拾参

   拾参


 禰涅ねくろは接近する野蛮な気配に気づくなり、一呼吸の間に左腕を二度、振っていた。

 手甲に仕込まれた発条ばねが作動し、鉄線で固定されていた一寸ほどのこぶりな棒手裏剣――寸鉄がびょうと風を切り裂いて射出される。

 数は四つ。二本ずつ、それは接近する男の目を射抜いた。

 的確に目玉を射抜かれた二人が「ぎゃっ」と苦鳴を上げて昏倒、禰涅は役目を終えた仕掛けを糸を引いて分解、ばらばらにして、その中から出てきた部品――鉄の線を手繰る。

(あの二人は生け捕りだ。残りは始末してしまうのがよかろう)


 彼女の手は部分的に、妖怪本来の頑丈な虎の手となっている。虎系猫又――正確には、人形の形状をした、虎の毛皮で覆われた――人獣相子の如き風貌。

 黒い毛皮に、わずかに黄金の毛が混じる。黒虎のそれ。

 鉄扇の先には、鉄砲に用いるような螺子が取り付けられており――それが錘の役割を持っていた。


「神使一行だ!」

「生け捕りにしろよ!」

「殺したっていいんだろ!」


 男たちがわめきながら、西側からやってくる。

 どういう素性か。おそらく、ここらにねぐらを持つごろつきだろう。

(玄慈様の首に報奨がかけられている? どこぞの密偵が潜り込んでいたか、井筒なり巳淵なりに寝返った阿呆が敵方に情報をくれたようだな)


 山岳郷の南に位置する敵国・井筒国。そして隣接はしていないが、北西に近く位置している巳淵国みふちのくに

 このふたつは山岳郷にとって厄介な敵である。いかなる密約か、井筒と巳淵は巧みに連携し、山岳郷と、山岳郷と同盟している北の花山郷を攻撃している。

 それはときに波状攻撃と言っていい阿吽の呼吸で行われていた。


「おいそこの猫、暁桜殿玄慈はどこだ」

「知らぬ」

「しらを切るなら、股を開かせて下の口に聞いたっていいんだぜ」

「へへ、いい女だ、俺に味見させろ」


 禰涅は無表情。

 こういう下品な言葉にはなれている。

「私を満足させられるだけの気骨があるようには思えん。ようく見ろ、お前のまたにぶら下がっているそれは、もう、腐っておるではないか。ひどく臭うぞ」


 男たちが、にわかに気色ばみ。

「もういい、手足をもいで見せしめに焼いちまえ!」

「気が短い男は、早漏だと相場が決まっている」


 喋っている間に。

 禰涅は、素早く指を動かして鉄線を回しており、螺子の重量で遠心力を得たそれが、すかさず男の一人の首を巻き取る。

「がっ」

 そしてさっと鉄線を引き戻せば、男の肉にそれが深々とめり込んで、脛骨の関節を滑り、首を両断する。


「気をヤる前に逝ってどうする?」

「この……猫アマ」

「猫じゃない。虎だ。それと、どちらかといえば、太刀タチだ。気高い男を落として手玉に取るのが好きでな、下賤のカスは好かぬ」

「黙れ、くそが!」


 男どもは、残り四人。

 普通に考えて、こちらが妖怪で、相手が人間であっても。――女一人で四人の男を相手にするというのは普通難しい。

 妖怪だからといって皆が皆戦闘能力に秀でるわけでも、妖術が巧みなわけでもなく。

 逆に、人間だからと妖術の才がないわけでも、妖怪に劣るわけでもない。


 相手はただのごろつきとはいえ、道徳などとうにない。惨い行いを平素から行う、真正のくずだ。

 そういう連中には説得も取引も無意味だ。よしんば一時しのぎは出来ても、すぐに、破綻する。

 ――殺してしまうのが最も遺恨がない。

(天嵐の教えにおいて、こうした無情の者はいっそ斬り捨てて霊心躰を自然に還すのが是とされておるのだったか)


 和深の神々は慈悲あるニギミタマと、非情なるアラミタマを持つ。

 すなわち、斬り捨てる、という概念もまた、神々の教えの一つである。

 禰涅は鉄線を手放すと、左手で腰の苦無を抜く。

 相手はすでに数打ちの刀を抜いている。

 刀は刀匠の名を切った銘を持つ、一般向けに売られているものだろう。名刀ともなれば城一つと取引されるものだが、数打ちならば、高くとも米の一、二石かそこらで取引できるし、それなりのものでも、わずかに半石だったりする。

 が、それでもひとの柔肌を裂いていのちを奪うには充分。


 禰涅は右から迫る袈裟斬りを苦無でいなし、相手の体を右へ流してやる。すかさず右手首に仕込んでいた短刀で相手の喉をかき切り、地面に沈めた。

 流れるようにして、正面から槍を突き出してくる男を睨み、穂先を苦無と短刀で挟みつつ下方へ逸らす。

 穂先と柄の接合部を足袋底で踏みつけて、左の苦無をさっと投擲。

 人体において最も柔く、そして重要な神経が集中する頸部に、黒光りする苦無が突き刺さった。

 ごぽごぽと血の泡を吹いて昏倒する男。


 最初の首落としから、あっという間に二人が沈む。

 禰涅は二人を無力化し、三人をなんでもないように殺害。その手際は作業と言ってよく、どう考えても、他者の命を、尊いとも平等とも思っていない。


 ごろつきどもがにわかに怯んだ。

 こうした集団で挑んでくる連中の最大の弱点は、数をたのんでいるいること。

 すなわち、「俺が死ぬまでに仲間がけりをつけるだろう」、「俺が死ぬ気になる必要はないだろう」とたかをくくり、肚が据わっていないということだ。

 ゆえに、敵勢を削るにつれてどんどん気勢は削がれていく。

 これは戦において、士気が崩壊する仕組みと同じと言って良い。集団心理の凶暴さと、その脆弱さである。


 禰涅は右手首の短刀を外すと、それを右手に手挟んで弄ぶ。

 残った二人のごろつきは、己の命が掌の上で転がされている心地である。


「禰涅」玄慈の声がした。禰涅は敵に目を向けたまま、「二人を生け捕りに出来ます。三人始末しました。こいつらは」と短く報告し、問う。

 玄慈は呼吸のついでのように、「その二人を始末しろ。呻いている連中を縛ってくる」といった。あくまでも人間――無作法で、傲岸不遜な奴らが――嫌いである玄慈は、つくづくもって、尊妖誅戮を地で行くような男だ。


「そこの僧形。貴様はなんだ。結局敵なのか?」禰涅は、元僧兵で、今は獣狩ししがりである暁舜という男へ問う。その名を、風に流れてくる声で聞いていた。

「いいや、わしはそこらの草木と同様よ」

 つまり、気にするなということだろう。


 禰涅ねくろは短刀をさっと投げて、ごろつきの一人、その眉間に刃を突き立てる。

 残った一人が悲鳴を上げて逃げ出した。まっとうな人妖ならば情けをかけるところであるが、禰涅ねくろはあくまで忍びの根性を捨てていない。

 風のごとく駆けて、背後から音もなく接近。左手で相手の後頭部を掴むと、そのまま近くの木の幹に顔貌を叩きつける。

 ぐしゃり、と鼻が潰れ、歯が砕け、禰涅は無言で相手の顔を幹へ連打。

 首から上が肉団子になるまで続け、そいつが明らかに「死」を迎えた痙攣を止めるまで、ぶっ叩き続けていた。


「はぁっ」

 禰涅の喉から熱い息が漏れる。

 暴力と殺人、盗みに放火、破壊活動。惨たらしい忍び働き。

 これをやっていると、妙に躰が火照る。

 自分は骨の髄まで忍びなのだと、嫌でもわからされるのだ。


 さて。

 玄慈は目を潰された男を二人、縄で縛った。

「くそっ、なんだ、あのアマ……」

「目がっ、ちくしょう、真っ暗だ、真っ暗じゃねえかよお!」

「やかましい。こちらの問いに答えてもらおう。そちらの雇い主は誰だ。誰が音頭を取っている。答えよ。さもなくば苦しむことになるぞ」


 すでに抵抗の意思を欠いている二人は、口々に、

「井筒から来たっていう、商人だ! 理由なんか知るか、飯を食わしてくれるって言うからっ」

 という旨の発言をした。


(商人というのは誤魔化しだろう。大方、井筒軍の使いだろうな。俺を名指しで狙う理由は、神の子を獲ってこちらの士気を削ぐ目的といったところか)

 玄慈の親はいない。木から生まれた。だが強いて言えば、天嵐様が育ての親に近い存在だ。

 ゆえに、玄慈の首級をあげることができれば、神の子を討ったも同然。

 山岳郷は大きな精神的打撃をもたらされることとなる。


 それを狙った暗殺が、この程度のごろつきの襲撃で終わるとは思えない。

(暁舜。あやつがこの手の安い仕事を受ける手合には思えんが、警戒はいるといったところか。そして)

 襲撃は、おそらく二度、三度とある。


「もう良い」

 玄慈はそう言って、男らの縄を解いた。

「物乞いでもして過ごすがよかろう。僧も社人も、施しを善行とするぞ」

 男たちは絶望とも怒りとも取れない声で泣きわめき、怨嗟を吐いた。

 いっそ殺してしまえば楽になるかとも思った。


 左手が思わず刀の鯉口を切らんとしている。

 が、玄慈はそこで理性を働かせた。

 それは慈悲ではなく、あくまで合理的な判断である。

(こいつらを撒き餌に、襲撃への備えをする)

 そうした、非情で怜悧、狡猾な判断であった。

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