代償
旧Twitter(現X)にあげたやつです。
レリル戦にて、目だけで収まらなかったらのifです。流血表現などがガッツリあるので読む時はお気をつけください。
一応ラウネフェのつもりで書いてはいますがネフェさん視点で基本他の人の名前は出てきません。雰囲気だけ。
どっかでラウマさん目線も書いてみたいなあ。
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何かを得るには、何かを犠牲にしなくてはならない。
幼い頃から理解しているつもりだった。何においてもそうだった。水、食料、仕事、平穏な日常。小さなことから大きなこと。その全てに代償があり、支払わずして得を得ることなどは出来ないのだと、再認識させられる時がある。─例えば、今のような時。
目の奥が痛む。それは強引に開かずの箱を開けた為だろうか。ドクドクと頭の中心で心臓が早鐘を打っているかのように周期的に、そして比例するように痛みが増していく感覚がする。
─過去を知りすぎた者は、生きることを許されない。
何度かの喜ばしくない邂逅を果たした時に言われた言葉。その言葉を否定することは出来ない。このような仕事に就いていれば何度か目にすることのある事だった。事実、知りすぎた者を消したこともある。よって、自分が消されないだろうという立場に立っていると驕った事はない。思ったことはない。だが、思ったことがないのと経験したことがないのはやはり違うらしい。
奥が痛む目を無理やりに開いて前を見据えようとすればプツ、と脳内の細い糸のようなものが切れたような気がした。その後、じんわりと後頭部が熱くなるような感覚がして、視界が霞み、暗くなった。強い頭痛が襲ってきて理解する。あたしという人体の脳を繋いでいたはずの糸が切れたらしい。残ったのはどうやら取り忘れた仕付け糸だけのようだった。肌に液体が伝う感覚がする。どうやら己の両目から流れているらしい。力を使いすぎたようだった。目の奥の痛みは自我を持ったように主張してくる。視覚から得た情報が、神経を伝って頭の中を掻き混ぜて気分が悪くなる。
「ネフェル! 目から血が…!」
遠くで誰かの声がする。
『やつがお前たちの排除に全神経を使うよう仕向けるんだ』
記憶の奥から声がする。
「俺の一撃で、塵のように消える存在が」
奴はこちらへやってくる。己が強者だと信じて疑わず、弱者を虐げ何も変えられないと物を言う。典型的な、奢り高ぶっている人間の姿だ。
「あんたの恐怖が手に取るように分かる」
では、問おう。変えられないと言われたから諦めなければならないのか? 嬲られるのを受け入れるのが、今すべきことなのだろうか?
─否。泥臭くたって足掻いて勝者にならなければいけない。その道中に何があろうと。この世界は、そのようにつくられている。
「あんたは運命に抗えないよ、レリル」
落ちた瞼は持ち上がらなかった。鉛のように重く、縫い付けられたように閉じられた。
耳鳴りがする。ちぎれて柔くなった脳内に高音が響き渡って、反射しては再び耳から抜けてゆく。鼻腔から咽頭までむせ返るほどの血液の匂いと味がする。過去の流砂に飲み込まれたはずの記憶が蘇る気がした。肌に感じる薄ら寒い風が己のマントを揺らすのがわかる。瘴気が辺りを霧のように漂うことで冷ややかさが増している。
遠い世界の中、近くに何かが降ってくる感覚がした。辺りの地面がえぐれる様な振動が地を伝って信号を送ってくれたが、それはすぐに収まった。光が届かなくなった瞼の奥にでさえ、認識できるぐらいの眩い黄金色が辺りを照らした。荒れた風が横切って下に吸収されゆくのを理解した時、燃え焦げたような気配が接近していて、何が来ているのかを認識する前に強く体を押された。
辺りの瘴気が無くなる感覚がして、代わりに月光の柔らかな暖かさが肌を包んできたような気がした。爽やかな空気が身体を通り抜けた後に空中で強い空気の揺れが起こっているのがわかった。しばらく大きな空気の揺れは続いたが、あるいっときに緩やかに冷えた空気を取り込むような大きな穴が空に開いたような感覚がした。それは長くは続かなかった。気が付けば元の空気の流れが戻っていて、空気の乱れも穴が空いたこともなかったかのようだった。
よろついていたアタシを再び誰かが腕を取って支えてくれるのがわかったけれど、本来聞こえるはずの音は認識できなかった。どうやら目だけでなく耳も潰されたらしい。先程まで遠くから聞こえていた声すら何も聞こえなくなったようだった。視線が刺さる感触だけが空いた五感を埋めようとして過敏になった肌を通して脳に信号を送ってくる。
何か言葉を発した方がいいだろうか。そう考えていればひたりと淡い温度の手が頬に触れる感触があった。予測していなかった刺激に肩が跳ねる。2、3度落ち着かせるように頬を撫でられ気恥しさとむず痒さが襲ってくる。
─この手の温度をあたしは知っている。
「 」
至近距離に感じる気配とため息のような息が頬を撫でた。何を言ってるかは理解できないけれど、多分心配されているのかもしれない。きっと彼女ならそうするだろう。
─大丈夫さ。目は見えないだけだろうし、耳は鼓膜が破れただけなら数週間で治るだろうしね。
その言葉は向こうに届いただろうか。耳が聞こえなければ自分の声すら分からないのだから適切な声量だったか、そもそも発せていたかどうかすら分からなかった。いつの間にか、あたしを支えていた腕はなくなっている。
数秒の動きの停止の後に頬にあった手は顎下に向かい、顔を上げさせるような動きをした。大人しく従えば、冷たい何かが目元に落ちる。
─アンタの血か、そんなことする必要なんてないのに。これが勝利に必要な代償だったというわけだろう。と目の前にいるであろう彼女に対する想いをぼんやりとする頭で考えていれば軽く横向きにされ、露出した耳にも血液が垂れる感覚がした。
「 」
再び驚いた反応を見せたあたしに対して何か言ったのだろう。柔らかな手が耳朶に当たった血液を拭うように動く。耳に残る違和感に眉を少しひそませていると、暖かい月光の力が目の前から発せられた。気化するように、と言えばいいのだろうか。明確な感覚として表しにくいような感触を持って彼女の銀色の血は馴染むように身体へ浸透していった気がした。
「 」
違和感が仕事をしなくなった後に暖かい身体があたしを包んだ。数分にも満たなかったであろう抱擁を交わした後、鼻をつままれた。
─ちょっと、何するんだい
そう言ったとは思うけれど、聞こえていないのかそのまま指圧するように抑えられた。そこでようやく、自分が鼻血を出していたことに気がついた。むせ返るほどの血の匂いはどうやら自分の鼻の血管が切れていたかららしい。
─…どうやら、あたしは思ったよりも今の状況の把握をできていないらしい。
そう理解すれば簡単で、彼女の手をどかしてもらって自分で己の鼻を抑えた。行先をなくした彼女の手はそっと背中に添えられた。その手の温度を知覚すれば目を逸らし続けてきた疲労が大きな波をなして襲ってきて、すぐにあたしの身体を支配し防波堤を超えて溢れてきた。立っているのすら難しい状況の中、膝裏に何かが差し込まれる感覚がした後に少しの重力変化が起こった。横抱きにされている。今更ながらの恥ずかしさが疲労の後から追いかけるように溢れてきたが、それをかき消すように疲労が被さってきた。
「 」
身体を通して感じる発声による振動を感じた後、軽く額に暖かな感触がした。その暖かさを享受してしまえば最後に残った脳の仕付け糸すら切れたようで。鼓動する命の輝きを感じながら次に起きたとき、彼女の声か顔が見られるといいなと願いながら身を預けた。
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- 疲れたDecember 13, 2025