クランクイン目前での中止
映画こそ2本だけの長谷川和彦だが、ほかにCMなどの演出作が存在する。1984年には『根津甚八と冒険者たち ル・トゥケへの道』というバイクドキュメンタリーを発表。根津、宇崎竜童、戸井十月、高橋伴明、風間深志の5人が国際耐久レースに挑むビデオ作品で、ディレカンとワンダーキッズ(アダルトアニメで名を馳せたメーカーだが85年に倒産)の提携によって製作された。
折しもバブル景気に沸く日本だが、相米慎二の『光る女』(87年)で2億円の赤字を出すなどディレカンの経営はどんどん悪化。業者への支払いも滞る状況に追い込まれてしまう。
そんななかビデオ化の収益を前提としたオムニバス企画『夢幻物語 ドリームタイム・アンソロジー』が立ち上がる。『危ない話 夢幻物語』と改題のうえ89年7月に公開された本作は、井筒和幸の『ツタンカーメン王の呪い』、黒沢清の『奴らは今夜もやってきた』、長谷川和彦の『禁煙法時代』の3話構成で進み、2人の撮了後いよいよ長谷川の番となったが、撮影直前に中止が決定。立ち上げのオムニバス同様、高橋伴明が代打として『あの日にかえりたい』を手がける。
喫煙者排除の情勢への異議申し立て、タバコが禁じられた世界での攻防を描く『禁煙法時代』は杉本哲太、水島かおり、原田芳雄をメインにキャスティングも決まっていた。しかし『PSI 光を超えて』の短縮版といった趣きのシナリオは、中編の枠には到底収まらない分量となっていた。
脚本は成島出と高橋いさを、ぴあフィルムフェスティバルで見出した自主映画作家と劇団ショーマの主宰者が起用された(ディレカン末期に助監督も務めた成島は、その後シナリオライターを経て映画監督として活躍)。『禁煙法時代』の撮影は篠田昇、美術は種田陽平──のちに岩井俊二監督作品で注目を集める存在であり、やはり“若い才能と仕事をしたい”という長谷川の意欲が感じられる。実際、禁煙反対デモの実景撮影まで行われていたという。
『禁煙法時代』中止の顛末は、ディレカン倒産後の1992年に刊行された『映画芸術』366号の長谷川和彦インタビューに詳しいが、助監督と製作担当が予算にはまらないスケジュールを組み、プロデューサーが中止を宣言したことが明かされた。
しかし『映画秘宝』2024年12月号に発表された伊藤彰彦の不定期連載「未完の長谷川和彦」によれば、当のチーフ助監督・細野辰興の見解は異なり、脚本に満足しない長谷川が今回もブレーキを踏んで「流した」と証言する。
設立から10年、1992年にディレクターズ・カンパニーは倒産。自転車操業のあげく井筒和幸監督作『東方見聞録』の撮影現場における死亡事故を経て、ひとつの理想が現実に打ち破れた。多くの人生を狂わせた。長谷川和彦の新作は実現することなく、しかし末期の映画や深夜ドラマにおいて何人もの新人監督が送り出されたことが、せめてもの救いだろうか。