた。作品論は百花繚乱なのに、映像研究は理論方面が弱すぎる。これもまたアカデミアの家父たちに依存しすぎた怠慢だと深く反省してる。