エッセイ:神聖かまってちゃん
深夜になると聴きたくなるので、『神聖かまってちゃん』の話をします。と言っても、僕はバンドを追うという行為をしないから、代表曲しか知らないにわかも良いところですが。
初めにこのバンドを知った時は、インターネット上やテレビでの過激なパフォーマンスが目立ち、「ネットから目立とうとした暴れん坊」みたいなイメージでした。今ではすっかり順当なルートですが、当時は「ネットからメジャーへ行こうとしやがって」という気持ちもあり、どことなく距離を置いていたのですね。それが、今となっては僕もまたネットからメジャーを目指し始めた立場となったのですから、あの日の感情はくだらない同族嫌悪なんです。「ああなりたかった自分」を重ねて、でもそうなれない苛立ち……嫉妬と嫌悪感の区別がつかなかったんです。幼いね!
なので、今の僕を「ネットを上手く利用しやがって!」と感じている若者も少なくないでしょう。残念ながら、恐らくその9割は同族嫌悪ですよ。お前もサブカル・オタクカルチャーでどうにか一旗揚げたいけど、どうしていいか分からずに燻っているんだろう。いずれそれを創作に昇華できる日がくる……かもしれない。とにかく、その反抗心を大切にしてもらいたい。
閑話休題。そんなかまってちゃんの見方が変わったのは、『Os-宇宙人』聴いたとき。
ラノベアニメの主題歌になったこの曲は、まだ表立って台頭していなかった、アングラ病み文化の解像度を一気に引き上げた。本当に衝撃だった。脳味噌に稲妻が、電波が迸りましたよ。こんな心に直接訴えかけるような現代的で全力な歌詞、今までのアニソンには無かったから。
元から『神聖かまってちゃん』自体がこの路線だったのでしょうけど、美少女アニメと萌え声女性声優のボーカルと組み合わさったことで、ようやくクソバカオタクな僕の鼓膜に響いたんですね。敗北ですよ、敗北。「電波」や「テレパシる」みたいな単語の大胆さとか、精神科を連想させる場所を「宇宙の待ち合わせ室」と表現するセンス。この曲を聴いてまだ『の子』の感性を認めないオタクは腐っている。実際、この曲からネットでの扱いもだんだん変わっていったような印象もありました。
カップリングの『コタツから眺める世界地図』も良い。引きこもりの昼夜逆転をポップに歌い、うわべだけじゃない(あの時はニートネタを使えばウケる風潮に辟易していたから)本物のモラトリアムがあった。9時に起きちゃって7時に寝ちゃうよな。
それから遡って『ロックンロールは鳴りやまないっ』を聴いて、この人は最初から全力で、自分が見てきた世界をそのまま作詞に繋げているんだと理解して感服。坂口安吾は、「子供に好かれる大人は寂しさを知っている」と書いていて、その時の僕は主にオーケンから寂しさを感じてましたが、の子からも同じ寂寥感が伝わったのです。
それから、作者の諫山先生からの指名で『進撃の巨人』の主題歌も担当するのですが、『夕暮れの鳥』もすごいよ。普通、進撃なんてタイトルの曲を書くのだから、気張って大仰で壮大な感じにするでしょう。なのに、かまってちゃんは極めて優しく、穏やかなEDを作った。作品への理解度が真に高く、諫山先生が尊敬するアーティストである証。本物の才能を見せつけられた瞬間。
その後の『僕の戦争』もまた、異国の言語から急に日本語が挿入されることで、戦争が不意に身近に迫ることが描かれており、進撃終盤の主題歌として満点すぎる。このあたりから、僕はかまってちゃんの歌詞よりも、あまり言語らしくないコーラス部分を好むようになります。
そして今年。年初に諫山先生がプレイリストを公開していたのですが、その中にかまってちゃんの曲で選んだのが『夜空の虫とどこまでも』。これは歌詞がなくて、の子の優しいボーカルが儚く響くだけで、まさに僕が求めていた曲そのもの。もう、この人の寂しさや優しさって「歌詞」でない部分からも伝わるほどになっていた僕は、言語を振り切って構成されたこの曲に感動し、何よりそれを自分の遥か昔に理解していた諫山先生に畏敬の念を覚えました。実際に鳥肌が立ちましたからね。
そんなかまってちゃんの名曲の数々を、深夜に暗い部屋で聴いていると「気持ち」になる。気持ちになったから、こうして急に長文を投稿したりする。それくらい存在が大きすぎるんです。
でも、もうじき朝になるので寝ます。朝は僕の時間じゃないから。今は起こさないでね、あたしは夜寝坊してるの。
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