みさえが小学生の頃、文通していた女の子の家を探しに行くしんちゃん

 

・押し入れの中を整理するみさえ

 

・「ソウル韓国オリンピック開幕」という一面見出しの新聞が出てくる

 

ソウル韓国オリンピックが開催されたのは、1988年のことなので放送当時📺の9年前に当たる。

 

・『ほほ~、またなんちゃっておじさん🙆🏻‍♂️出没か~』と新聞を見てつぶやくしんちゃん

 

なんちゃっておじさんとは、1977年から1978年にかけて東京都🗼の電車内🚊に出没して乗客たちを笑わせた爆  笑といわれる中年男性👨🏻のこと。

 

ニッポン放送の深夜星空ラジオ番組📻で、友人から聞いた話という女子高生お母さんの投書手紙で紹介されたのを皮切りに、多くの目撃談目、エピソード気づきが紹介され、日本中日本で大ブームとなり当時の社会現象にまでなった

 

・『ほほ~、太陽の塔に男👨🏻が登る。懐かしいな~』と再びリサイクルつぶやくしんちゃん

 

これは1970年に開催された大阪万博、その開催期間中の4月26日に、万博のシンボルである高さ70メートルの巨大モニュメント「太陽の塔」の頂上にある、金色の顔の直径2mの目玉部分👁️に、赤いヘルメット⛑️をかぶった男👨🏻が登り、8日間にわたって立てこもった事件のことを指す。

 

この騒動は一気に有名となり、「アイジャック事件」とも呼ばれ、犯人は目玉男と呼ばれました。

 

・「なんちゃっておじさん🙆🏻‍♂️」のブームが起きたのは放送時📺の19年前、そして「アイジャック事件」が起きたのは放送時📺の27年前と、5歳児のしんちゃんが絶対に知らないはずなのに、なぜか知った風な口をきいたため、『何歳よアンタ~』と思わずツッコミを入れるパーみさえ

 

ひろしの口癖をマネしているだけだった

 

・すると年季の入ったもやもや埃だらけの「ボヘミアンクッキ~🍪」という商品の缶がまたもや押し入れの中から出てくる

 

・しんちゃんが開封すると、中にはたくさんの手紙メールや封筒が入っていた。それも全てみさえ宛ての

 

・みさえの実家🏠の住所初登場NEW

 

熊本県アソ市大字田舎町1850ー3

 

・原恵子(2代目監督映画の原恵一)という女性お母さんから送られてきた封筒を手に取るみさえ

 

封筒に20円切手が貼られているので、放送時📺の22~25年前に当たる1972~1975年ごろに送られてきたものと思われる。

 

みさえが現在29歳なので、逆算すると4~7歳ごろのモノとなる。

 

・この原恵子という女性お母さんは、みさえが小学生ランドセルだった頃の文通相手鉛筆だったらしい。

 

ちなみに2人に面識はないバツレッド

 

・文鳥→文通の言い間違い

 

・みさえの好きだった給食のメニューはソフト麵とクジラ

 

・小学生ランドセル時代のみさえ初登場NEW ※ただし、後ろ姿のみ

 

女の子👧🏻の声色に変えるリサイクルみさえ役のならはしみきさん 

 

・文通によると、恵子お母さんの家🏠はお菓子ペロペロキャンディー会社🏢をやっていて、凄いお金持ち札束だそうでキラキラ、毎日イヤになるほどチョコレートチョコレートを食べたそう

 

お手伝いさんお母さんもたくさんいて、庭にはダーッと芝生が植えてあって、滑り台付きのプール波もあるという

 

更に自称だが、ピンク・レディーのケイちゃんお母さんに似ているらしい

 

ピンク・レディーとは1970年代後半に爆発的人気爆弾を誇ったミー(根本美鶴代、現・未唯mie)とケイ(増田啓子、現・増田惠子)の2人からなる日本日本の女性アイドルデュオお母さんお母さん

 

当時としては奇抜な💫衣装👚と振り付け💃で、少女たち👧🏻の憧れの的となったラブ

 

また、数百種類に及ぶキャラクター商品が発売され社会現象にまでなったが、所属事務所🏢の経営トラブル札束が多発しもやもや、1981年に解散

 

代表曲は「ペッパー警部」「S・O・S」「サウスポー」「渚のシンドバッド」など多数。

 

ちなみに173aでみさえはピンクレディーの代表曲の1つである「UFO」UFOをカラオケで歌っていたカラオケ

 

 

・ピンクレディーというタレントを知らないしんちゃんは、ピンクの水着👙を着たピチピチギャルお母さんと脳内脳みそで勝手に妄想を膨らませる

 

・恵子お母さんの住所を確認してみると、何と春我部のすぐ隣の埼玉県岩槻市(現さいたま市岩槻区)に住んでいたことが判明

 

正式な住所は埼玉県岩槻市大字新島々

 

・『でも女の子👧🏻だからもう結婚してウエディングケーキどっかに引っ越しちゃってるわね~、「探偵ナイトスクープ」で探してもらおうかしら~?』と推測し💭物思いに耽るみさえ


「探偵ナイトスクープ」とは、1988年3月5日の放送開始以来、現在もなお放送され続けている、朝日放送太陽(ABCテレビ)制作の視聴者参加型長寿バラエティ番組📺

 

探偵🕵に扮した芸人が視聴者からの謎や依頼に応えて調査を行い虫めがね、探偵局長🕵まじかるクラウン(司会)と秘書👩🏻‍💼(アシスタント)とゲストを交え、VTR📼で結果を報告するという内容の番組で、関西地区を中心に高い人気を誇る筋肉

 

・プール波、チョコレートチョコレート、ピンク👙のレディーお母さんというワクワクするようなワードを聞いて興奮を抑えきれなくなったしんちゃんは、原恵子お母さんに直接会いに行くことに

 

・封筒を握りしめグー愛車の「ブルーサンダー号」にまたがり、いざ出発!

 

・その後目的地付近に到着し、封筒に書かれてある正確な住所を探すも虫めがねなかなか見つけられずバツレッド焦るしんちゃん

 

・通りがかったお巡りさん👮に封筒を見せて道を尋ねると、何とその住所はすでに無くなってしまっていた!

 

お巡りさん👮曰く、しんちゃんがやって来た周辺地域は、少し前に町の名前と番地が全部変わってしまったリサイクルとのこと

 

なお本当の埼玉県岩槻市は2005年4月1日にさいたま市と合併し、さいたま市岩槻区となりました。

 

・そのままお巡りさん👮と一緒に交番パトカーへ向かい、地図🗺️を広げて封筒に書かれた昔の住所と現住所とを照らし合わせてみる

 

・すると難なく目的地を突き止めることが出来グッ、交番から原恵子お母さん🏠までの道が書かれた地図🗺️をお巡りさん👮が親切にキラキラ書いてくれ鉛筆、それを貰っていざ再出発!

 

お巡りさん👮にお礼は伝えなかったが、ぶりぶりざえもんのイラスト共に「かたぢけない」と書かれた紙を机の上に置いて交番パトカーを立ち去るしんちゃん

 

・教えてもらった道を通ると、遂に原恵子お母さん🏠を発見する

 

表札は「原」のままなので、おそらく独身

 

ちなみに左隣は佐藤さん宅🏠

 

・しかし凄いお金持ち札束キラキラと手紙メールに書いていた割りには、恵子お母さんの住んでいる家🏠は少々年季の入った和風日本の一戸建て🏠だった

 

恵子の見た目は眼鏡を掛けたメガネ素朴な女性お母さんで、お世辞にもピンク・レディーのケイちゃんに似ていなければ、もちろんピンクの水着👙を着たピチピチギャルお母さんでもなかった 

 

まぁこれに関しては勝手に水着👙ギャルお母さんと思い込んだしんちゃんが悪いけど...

 

・自宅🏠と併設された「原商店」というお菓子屋ペロペロキャンディーを営んでいたものの、そこにお手伝いさんお母さんは一人もおらず、庭に芝生もなければ、滑り台付きのプール波も無く、手紙メールに書いてあった文言とは大きく違っていた。

 

・期待していたモノと大きく違った現実を目の当たりにしたしんちゃんはガックリと肩を落とし、店内へ上がって「ベビッ子ラーメンラーメン」というお菓子とフルーツ牛乳リンゴぶどうオレンジ🥛を口にする

 

・そんな中、恵子お母さんが20数年前にみさえが自分宛てに送ってくれた手紙メールを家🏠の中から見つけて来て、しんちゃんに見せてくれる。

 

・何とみさえもピンクレディーのミイちゃんにそっくりとみんなから言われていると手紙メールに書かれてあった

 

既にこの頃から見栄っ張りだったのか...

 

更に父親の職業は国際線飛行機のパイロット👨🏻‍✈️で、母親もスチュワーデス👩🏻‍✈️のため、そのおかげでキラキラ自分も英語がペラペラで気づき、自身も大きくなったらスチュワーデス👩🏻‍✈️になりたいと、全くのでたらめな内容叫びも書かれてあった

 

 

・さてそんなみさえはというと、理想のスチュワーデス👩🏻‍✈️の姿とは程遠く、お茶お茶とお茶請けの煎餅🍘を出して、寝転びながらお笑い番組📺を見ていたのだった

 

・『みさえちゃん、お元気~?スチュワーデス👩🏻‍✈️になれたのかしら~?』と恵子お母さんから尋ねられるも、『オラからは、何も言えない...』と口ごもるしんちゃん

 

 

お互いに見栄を張っていたが、恵子お母さんの家🏠は会社とまではいかないが、一応お菓子屋ペロペロキャンディーを経営していたため、真っ赤な嘘をついていたみさえの方がややオーバー魂

 

                                                        以上

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