拾肆

   拾肆


 ――玄慈らがごろつきを撃退している頃。


 戦灰暦五五二年 繁茂季 二十七日

 山岳郷さんがくきょう 桜之丞岳さくらのじょうだけ 美桜みおうの里 みどり通り


 弓張子桜之丞和真ゆみはりのこのさくらのじょうかずまが家を構えている川沿い。その川は、川面に映る木々の深緑の美しさを取って、みどり川と呼ばれている。

 その川沿いの通りを、やはり川の名を取って、みどり通りと読んでいる。

 川沿いには、――流水には穢れを洗い流す力があるため、血の穢れを扱う獣狩ししがりや、その道具を打つ工房が軒を連ね、また水車が回っているのが特徴であった。


 いにしえの時代、晏定暦に西方大陸――エルヴァスティアから伝来したいくつかの文化と技術は、形を変え、和深の各地に根付いていた。

 養豚、牛や羊、山羊の牧畜などはその白眉と言え、化獣ばけものの畜産業などは、そこから着想を得ている。

 たとえば鉄砲の技術は、エルヴァスティア大陸からの伝来である。

 ほかには――天嵐様がたいそうお気に召されている貯古齢糖しょくらあとなんかは、やはり、「王国」の有名な菓子であり、薬であった。


 さて。

 獣狩ししがりに必須の道具を手入れする納屋と、穀倉と、寝起きする掘立小屋のような「本宅」が川沿いにある。和真の家である。

 質素倹約を絵に書いたような、手作りの家だ。

 庭先には先日狩り溜めたテツヘビが腹を開いた状態で天日干しされていた。鉄鉱山などの鉄の気が濃いところに生息する化獣ばけもので、目が退化しているが、人体が発する「電磁場」という、いわゆる電報などに用いる「電気の波」を感知する能力を持っているようで、変わった生態をいくつももっている厄介なやつだ。

 和真はこれを、微弱な電磁呪符で呼び寄せたところを弓の速射で連続で仕留めて倒しており、そのような猟法で、都合十九匹を獲っていた。


 テツヘビの天日から離れた、家を挟んで反対側の川沿い。そこの物干し竿につられているのは、川で洗った着物や、ふんどしの類と、あれこれ縛るのに使う帯の類。

 今日は毛皮は干していない。不要な狩りはしたくないし、必要な分はそろったから、しばらくは喰うための狩り以外はしないつもりだ。


 玄関の戸は開けられていた。庭先には、知り合いの獣狩が狩ってきた川ジカが転がっている。木の台の上に置かれて捌かれており、取り分として足をもらっていた。

 すると、その獣狩の男がやってきた。

 若い人間である。


「和真、助かった。いかんせん、数が多くてな」

「ああ。俺も肉を分けてもらってすまんな。美味しくいただく」

「そうしてくれ。そうだ、山守やまもり隊の件は了承を取れたぜ」

「それはよかった」


 家の土間には炊事場がある。

 半円状のかまどがあり、鍋などが四つほどはめ込めるようになっている。

 ひとつには飯を炊く釜があり、ぼこぼこと白い泡と湯を吐いていた。


 和真は鉄鍋に粉末状にしたきのこを振り入れる。そこに味噌を入れて、麦の一種である砂飯すないいを練った天狗餅を、匙でまるくすくって投入する。

 伝統的な、山岳郷の煮込み。天狗煮込みである。ものすごく端的に言えば、具沢山の味噌汁だ。

 具材は山菜と獣肉、天狗餅。それをきのこの粉末で下味をつけて、味噌で煮込む。

 滋養強壮、体力維持、気力の横溢。

 ここにモツをいれれば、獣狩ししがり鍋と呼ばれるものになるが、流石に朝から食べるものではない。


 ゴザの上で寝ていたなつめが、気づくと、寝間着の襦袢を脱いで簡素な肩衣に着替えている。

「おはよう」和真は鍋の様子を見つつ、言った。

「おはよう。ごめんなさい、食事の用意、任せっきりで」

「適材適所、だ」


 和真は飯を蒸らす。

 煮込みは十分火が通っただろう。茶碗とおわんを用意して、よそう。

「料理ができないわけじゃないわ。不要だから学んでこなかっただけ」

「現状は、できないってことだ」

「それ以外はできるわよ」


 二人は冗談を言い合う。

 なつめはかか座に座り、翼を手入れする。羽繕いは鳥系天狗の身だしなみである。鬼である和真が角を拭いたり磨いたり、油を塗って手入れするのと同じこと。

 フクロウ系天狗であるなつめにとって、翼は死活に直結する。音を消して飛べなくなるだけで、彼女にとっては致命的である。

 なつめは決して忍び乱波ではないが、必要とあらばこなすだけの技量はあったし、命が下ればやるだろう。


 そして和真は、彼女が帰ってくる家を淡々と守るだけだ。

 そういう、夫婦めおとである。


「いただきます」

「いただきます」


 今朝の飯は、天狗煮込みに香の物、麦やら穀物をまぜた雑穀飯。

 余った鍋は、昼に喰う。夜は、たまにはそとの見世で食ってもいいだろう。


「お弟子はどう?」なつめは大根漬けを飲み込んでから、そう聞いてくる。

「玄慈か? いい面構えをしていると思うが」

「危うい?」

「人嫌いが、攻撃性にすげ変わることがある。それ自体は、火の粉を払う意味ではいいだろうが、歯止めが効かぬ攻撃は加虐性になり、そして過ぎた怒りは災禍を招く」

 何でもかんでも好きになる必要はない。

「博愛なんぞは、現実を知らん、公家の連中の理想論だ。じっさいは、受け入れられん考えや、人、ものがある。それが常だ。こうあれ、こうしろ、嫌うな、すきであれなんぞと強制されては、余計、差別思想が鋭敏になるだろう」

「そうね。そういうものだわ」


 ときに獣狩ししがりは、世捨て人などと言われることもある。

 ひとと関わることに倦んだ者が、獣と戯れ、自然へと還っていく。そのように捉える風潮があり、そして、獣狩ししがりたちはそれを否定しない。

 だが、けっして獣狩が人嫌いであるかというと、それは違う。

 だれよりも人を、妖を知る。その心の機微を、御霊の美しさと、恐ろしさとを。


「玄慈はその岐路に立たされている。俺達大人がそれを強制してはならん。俺達は、わかものが道を踏み外さぬ程度の、堰や、土塁、堀のようなものであれば良いのだ」

 和真はそう考えている。そして、その態度を示して和真をここまで見守ったのが、なつめだ。

「俺は技を伝えた。弓の技を。そして体は、山が鍛えたにちがいない」

「心の充実なしに、優れた神使はありえないわ。……技と、体ができあがったとしても」

「ああ。獣狩も同じだ。おそらくは、武士も、術師もな。強靭な心なしに、優れたる力はない」

 和真は獣狩という生き方しか知らない。武士としての生き方には興味がないし、術師に至っては、妖術の才覚がないものだから論外である。

 そして、神使になるというのも、なにか違う――そう感じていた。

 己は山河の中で、そこに溶け込み、呼吸し、獣と命をかけた力比べをしてその血肉をいただく。そういう生き方しかできないのだ。

 けれど、わかるのだ。

 心技体、いずれもがかけてはならぬと。


「なるほどね」なつめは一旦、煮込みをすすった。熱かったのか、口を小さくすぼめる。「それで、旅を勧めたの」

「ああ。心とはこうあれ。それは俺には教えられん。黙って示すことはできるが。だが俺だけが示していては、それは、俺が強制していることとかわらんだろう。ゆえに、この偉大な和深の地に、師になってもらおうと思ってな」


 土地を師と見立てる考え方は、獣狩が多い山岳郷ではごくごく普通であった。

 傍目には、山猿、野人の思想だろうが、山の民にとってはごく普通で自然な考え方だった。


「なつめ。次の戦はどうだ」

「……どうやら井筒国は檄文を飛ばしたみたいね。軍勢は膨れ上がっていると聞く」

「この山のことは任せてくれ。仲間の獣狩衆とも、親父殿とも話を通してある」

「ほんとう? 義父ちち上は、許可を?」

「ああ。父上は配下の手勢を戦に出している。山を守れる者として、この上なく土地を知り尽くした獣狩は必要だったのだろう。二つ返事だったよ」


 獣狩が対人戦闘をしてはいけないという決まりはない。ただ、彼らはひとに興味が薄いだけである。

 ひとを狩る必要性があるのならば――たとえば、己の生国や狩り場を荒らされれば――容赦なく、獣狩は人狩へと変貌するだろう。

 そうした縄張り意識の強さは、むしろひとというより、獣のそれである。


「玄慈は若い。やつに戦仕事を任せれば相応の戦果は出そうが、しかしそれでは、心が育つ前に欲に汚れる」

「でしょうね。彼は……青すぎる」

 禰涅ねくろのように真っ黒になれれば、むしろ気楽だ。

 だが玄慈は、その真っ黒なはずの禰涅を、薄黒く、灰色にさえしてしまうほどに純朴である。

 その穢れの知らなさは、自らを「非道」と思い込もうとしている気位からも知れる。

 本当の悪党は、そうではない。

 真の悪党は、義理堅いのだ。中途半端な恩返しはしない。徹底的に尽くし、忠臣として仕え、死するまで役に立とうとする。

 ゆえにその悪党は、如何なる汚れ仕事も平然とこなす。ゆえに、悪党なのだ。悪意なき、絶対なる悪の徒党。

 そういう意味では、禰涅は徹底した悪党と言える。


 けれど、なつめは玄慈に対し、禰涅を捨てろという気はない。

 必要だとも言わない。

 誰にとってどのようなつながりが薬になるかなど、死ぬときにしかわからない。毒になる、という自覚はどこかで得られようが、それは、当人が決めること。

 他人の基準で差し出口を叩いてしまっては、なんの学びにも気づきにもしてやれない。


「なつめはこの戦に勝つつもりが?」

「負けるつもりで戦に出る神使はいない」

 それはそうだ。和真は馬鹿なことを聞いたと思い、誤魔化すように飯を描き込む。塩と醤油に漬け込んだ大根漬けの、茶色いそれをばりばり噛んで、汁をすすった。

 飯を食い終え、和真は食器を炊事場で洗った。灰を溶いた洗剤と糠袋を使って椀と箸を洗う。

 目の細かい濾過膜を通した川水が、樋を通って流れてきており、それで食器をすすいだ。

 こうした簡単な灌漑(と言えるかどうかはわからないが)は、鬼が得意とするところだ。

 大規模な土木工事や、灌漑工事に携わる鬼は多く、このような建築に関していえば、鬼たちは戦以上に得意分野であった。


「ひとも、けものも変わらん。飢えればどのような非道もする。ときに主命以上に、主従以上に飢えを満たそうとする欲は勝る」


 好きでやっている者に、努力でやっている者は敵わない。

 狂っている者に、好きなだけの者は敵わない。

 そして、飢えているモノには、何人も敵わない。


 井筒国は、慢性的な食糧不足。飢饉一歩手前の状態が、続いているのだ。

 それを巳淵国からの援助でどうにか賄っているという。

 国主の号令で、各地から井筒軍が結集しているという。そして、その報酬は兵糧の提供と、戦働きにおける乱暴狼藉――乱妨取りだ。

 農兵ひとりひとり、足軽雑兵にまで知行地をあてがう余裕がなければ、何らかの形で特権を認めてやるのが最大の恩賞である。

 敵地における略奪行為、それを認めさせることが、大半の国郷においての「下っ端兵」への「ご褒美」なのだ。


 飢えた連中が、この郷に。山岳郷に、各地の山々に。美桜の里に。

 なつめに、その毒牙が――。


「俺も、戦に出られるか。雑兵でいい。弓を射ることさえできればいい」

「……どうしたの? 私が取られるとでも?」

「悪いか。己の女くらい守らせてくれていいだろう」

「まあ……和真なら、私を誤射することもないでしょうしね。美桜の氏子でもあるから、そうね。私の隊に組み込むこともできるわ。無理を通すことにはなりそうだけれど」

「弓の武芸師範役として入れてもらえるのではないか。弓の基礎は狂飆天嵐流を取り入れている」

 和真はそのように返す。

 なつめはそうね、とうなずいた。

「どうしても?」

「ここでお前を縛ってでも、俺は戦に出る。ひと様の山を踏み荒らすケダモノどもを放置できる獣狩ししがりは、そうそうおらんぞ」


 なつめは観念したようにため息を付いた。

「わかったわ。まったく、頑固者」

「なつめに言われたくはないが」

「どういう意味?」


 和真は聞こえないふりをして、水瓶からいっぱい柄杓に水をくんで、直に飲む。

 どうせ自分となつめしか使わない水瓶だ。客人には、酒を振る舞うのだし。

「そうと決まれば」和真は柄杓を蓋の上において、「矢を作らねば。破龍弓も蔵から出さねばな」

「あんなものまで使うの?」

「当然。敵とて野戦築城くらいはするだろう。破龍弓があれば陣地一つふっ飛ばすことも容易い。

 俺達山の民は鉄砲こそご禁制だが……」

 そこから先の言葉を、なつめが継いだ。

「それ以外の一切の手段を問わない、生粋の山師。そうね。……すぐに総本社に電報を打つ。矢作りに必要な物資をまとめてもらえる?」


 和真は「すまん、助かる」と礼を言い、かけてある木簡を手に取ると、矢立から筆を執って必要な物資を書き記すのだった。

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ミタマタケハヤ ― 和深之玄慈物語 ― 筆刀斎(筆走子星咲好一) @hittosai

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