きっと、誰かへの叫び
深い深い、恐怖に怯えながら。
自分がここに在っていい存在なのか、考えている。
非難され、誰にも見向きされなくなる日が来るのではないか。そんな予感だけが、静かに付きまとっている。
きっかけは、すべて自分だった。
綻びが生まれたとき、気のせいだ、自意識過剰だと言い聞かせても、歪になり始めた心を元の形には戻すことができなかった。ふと感じる私への感情のなさは、私のその澱みに拍車をかけた。
それでも、こんな思い上がりで傷つけていないはずがないと、出来る限り静かに消えようとそう心に決めた頃、心臓にナイフが突き立てられるような事象があった。
他人から見れば、そこにナイフなど存在しない。
苦しい、と訴えたところで、あなたの妄想だと嗤われただろう。誰にも言えない。そのまま衝動のように、痛い痛いとだけ喚いて、嘆いて、その場から逃げることを選んだ。
この行動は、今では大きな後悔となっている。
それでもその時の私は、何者でもないものの繋がりが絶たれただけ、私は必要なかったんだから大丈夫、と言い聞かせて、しばらくを過ごした。
けれど、それからというもの。
誰かと話している中で、新たな繋がりを目にしたり、気配を感じただけで、ぞわぞわとした恐怖が、虫が体を這うように襲い来るようになった。
事実かどうか確かめる術もないまま、私について語られているのではないか。そんな想像が頭を離れなくなる。
事実、それで失ったであろう糸もある。
確認こそできはしないけれど。
どこにもかしこにも、いる。影が、ちらつく。
私は深く呼吸ができなくなった。
強い言葉を使って、恐怖に打ち勝とうとした愚かな自分も晒してしまった。虚勢を張ったところで、底から沸き立つ恐怖に打ち勝つなど無理な話だったのに。
そもそもあんな醜態を見せてしまっては、理由もなくそういうことをする人間であると思われても仕方がないのに。
第一、何者でもなくなったのかもしれないのは私のせいなのかもしれない。私が、知らぬ間に世界を侵食しているように映っていたのかもしれないのだ。
“何もしていないのに”と、思っているのは私ではない。
私のこの感情が、誰かの意見や好意を捻じ曲げたり、塗りつぶされたりするのも見たくはない。
私はただ、知っていてほしい、だけだ。
もし私が、突然距離を取ったり、言葉を失ったり、静かにその場を離れることがあったなら。それは私が恐怖から逃げるための、ひとつの選択だということを。
これを知らせるのは、誰も何も知らない状況で笑っていられなくなってしまった私の、どうしようもなく身勝手なわがままなのだ。
この言葉のすべてを読んで、ひるねゆねはどうしようもない自己中だと、あなたがそう思ったなら。
どうぞ私との繋がりを絶ってほしい。
私の心を知ってもらえた。ただそれだけで、十分なのだから。


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