作った資料を持ってきてください +α
ペンギンです。
袋入りのインスタントラーメンを作る時に、お湯を沸かすじゃないですか。
僕は、几帳面というわけではないのですが、湯の量が指定されていたらちゃんと計量カップで測って沸かすようにしています。
「350ml」なら当然、「350ml」。「500ml」なら当然、「500ml」。
たとえば、袋めんの説明書きに「300mlの水を沸騰させ…」とあれば、蛇口をひねって計量カップに水を注いで、300mlの水を量って鍋に入れて、火を点ける。簡単です。
ところが、説明書きに「沸騰したお湯300mlに…」とある場合があります。この時、僕は計量カップに何mlの水を入れれば良いのでしょうか?
だって、沸騰したら水量って多分減るじゃないですか。蒸発によって。なのに「沸騰したお湯300ml」って。沸騰してから湯量を量るってこと?熱くないか?
わかっているんです。蒸発の量なんてどうせ大したことない、と。気にしなくて良い、と。
頭ではわかっているのに、気になってしまう。湯量、変わるじゃん。
この混乱のもとは、説明書きの表記にブレがあるからだと思っています。「300mlの水を沸騰させる」と「沸騰したお湯300ml」、両方同じくらいの割合で存在している気がする。
言っている意味が全然違うのに、なぜか並立している。「子どもに1時間勉強をさせる」と「1時間勉強した子ども」くらい違う。主語も、時制も、何もかも違う。
では本来はどっちが"正しい"のだろうか。
この領域に正しさなんてないという当たり前の話は置いておいて、袋めんの作り方の手順のしょっぱなが「①沸騰したお湯300mlに…」は、"早っ"と感じる。僕は。
袋めんのパッケージに書いてある作り方を読む時って、大体「何の準備もしてない」時です。まだ作業をするモードに頭すら切り替わっていない時。そこで作り方をチラッと読み始めて、いきなり一歩目が「沸騰したお湯を…」は、早い。もう手元にマグマグ沸騰したお湯がある"前提"で話が始まっている。
手順1が「お湯を沸騰させてください」じゃなくて、「沸騰したお湯に麺を入れてください」なんです。早いと思う。
作り方を書いた紙に"早い"も何もないっていうのはわかってるんだけど、切り替わっていない頭に一発目で"前提"コミの指示書は、効く。
職場に着いて朝イチで上司から「作った資料を持ってきてください」って言われているようなものだ。"作った資料"って、まだ何も作ってないんですけど、ってならないですか?
実際の指示の意図が「①資料を作る→②持ってくる」の2ステップだったとしても、一旦ものすごく狼狽しませんか。それが、"①沸騰したお湯"なんです。
だから合ってるとか間違ってるとかじゃなくて、"早い"と思う。
怒ってません。訴えたいことも何もありません。
ただただ、"①沸騰したお湯"が、"早い"というだけの話です。全然良いんですよ、早くて。早いな~って思いながらお湯沸かすだけなんだから、こっちは。何も困らない。
そう考えると、職場で"早い"指示を出されるのも全然怖くないですね。早いな~って思いながらまず資料作れば良いだから、こっちは。
でも、職場だと「早くしてね」というニュアンスも込められてしまっているんですよな、これが。「作った資料を持ってきてください」という指示は、"早い"だけでなく、"早くしてね"という意図も実質的に込められている場合の方が多い。
なんと恐ろしいことか、人類のコミュニケーション術。
袋めんは、僕がどれだけお湯を沸かすのが遅くても、300mlが沸騰後なのか沸騰前なのか悩んでおろおろしていても、何も気にせず待ってくれるので、人類より遥かに"優しい"ですね。
早いけど優しい。
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