春を待つ、四月一日の軽やかさ
冬は体を重く感じる。
なぜかと考えれば、やはり厚着をしているからな気がする。近年は暖かくて軽い衣類が多いけれど、半袖に比べれば当然重いわけで、さらに重ね着をするので、体の可動域も裸に比べれば狭くなり、重く感じるわけだ。
また寒さで体がこわばる。
体を柔らかくすればいいのだけれど、寒いので体が、どうしてもこわばるのだ。その結果として体を重く感じる。
冬は長くもある。
私は明確に季節を決めている。季節が徐々に変わっていくという、グラデーションはない。4月から6月までが春で、7月から8月までが夏で、9月から10月までが秋。11月から翌3月までが冬だ。日本の冬が長いのだ。冬の間はずっと上記のような理由で体を重く感じている。
だから春を待つ。
3月でも暖かい日はあるけれど、桜が咲いていることもあるけれど、3月31日までは冬だと思っているので、体が重い。もう思い込みなので、暖かい3月に薄着でも体を重く感じる。
4月1日の軽やかさは、春から夏、夏から秋、秋から冬では感じることができないものだ。冬から春の、厳密には4月1日にだけ感じることができる軽やかさがあると思う。何かにたとえることができない、軽やかさが4月1日にだけ存在する。
逆に寒くても4月1日は春。
4月1日が記録的に寒い日の可能性もある。雨が降っているかもしれない。雪が降っているかもしれない。しかし、私は4月1日から春と決めているので、大雨でも外に出て、春だと叫ぶ。雪が降っていても、冬のような厚着はせずに、なんなら裸で春だと叫ぶ。そのくらい4月1日からが春なのだ。
春は忙しい時期でもある。
新しい生活を始める時期だからだ。ただ私くらいになると、何も新しいことはない。昨年と今年の境界線もあるか怪しいし、昨日と今日はずっと今日と言っていいくらい変わりないので、春が大変ということが私にはない。結果、春は体を軽く感じるのだ。
春を待つ。
近所の桜は芽をつけていた。そこに春を感じる人もいるだろう。3月になれば桜も咲き始める。そこに春を感じる人もいるだろう。ただ私はそのようなものに全く春を感じない。4月1日なのだ。4月1日からが春なので、カレンダーでのみ春を感じるのだ。
先に昨日と今日はずっと今日と書いたけれど、唯一の例外が3月31日と4月1日なのだ。この時だけは明確な違いがある。春になるからだ。その春は体の軽やかさを生む。
もっとも、軽やかに感じるだけで、生活に変化はない。世界が色鮮やかにも見えるのだけれど、生活には何の変化もなく、ずっとグレーなのだけれど。それでも私は春を待つ。



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