MC・・・後藤さん
初登場
中学2年生の頃、乃木坂46ファンの兄に薦められ、
坂道シリーズ第2弾「欅坂46」の1期生オーディションに合格。(募集当時は「鳥居坂46」)
2016年4月、メジャーデビュー。
現在、シングル7作でセンターを務める、絶対的エース。
紅白での過呼吸、右腕の損傷のトラブルにあうも、
今年7月の野外ライブで、パフォーマンスに復帰。ソロでも、CM、女優、モデルと活躍中。
主な愛称は、てち 平手友梨奈さん
成城大学在学中、JCF学生映画祭グランプリなどを授賞。
東京美術大学大学院在学中は、教授の黒沢清さん・北野武さんのもと、4作品を監督。
2009年、ルイ・ヴィトン主催の「ルイ・ヴィトン・ジャーニーズ・アワード」で、
審査員グランプリ。2012年「Short Shorts Film Festival & ASIA」で
ミュージックShort部門 シネマチックアワード優秀賞を受賞。
映画・ドラマ・アーティストのMV・CMと数多く手掛けている。
代表作「君の膵臓をたべたい」「黒崎くんの言いなりになんてならない」 月川翔監督
幼いころから、スノーボードを始め、
フリースタイルスキーの世界選手権の日本代表に選出されるなど、実力をつけていたが、
2013年4月、トランポリンでの練習中の事故で、
左足の腓骨神経麻痺に。リハビリを経て克服し復帰。
2018年3月、平昌パラリンピックで日本代表になり、
男子クロスで銅メダル、男子バンクドスラローム金メダルを獲得。
今年3月、競技を引退し、別の競技で、東京五輪・パラリンピックを目指す。
兄妹とも元五輪代表のスノーボーダーで、
兄は、マルチタレントの成田童夢さん。姉は、セクシー女優としても活動する今井メロさん
成田緑夢(ぐりむ)さん
ゲスト・・・高嶋政伸さん、矢部太郎さん(カラテカ)
レギュラー・・・貴理子さん、東野さん、宮迫さん、渡部さん
オープニング
欅坂46のエース・平手さん(以降・てち)に・・・
東野さん「会いたかった」
後藤さん「これね、こうやって平手さん来てもらいました。
誰が一番喜んでる。東野さん」
東野さん「やっためちゃめちゃ会いたかった
」後藤さん「大ファン」
てち「ありがとうございます」
東野さん「本番前、挨拶していただいた。うわー平手さんや
わぁ~って行くと、怖がると思って、普通に、どうも。
心の中では、めちゃめちゃ喋り大師、ずっと追っかけてる」
東野さんがてちに会いたかったという証拠VTRが出て・・・
後藤さん「平手さん、どうですか」てち「スゴい、ありがたい」
後藤さん「うれしいですか」貴理子さん「声、小っちゃいね」 (^o^;)
東野さん「ええねん」渡部さん「うるさいな、おばちゃん。ババア」
貴理子さん「ババア×2、「ババア」に言っちゃいけない
」
後藤さん「認めんのかい」 ・・・
今回は「あの人に出会って人生が激変しました」
平手友梨奈さん・月川翔監督・・・映画「響-HIBIKI-」
月川監督の最新作で、平手さん初主演映画
初めてのリハーサルの時、平手さんの緊張をほぐそうと、
月川監督は、ゆっくりやってみよう。
しかし、平手さんは、監督と2人でお話しさせて頂きたい。
2人きりになるが、平手さんは、何も話さない。
「脚本どうだった」これに平手さんが「この脚本、違うと思いました」
19歳年下の少女の正直な意見に、月川監督は、
平手さんの意見を聞き、脚本家に説明。脚本家は納得し、脚本は修正。
月川監督は「いつの間にか、納得がいかない事があっても、
折り合いをつけていた僕に、自分を貫き通す“ブレない心”を思い出させてくれました」
成田緑夢さん・・・父のスパルタトレーニング
当時1歳の緑夢さんを手作りボートに乗せ、引っ張り回したり、
足がつかない高い所に掴ませたり。
高校2年生の頃、トランポリン全国高校選手権で、歴代最高得点を記録
しかし、事故で障害を抱えてしまい、今まで通りの生活も困難な状態に。
退院後、父は、すぐに、五輪で金メダルを捕る事だけが夢だった緑夢を思い、
以前と同じことを要求。怪我に甘えてはいけない厳しさを伝えたかった
父の気持ちは分かったが、辛い練習の日々が続き、初めて父に反発し家を出た。
すると、スポーツに対する考え方が激変。素直に楽しむ事で、
今まで以上の能力を発揮し、様々な大会で好成績。
父がストイックに僕を鍛えてくれたから、今の自分がある。
スパルタだった父は・・・69歳なのに超ファンキーファッションのパリピに
矢部太郎さん
①大家さんと知覧旅行
大家さんが死ぬまでに一度行ってみたいと、夢を叶えるべく、鹿児島県知覧へ。
知覧は、昭和20年、太平洋戦争(大東亜戦争)で特攻隊の最前線基地となった場所
同年代で亡くなった特攻隊員の戦争記念館に行きたかった。
大家さんは矢部さんに「矢部さんは、まだ若いから、何でもできるわよ」
売れない芸人として思い悩んでいた矢部さんは、
「色々な事にチャレンジして頑張ろう」と書き始めたのが「大家さんと僕」
そして、きっかけをくれた大家さんは、8月死去。
②木下ほうかさん
当時、仕事が無かった矢部さんを映画監督に紹介してくれたり、
役者のチャンスを作ってくれた恩人。
2位は近所に住み、お互いの家を行き来するほどの仲。
最近、全然会ってくれない・LINEは既読スルー。
人はこうも変わるのかと、しばらく会わないと不安になる。ガチで寂しい・・・
高嶋政伸さん・・・山田邦子さん スタジオ登場
1989年、駆け出しのころ、親子でクイズ番組に出演。その時のMCが邦子さん。
初対面なのにとても優しかった。本番の大喜利コーナーで
政伸さんの天然解答に大爆笑が数か月後、MCを探していた邦子さんは、
当時無名だった政伸さんを大抜擢それがTBS「MOGITATEバナナ大使」
これで有名になり、ドラマ「HOTEL」に出演し、人気俳優に。
しかし、4年後、当時、バラエティ・ドラマ10本以上出演し、体力の限界。
翌日、邦子さんの自宅を訪れ、抜擢してもらったバラエティを降板したいと伝えた。
邦子さんは「だったら、そうしたらいいじゃない。
あなたの人生なんだから、やりたいようにやるのが一番」
政伸さんの意思を尊重し、応援してくれた。感動した政伸さんは、降板を撤回。
バラエティを続けたことで、今の演技にも活かされている。
邦子さんがスタジオに登場。
政伸さんは、邦子さんの言葉に感動して、「結婚して下さい」と言いそうになったという。
邦子さん、当時、政伸さんは「あーちゃん」(赤ちゃんの意味)と言われ、何もできなかった。
父の忠夫さんから「お兄ちゃん・弟、両方に手を出すのヤメて」と言われたという。