漆


 翌朝、玄慈らは師匠への手土産を買い、桜之丞岳まで伸びる索道搬器ごんどらに乗った。

 ちなみに買ったのは天嵐大福という、餅の中にごろっとした肉と菜っ葉を入れ、味噌餡で味付けした腹持ちの良い大福餅である。

 腹太餅、転じて大腹餅、縁起を担いで大福餅。そう呼ばれるようになった食べ物で、各地の寺社には名物と言える大福なんかが売られている。

 ここ、天嵐神社では山歩きで消費した塩分補給、腹の足しにするという観点から、肉と菜っ葉、味噌という餡を用いていた。

 その御蔭で、甘い大福が普通と思っているよその土地のひとなんかは、意想外の方向から驚かされたような反応をしてしまうことが多い。

 まあ、それもまた、この天嵐大福の醍醐味だ。


 ちゃっかり玄慈と禰涅ねくろはこの天嵐大福を一個ずつ、旅の途中の伴に買っている。

 それを食べて、二人は索道搬器ごんどらから降りると、黙々と登山。

 服装は、山歩きに適した野良着と裁付袴、脚絆、手甲。

 昨日洗ってもらった服、個人所有の具足は、木札に封じている。禰涅ねくろも、仕事着――忍装束は同じようにしていた。

 神使といえど、常日頃、上等な絹の装束ではない。その時々に適した服装というものがある。


 現在登っている桜之丞岳は、山岳郷五岳に数えられる。すなわち、天嵐大岳を含んで、五つある峻峰であった。

 和真が居を構えているのは桜之丞岳の六合目にある神社城下、美桜みざくらの里。

 そこで和真は獣を――化獣ばけものと呼ばれ恐れられる凶暴な獣を狩る獣狩ししがりを生業として、生計を立てていた。

 電報は和真を通し、神社に伝わっているだろう。そも、電報の受信側がそれを書き起こしているのだから、その時点で知られたと言っていいし、だからこそ、あえて神社の誰それへと指定して伝えはしなかった。

 そのあたりの臨機応変さは現場の判断で柔軟に対応されていることだろう。


 登山道は比較的整備されているが、ところどころ跳ね橋があったり意図的な堀切があったりと、外敵の侵入を阻む工夫がある。

 それらは時に自郷の民にも不便を強いるが、己にとっての快適さは、同時に仮想敵にとっての快適さでもある。

 意図的な不便、不満は、統治側である神社も織り込み済みであった。

 玄慈や禰涅のような人種にとってはむしろ鍛錬になるから、多少未整地の登山道のほうがありがたくもある。

 それがこまる、荷運び――飛脚や商人も、やはり郷を思って辛抱してもらうしかない。

 世は、泰平には程遠いのだ。


 二人は、朽ちた砦の付近を通りかかろうとしていた。

 悪党が根城にするにはおあつらえ向きである。

 玄慈は己の後ろに続く禰涅に、不要とわかっていつつも、指を数回折り曲げて合図を送っていた。


 天下泰平にあらず――。

 それを示すようなことが、まさに起きた。

 茂みから武装した男女――人妖混交の数人組が出てくる。

 千疋狼が二人、化け狸が一人、人間二人。

 計五人。


「ここを通りたいのか」

「ああ」


 化け狸の男、見た目四十半ばのがっしりしたそいつが前に出た。

 粗削りな長さ一丈(約三メートル)の槍を持ち、玄慈が肩に下げている振り分け荷物に目を向けて、すぐに左手でこちらの股間をがつりと掴んでくる。

「女かと思ったら男か?」化け狸は下卑な笑みを浮かべ、「金玉が縮み上がってるぞ」

 周りの連中が笑う。

 禰涅は無の顔。虚空を見つめる猫のようである。だが、何かのはずみで線が切れそうなのは、玄慈にはわかっていた。

 だから、ちょっと付き合ってやることにした。

「わかってねェな」普段の厳しい口調ではない、素の、十八の若者の口調で、「俺ァ天下取りだから右に曲がってんだよ」相手の手を掴んで、しかと、一物を握らせる。

 これにはさすがの山賊も、息を呑む。


「で、ここを通りたきゃなんだ。男に抱かれる趣味は、なくはねえが、どうせなら色男がいい」

 玄慈はそういった。双形ふたなりであるからとかではない。玄慈は男という性自認で、そのうえで、両性愛者だった。

 男として女が好きで、男として男を愛せる。それだけのこと。


「なにか、酒か食い物をおいていけ」

「断る。悪党に恵んでやるものはもってない」

「なら、わかってんだろうな――?」

 玄慈は腰の刀に手を伸ばす。親指を鍔の内側において、押し上げて鯉口を切る。おもて切りと呼ばれる鯉口切りに対し、かくし切りと呼ばれる鯉口の切り方だ。

 きん、と、愛刀が鳴る。

 玄慈は緩やかな指使いで柄を握り込んだ。鞘を引いて、柄を一緒に反対へ抜く。

 練習刀と違い実践刀は鯉口を切らねば、まず抜けない。それくらい鯉口が硬いのだ――そして、この鯉口を切るというのは、相手に対して「斬り殺すぞ」と無言で言い放つも同然。

 事実、玄慈の錆浅葱色の目は、明瞭な殺意をたぎらせている――。


 右。人間が脇差しを抜いて切りかかってくる。

 玄慈はその上段から振り下ろされてくる斬撃を横合いから弾いた。

 玄慈の愛刀、玄澄守吉路くろずみのかみよしみちが相手の刀身の棟に接触し、力を逸らされて、相手の体ごと向かって右側へそれる。

 泳いだ相手の肩口を切っ先でえぐり、戦意を削ぐように肉を断つ。


 膨れ上がる殺気、女の千疋狼が草刈り鎌を振るってきた。

 農民にとっては刀を振るうよりも、槍でぶっ叩いたり、鎌で攻撃するほうが、手慣れているだけあり殺傷性を担保できる。

 玄慈は刀身を絡め取られても厄介と思い、刀を越しに引き込んで相手を空振らせると、刀を握る柄ごと女の脾腹を打ち据えた。

 胃の腑にねじり込まれた打撃に、女が唾を吐いて、悶絶。


 左――今度は男の千疋狼が長刀を突き出してきた。

 玄慈は粗い、先のぶれた刺突を首をかたぶけただけで回避。急所の喉を狙ってくるのはいいが、攻撃軸がゆるんだそれは、あまりにも見切りやすい。

 端的に言って、力みすぎている。


「太刀先ではなく肚だ。肚で、振ってみろ」

 玄慈は相手の刀を、峰側から指で挟みとる。

 がっちりと挟み込み、相手が抜こうとするが、まるでびくともしない。

「いいか。肚から力を込めて、技で振るう」

「抜かせ、若造が!」

 相手が力任せに刀を振り上げんとした直後、玄慈は己の刀で相手の太刀先を封じ込んで、地面に押し付けている。

 そしてすぐに、玄慈の刀が相手の峰を走り、ぎぎっと火花を散らした。

 刃は鎺で止まり、鍔と刃がぶつかる前に真上に跳ね上がった。

 玄慈の刀がびたりと、相手の喉元で止まる。

「悪いが、俺は年を食ってるだけの相手を無条件に敬う気なんざない」


 人間の男が、背後ですかさず短剣を抜く。が、その手首に禰涅が棒手裏剣を叩き込んで、すぐに短剣を落とさせていた。

 玄慈は千疋狼の男の顎に左の掌底を加えて沈めると、狸の男に向き直った。

「で。ここをお通るのになにかいるのか?」

 狸の男は、観念したように槍を捨てた。

「ま、参りました」


 玄慈たちの完全勝利であった。

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