仲のいい国にしか行かない。日本パンダ“ゼロ”の衝撃…かわいさの裏に隠された「冷徹なルール」
2026年1月下旬、シャオシャオとレイレイが中国へ返還されます。これにより、約半世紀ぶりに日本からパンダがいなくなります。 【1月27日返還】もう二度と見られない? 双子のパンダ、シャオシャオ・レイレイ「懐かしの親子ショット」 1972年、カンカンとランランの来日から始まった日本の「パンダフィーバー」。しかし、あの愛くるしい白黒の動物が、実は中国が切った「最強の外交カード」だったことをご存じでしょうか? 田中角栄首相と周恩来総理、そして毛沢東。歴史的偉人たちが繰り広げたギリギリの交渉と、その裏で動いた思惑とは。 中国通ジャーナリスト・武田一顕氏の著書『日本人が知っておくべき中国のこと』より一部抜粋・編集し、今も続く「パンダ外交」の起源をひもときます。
◆田中角栄が切り開いた「パンダ外交」の幕開け
現在の中華人民共和国と日本との国交が正常化したのは、1972年9月、当時の田中角栄政権のときです。 田中の前の佐藤栄作政権まで、日本は、今の台湾の国民党政権を中華民国の正当な政権と認めて、中華人民共和国とは正式な政府間の関係がありませんでした。 田中は、1972年の7月に自民党総裁選で福田赳夫(たけお)を破り総理大臣に就任してすぐ、中華人民共和国と国交を回復する意思を明確にしました。 9月には、田中は日本の現職の総理大臣として、初めて中国の首都・北京市を訪れます。 国務院総理(中華人民共和国の最高国家行政機関、国務院主宰)の周恩来(しゅうおんらい)と会談を重ね、中国共産党主席の最高権力者・毛沢東との会談にたどり着き、9月29日、日中共同声明(日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明)に、周恩来、両国外相の大平正芳、姫鵬飛(きほうひ)と共に署名しました。 「日本と中国いま国交 戦争状態終結きょう実現 平和友好条約締結に同意 歴史をひらく共同声明 日台条約は終了」(1972年9月29日『朝日新聞』夕刊) 「日中国交ひらく 共同声明を発表 北京で両首相署名 不正常状態は終了 台湾の中国帰属を理解」(1972年9月29日『読売新聞』夕刊) 日中の国交が回復した日の新聞は、このニュースを一面トップで報じました。