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東京大空襲70年、惨禍の記憶語り継ぐ 遺族ら慰霊法要

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一晩で約10万人が犠牲になったとされる東京大空襲から10日で70年。あの日、300機を超える米軍の爆撃機B29が大量の焼夷(しょうい)弾を無差別に投下し、猛火が下町一帯を襲った。空襲を体験した人たちの高齢化が進むなか、都内各地で慰霊法要や記念式典が営まれ、犠牲者の冥福を祈るとともに記憶の継承を誓った。

犠牲者の遺骨が安置されている東京都慰霊堂(東京・墨田)では午前10時から、犠牲者らを供養する「春季慰霊大法要」が営まれた。

安倍晋三首相は「平和への誓いのもと、過去に謙虚に向き合い、悲惨な戦争の教訓を深く胸に刻みながら、世界の恒久平和のために貢献していく」と追悼の辞を述べた。舛添要一都知事は「平和の祭典である五輪・パラリンピックの開催都市としても、平和を次の世代に引き継いでいく」と述べた。秋篠宮ご夫妻も参列された。

「路上に大勢の人たちがバタバタ倒れていた」。参列した千葉県市川市の野口信一郎さん(76)は当時、墨田区で火の海の中を身重の母親と逃げ回ったことを今も鮮明に覚えている。

近くの小学校にたどり着いたが、校舎内にも火の手が回り、母親が「このまま死のうか」とつぶやいた。「いやだ、死にたくない」。信一郎さんの叫び声を聞き、奮い立った母親が校舎の窓を壊し、校庭に逃げたという。祖母と叔母は強風で吹き飛ばされて死んだ。「あんなに悲しいことはない。二度と戦争を起こしちゃいけない」

東京都葛飾区の中沢栄子さん(79)は、疎開先の千葉県の寺で「昼間のように真っ赤な空」を見上げ、姉と2人で抱き合って泣いた。墨田区でたばこ屋を営んでいた母親と姉、妹は逃げ遅れて死んだ。遺体は今も見つかっていない。「家族を引き裂いた戦争は本当に許せない。悲しい」

台東区の臣司登司子さん(78)は「当時のことを語ることができる世代は少なくなった。自分たちが元気なうちに地域に住む若い人たちに語り継ぎたい」と記憶の継承を誓った。

東京大空襲は1945年3月10日未明、B29が大量の焼夷弾を投下し、現在の江東、墨田、台東区など下町を中心に約41平方キロが焼失した。都によると、昨年1年間で新たに174人の犠牲者の氏名が判明。都が作成し、慰霊堂近くの祈念碑の内側に保管している犠牲者名簿の人数は計8万324人になった。

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