日活の契約助監督として
和製洋ピンでの監督デビューをフイにした長谷川和彦は、日活の契約助監督として新機軸の成人路線「ロマンポルノ」に従事。体育会系のノリでガンガン現場を仕切り、伊地智啓プロデューサーの推薦によって『性盗ねずみ小僧』(72年/監督:曽根中生)のシナリオを担当する。
翌73年公開の『濡れた荒野を走れ』は警察官の集団犯罪を描いたアウトローポルノ、水面下で「長谷川のデビュー作に」という声もあったが共産党系の労働組合が支配する当時の日活において、臨時雇いの契約助監督を一本立ちさせるなどまかりならぬと企画ごと潰され(国家権力を挑発する内容も問題視され)、1年後に日活ニューアクションの新鋭・澤田幸弘が登板した。
世代的に60年安保も70年安保も重ならず、いわゆる“ノンポリ”で学生運動とは無縁の長谷川だったが、『濡れた荒野を走れ』を執筆したことで組合からは「トロツキスト(過激派の新左翼)」と目されてしまう。
その後も助監督の傍ら脚本家として活動。日活ロマンポルノを代表する監督・神代辰巳が東宝で手がけた『青春の蹉跌』(74年)を執筆し、石川達三の原作に自身のアメフト経験などを投入する。萩原健一×桃井かおりの主演コンビによる同作は大いに注目を集め、長谷川和彦という名も広まっていく。
1975年にはTBSの連続ドラマ『悪魔のようなあいつ』(原作:阿久悠、上村一夫)の脚本を任され、沢田研二が三億円事件の犯人を演じた。監督デビュー後の78年には同じくTBSの『七人の刑事』第4話「ひとりぼっちのビートルズ」を手がけて、沢田が哀しき復讐者に。翌79年の『太陽を盗んだ男』と合わせて“長谷川和彦×沢田研二の三部作”となり、後世に語り継がれた。
現場と執筆のキャリアを積んだゴジのもとに、ふたたび日活から監督デビューの話がちらほら。助監督の先輩にあたる松岡明プロデューサーの推薦により、オムニバスポルノ『卓のチョンチョン』(74年)の1編を撮らせようという話もあったが、『青春の蹉跌』の準備と重なって両立できず、日活生え抜きの林功と白井伸明が登板した。
その後、伊地智啓プロデューサーによる一般映画『燃えるナナハン』の企画が立ち上がり、暴走族を題材にしたシナリオとキャスティングの作業が進むが、これも組合の反対によって実現していない。そして長谷川は4年半を過ごした日活撮影所を離れる。大学中退の臨時雇いグループと入れ替わるように新卒入社の助監督が台頭し、やがて監督に起用されていく。