とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

病院猫に別れを告げる

うちの病院猫を安楽死することになった。

名前をEnya(エンヤ)と言う。

16歳と11ヶ月の老猫である。

 

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16年半前、捨てられてそのまま居着いてしまったネコらしい。自分がまだ高校生をやっている頃からずっと病院で暮らし、検診に来た犬をおちょくり、入院している猫と何やら話しこみ、寂しくなると近場の人に構えと言い、時にはフラリと受付に出て来客に愛嬌を振りまき、またある時には疲弊した病院スタッフに吸われて過ごしてきた。

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大人しい性格で基本的には自分のベッドでのんびり過ごすだけの日々。時折一番タイミングの悪い、忙しい時間に勝手に椅子や机を占領しては放り投げられる。

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誰かが昼食を食べていると音も無く忍び寄り、前脚で肩をチョンチョンと叩きながらチキンやお魚を分けてくれと催促に来るゲンキンなやつ。

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前代の病院猫が亡くなってから結構長い期間は1匹だったけれど、2年半前からは仔猫4匹と共に遺棄されてから居座ってしまった成猫のママキャットと共に2匹体制での病院暮らしになった。

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ママキャットが来た当初は新たな侵入者に結構イライラだったエンヤも、半月もしないうちに段々と打ち解けてきて、すぐに仲良しになれたね。

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ハロウィンには天使と悪魔になったり

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伊達メガネを作ってかけたり、ナース達が謎コスチュームを手に入れるたびに遊ばれてたね。

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でも去年のクリスマスに思ったんだ。多分これが君との最後のクリスマスになってしまうんだろうなって。ポロッと口に出てしまってナースに怒られたんだよ。でもある程度は分かってしまうんだ。そういう仕事してるからさ。

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エンヤは何年もずっと腸の調子が悪かった。変な物を食べたらすぐ下痢をするし、いろんな療養食を試してもあまり好転はしなかった。

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ここ半年は特に、体重はジワジワと減り続け、若干の貧血も慢性的に続き、超音波を当てれば腸のリンパ腺は常に少し大きかった。

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一次診療で試せるだけの検査と治療はやった。専門医がうちの病院に訪れる度に世間話の延長で診てもらった。ここ2ヶ月は拾い食いも完全に避ける目的で遂にケージ隔離になったし輸液も頻繁に行うようになった。投薬の量と頻度も上がった。それでも体重は落ちるし、非定期的な下痢と嘔吐はやってきた。

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食欲はガツンと落ちた。ほとんど立たなくなった。撫でろと言わなくなった。寝て下痢をしてまた寝るようになった。血液検査をしたら腎臓値がどんどん上がっていく。歯に突然膿瘍が出た。身体がもうそろそろ限界だと言っている。

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「明日、エンヤを安楽死しよう」

自分を含めた獣医師全員で覚悟を決めた。その旨をスタッフ全員に共有する。

「この子がクライアントのペットだったら何と言っているだろう。『出来うることは全てやったが悪化している、安楽死を検討すべき』と言っているだろう」

ナース達からも理解の声が上がった。元同僚で今は別の職場で働いている連中からも惜しむ声が沢山届いた。休日だが明日の安楽死に立ち会いに来るというメンバーも沢山いる。

 

そして今、自分は寂しさを抱えながらこの文章を書いている。安楽死は明日の午後1-2時頃とした。時間まで指定したのは立会希望の人がいっぱいいるからだ。エンヤは沢山の人に愛されている。

 

クライアントのペットの最期に立ち会う機会は多いし安楽死も沢山やる。だがそれはあくまでも仕事である。自分が個人的に思い入れのある動物を失うことになるのは久々だ。経験はあるし理解もある。だけどこればかりは慣れないし慣れてはいけないと思う。

モヤモヤした気持ちは収まらない。それは寂しさであり悲しさであり、でも同時に肯定であり安堵でもあるのだ。まずはモヤモヤを抱えて夜を過ごし、明日は安全運転で職場に行こうと思う。

 

 

当日の朝。職場に着いたらまず真っ先にエンヤに挨拶をする。目を開けて軽く首を動かしてこちらを見るが、もう駆け寄ってくることはない。良いんだよ、そのまま楽にしていておくれ。

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朝から診察はひっきりなしに受付に押し寄せる。手術も今日は沢山ある。感傷に浸っているわけにはいかない。診察を軽く回してから手術室に入る。その間にもエンヤには沢山のお見舞いが来る。別の職場に転勤した元同僚、来週まで有給休暇中のグルーマー、分院を抜け出して来たナース。みんなが皆、エンヤに最後のお別れを告げに集った。この子には飼い主が20人も30人もいる。

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スモークサーモンを持って来てくれた人がいた。エンヤは目の色を変えてガツガツ食べた。ちゅーるも貰った。こちらもガツガツ食べた。きっと数時間後には下痢と吐き気が来るだろう。だがもう関係ない。数時間後には眠るように旅立つ。だからいっぱいお食べ。今まで我慢していた分だけお食べ。

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皆が淡々と仕事に励んだ。今日は普段よりも忙しいくらいの勢いだ。それでもエンヤのほうに目を向けると必ず誰かがエンヤとお話をしている。目脂を拭き取る者、座り直しを手伝う者、ご飯を与える者、ブラッシングをする者。それぞれが忙しさに自身を騙しているが、エンヤに残された時間はもう少ないことを自覚している。

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時間は15時を回っていた。休日だが立ち会いを希望したナースが病院に到着する。診察にも一瞬の間ができた。タイミングとしては今であることはスタッフ全員が認識していた。

「そろそろお別れしようか」

皆が口にしなかったその言葉を発したのは院長だった。エンヤと16年半ずっと病院を守り続けてきた当人がその責任を果たすべく、言った。スタッフがその言葉を待っていたように集まる。一部はそっとその場を離れて受付やトイレに身を隠す。安楽死には賛成でも、立ち会えない人だって多い。

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最期のお別れをそれぞれがそれぞれのタイミングで行う。チキンを与える者。そっと撫でる者。キスをする者。ママキャットを連れてくる者。エンヤはその全てを受け入れてくれた。ありがとうエンヤ。お前は本当に良いネコだよ。

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「一緒に写真を撮ってくれ」

休日返上で来てくれたナースがママキャットを抱え上げて腕を捲りエンヤの横に立つ。見たことのない新しいタトゥーが腕に彫ってあった。エンヤとママキャットのタトゥーだ。お前いつそんな可愛いモンを掘ったんだ、と聞くと、12月に日本に遊びに行ったときに日本のタトゥーアーティストに入れて貰ったという。

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「じゃあいくよ」

みんなのお別れが終わったタイミングを見計らって、院長がペントバルビタールの静脈注射を入れた。ここで働く全員が知っている。10秒もしないうちにエンヤは眠りについた。

好きなご飯を沢山食べて、普段なかなか会えない懐かしい顔を沢山見て、特段可愛がってもらい、甘やかしてもらい、みんなに囲まれながら、とても平和に眠りにつき、そしてその生涯を終えた。

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職場だし自分のネコではないからどうなるかなと思っていたが、やはり涙は自然と流れてきてしまうものである。しばらく診察は無理だ。カルテをつけよう。

本当にただ眠っているだけかのようなエンヤをもう一度撫でる。泣く。だがそれで良い。自分の職場で働く全員が、この涙の意味を痛いほど理解してくれるし、肯定してくれる。ナース達からティッシュの箱が回ってきた。一枚取ってから、次に必要としていた院長にそっと箱を渡した。

30秒ほどしみじみしたあと、皆に笑顔が戻り始めてエンヤの思い出話をしながらそれぞれがジワジワと仕事に戻り始める。カルテを書こう。こういうとき、まず目の前のやるべき事を淡々とやっていく事が大事なのだ。周りの皆も熟知している。自身の大切な動物を失った経験のない奴はここにはいない。

 

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「これは先生の分」

手渡されたのは瓶に入ったエンヤのお腹の毛だった。後ろでは型紙に20個も30個も手形を取っているナースの姿もある。飼い主がいっぱいいると大変だねエンヤ。一日一回誰かの夢枕に立つだけでも1ヶ月はかかっちゃうや。

 

 

安楽死は良いものです』

自分は特に日本人相手に安楽死を語るとき、敢えてこう言っている。安楽死をネガティブに捉えがちな国民性に真っ向から立ち向かうために言い切るのだ。

エンヤの場合はどうだっただろうか。彼女は『生かそう』と思えばまだ生かすことはできただろう。本人が喜ばない食事を半ば強制給餌し、吐瀉物と排泄物にまみれ、立つこともままならないくらい痩せ細り、夜の暗闇で点滴に繋がれ入院していればまだ数日、なんだったら数週間は持っただろう。だがそこから得られるものはなんだろうか。その延長された数日間に、エンヤは飢餓と脱水と痛みと煩わしさを覚えるのだ。

『自然に逝く』とはなんだろう。殆どの一般人はこれを老衰と呼び眠る様に逝くものだと思っているが現実は違う。死因が老衰というパターンはとても珍しく、大多数は心臓病や腎臓病、肺炎や感染症などで二次的に死ぬ。心臓病は常に内側から溺れる様なものだ。慢性的な腎臓病は24時間ずっと二日酔いで吐き続けるようなもので、肺炎になれば喉に物を詰まらせ続ける感覚に、感染症を起こせば40度の体温に焼かれながら命の炎を消費していく。それでも理解のない外野は言う。安楽死なんて酷い。自然に看取ってやれ。

自分は、そしてその道のプロを自認する同僚の獣医師も動物看護師も、その苦痛の延長に反対した。ここまでは医療の出来うる限りを尽くして治療し、療養し、緩和してきた。それでも身体がダメだと言い始めたこのタイミングから、エンヤに待つのは厳しく苦しい未来である。できる限りのことをやって、それでも来る苦痛の緩和ができなくなったとき、その知識からなせる未来予知で苦痛の待つ先を見通す。その際、我々にできる最善の手段こそが安楽死であるべきだ。

エンヤは今日お別れする。そう決めて皆に伝えたから、遠く離れた場所で働いている元同僚は最期のお別れができた。もう副作用の心配をする必要がないから、痛み止めもバンバン入れられた。吐き気も下痢も関係なくなるから、本来食べてはいけないけど本人が大好きなものもいっぱい食べられた。夜中に一人でのたうち回りながら逝くのではなく、皆に囲まれて眠るように息を引き取った。

 

「Is she thriving or surviving?」

安楽死の相談をされるとき、自分がクライアントによく訊く言葉だ。Thrivingは直訳すると繁栄する、盛況であることを指す。Survivingは生存しているという意味なのは分かるだろう。

愛玩動物はポジティブであるべきだ。散歩を楽しみ、ご飯を楽しみ、飼い主とのコミュニケーションを楽しみ、昼寝を楽しみ、外の空気を吸うことを楽しむ。これがThrivingである。思い出してほしい。貴方のペットは糞尿を出し脱水しない程度の水を飲み体重を維持するだけのカロリー摂取していれそれで良かったかどうかを。Survivingだけではいけないのだ。

「命あってのもの」「生きているだけでいい」。本当にそうであろうか?「きっと一緒に居られるだけで幸せ」。気持ちは痛いほど分かるが、一緒にいられることが加点だったとしても、慢性的関節炎で減点、散歩に行けないで減点、食欲不振で減点、吐き気で減点、大好きだったボール遊びができないで減点なのである。減点を十分に理解した上でそれでも尚、自然死を目指す人の覚悟は尊重したい。ただし、減点に目を瞑り加点だけを都合よく解釈することは、人のエゴである。

 

自分は自然死派を否定しない。それも一つの考え方である。たとえ科学と動物福祉観点から見て最善ではないとしても、科学では定義しきれない感情が入り込む世界だから。

だが逆に、感情論に物を言わせて安楽死を否定することもおかしいのだと伝えたい。安楽死の判断は難しく厳しい。むしろ全ての減点面を無視した『思考停止型自然死』を選ぶ人より、遥かにその動物のことを理解し、尊重し、自分のエゴな部分を犠牲にしてでもその動物を楽にしてあげようという心を持っている。日本ではこういった考え方をする人はまだマイノリティである。だからこそ自分は口調を強くして言うし、叩かれ役は買って出ようとしているのだ。

 

なのでもう一度言おう。

涙を流しながら、それでも言うのだ。

 

安楽死は良いものなのだと。

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安楽死を検討する方へ↓

安楽死の決断方法 ‐ 安楽死のすゝめ - とある獣医の豪州生活Ⅱ