『青春の殺人者』(76年)、『太陽を盗んだ男』(79年)──たった2本で映画史に名を残しながら、第3作を手がけることなく80歳でこの世を去った長谷川和彦。「ゴジ」と呼ばれた監督の未映画化企画について検証する、後編記事。
前編記事『長谷川和彦「幻のデビュー作」の「意外な内容」…一躍脚光ののち、プロデューサーを激怒させた「超常現象」への傾倒』より続く。
9人の新鋭監督集団
1982年6月、長谷川和彦の発案による「ディレクターズ・カンパニー」が発足。9人の映画監督が集結した企画製作会社であり、長谷川と相米慎二のほか日活出身の根岸吉太郎、池田敏春、ピンク映画出身の高橋伴明、井筒和幸、自主映画出身の石井聰亙、大森一樹、黒沢清が参加した。黒沢はまだ商業映画を撮っていない立場であり、長谷川が目をかけたことによる抜擢だ。
ディレカン設立にあたり、「ゴジ」が相談した相手は「ヒロ」──奇しくも同性の長谷川安弘プロデューサーがスポンサーを見つけ、副社長となった。当時、CMプロダクションを経営していた長谷川安弘は、博報堂の営業担当・宮坂進に声をかけ、宮坂がディレカンの社長に就任。映画だけでなくCMやVPといった広告も手がける新鋭監督集団に大きな期待が寄せられた。
ディレカンの旗揚げ作品は企画がなかなか定まらず、まず実現したのが『ピンク、朱に染まれ!』と銘打たれた中編オムニバスの三本立て(82年11月公開)。高橋伴明の『狼 RUNNING is SEX』、宇崎竜童の『さらば相棒 ROCK is SEX』、泉谷しげるの『ハーレムバレンタインディ BLOOD is SEX』というラインナップだが、もともと長谷川も監督として参加するはずが座して動かず、その代役で高橋が登板した。
また、ディレカン設立前に起こした飲酒運転と人身事故で執行猶予なしの実刑判決が下され、83年3月から5ヶ月ほど市原交通刑務所に服役となってしまう。その影響により、石井聰亙監督作『逆噴射家族』(84年)のプロデューサーを務める予定が、これまた長谷川→高橋に交代となる。