好きですよ、銀時さん
銀時が変な女に一目ぼれする夢小説です。最初のキリがいいところまでのサンプル。
BOOTHにて頒布中です。
A6/本文39P
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控え室は、香水と男臭さが混ざった匂いで充満していた。銀時は顔を顰めながら、その部屋唯一の小さな窓を開ける。夜の湿った風が、彼のツインテールを静かに揺らした。
「ちょっとパー子、早く来なさいよ!」
「わーったよ、うるせーなー」
クッソなんでこんなことに、とぶつくさ言いながら開けたばかりの窓を閉め、銀時は西郷の待つホールへ向かう。着物が女物であろうがお構い無しに、大きな歩幅でガサツに歩く。その姿、楚々としているとは決して言い難いものだった。
かまっ娘倶楽部では風邪が蔓延していた。季節の変わり目、大きな気温の変化に、キャストのオカマ達はついていけなかったらしい。皆次々に体調を崩し、そろそろ店を開けることもままならなくなりそうだと、西郷が回覧板をまわすついでにお登勢にボヤいていたのはつい先日のことだ。たまたま通りがかった銀時が二人の会話に「おいおいそりゃ本当に風邪か? 化け物だけがかかるウイルスなんじゃねーの。ババア、お前も気をつけた方がいいぞ」と余計な茶々を入れたが最後、銀時は化け物二人にボコボコにされ、この際だ人員補填だと、あれよあれよとかまっ子倶楽部へと連れてこられてしまったのだ。
ホールに出れば既に店内は化け物共……キャスト達のショーが始まっていて、客の野次が飛んでいる。銀時は、そのショーを横目にテーブルに向かった。今日は、ショーではなく接客を頼まれている。
「はじめまして、パー子でぇす」
声を作り、体をくねらせて、そう挨拶をする。銀時が接客のためついたテーブルには女がひとり。西郷の話によればこの女、最近よく来る常連客で、いつも指名はしないらしい。少し変わったところもあるけど、普通の女の子なんだからセクハラじみたことするんじゃないわよ、と釘を刺されたばかりだった。こんな店に独りで来ている時点で少しどころか相当な変わり者だろうが、と銀時は思っていたが、対面してようやく西郷の言葉を理解した。女は、奇抜な恰好をしているわけでもない。ある一点を除けば、普通の女だった。
ただ、あたりめにケチャップを付けて食べている点だけが、銀時の目に奇妙に映っている。
「パー子さん……はじめまして」
彼女の表情は硬い。それは緊張などからくるものではなく、もとより感情が表情に出ないタイプなんだろう、と銀時は推察した。口角があまり上がらない口元は唇が薄く、自分をじっと見つめる眼は黒目がちで大きい。
銀時は思う。美人だ。
なくて七癖とは言うが、こんな美人に妙な癖があんのは惜しいことだな、と心の隅で独り言ちながら、銀時は彼女の隣に腰かけた。
「パー子さん、新人さんですか? とってもかわいい」
「かわいい? こんな美人捕まえてかわいいだなんて、お客さん女の扱い全然わかってないんじゃありません?」
「失礼しました。とってもお綺麗です、パー子さん。こんなに素敵な方とお喋りできるなんて、うれしい」
銀時は、その世辞であろう言葉を「そーかい、そりゃー、俺も嬉しいよ」と軽すぎる言葉で流す。接客をする人間とはおよそ思えない態度であるが、女はまったく気にしない様子で、「パー子さんは何飲みますか」と銀時に酒を勧めた。店内には三味線が鳴り響き、舞台上ではあずみが腰を振って踊っている。女は、それをじっと見つめる。相変わらず変化のない表情で。
「ここの方たちは、みんな、綺麗でかわいくて、素敵な方ばかりです。うらやましい」
女がぽつりと言ったそれを、銀時は理解できなかった。ここの連中は、むしろアンタみたいな美人を羨んでいる。その顔でその言葉は、もはや嫌味だ。
「かわいい? 綺麗? お客さん、眼鏡作ったほうがいいんじゃねーの。ここ、どこをどう見ても化け物しかいねーけど」
「あら? 私、視力には自信があるんですよ? この前の健康診断でも、両目とも二.〇だったんですから」
「じゃあ視力の問題じゃなくて美的センスの問題だな」
「残念ながらそこも自信があります。パー子さんも他の方たちも、本当にお綺麗な方だと思っていますから」
「なにこのイタチごっこの会話? どこからツッコめばいいやつ?」
「それに、化け物なのは私の方です」
女が静かに言ったそれに、銀時は眉を顰めた。彼女は一体なんのつもりでそんな言葉を吐いたのか、微塵もわからなかった。どんな言葉をかければいいのか思案していると、音楽が止まった。ショーが終わったようだ。女は舞台から捌けていくあずみを見ながら、小さく拍手を送っている。
「今日も素敵でしたね。私、あずみさん推しなんです」
「は? 推し?」
「踊っている姿が素敵じゃないですか。あの腰つき、あの腕の振り。最高に推せる。今日も推しの顔がいい。存在に感謝」
「……何言ってんだか全然わかんねーけど、そんなに好きなら連れてきてやろーか」
「いえ、それはいけません。推しに認知されるなんて恐れ多い。遠くから眺めるだけでいいんです。草葉の陰からこっそり応援させていただけるだけで充分です」
「死んでんじゃねーか、それ」
表情ひとつ変えずに、つらつらと早口でわけのわからないことを並べ立てる彼女を見て、銀時は確信する。
絶対に変な女だ。
「オイオイ、なんだァ今の踊りはァ?」
タン、とグラスをテーブルに叩きつける音とその言葉が、銀時と女の会話を遮った。隣のテーブルにいた中年の男だ。
「こっちは化け物見て笑いに来てやってんのに何の面白味も無ェじゃねーか。化け物は見た目で笑い取ることしかできねーんだから、もっとバカなことやって笑いとるか、できねーなら見た目どうにかして人間に近付けるかのどっちかだろうがよォ」
男と同じテーブルを囲む奴らがその言葉に同調して笑いが起こる。小さい男だ。暴言が届けば、西郷に追い出されることを知っているんだろう。舞台に届かない、近辺にいる者だけに届く声量で言ったそれは、隣にいた銀時たちを不快にさせた。しかしヤジというほどのものではない。あずみ本人に届いていないのであれば、大事にすることはない。聞き流すべきだ。銀時はそう考え、この空気を変えようと女に違う話題を振ろうと口を開こうとした。しかし、女は違ったらしい。
「あずみさんの素晴らしい踊りを理解できないなんて、感性が随分乏しい方なんですね」
銀時が気付いた時には、女は隣のテーブルに向かってそう啖呵を切っていた。オイ! と小さな声で諫めるも、その声は届かなかったのか、はたまた届いていないフリをしているのか。女は、口を閉じることをしない。
「あなたたちみたいな人に、このお店は不釣り合いです。推しが貶されているのを黙って聞いていられるほど、私は大人ではないんです。帰ってくれませんか。不快です」
隣のテーブルの真ん前。言わば敵陣で、表情ひとつ変えずに淡々とそう言い切った彼女は、あまりにも肝が座りすぎている。しかし、放っておくわけにもいくまい。銀時が彼女を制止しようと、立ち上がろうとした時だった。
「なんだァ? この店、こんな美人もいたのか。男なのに女にしかみえねーな、おい、酌でもしてくれや」
男が女の腕をつかむ。女の言葉など、まるで気にもしていないようだ。離して、と女は振り払おうとするが、男の力には敵わない。腕を引かれ、無理矢理席に着かされそうになっている彼女を見て、銀時は少しだけ怯んだ。
表情の変わらぬ彼女の目に浮かぶ侮蔑を、彼女の視線の外であるというのに、まざまざと感じとってしまったからだ。
「待て、オッサン」
怯んでいる場合ではない。銀時は、彼女の腕を掴んでいる男の腕を掴んだ。
「少し飲みすぎなんじゃねーのか。よく見ろ、コイツのどこが俺たちと同類だ。どっからどう見ても女だろーが。コイツは客だよ。店の人間じゃねェ」
「客だァ? 女がひとりでこんな店来るわけねーだろ」
「世の中にはいろんな人間がいんの。オカマバーに一人で来る女だっていんの。テメーの小さい物差しでなんでも測れた気になってんじゃねーよ。その分だとチンコも小さそうだな。嫁に相手にされねーから、ついに男に走ったか。かわいそーなオッサン」
「テメ、客に向かって何を」
「あんまデケー声出すな。大事にしたくねーのは、お互い様だろ」
銀時が手に力を込めると、男は痛みに顔を顰め、女の腕を離した。
「喧嘩を売ったのはコイツ。だが、その種を蒔いたのはオメーだ。喧嘩両成敗ってことにしとこーや」
銀時がそう言うと、男は舌打ちをしながら銀時の手を振り払い、乱暴な足取りでテーブルを離れた。同じ席にいた男たちも後を追う。店を出るようだ。
「ありがとうございました、パー子さん」
男たちの小さな背中から、声の方に視線を移す。女は、銀時に後頭部でも見せつけるかのように、深々と頭を下げている。
「オメーも、あんま無茶すんなよ。威勢がいいのは嫌いじゃねーが、ああいうのに喧嘩売ると何されっかわかったもんじゃねーぞ」
「すみません、つい。推しのこととなると、我を忘れてしまうタイプみたいで、私。でも、助かりました。とってもカッコよかったです。マジ神。パー子さんめっちゃ推せます」
「なんて?」
彼女と元居た席に戻りながら、銀時は彼女のあの目を思い出していた。あの目に浮かんでいた、侮蔑。自分に向けられていなくてよかったと、つい思ってしまったのは、なぜだろう。視線の外にいてもその嫌悪を受け取ってしまった気がした。だけど、それだけじゃない。
それだけじゃないことしか、わからなかった。