日本のパンダ、2年で13頭が姿を消した理由。カンカン、ランラン来日以来54年ぶりゼロに
1月27日に東京・上野動物園の双子のジャイアントパンダ、シャオシャオとレイレイが中国に返還される。1972年(昭47)にカンカン、ランランが来日して以降初めて、ジャイアントパンダが日本からいなくなる。
2年間で13頭→ゼロに
2023年初め、日本にジャイアントパンダは13頭いたが、コロナ禍が収束し、日中の往来が正常化したことで返還ラッシュが始まった。
同年2月、上野動物園(東京都台東区)のシャンシャン、アドベンチャーワールド(和歌山県白浜町)の永明(えいめい)、桜浜(おうひん)、桃浜(とうひん)が帰国。さらに2024年9月末、上野動物園のシンシンとリーリーも、高血圧の治療のために中国に返還された。
神戸市の王子動物園で暮らしていたタンタンは2024年3月末に死んだ。28歳で、人間なら100歳に相当する。数年前から心臓疾患を患っていたという。
日本から中国に返還されたパンダはいずれも四川省にある広大な保護拠点で生活している(永明は2025年1月に32歳で永眠)。同省は“パンダの故郷”として知られ、シャンシャン、シンシン、リーリーが暮らす「雅安碧峰峡基地」がある雅安市の大興二橋には「パンダ外交」の一環として各国に贈与・貸与された雅安生まれのパンダの像が並んでいる。その中には日中友好の記念のシンボルとして上野動物園に贈られ、日本で大フィーバーを起こしたカンカン、ランランの姿もある。
パンダの発見は受難の始まり
中国内陸部の山中に生息していたパンダが国際社会に発見されたのは1869年 。珍獣ハンターでもあったフランス人宣教師アルマン・ダヴィド氏が四川省雅安市宝興県を訪れた際、地元住民の話などから白と黒の皮を持つ大型動物の存在を知り、捕獲して標本をフランスに送った。パリの自然歴史博物館の研究者はこの標本を新種と鑑定し、「パンダ」と名付けたという。
西洋人による発見は、パンダにとっては受難の始まりだった。白と黒の模様の毛皮は欧州で大人気になり、世界中からやってきたハンターがパンダの乱獲を始めた。1930年代に入ると欧米でパンダの鑑賞用動物としての価値が高まり、子パンダの生け捕りをもくろむハンターが相次いだ。
パンダの生け捕りをもくろむハンターに危機感を覚えた中国政府は1939年、中国国外に許可なく生きたパンダを持ち出すことを禁じた。だが、毛皮の市場価値が高いことから密漁は止まず、また、見世物としてパンダを求める各国の動物園にも流出が続いた。パンダの個体数はその後も減少の一途をたどった。
絶滅危惧種から世界遺産へ
中国でパンダの保護や飼育が始まったのは1950年代だ。1962年に国務院がパンダを保護すべき希少動物に認定し、翌年以降四川省にパンダの自然保護区を設ける取り組みも進んだ。一方で、中国政府も外交ツールとしてパンダを使うようになり、1957年から83年までに24頭が「親善大使」として外国に贈られた 。
さらに1970年代半ばから1980年代前半にかけ、四川省と甘粛省のパンダが生息する地域で竹の花が一斉に開花して枯れ、竹を食料とするパンダの餓死が相次いだ。同時期の経済開発による生息地の生態系破壊もあり、この時期に数百頭の野生パンダが死んだと言われる。
四川省のパンダ保護の取り組みが本格化したのは、10年に渡る文化大革命が終わり、1980年以降に国際的な環境保全団体WWF(世界自然保護基金)とアメリカの自然科学者ジョージ・B・シャラー氏らが現地で行ったフィールド調査がきっかけだった。1984年、パンダは絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(CITES=ワシントン条約)でもっとも規制の厳しい附属書Iに移行され、商業目的の取引が禁止された。中国政府もパンダの保護と繁殖に本腰を入れるようになった。
1983年に四川省臥竜、1987年には同省成都に飼育・繁殖のための拠点が設立された(シャンシャンなど海外から帰国したパンダの多くが暮らす雅安の拠点は、2003年に設立された)。四川省、陝西省、甘粛省に33カ所のパンダ保護区を設立し、生息環境を守るために自然林の伐採などを禁じた。
竹は数十年から120年に1度開花し数年間続くため、パンダはその時期に他の地域に移ることで餓死を免れてきたが、資源開発や道路の整備によって生息地が分断されてしまったことから、中国政府はWWFと協力し、それぞれの個体群が相互に交流出来るように「緑の回廊(コリドー)」も構築している。
こういった取り組みが成果を上げ、2006年には絶滅の恐れがあるパンダの30%以上、約500頭が生息し、さらにレッサーパンダ、ユキヒョウ、ウンピョウなど絶滅危惧種を含む動植物が生息する生物多様性の保全にとって重要な場所として、四川省内にある7つの自然保護区と9つの風景名勝区を合わせた約 9200平方キロのエリアが世界遺産(自然遺産)に登録された。
野生パンダ、1800頭に回復
生態系を守る大規模な取り組みによって、パンダの暮らすエリアが増え、頭数も回復しつつある。
中国国家林業局は野生パンダの大規模な調査を1974~1977年(第1次調査)、1985~1988年(第2次調査)、1999~2003年(第3次調査)、2011~2014年(第4次調査)と4度にわたって行っている。直近の第4次調査の対象は四川省、陝西省、甘粛省の436万ヘクタール近くに及んだ。
調査結果によると、パンダ生息地の総面積は258万ヘクタールに達し、その分布地点数は第3回調査より4地点、生息地面積は11.8%増加した。
野生パンダの生息数は1864頭に達し、第3回調査に比べて16.8%増加した。このうち四川省には1387頭、全体の74.4%が生息していた。
飼育・繁殖の成果も上がっており、飼育頭数は第3次調査時より211頭増加し、375頭に達した(2022年末時点で、中国で飼育されているパンダは698頭まで増えたとの調査結果もある)。
1980年代の調査で確認された野生パンダは1114頭。飼育数も合わせると、個体数は倍増した。
パンダ保護の取り組みに一定の成果がみられたことから、IUCNは2016年、パンダの評価を「絶滅危惧種(EN)」から「危急種(VU)」に引き下げた。
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